ダンジョンを探索すると、いろいろな事が分かるかも。
第1章 初級探索者編
第25話(その1)
雑賀村の中学生一行は、一旦ダンジョンの入り口近くの広間に集まり、全員の点呼の後帰路に就いた。雫斗達は早めに切り上げた事もありまだ誰も来ていなかったので、ミーニャとクルモは他の人が来るまでの間、収納を使った投擲の練習をしていたのだが、帰って来た他の面々のミーニャのその姿を見た反応は両極端だった。
一本鞭を懸命に振っているミーニャを見て、感動に打ち震える人と、完全に引いている人に分かれるのだ。一体何を想像しているのかは分からないが、手を胸に重ねて目をハートにしている女子を見て雫斗はげんなりしていた。
探索者協会の雑賀村支部の業務を兼ねている村役場へとやって来た雫斗達、これから雫斗のやらかしたことを報告するために来たのだが、流石に全員では多すぎるので雫斗の他は美樹本姉弟の双子だけが付き添っていた。
雑賀村の支部長を兼ねている村長の母親の悠美に報告するため、妹の香澄のお迎えはミーニャにお願いをした。さすがに報告してそのままお終いとも思えないので、香澄を長い時間待たせるわけにもいかないからだ。
役場に隣接している保育園に兄の雫斗とミーニャが迎えに来た事で、多少はびっくりしてはいたが、ミーニャと帰れると知ると大はしゃぎする香澄は最近彼女と仲がいい。
両親と同じ部屋で寝る事が今までの香澄の常識だが、ミーニャを”お姉ちゃん”と慕って、ミーニャの部屋で寝る事を覚えてしまい、違う部屋で寝るという新しい感覚に喜びを感じている様子だった。同じ家とはいえ部屋が違うとお泊り感覚があるのか親が隣に居なくてもよく眠れているみたいだ、これは香澄の親離れというか一人寝も近そうだ。
香澄とミーニャを見送って、雫斗は沈痛な面持ちで母親に面会を求めた。終業前だった事も有り悠美はいたが、応接室に通される雫斗は断頭台に連行される囚人の気持が分かった様な気がした。案の定、雫斗の表情とその後ろから現れた美樹本姉弟を見て、何かを悟った悠美がため息をつく。
「雫斗と美樹本姉弟なんて珍しい組み合わせね?。 悪い予感しかしないわ」。と最近の、悠美の悪い予兆を嗅ぎ取る確率が高くなってきていた、何と言っても今朝鑑定のスキルと保管倉庫の情報開示を雑賀村限定で許可した(雫斗に話しただけだが)ばかりなのだ。
「情報の開示制限に関しては少しばかり物申したいことは有りますが、此れは早急に確認した方がよろしいかと思いまして報告に来ました」と美樹本姉が少しばかりカタイ言葉で話をする。これは瑠璃が悠美に対して他意があるわけでは無く、リスペクトした結果そうした言葉遣いになってしまっているだけで、元官僚のバリバリのキャリアウーマンだった悠美に憧れているだけなのだ、瑠璃が説明を始めるが、途中から悠美が止めに入る。
「待って、待って!。どうしてダンジョンの攻略が、物理学の講義になるの?」。文系の悠美にはいまいち理解が追い付かない様だった。
「えーと、接触収納内で何かを射出する時に加速することが出来る事はお分かりですよね?」。瑠璃はかみ砕いて説明する事にした様だ。
「ええ、それは分かるわ、この間雫斗が音速を超えたと喜んでいたわ」。悠美が最近の話よねと頷くと。
「どうやら収納内では、今の所出す時限定ですが圧縮も出来みたいなんです。で、雫斗の収納の圧縮ですが常識を外れてまして、どうやら原子核がつぶれて崩壊するまで押し潰してしまっている様なんです」。淡々と説明する瑠璃だが、自分で話していてなんだが、ほんとかよと思いながら説明しているのだ。
「原子核が崩壊してしまうとどうなるの?」。良く分かっていない悠美は条件反射的に聞いてきた。
「その後も圧力を加え続けると、圧力に負けて極限まで潰れてブラックホール化します」。ブラックホールの言葉を聞いて驚きの声を上げる悠美。
