ダンジョンを探索すると、いろいろな事が分かるかも。
第1章 初級探索者編
第26話(その1)
予想外な出来事に対応する能力は、経験の積み重ねによって培われていく事になる、その典型的な出来事が今まさに起こっているのだが、雫斗のヤラカシタ事態に、いち早く正気に戻り次々と指示を飛ばしていく泉一佐。
流石に新設の部隊を任されて要るだけの事は有る。機転の速さと指示の的確さに元同僚の海慈は感心して見ていたのだが、隣で呆然ときのこ雲を見上げている自分の息子を気遣いながら聞いてみる。何を隠そう雫斗を引きずり倒したのは海慈なのだ。
「けがは無いか、雫斗。・・・おい!雫斗」。二回目に呼ばれた時の声の大きさに我に返った雫斗が、狼狽えながらきのこ雲に向かって指をさす。
「どうしようお父さん。きのこ雲が」。震える声で父親を見上げながら訴える雫斗に、安心させるように静かに海慈が言う。
「落ち着きなさい!!何も核爆弾だけがきのこ雲を作るわけじゃない、だから安心しなさい。それにうまい具合に此処には計測装置がたくさんある」。と転がっている機械類を見ながら茶化す様に海慈が言う。
そうなのだ、通常兵器でもきのこ雲を発生させることはできる、しかし問題は其処ではない。核爆弾に匹敵する瞬間的な破壊力を雫斗が持ち合わせて居る事が、ただ鞭を一振りするだけで作り出す事が出来るその事が問題なのだ。
そうしている内にも事態は進行していく、けが人の有無、安全の確認のため人数の点呼に始まり、吹き飛ばされたテントと計測機器の片付け、見事にえぐれている稜線の調査とやる事は満載なのだ。
「おい!そこの二人。突っ立って居られると目障りだ、官舎に行っていろ」。何もしていない二人に邪魔だから離れていろとのお達しに。
「出来たらそのまま帰りたいのだが、・・・・そうもいかんか」。とため息をつく海慈に対して。
「何を危惧しているのか分からんでもないが、心配するな。何が有っても帰してやる」。との確約を貰った海慈が、「絶対だぞ!」。と念を押して歩き始める。
「どういうことなの?」。雫斗は父親に付いて行きながら今の海慈と泉のやり取りに疑問を感じ聞いてみた。
「うん?、いや大丈夫だとは思うが。拘束されるかもしれないからな、一応、泉は約束してくれたとはいえ、他の奴がどう出るかによって状況は変わる」。と何処かうわの空で不穏な事を言う海慈に驚愕する雫斗。
「えっ!!、僕たち捕まるの?」。雫斗の驚いた声に我に返る海慈。どうやらもしもの時の逃走経路を考えていて思慮の無い言葉をかけてしまっていた様だ、雫斗に要らぬ心配をかけた事に伐の悪い顔をして落ち着いた声で。
「安心しろ雫斗。私たちは協会の探索者だ、今の日本・・・いや世界の国は探索者協会を無下には出来んさ。それこそ経済が破綻しかねないし、治安の上でも貢献している。だから心配するな」。という海慈だが、国家という権力が崩壊している現状を理解していない人達が、何をしてくるのか見当もつかない現状で、無策にしている事は、其れこそ身の安全を投げ出す事になるのを熟知している海嗣なのだ。
「それに、ここ最近の雫斗の協会への貢献度は凄まじいからな。その探索者を切り捨てる協会ではないさ」。とウインクして安心させると、雫斗の頭をくしゃくしゃにする。
東富士演習場の建物の中で待っている間、時間の経過とともに落ち着きを取り戻した雫斗だが、待たされている間は悶々とした時間を過ごしていた。
海慈はあちらこちらに連絡を入れている様で、忙しくしていたがどうやら終わりがやって来た、泉一佐と増田さんが連れ立ってやってきたのだ。
「やぁ、待たせたね。時間が無いから簡単に説明するよ」。とかなり憔悴した増田さんが話し始める。
