第1章 初級探索者編
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第43話(その1)
百花の攻略したてのダンジョンに、招待された形でお邪魔している雫斗達は、此処が大阪にあるダンジョンだと聞いて驚いていた、名古屋にあるダンジョンからここ迄来るのに要した時間はわずか数秒でしかない。実際に雑賀村から名古屋支部前のダンジョンに頻繁に移動している身では在るが、その距離は実質的に直線距離で数十キロ程度でしかないのだ。
しかし新幹線を使っても名古屋駅から新大阪駅までの距離は約170キロ、1時間弱は掛かる距離を数秒で移動できるのだから、今更ながらにダンジョン間の移動の特異性と重要性が身に染みてくる。
「ところでユリヤの翔子さん。貴方が管理している迷宮はいくつ有るのですか?」と雫斗が聞いてみた、大阪は大都市である。人口に比例してダンジョンの規模と数は増えていく傾向に在るのだ、当然しみだして来る魔物の数と強さも桁違いになる、探索者の数も多いとは言っても一つでも攻略できたダンジョンが有るとその分負担は減る事に為るのだ。
「わたくしの掌握している迷宮群は、大阪城を中心に点在する12の迷宮群ですね。この世界に迷宮が誕生して5年弱ですが、迷宮の攻略者が出た事でようやくわたくし共の悲願である人類の存続の眼が出て来ました」としみじみと語りだす、人類の保護は本心の様だが、当然無償という訳では無さそうだ。
「ところで、迷宮間での移動なんだけど、一々攻略したすべてのマスターの承諾を必要とするのは面倒臭いのだけれど、何かいい方法はないかな?」と百花。確かにダンジョンの攻略者が出て来る度に呼び出される身としては、迷惑を通り越して面倒ではある。
「おおお、其れでしたら探索者の皆様が個人の認証に使われている水晶体を使えばよろしいかと。条件付きで承諾の旨を伝えさえすれば、わざわざ集まる必要も有りません故」とキリドンテが言う。
「探索者協会にある買い取りなんかに使っている水晶のこと?、 てっきり帰還出来るかどうかの確認だけだと思っていたけど、いろいろと使い道が在るのね」と感心した様に弥生が言う。
「協会での使い方は存じ上げませんが、本来その水晶体は私達迷宮に属する管理者と迷宮を踏破する者達との接点の為の水晶ですから、最小の水晶体は機能の面で心許ないですが最大の水晶体ならば問題ありません。ただしあなた方がDカードと称している初めて魔物を倒した折に取得できる”承認の証”で水晶体に触れなければ成りませんが」とキャサリンが言う。此処で初めてDカードの本当の名前を知る事に為る、雫斗達はお互いを見て肩を竦めるが、何も言わずに話を進めた、確かに初めて魔物のを倒した証拠の品では在るが、魔物を倒したことをダンジョンを設置した何処かのお節介屋さんが認めたという証なのだろうか。
話は尽きないが、時間が押しているので、雫斗達は百花の攻略したダンジョンと、雫斗の攻略したダンジョン間の移動に関して、いくつかの取り決めをして帰宅の途に就いた。
基本的にはダンジョン間の移動にはダンジョンマスターの許可がいる、弥生や恭平が一緒に移動できるのもダンジョンを攻略した百花や雫斗が共に居るから出来るのだ、取り敢えず此処にいるメンバー全員は移動に関して支障がない事だけは確認した。
ようは雫斗のダンジョンの移動に関する構成をそのまま延長した形では在るが、ダンジョンマネージャーに丸投げして後はよろしくとそのまま帰ってきたのだ。そのあとは後日ダンジョンの再構築をして、百花のダンジョンは百花なりに好きなように作り替えて百花色を出していくことに為る。
家に帰った雫斗は、食後のまったりした時間にいきなり事の次第を話す事に為った。ダンジョン攻略者が二人になった事で、立場的に多少の余裕が出来た雫斗は、帰ってすぐに報告する事を忘れて居ただけなのだが、食後にいきなり雫斗が爆弾を投下した事で悠美はしばらく反応できずに居た。
「お母さん、言い忘れていたけれど。・・・百花ちゃんが大阪のダンジョンを攻略しちゃたんだ。それでね明日の放課後に大阪支部の探索者協会に報告しなくちゃいけないんだけど、一緒に行ってくれないかな」と呑気に話す雫斗。
「百花ちゃんが?。 ダンジョンを攻略?。 大阪の?」とやや惚けて聞いて来たので、「そうみたい」と雫斗が答えると。
「待ちなさい大事じゃ無いの。どういった経緯で百花ちゃんがダンジョンを攻略できたの?、 確か”試練の儀”の発動条件は、最下層に居るオーブを守る魔物を単独で倒す事が条件だったんじゃないの」とかなり驚いて聞いて来たので、雫斗はその驚き様に多少引いてはいたが、正直に答えた。
「ダンジョン庁や探索者協会の取り決め通りだと、ダンジョンの攻略が滞る事になるからと、ダンジョンの規約みたいなものを変えたみたい。そのせいで百花ちゃんがダンジョンを攻略する為の”試練の儀”に挑戦する事になっちゃって、それで攻略できたみたい」と雫斗的には簡単な説明で事を終えようとしたが、当然そんな事では収まらず、根掘り葉掘り聞かれて、結局は雫斗の憶測を交えて詳しく話す事になった。
一つ。ダンジョン庁や探索者協会の決めた、ダンジョン攻略者の選定方法だとダンジョン攻略に支障が出るので、ダンジョンの意思として攻略者の選定をダンジョン自身がする事にした。
一つ。ダンジョンを攻略する条件は、王の称号を得る事の他に、ダンジョンを攻略するに足る力量と導き手としての資質がある事。要はダンジョンの最奥の攻略だけに留まらず、何らかのダンジョンを踏破する為のアイディアや、魔物を攻略する方法などを模索する能力を有する事。