「ブラックホール?!!。 大事じゃ無いの」。悠美にするとブラックホールのイメージは、巨大で星を粉々に粉砕して飲み込む怪物のような存在でしかないのだ。
「普通に言われている超巨大なブラックホールではなく、ナノ単位の極小のブラックホールなんです」取り敢えず悠美のイメージを払拭することから始める為に続けて話す。
「極小のブラックホールですから、作られる傍から消滅していくみたいです、ただ収納内での事なので確認のしようが無くて、雫斗本人がそう言っているので疑う訳ではないんですが、事が事なので体に有害な放射線とか出ていないか調べた方が良くないかいうことに成りました」。雫斗が話したことになってはいるが、本当はヨアヒムに言われたことを話しているにすぎないが、ここは自重して何も言わずにいる雫斗だった。
「ふぅ、そう。良く分からないけれど、色々と調べると良いのね。だけど、どういった経緯でこうなったの」。一つため息をついて起こってしまった事はしょうがないと、多少あきらめの心境でいた悠美だが、瑠璃が説明している間、気配を殺して大人しくしていた雫斗に悠美の追及の手が伸びてくる。
「収納の出口をどこまで収縮出来るのか確かめたくなっただけだよ、ここ迄大事になるとは思って無かったよ」。これは雫斗の正直な気持ちで、本来雫斗は平穏無事が身上なのだが、どうやらここ最近の彼はやらかしてばかりなのだ。呪われているのかもしれないと近頃は本気で考え始めているのだ。
悠美は自分の息子である雫斗について、自分の興味のある物事に対する執着と集中力が尋常ではない事は知ってはいたが、雫斗の功績の発端は彼が探索者協会に登録してきてからなのだ。どう見てもチームで倒したとはいえ、格上のオークを倒したことが影響しているのかもしれないと考えているのだ。
「分かったわ、取り敢えず本部に報告してからね。どうやって調べるか、研究機関との調整も有るからしばらく時間が必要だわ。分かっているとは思うけれど、雫斗その間これ以上の考察はしばらく禁止よ」。と雫斗の最大の娯楽の自重を言い渡された彼はしおらしく了承して連絡待ちと言う事でその日は終了となった。
第25話(その2)
雫斗はその日の夜、食事を終えて自分の部屋でまったりしていると、珍しくヨアヒムから話しかけてきた。
『我が主よ。提案があるのだがよろしいか?』。遠慮がちに念話で聞いてきたヨアヒムに驚いてパソコンの画面から顔を上げる雫斗。
『珍しいね、君から話しかけるなんて。どうしたんだい?』。そこに居る訳ではないが、虚空を見て集中している雫斗に、何かを感じたのかクルモが寝床で身じろぎをして主人を(まだ契約していないが)を見つめている。
『契約に関して興味があるなら、物は試しという言葉も有るでは無いか。まずは其処のアンドロイドまがいの魔物と主従契約してみてはどうかと思うぞ』。そうなのだ、今ネットで検索しているのは魔物との契約、またはテイムや召喚に関する記事をあさっている所なのだ。
魔物を従えている探索者はいる事はいるが、ゴーレム型のアンドロイドを別にすると、報告されている例を推挙すれば10人もいない。従えたと言ってもどうやって出来たかもわからなくて、魔物の種類もまちまちで謎が多いのだ。しかしダンジョンからもたらされる数々の石板や書物から、召喚やテイムに関しては色々分かってきていた、それは召喚というスキルの場合、そのスキルによって時間制限と召喚した魔物限定という縛るが在るが使役できるのだ。
又テイムは、戦った魔物を使役するという事だが、その条件はまだ良く分かって居なかった。ただ言えることはどちらも魔核が関わっているらしいという事しか分からなかった。
ダンジョンでポップしてすでに現世(ダンジョン内を現世といってよいものか疑問が残るが)になじんでいる魔物を使役する事と、スキルによって召喚する魔物とでは大きな違いが有る事は分かっている。