「今日の試験の目的である、雫斗君の光線から有害物質が出ているかの検証の件だけど、詳しい事は後日報告するけれど、破壊力は別にして有害な物質等は観測されなかったよ、光線の射出時及び着弾地点でも放射線や放射能などの物質は検出はできなかったね」と淡々と話す増田さんだけど、少し様子がおかしい。何か焦っている様に見受けられるのだ。
「その他の有害な物質に関しては、標的の鋼板と着弾地点から採取した検体を詳しく調べた後にはなりますが、此処にある機材で確認した限りでは何も出てきませんから、多分大丈夫でしょう」。そう話した後、何か言いたそうにしていたが自重したみたいだった。
しかし本来の目的である、危険な物質の有無が分かっただけでもありがたかった。ほっとした雫斗に追い打ちをかける様に泉一佐が話を引き継ぐ。
「あの場に居た制服組の一人が上に連絡したようで、政府内で君たちの拘束の話が出ているらしい、そこで命令が出る前に返してしまう事にした、面倒事は御免だからな。今ヘリの用意をしているからそれで帰ると良い」。と何とも男前の発言である、しかし海慈は怪訝な顔で聞いてきた。
「おいおい、言い出したのは俺だが、責任問題にならないか?」。と帰路の確保を確約した泉一佐を心配して聞くのだが、泉一佐は鼻で笑い。
「構わんさ。べつに罪を犯しているわけでも無い、表向きは法治国家の日本で政府の都合で人権の侵害など出来んさ」。と公僕としては問題発言をしている様に見える泉一佐にニヤついて海慈が揶揄いながら聞いてくる。
「つまり裏では何をしてくるか分からんから、それならいっそお払い箱にして、煙に巻こうと言う事か」。泉一佐は多少の躊躇のあと、少し顔を赤らめながらも言い切る。
「煙に巻けるかどうかは分からんが、居ない者を拘束しろとは言えんからな。・・・準備が出来たみたいだ、行くぞ」。
泉一佐の付けているインカムに連絡がきた様で、雫斗達が部屋を出ようとした時、増田さんが声を掛けてきた。
「あの~~、彼の・・・雫斗君の光線の再検証をしたいのですが、どうでしょうか?」。
流石に研究者であっても、この切羽詰まった状況は分かるようで、遠慮がちにかけた言葉に、驚いた様に振り向く海慈と泉だが、泉が律儀に答える。
「今の状況ではしばらくは無理ですね増田さん、検証するにしても地上では危なくて無理でしょうし。もしもう一度検証をするとしたらダンジョン内と言う事になりますが、増田さん・・・ダンジョンに入れます?」。泉のダンジョンの言葉に躊躇する増田。ダンジョンに入らなければいけないと言われて、蒼ざめる増田はどうやらダンジョンに入ったことが無い様だ。
「やはりダンジョンですか、・・・」。と肩を落とす増田、ダンジョンが出来て5年もたつが、未だにダンジョンに入る事に恐怖を感じている人が居る事は当然と言える、誰しも自らの命の危険がある場所へとおもむくのは抵抗があるものだ。
落ち込む増田を部屋に残し、雫斗達を待つヘリドローンへと向かう。雑賀村にもヘリポートが有るので、空からの帰還というのは分かるが、大げさだなと思っている雫斗を他所に、離陸の準備に余念がない機体整備のクルー達が離陸の準備をしていた。
雫斗達が普段使っているヘリドローンと違い、戦闘での使用を想定しているので、大型でかなり武骨なつくりをしているが、基本的な構造は変わらない。
一番の違いは人が操作すると言う事だ、普通のヘリドローンはヘリポートからヘリポートへの移動で済むため、決まったルーティーンで済むが、事戦闘やその為の人員の移動となるとそうもいかない為、人が操縦することに成る。