召喚した魔物は倒されてもクールタイムが有るとはいえ、召喚し直す事が出来るが。すでに現世で活動している魔物を使役した場合は倒されるとその個体はいなくなることになる。
リポップすることでこの世界に顕現する事には成るが、元の魔物と再契約できるかどうかは天文学的な確率になるようだ。
魔物にも個性があるらしく、召喚やテイムあるいは主従契約にしろ、使役した魔物は主人の影響をもろに受けるため、個性的だともっぱらの噂だった。
確かにアンドロイド型ゴーレムのクルモやモカをはじめ良子さんや猫先生、ロボさんといった人達?も魔物ではあるが、かなり個性的だ、魔物も我々人類と同じように個々の本質はみなそれぞれ違うという事なのだろう。
スライムにやゴブリンといった比較的弱いと言われている魔物でも、ハイゴブリンやゴブリンソードやゴブリンアーチャと言った特殊なゴブリンも居る事だし。
環境や生い立ちによって強さが変わってくるというのが一般の認識になりつつあるのは事実だ。ダンジョンが出現して五年、その間成長し続けてきた魔物がどうなっているのか、考えただけでも寒気がしてくる雫斗なのだった。
スライムに関しては、最近の発見ではあるが水魔法を使うスライム迄いるし。深層では家ほどもあるスライムを見かけたとの証言もあるくらいだ、そんな大きなスライムをどうやって倒せるのか見当もつかない。
魔物の強さに関してもスキルで召喚している魔物はスキルのランクで変わって来るが、魔物その物を使役している探索者は、その探索者の経験と使役している魔物自身が倒した魔物の強さや、あと取得した魔石の量と質によって変わって来る様だ。
現世に顕現した魔物は、ダンジョン内では存在を維持できるが、ダンジョン外では魔力が弱いためダンジョンから離れれば離れるだけ存在自体に影響が出る様で、魔石での魔力の維持が欠かせなくなってくるのは、良子さんから聞いて知ってはいる。
使役している魔物の強さに関しても、戦闘や諸々の経験の違いで個々の資質が変わってくるのだが。レベルの高い魔物の魔石の取得でも経験値が上がるとは驚きだった。
話を戻すと。魔物の数は星の数ほどあれど、契約している探索者は少数という事で有益な情報という意味ではほとんど無いと言っていいのだ。
魔物を従者として使役する過程もまちまちで何が正解なのかも分からずじまいなのだ。いや、そもそも正解など無いのかもしれないのだ。
『魔物を使役する条件として、契約という儀式を必要とするが、当然その儀式にはランクがある、強制的に従者を縛るテイムは別として、主従契約には一定の条件と盟約が存在する。要するに友達感覚のいつでも離れる事が出来る契約から、生涯を共にする深~~い契約まで様々と言う事だ。ほれ其処のアンドロイドまがいの魔物もその方との契約を望んでおる、ちゃっちゃと契約するがよいぞ」。珍しくヨアヒムが熱弁する、こういう時のヨアヒムは何か良からぬことを企んでいることがある、経験から用心して確認する雫斗。
『クルモが望めば契約を解除できると言う事なのかな、その割には情報が出てきていない事に疑問が残るのだけど?』。そうなのだ、魔物との契約の解除においてネットの検索にヒットする情報が全く無いのだ。
『当然であろう。本来魔物は本能で人を襲うが、戦闘を含め諸々の事情で主と認めた者には従順である。よって余程の事情が無ければ魔物の方から契約の解除などする訳が無かろう。それに使役した魔物に逃げられたなど、協会への報告は別にして恥ずかしくてネットに上げる事など出来はせんよ』。然もありなんという風に、当然だとヨアヒムは言うが。雫斗も以前ほどでは無いとはいえ、叡智の書という魔導書のヨアヒムとの契約を、どうにかして無かったことに出来ないかと考えている彼にとって、契約を解除できるかどうかは最大の関心事項なのだ。
『その割には、君との契約の解除には難航しているのだけれど』。と雫斗が苦情を言うと。
『言うたであろう、契約にはランクがあると。我と主との血の盟約は最高のランクにして至高の契りであるぞ、もはや其方と我を分かつには死をもって他にあるまい』。そうなのだ、雫斗はだまし討ちに近いとはいえ、”叡智の書”と言うタイトルに騙される形で自分から契約してしまっているのだ。これ程のポンコツだと知って居れば躊躇していたのにと、悔やまない日は無いのである。
第25話(その3)
『ところで、これ程クルモとの契約を勧めるのは何か訳が有るのかな?、どう見ても君の願望の様な気がするのだが?』。と雫斗はヨアヒムの本音を聞きだすと。
『うっむむむ!。我とて主の他に話し相手が欲しいのだ、隠世に籠りて数千年。ようやく現世に邂逅するも話す相手がいないでは、さみしいでは無いか』。叡智の書は本来聞かれたことに関して嘘は付けない。聞かれていない事は話さない又はおかしな方向に誘導する事があるが、そう言う意味では案外正直者ではある。
雫斗がヨアヒムと念話で会話している間、自分の寝床で大人しく待っていたクルモに呼びかける。
「おいで。クルモ」。うずくまってじ~と成り行きを見守っていたクルモは、がば~!と起き上がり糸を使ってひらりと雫斗の前に降り立った。
「クルモは、僕の眷属になる事を望んでいることに変わりはないかな?」。分かってはいても、一応は最終確認のつもりで聞いてみる。
「当然です、私は雫斗様に使役される事を望みます」雫斗は確認の後、ダンジョンカードを取り出してクルモの前に差し出す、クルモは若干震えている前足をダンジョンカードに添える。テイムと召喚はスキルで魔物を縛るが、主従契約は魔物の心と人との心を誓約というお互いの契りで絆を結ぶ行為だ。
ダンジョンカードにクルモの前足が載った瞬間、温かい光が軽くともる。華々しいエフェクトは無いが、確かな繋がりを感じさせる光が灯ると共にお互いの心に絆という楔が撃ち込まれる。
「こういう感じがするのか、ヨアヒムの時は指をなめられた事に衝撃を受けて気が付かなかったけれど、物凄く弱々しいけれど何かクルモと一体化した様な気がするね。取り敢えずこれからもよろしくねクルモ」。と雫斗は不思議な感覚に集中していると。
『何を言うか主よ、指をしゃぶるは稚児の習性では無いか、我は親しみを込めて其方と我の契約の証である盟血を舐めとったのだ、此れは友愛の証であるぞ』。ヨアヒムのおじさん顔を知っている雫斗は、稚児の習性だの友愛の証だのの言葉にゲンナリしていると。
「今の言葉はご主人の従者をされている方ですか?初めましてクルモといいます」。クルモの挨拶に慌てた様にヨアヒムが答える。
『おおお!我としたことが、その方に答えるのは初めてではあるな。我は”叡智の書”の住人モルア・スマアセント・ド・ピニエラルソン・ヨアヒムと申す、わが主は略称でヨアヒムと呼ぶがその方にもその呼び方を許そうぞ、以後見知り置くがよいぞ』。多少偉そうなのはヨアヒムの人柄が出ているが、雫斗は主従契約を交わした二人が、お互いに言葉を交わしたことにほっとしていた。
「モルア・スマアセント・ド・ピニエラルソン・ヨアヒムとおっしゃるんですか、すごく長い名前ですね。お言葉に甘えてヨアヒムさんと呼ばせてもらいます。叡智の書の住人との事ですが、元から叡智の書だった訳では無いと言う事でしょうか?」。最初ヨアヒムのフルネームを言えず、未だに覚えていない雫斗は、長い名前を一回で言えるクルモに、羨望の眼差しを向けるが、ヨアヒムは気にする事なく嬉々としてクルモの質問に答えていく。
『我とて最初からこの姿であったわけでは無い。知識の探訪が過ぎて、本に取り込まれてしまってはいるが、もとは普通の人であった。何も悲観しているわけでは無いぞ、今ではこの境遇に満足しておる、何せ人の寿命では無しえない叡智の全貌を知ることが出来るゆえな。かっかっかっ』。ヨアヒムの人生を楽しんでいる様な豪快な笑いに紛れて雫斗はほっとしてはいるが、彼は中々凄まじい人生を謳歌してきている様だ、多少ヨアヒムに興味を覚えて、後にヨアヒムのこれまでの歩みを聞いてみるのも良いかも知れないと思い始めている雫斗だった。