雫斗達が乗り込もうとすると、何やらわきのほうで揉めている様なのだが、離陸前の機体への妨害は当然阻止することに成るので、屈強な自衛隊の隊員二人に抑えられていて近づく事が出来ずにいる人が居る。
何やら大声で叫んでいて、機体に乗り込むことを躊躇する雫斗だが、ヘリドローンのエンジンの音にかき消されて何も聞こえない事を良い事に、海慈に促されてそのまま乗り込む二人、結局そのまま離陸して雫斗と海慈は無事雑賀村へ帰還できたのだった。
第26話(その2)
ヘリポートで自衛隊のヘリドローンから降りた雫斗と海慈は、のんびり歩きながら家路へと向かっていた。今日は休日ということもあり、母親の悠美に報告するにしても家へと向かわなければいけないのだが。
村に有るただ一つの販売施設の売店前で、百花と弥生に捕まった。二人で買い物に来ていて店を出ようとした時に、海慈と雫斗の二人とばったり出くわしたのだ。
「あ~雫斗だ!、帰って来ていたんだ。海慈さんお帰りなさい」。百花が素っ頓狂な声を上げると、菓子パンを食べながら出て来た弥生がばつが悪そうに口を動かしながらも。
「おかえり~~~」。と菓子パンを口の中で転がしながら、多少曇った音にはなったが、一応はっきりと聞こえる声で挨拶する。
「ねぇ~ねぇ~。お昼のニュースでやっていた、あの爆発のきのこ雲、雫斗がやったんでしょう、どうやったの?」。と百花が食い気味に聞いてきた。
「ニュース?。何それ」と雫斗。きのこ雲は自覚があるので分かるが、”ニュース”の単語に戸惑っていると。
「そうそう、お昼のニュースで速報で流れていたよ。すっごい大きなきのこ雲」と弥生が追い打ちをかける。
唖然として反応が出来ないでいる雫斗に代わって、海慈が答える。
「君達も分かっていると思うが。雫斗の光線の検証をしたのだがね、不用意に放って良いものではない様だ、特にダンジョン外だと制御が難しいのかもしれないね。・・・君達も習得したら使いどころを間違えないようにね」と習得の禁止では無く、あくまでも使用に関しての注意にとどめておくようだ。
「「はい分かりました!!」」と元気に答える二人に頷きながら、「雫斗、私は先に帰っているから遅くならないようにな」と言って家へと帰って行った。
それからは百花と弥生の質問攻めにあって、雫斗がうんざりしていると。「あ~~。雫斗兄ちゃんだ!!」後から出て来た百花の妹の千佳が声を上げる。
「ねぇ~ねぇ~雫斗兄ちゃん、どうやったら、あんなすっご~い爆発が出来るの。大きかったね~、あのきのこ雲」姉妹で買い物に来ていて売店前で弥生とばったり出くわした様だ、大事そうに袋を抱えて出て来た千佳の言葉に落ち込む雫斗だが。
無邪気に笑顔で話を持ってくる千佳に、罪悪感に苛まれている雫斗は多少の癒しを感じていた。
「千佳ちゃん千佳ちゃん。雫斗のあの必殺爆裂弾は簡単には習得できないよ、それに使い道も限られるし、あの爆発は至近距離で使うと、自分までダメージを受けるよ」
いつの間にか、雫斗の知らないうちに攻撃技に名前がついていた。所詮ただの投擲技なのだが大げさな名前がついていて雫斗は呆気に取られていた。
「何その名前、恥ずかしいんだけど」と雫斗が抗議の声を上げると。「仕方ないじゃない、雫斗の投擲技の威力が普通のと違うんだもの、区別しないといけないし」と百花がため息交じりに話す。
どうやら買い物をしながら、投擲の技の名前を考えていて、その事で盛り上がって居た様だ。”エクスプロージョン・ボム”やら、”必殺爆裂弾”はまだ可愛いほうで、”偽核爆発弾”やら”暗黒破壊弾”など別の次元に飛んでいきそうなものまであった。