それはさて置き、従者として契約した二人が思いのほか仲がいい事に気を良くした雫斗は、二人の会話を何気なく聞きながら、ふと疑問を覚えた。接触収納にしろ保管倉庫にしろ知性ある生命は収納できない、此れは周知の事実だ。雫斗も試したし(つい、弥生で試して手痛い反撃にあったが)他の人も試したらしく、出来ない事はネットでも盛んに言われている。
しかし生命も色々といる、植物から動物までそれこそ、ピンから・・・顕微鏡の先?からゾウやクジラの様な巨大な生物まで(表言が苦しい!!!)多種多様な生物がいるが、植物は勿論、微生物や細菌、昆虫までは収納出来る事は分かってきたが、哺乳類は無論、魚類や鳥類、両生類など何処までが収納できるのかはまだわかっていない、その線引きを今やっている最中なのだが。
おおむね知性ある生命体だと収納できないのではないかと言われている、その証拠に生命活動が停止すると収納できる時も有る、つまり死亡すると収納の対象になるのだ。
そのような事をぼんやりと考えていた雫斗だが、その事が後に悲劇となるのだがそれはのちの話だ。
第25話(その4)
その数日後。雫斗のビーム兵器?の検証の為やってきました、陸上自衛隊の東富士演習場。富士総合火力演習の会場として有名な場所だ、前日に連絡を受けた雫斗は耳を疑ったものだ。雫斗の収納を使った投擲がなぜか光線を放つ様になった事で、その光線が他にも、人に悪影響を与える放射線等が出ていないかを調べるだけなのだが、何処かの研究機関で調べるのかと思いきや、自衛隊の実弾演習場ときた、どうやらその前の火球の検証もしたいらしく、その為の演習場らしい。
雫斗は今日は父親の海慈の引率で演習場入りしたが、そこで懐かしい人と出会う事になった。かつて雫斗達家族がダンジョンの生成に巻きこまれたおり、救助に駆けつけてきた部隊の隊長だった人だ。
演習場の端に設置された天幕に案内された高崎親子は、そこで指揮を執っていた一等陸佐の階級章を付けた人に紹介された。
「おおお~、雫斗君久しぶりだね。おじさん、覚えて居るかな? 何せ5年ぶりだからね」。と気さくに話しかけてきて、雫斗の頭をこねくり回してきた。
「おいおい、元同僚への挨拶を端折って子供にチョッカイを掛けるとは、子供好きのお前らしいな、泉一佐」。と海慈が呆れたように言うと。
「貴様とは画面越しとはいえ、その都度顔を合わしているでは無いか、懐かしいというほど哀愁を覚える事が無いのでね、だが直に会うのは4年ぶりか? ふむ、それなら久しぶりと言えなくも無いか」。と若干へそ曲がり的な事を言うので、”変わった人だな”と雫斗は思いながら、挨拶を返す。
「お久しぶりです泉 遥一佐。その節は助けて戴いて有難うございました」。と雫斗が丁寧に返すと、驚いた様に目をむいて。
「おいおい!礼儀正しい子じゃないか?。お前の遺伝子を受け継いでいるとは思えんぞ、やはり悠美さんの教育のたまものだな」。と海慈の息子ならもう少しハッチャケて要るはずだと暗にほのめかす。
「間違いなく俺の息子だよ、でなければこの年でこんな殺伐とした場所へは呼ばれたりはしないさ。それより向こうで動いているのは新しい機動戦闘車両か?思いのほか様変わりしているな」。その視線の先には6本の足の様なアームを備えた車体がそのアームを器用に動かして高速で移動していた。
「本来はダンジョン探索用のポーター兼乗員の移動用として開発していたものだが、最近個人で収納出来る事が分かってな、一人150キロ程と制限はあるが、それでもその装備を重さを気にせずに持ち運べるのは大きい。そこで用済みのポーターで戦闘の補佐が出来ないか実地で確認して居る所だ」。そう言いながら、厳しい目でその車両の機動に注目している。
雫斗は自分が発見した接触収納が、思わぬ形で影響が出て居る事にむずがゆさを覚えながら、その戦闘車両の動きを何気なく見ていた。
戦闘を目的としている分武骨さは否めないが、大きさはミニバンを少し大きくした本体に、動き回るための足を取り付けたシンプルな構造をしている。前方に本来はミサイル迎撃用のファランクスが二基収められていてまるで目玉の様に見える、ただ本来自立している探索用のレーダー装備を排除している為より洗練されている様に見える、後方には背の低い砲塔が鎮座していてどうやらそれがメインの武器の様だ。
まるでガマガエルに足の様なアームを2本追加して6本足にした格好だが、機動性は良いようで足の先には動輪が装備されている。普通の車両の様に固定さてていない分、起伏に応じてアームが動いて車体の均衡を保っているうえ、轍や泥濘といった普通ならスタックしそうな状況でもうまく重量を分散して移動しているように見える。
「ほう、中々よさそうに見えるが、しかしデカすぎないか?此れではダンジョンに入らないぞ」。と海慈が言うと。
「その心配はない、本来建物と同化したダンジョンを別にすれば入り口は元々大きいんだ。一般に公開されているダンジョンの入り口は探索者の通行の確認の為ゲートで塞いでいるが、その車両が余裕で入れる大きさは有る。そもそも我々が攻略しているダンジョンにはゲートそのものが無いがね」と泉一佐がこたえる。
深層のダンジョンは別にして、浅層ダンジョンか攻略済みのダンジョンは一般に公開される、攻略とは言っても最下層に鎮座しているオーブを取得することで、ダンジョンの再構築がおきて復活するだけなので、べつに消えて無くなるわけでは無い。それを攻略したと言っていいものかは分からないが、元々のダンジョンの特性は変わらないので攻略に関してのハードルは低くなる。
つまり全く危険はないとは言えないが、ある程度の安全は担保されているダンジョンが一般に公開されることに成るわけだ。
「しかしその装備も完成目前で無駄になりそうだ。聞けば保管倉庫なるスキル迄発見されたそうだしな、しかもスライムの討伐で手に入ると言うじゃ無いか。今ではダンジョン攻略そっちのけで、わが隊員は一階層でスライム狩りに勤しんでいるよ」。とまたまた雫斗がむずかゆくなりそうな事を言ってきた。
海慈は顔を真っ赤にして挙動不審の息子を面白そうに横目で見ながら、泉一佐の率いている新設のダンジョン攻略群の事を聞いてみる。
「今攻略しているダンジョンは五カ所だったな?、新たに出来た部隊にしては規模がだいぶ拡大している様だが、指揮系統は機能しているのか?」そうなのだダンジョン発生初期の混乱の中、各方面隊単位でダンジョンの対策に当たっていたのだが、思いのほかダンジョンの探索の成果にばらつきが出て来た。
そこで新たにダンジョン探索の専門部隊として新設されたのが、ダンジョン攻略群なのだが、そこは未知の敵?ダンジョンが相手だ。右も左も解らぬままに、前線(階層)を押し上げて行く事にそれなりの苦労が有ったのだろう。
当然ダンジョン探索で功績のある隊員を選んで集めた為、一癖も二癖も有る隊員達が集まることに成り当初部隊運営に支障が出てきていた。
第25話(その5)
「ようやく纏まりが出来て来たよ、最初は酷いものだったが前線の指揮権をすべて移譲させたのがよかった様だ。ダンジョン攻略群も大きくなり過ぎたからな、これ以上は私の手に余ると思っていた矢先だ、保管倉庫というスキルがトン単位で物資を持ち運べるとなると、隊の規模も縮小できそうだ」。と言った後、一瞬の間の後に続けて。
「今我が隊が管理しているのは六ヶ所だな、最近、探索者協会名古屋支部の近くでダンジョンが生成されてな、そこの管理も任された。かなり大きなダンジョンらしいな」。と泉一佐が締めくくった。