「ねぇ、ねぇ雫斗兄ちゃん。どれがいい?」と楽しそうに千佳が決定を促す、「”必殺”なしの爆裂弾でいいよ」と無難な答えを返す雫斗。”え~~~、必殺を付けた方がかっこいいのに~~”との千佳の言葉を無視して百花が雫斗に詰め寄る、百花にとって技の名前はどうでも良いようだ。
「それより、どうして光線が爆発に変わるの?しかも破壊力が半端じゃないんだけど」と百花が疑問を口にするが、雫斗自身あの一回だけの経験では予測がつかない。いや、そもそも爆発すること自体が許容範囲の外なのだ。
「その事だけど、安全装置みたいなものかもしれない。弥生が言っていた様に、至近距離だとその爆発に放った人自体が巻き込まれてしまうからね」そう話す雫斗自身、確信があるわけでは無い、ただ実体験とヨアヒムの要領を得ない説明で予測を立てているだけなのだ。
当然雑賀村に着くまでに、光線があの爆発に変わる事についてヨアヒムに聞いてみた、”叡智の書”という大層な名前をタイトルに付けている割には、名前負けしているヨアヒムの説明とは。
『膨大なエネルギーを瞬間的に解き放つ事に置いて、その結果が圧倒的な破壊力となって顕現することは当然と言える。人類はその事を経験していると思うが如何に?」と身も蓋も無いことを言う。雫斗が聞きたいのは、”光線”の正体であって起こってしまった結果では無いのだが。
どうやらヨアヒム的には、エネルギーとは力の根源でしかなく、核の力でも魔の力でも同じであるようなのだ。
仕方がないので、ダンジョンの中で雫斗が光線を放った時の結果と、今日の爆発の違いを聞いてみた。
『当然である、そもそも膨大な力を解き放った本人が巻き込まれるなど、滑稽では無いか。魔法の力とは実者の意に反した行いは極力せんものだ』。と始終その問答で、雫斗が聞いた疑問の答えになっていない説明のやり取りに発狂寸前だった雫斗だが、実体験として分かって居る事はある。
試練の間で、不注意(ヨアヒムを信じて)によってスライムの大群に襲われたおり、思わず自分へのダメージを認識しながら殲滅魔法の”ヘルファイヤ”を初めて放ったことがあるのだ。
結果として無傷で切り抜ける事にはなったが、本当なら放った雫斗自身まで死に追いやってもおかしくない場面ではあったのだ。
しばらく投擲と爆発についての議論をしていると、家の方からミーニャが走って来た、肩にはクルモがしがみついているが、振り落とされることなくついて来ていた。
「雫斗さん、怪我は有りませんか?」、「ご主人、ご無事ですか」。二人ともに雫斗の事を心配して急いで来たみたいだ。
今日は雫斗の光線の検証だけだからと、ミーニャとクルモにはダンジョンでのスライム討伐を優先させたのだが、要らぬ心配をかけた様だ。
「大丈夫、怪我は無いよ。精神的に疲れたけどね」とややくたびれた物言いで返す雫斗。母親に報告が有るからと、百花達三人に別れを告げて、ミーニャとクルモを連れて家路につく雫斗だった。
第26話(その3)
その日は、母親への説明のあと食事が終わり、自分の部屋でまったりしながら今日の出来事を考えていた。
確かにヨアヒムの言う様に、術者を巻き込む魔法の行使は本末転倒でしかない、ダンジョンで雫斗が初めて光線を出した時点で、あの爆発が起っているならば、雫斗は爆発に巻き込まれて死んで居た事に違いない。
魔法を行使するにあたって、ある程度のイメージの範囲で物事が推移していくのは分かる、例えばスキルスクロールから取得できる炎系のスキルで、”ファイヤー・ボム”や”ファイヤー・ジャベリン”と言ったスキルが”エクスプロージョン”並みの威力だとしたら、最初に近距離や中距離に放った術者が軒並み死滅してしまう。
要するに、魔法とは我々が言葉としてイメージした範囲の威力で行使されると言う事なのだろう。