「そうか、此れからの自衛隊の在り方も変わって来るな、他国からの武力脅威がなくなるとなるとダンジョン対策で民間と協力していくことに成る。何時までも昔のままという訳にも行くまい」。雫斗の真っ赤な顔が青ざめていくのを楽しそうに見ながら海慈が話す。
「そうは言うが、頭の固い省庁のお偉方には、そう簡単には今までの習慣を変える事など出来んよ。それはそうと貴様は今日はどうしてここに居るんだ?昔の同僚に表敬訪問でもあるまい」。と泉一佐が疑問を口にすると。
「今日の私はただの引率だよ。呼ばれたのはこの子さ、向こうで準備している所が本来の目的地さ」。と演習場の一角を指さす。その場所を一瞥して怪訝な顔をする泉一佐。
「今朝いきなり、あそこで射撃の評価試験をすると言って報告が上って来たが、そもそも新しい銃器の開発など私は聞いていないぞ。しかも評価用の鋼板を複数枚用意するのは異常だぞ、一体何をやる積もりなのか見当もつかん」。と本音を言う。
確かに普通の銃器の評価試験なら、アルミの鋼板一つで事足りる。要は徹甲弾が貫通するか、もしくはどれだけ侵食するかの評価に使う訳だから、一枚で十分なのだが。
雫斗がやろうとしているのは、ビーム兵器だ。兵器とはいってもただ短鞭を降り抜くだけだが、それが光線となってダンジョンの岩盤を打ち抜くとあっては、どう予測、もしくは測定していいのか分からないのは当然なのだ。
「新兵器はこの子さ。私も見るのは初めてでね、元自衛官としては興味がある。ああ!、どうやら準備が出来たみたいだな」。と雫斗の頭を撫でながら、試験場から人が小走りに走って来るのを迎える。
この東富士演習場に到着した時に、対応した隊員からまだ準備が出来て居なくて、申し訳無さそうに待機を言われたのだが。その隊員が海慈の顔見知りで気を利かせたのか準備が整う迄、ダンジョン攻略群の車両の評価試験の見学を進めてきたのだ。
泉一佐が居ると聞きつけた海慈が承諾して時間をつぶしていたのだが、どうやらようやく今日の目的の雫斗が放つビームの人体への影響の有無を調べる事が出来る様だ。
「お待たせしました、高崎三佐、雫斗君。準備が出来ましたのでこちらにお越しください」。と海慈に向かって敬礼してきたので。
「おいおい、私はもう自衛官では無いよ。加藤一尉、敬礼は不要だよ」。と笑いながら応じるが、長年自衛官として活動してきた海慈も満更では無さそうだった。
「おい!待て、私も行くぞ。吉田、後を頼むぞ」。と言って泉一佐がついてくる。後を任された吉田三佐も海慈たちの話に聞き耳を立てていたのだろう、自分も行きたいと目で訴えかけていたが、命令されてはどうし様も無かった。
試験会場はちょとした賑わいを見せていた、何処からか聞きつけて来たのか白衣の人に交じって自衛隊の野戦服を着た人達やスーツにネクタイといった場違いな人達がかなりの人数いる事に雫斗は驚いていた。
後で聞いた話だが、最初は相談を受けた大学の教授はレーザーの類かと思い構内での試験を想定していたのだが、確認をしていた学生が、協会から送られて来た報告書に”ダンジョンの壁にかなり深く穴を穿つ”と書かれていた事に恐怖を感じ、教授にここでは危険だと直訴した事がこれ程の大事に発展してしまっていたのだ。しかしその事が被害の軽減につながった事は事実なのだが、その時の雫斗は大げさな事に戸惑っていたのだ。
「初めまして、この試験を任されている増田といいます。君が雫斗君で間違いないかな」。と白衣を着た若い研究者が聞いてきた。おおむねダンジョンの研究は始まったばかり(5年だから当然ではあるが)なのだが、ダンジョン関係の研究者は若い人が多いとは言っても、まだ30代位の増田さんが検証の責任者とは驚きだった。
雫斗が肯定すると、増田は今日の試験の概要を説明しだした。
「其処の射撃地点から向こうに見える的の鋼板までは100メートルといったところだ、君にはそこから的に向かってビームを放ってもらう事になるが、あの的は狙えるのかね」。と増田が手を添えながら説明する。
銃器を使った射撃と違い、ビームを放つとはいっても所詮投擲の延長でしかないので、正確に的に当てる事が出来るのか確認の意味で聞いてきたみたいだ。
「この距離は初めてですが、いけると思います。このまま初めても良いですか?」。雫斗はこれだけのギャラリーの中でパーフォンマンスを披露した事が無いので、居心地の悪さを感じているらしく、早く終らせたいという気持ちがありありだった。
「まー待ちたまえ、概要は書面で理解をしてはいるが、どういった経緯でこの様になったのかを聞かせて貰えないかな?」。と増田は研究者らしく事の経緯を知りたいらしい。
雫斗は接触収納で加速が出来るなら圧力をかける事も出来るはずとだと思いつき、押し潰すイメージと同時に、収納から射出する瞬間に入り口を絞り込むイメージを追加した事から話して、かなりの回数を試したそころで火球が飛び出す様になってきて、最終的に光線が出た事で危機感を感じたことまでを話すと。
「接触収納の構造を研究し始めた矢先で、こういう事が起こるとは。気持ちの整理が追い付かんよ、しかも接触収納内でブラックホールの生成迄出来るとは。いったい常識は何処に行ってしまった」。と増田が頭を掻きむしっているのを他所に、此の射撃演習場の管理を任されている二尉の人が早く進めてくれとせかす、今朝いきなり準備を命じられた上に、お偉方も少なからず来ている事に少しイラついている様だ。
「増田さん、取り敢えずその光線を放ってもらって、事実確認をしませんか検証はその後でもいいでしょう」。と、どうやらこの人は雫斗が話したことを、信じてはいない様子だった。
「そうだな、此処で議論をして居ても始まらないからな。雫斗君初めてもらっていいかな?」。増田の開始の言葉に、早き終らせたい雫斗が射撃地点へと向かうのだが、本来なら銃器を扱う上での注意事項や規則がしこたま有るのだが、雫斗が使うのは短鞭だ。乗馬に使うためのもので注意のしようが無いのだ。
射撃点から的の鋼板を見ると、銃弾の評価をするための物だけに大きく見える中心と四隅に合計五発の弾を打ち込んで、貫通もしくは銃弾が鋼板に浸食した状態の具合からその銃弾と炸薬の評価をするみたいだ。
雫斗が初めて良いかの確認で増田さんを見ると、待ってくれと手を上げながら設置されているモニターを見ている。其処で目の前にある計測装置に意識が向く雫斗、そうだった今日の目的である雫斗の放つ光線の安全の確認の為だった。
「準備が出来たみたいだ、雫斗君始めてくれ」。増田の声掛けに雫斗が集中し始める、周りには攻略群の精鋭である人たちが注目している中、中々集中し辛い様で一度深呼吸をした後。「行きます」。の掛け声で短鞭を降り抜く。
強い閃光のあと、的である鋼板を貫き後ろに有る弾止め用の盛り土を吹き飛ばし、稜線に見える長距離砲の的を設置している丘の側面に着弾する。
すると同時に着弾した側面が強い閃光を放った後大きな衝撃波が周りに伝播していき、その上に大きなきのこ雲が上がる。
唖然とする雫斗を他所に、盛り土を吹き飛ばした轟音に周りの自衛隊の隊員は条件反射的に伏せて衝撃を避ける。
爆風を避ける事の意識と、その訓練をした事の無い雫斗と学者連中が、棒立ちのまま吹き飛ばされた盛り土の雨に打たれる。
その雫斗と学者を伏せていた自衛隊の隊員たちが引きずり倒す、その直後凄まじい衝撃波が伏せている人達の上を通り抜けていく。
暫くのあと身を起こした人たちの唖然とする中、雫斗は吹き飛ばされたテントと計測機器の惨状に顔を蒼ざめていた、周りの大人たちは立ち上るきのこ雲を見上げてただ呆けるだけだった。
ダンジョンの中では、ダンジョンの壁に穴を穿つだけだった光線が、ひとたびダンジョンを出るとこれ程の被害がもたらせられる事に恐怖している雫斗だった。
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