では雫斗が行った投擲はどうかというと、物体に加速をつける時点では許容範囲内だったのだろう、音速をはるかに超えるまでは一応出来はした。
しかし、物体に圧力をかけて原子核の崩壊を招くことは想定外だったのかもしれない。その結果、光線やら、凄まじい爆発やらになったとしたら、術者にとって致命的な行使になる事になる、そこで雫斗は”安全装置”と考えたのだが、確信は持てて居なかった。
そうやってつらつら考え事をしながらベッドに横になっていたのだが、これ迄の精神的な疲労で早々に寝入ってしまっていた。
翌朝、爽快な目覚めと共に起床した、雫斗の特技の一つに切り替えの早さがある。いやな物事を引きずる事が無いのである。
反省しない訳ではないが、起こってしまった事は仕方がない、後はこの事をどうやって、此れからに生かして行くのかと割り切っているのだ。
しかし雫斗が学校に着くと、学友の質問攻めに辟易していた。投擲スキルを雫斗が極め、昇華した先の光線という、”ハチャメチャ”な技を習得する事に不安があるのだろう。
取り敢えず休み時間や放課後を使っての議論の結果、試してみない事には分からないと、無難?な事で落ち着いた。
数日後、暫くダンジョンに入る事を禁じられていた雫斗の解禁と共に、久しぶりにクルモを伴って沼ダンジョンにやって来ていた。
クルモと主従契約する前は、クルモと一緒だと見つける事が出来なかった秘密の通路。”覚醒への道”だが契約した後に探し当てる事が出来るようになったのだ。
初めて覚醒への路に入ったクルモは興奮していた、無理も無いのだが雫斗もクルモの興奮に当てられて、初めて覚醒への道を探し当てた時の感動が蘇って来た。
「これが隠し通路と呼ばれている物ですか?不思議な通路ですね、しかもドアが複数の転移のキーだなんて」今雫斗とクルモは試練の間に居る、ダンジョンに入る事を禁じられていた間に考えていた事を実行するためなのだが、試練の間に決めた要因は、此処が閉ざされた空間だと思ったからだ。
ダンジョン自体が、入り口という通路を介して地球という世界に繋がっている事は事実として認識しているが。
ダンジョンの中と我々が普段生活している空間は、一定の距離で隔たって居る事、測量した結果で分かっている。
そこで雫斗は、此の試練の間という空間もダンジョンの中から隔離されていると思ったのだ。
他の人は入れないし、雫斗と主従契約しているクルモは、雫斗の一部だと認識されているとしたら、今は雫斗専用の空間だと思ったのだ。
要するにゲームで言うところのインスタンスダンジョンで、つまり此処だと色々無茶な事をしても、周りに迷惑をかける事が無いのではないかと。
ある意味間違ってはいないが、危険ではある。要するにこの空間には雫斗一人しかいないのだ、何かあった時に救助の要請どころか誰も入る事が出来ないのだ。
だがこの空間を使う事を決めた要因はある、伊達に危険なダンジョンに潜っているわけでは無い、かつてヨアヒムが言っていた『試練の間に置いて死ぬる事は無い』との言葉と、クルモである。
クルモには、もしもの時の為に高級ポーションを渡してある、雫斗自身も持ってはいるが、意識を失えば宝の持ち腐れとなってしまう。
そこで、クルモには離れ居て貰って、もしもの時には雫斗に高級ポーションを掛けてもらう予定ではいるが、一抹の不安がある。
この空間が広いとは言っても、富士演習場のあの爆発を体験した身では、焼け石に水どころか、森林火災に如雨露の水で消火に挑むぐらいの愚かな行為に思えてくる。
事、爆発が現実に起こるとしたら、この空間の何処にいてもダメージは同じでは無いかと。
此の試練の間では、義体を解いて岩の塊からハニワに短い手足を無造作にくっ付けた様な姿をしたベビーゴレム達が、思い思いのポーズを決めて静止している。
初めてその姿を見た時、雫斗はあまりにも滑稽な出で立ちに攻撃を躊躇したほどだが、事戦闘になると、大群で襲ってくる姿は、夢にまで出て来そうなほどの不気味さと同時に、止まってはポーズを決めまた襲って来るのを繰り返して、滑稽さを両方備えるという何とも言えない感情を揺さぶって来るのだ。
しかも、中途半端に欠損させては再生してくる為、一撃で粉砕しなければ為らないという、鬼畜な仕様だったのだ。おかげで殲滅するのにてこずる破目になったのは、懐かしい思い出ではあった。
入り口でその姿を眺めている雫斗を他所に、「わ~~、僕の同胞だ~~!!」と興奮するクルモ。前にクルモに魔物として、他の魔物と戦う事に忌避は無いのかと尋ねたところ、失笑されたことがある。
人との契約や、自我に目覚めれば魔物としての本能から切り離される事になる、倒さなければ、他の魔物の糧となり果てる。そういう世界なのだと。
「安心してください、魔物と人との大きな違いが有ります。人は命を失えばそれ迄ですが、魔物の体の本質はかりそめの“実体”です。倒されても魔力に分解されて、またいずれ何処かで再生します」との事、以前ロボさんが「しょせんこの世界は、”弱肉共食”(弱肉強食の間違いではありません)の世界だ」と言っていたのは、その事が反映されているのだろう。
『何をためらう?・・・。さらなる叡智への回答を得る為には、行動を起こさねば進まぬであろう。さあ~~、その魔物の群れをちゃっちゃと倒すがよい』。とヨアヒムが入り口で固まっている雫斗に茶々を入れながら早く始めろと発破をかける。
以前の雫斗なら検証のためにと、すぐさま始めていたのだが、あの爆発を経験してみると、体が本能的にためらってしまうのだ。
『ヨアヒム様のように、私もご主人様の収納に入る事が出来たなら、ご主人様が意識をなくされても、保管倉庫から出て助ける事が出来るのですが』とぽつりと、クルモが独り言のように言う。
第26話(その4)
クルモが放った言葉の意味を理解できずに呆ける雫斗だったが、クルモが話した内容が理解できるにつれ胡散臭げに、ヨアヒムとクルモに確認する。
『どういゆ事?・・。もしかして僕が寝ている間に、保管倉庫から抜け出しているの?』。とヨアヒムに確認すると。
『ま~~、多少のコツは有るが。・・・其方が禁止しておらぬからな、主が覚醒しておらなんだら、顕現する範囲と移動は限られるが隠世から出てくることは出来る』とばつが悪そうに正直に話すヨアヒム。
嘘が付けないのは”叡智の書”の呪いだと嘆いていた彼の言葉を信じると、本当の事のを言っていると思うのだが。
『いきなりご主人様の枕元に現れて、話しかけられたのですが。何時もやっていると仰っていたので、てっきりご主人様も了解しているものと思っていました』。と慌てて弁明するクルモ、
『今の様に、念話で会話することも出来るが、やはり面と向かって話をすることが大事では無いか、我はそれを実践しているにすぎんぞ』。と開き直って、自分の正当性を主張するが、夜な夜な生体離脱よろしくうろつかれると困るのだが、聞くと移動に制限があるらしく宿主の範囲1メートルが限界らしい。
『ふ~~ん、僕が禁止すると勝手に出る事は出来なくなるんだね。ほんとだね?』。と念を押して聞く雫斗に、慌ててヨアヒムが抗議の声を上げる。
『待て待て主よ!・・、我は”ブックウォーカー”と違って動くことが出来ん、物を動かす事も出来んのだぞ。其の吾の楽しゲフンゲフン、息抜きを奪う事は無いではないか』。と警戒の声を上げる。浮遊しながら魔法で攻撃してくる魔物の”ブックウォーカー”との違いを強調して、無害をアピールしてくるが、雫斗の意識の範囲外で勝手に収納から出たり入ったりをされても困るのだが。
確かに、移動に制限があるなら多少の譲歩はしても良いかなと思い始めた雫斗ではあるが、それよりもクルモが自分を保管倉庫に収納できないかといった言葉に考え込んでしまっていた。
クルモを収納できるとすれば、ダンジョン探索の幅が広がる事は間違いないのだが。如何せん生命を伴った知性は収納出来ないのだ。
そこでふと気が付く、ヨアヒムの立ち位置ってどうなんだと。叡智の書を収納から出して手持って改めて見ていると、今までの会話でばつが悪いのかすまし顔で雫斗と目を合わせようとしない表紙のヨアヒム。
思考することが出来るので知性と言う事には成る、しかし自ら動くことは出来ずただ話す事のみのヨアヒムは、果たして物なのか、生命なのか?・・・。
本来の検証を忘れて、思考の海へと沈んでいく雫斗、暫くして取り敢えずヨアヒムに聞いてみる。
『今のヨアヒムの立ち位置ってどうなっているのかな。話す事が出来るし知生体?それともただの話せる本?』。
『おおお、いくら主と言えど失礼な物言いを許すほど我は寛容では無いが。ふむ・・我が何者であるか?。大いに探究心をくすぐられる事案ではあるが、結論としては・・・わからぬとしか言う他あるまい。・・・知の探究が過ぎて、我の意識はこの忌々しい紙の束に取り込まれてしまってはいるが、物事を思慮することが出来るのは上々である。ゆえに生命と言うにやぶさかではないが、収納に取り込められる時点で物として扱われているともいえる、ゆえに物としてとらえる事も出来よう。であるから分からぬと結論付ける事にした』。とヨアヒムが長々と演説した割には、良く分からないで結論付けられている。
『へ~~ぇ、ヨアヒムにしては曖昧な答えだね。要するに生命ともいえるが、物としても存在して居る曖昧さが、知能を有しているヨアヒム。すなわち”叡智の書”が保管倉庫に収納できる条件と言う事かな』。といささか乱暴な結論を出した雫斗に、嬉々としてクルモが提案してきた。
『それでしたら、私は普通のゴーレムと違って半分機械です、機能を一時的に停止することが出来ます、そうすると収納も物として認識するかもしれませんね』。とクルモが提案してきたので、雫斗も乗り気になる。
この念話での会話の間は、時が止まったかのように雫斗、クルモが動くことなく、試練の間の入り口でたたずんでいたのだが。他から見ると、微動だにしない二人と、挑発するように動いてはピタッと止まるのを、繰り返すベビーゴレム達というシュールな光景なのだが、見学者がいないという残念な結果になっていた。
クルモの再起動に関して、タイマーによる自動起動と、パスワードによる覚醒に分けられるとの事で、取り敢えずパスワードを決めて、試してみる事にした。
雫斗は、そうした所でクルモの収納への取り込みは、出来はしないだろうと楽観視していたのだが、いざ収納してみるとあっさりと収納出来た事に驚く雫斗だった。
「えええ~、収納出来た!!!。・・・うそだろう」。思わず声に出して驚く雫斗。収納内にクルモの義体の存在を確認して一応安心したが、クルモ自体が機能を停止している為、念話での会話が出来ないのに若干不安に思っていた。
数分後、収納からクルモの義体を出して、再起動のパスワードを言うがクルモに変化はない、全く動かないのだ。焦った雫斗は合言葉を間違ったのかと、間違いないかヨアヒムに確かめ、何度も言葉を放つが一向にクルモが動く気配がない。
その日雫斗は半泣きになりながら家路に帰るのだった。
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