一つ。”試練の儀”への招待に関しての条件はこれまで通りでは有るが、新たにその者が攻略者としての機が熟したとダンジョンが判断した場合のみ、”試練の儀”の領域へと転移する事が可能になる事などなど、変便点は多岐に渡る。
話を聞き終えた悠美はため息をつく、この事実を知ったダンジョン庁や探索者協会のお歴々の方々が、残り少ない髪の毛を掻きむしって狂乱している姿が容易に想像できるのだ。
だからと言って同情をしている訳ではない、己の利益の保身に走るひと人々の考え方に賛同する方がおかしいのだ。
ある意味ダンジョンは、中に入り探索して物資を運んでくる、または魔物を討伐する人には平等で有る。世の中勝ち組と言われている高級官僚や国会議員、高額な納税者と、社会の底辺でもがき苦しんでいる人々を、身分と言う訳のわからない事象で分けることなど当然しないのだ。
ダンジョン内に入る人には、同じ基準で報酬を与える事になる、その掛け金は己の命のみでは有るが・・・。
翌日、悠美は雫斗と百花を伴って大阪市内にある探索者協会関西支部統括本部を訪れていた。
流石に日本第二の都市は伊達では無い、人口が多いということはダンジョンの数もそれなりに有り、関西方面を拠点としている探索者は数百万人を数える、その為大阪府内の市町村の支部を纏める組織として統括本部を置いているのだ。
移動に先立ち普通にリニヤや新幹線を使っても良かったのだが、ダンジョン間の移動に慣れた身としては、便利な機能を使わない手は無い、しかも今なら無料で使用できるのだから。
斎賀村のダンジョンから直接、大阪城公園内のダンジョンに転移して来たのだ、関西支部統括本部が大阪城の近くにある為だが、本来攻略した百花だけを伴えば済む話なのだが、何故か雫斗が一緒にいるのには訳がある。
悠美にしてもダンジョンの在り方の変便に関してダンジョンの管理者から直接話を聞いたわけではない為、その事に詳しい雫斗を伴っているのだ。ただ雫斗にしても憶測を交えているので、何処まで関西支部の本部長が信じるかは未知数ではある。
ただ雫斗は確信していた、これからはダンジョンの攻略者は劇的に増えるだろうという事を、しかし探索者協会やダンジョン庁の思惑道理では無いのがネックに成って居るのだが、雫斗はもうお偉いさんの顔色を窺う事を止める事にした、どの道ダンジョン関連の事象に関してその様な物は意味をなさないのだから。
第43話(その2)
大阪城公園内のダンジョンから出て来た三人は、関西地区統括本部の本部長と幹部の職員に迎えられた。事前に連絡を入れていたのだが、このダンジョンを経由して来訪する事に半信半疑だった様で、出迎えるついでに本当かどうか確かめに来たのだった。
「初めまして、関西地区の統括本部の本部長の真加部と申します。後ろの二人は垣谷と谷口と言います、しかし本当にダンジョンを攻略なさったんですね」と何やら感慨深くため息をつく。
「どうされたのですか?」と悠美が聞くと。
「いえね、昨日からこの近辺のダンジョンの、魔物の出現情報が全く無かったもので、何かあったのかとは思っていたのですが。・・・そうですか攻略なさっていたのですね」と淡々と話しては居るが、どこかホッとした様な物言いで今までの苦労が伺えた。
関西地区統括本部へ向かう傍ら、真加部さんの話を聞くに、規模の大きなダンジョンの周りには其れなりの数の探索者を常駐させねばならず、その事が大都市の探索者協会の負担となっていた様だ、歩きながらでは有るが都会のダンジョン事情が垣間見えたのは雫斗にとって行幸だったと言える。
斎賀村のダンジョンは3階層で有る為、染み出してくる魔物も強い部類では無い、魔物が現れたとしてもスライムか蝙蝠やネズミの類いなのて、強いて言えば中学生や小学生の高学年の子なら倒せる類の魔物しか染み出してこないのだ。
都会のダンジョンでは階層も規模も桁違いの為、たまに力の強い魔物が染み出して来ることが有るそうで、その為に高レベルの探索者を常駐させねば、事故が起こりかねないのだそうだ。
関西地区統括本部の応接室で、雫斗達が百花が攻略した経緯とそのダンジョン群の詳細を説明した後に、三日後にダンジョン群を閉鎖して内部構造を構築し直す旨を伝えると、本部長が驚いて聞いてきた。
「そう言われましても、いきなりの事で良く分からないのですが、要するにDカードを所持している人はダンジョン間の移動に関して優遇されるという事でしょうか?、 余りにも早急すぎる事で何が何やら見当もつきませんが・・・」と真加部さんが困惑して聞いてきた。確かに一瞬にして約130キロメートル(直線距離で、今までで最長)を移動出来ると為れば、感覚的におかしく成りそうでは在るが、これからは其れが常識となって来る、その事を悠美が話す。
「その事ですが、これからはダンジョンの攻略者は増えてくることに為りそうです、それこそ指数関数的に増えていく事でしょう、ダンジョンを中心とした移動体制の構築を急いだほうが良いかもしれませんね、日本国内だけでなく世界規模で増える事に為りそうですから」と予言者然としてこれから起こりそうな事を聞かされた真壁さんも、ダンジョン間の移動に関して何某かの取り決めを、早急に決めていかないと大変な事になりそうだと感じ始めていた。
しかし日本政府や探索者協会日本支部の首脳陣が、どういった結論を出すのか分からない現状では、どの様な事態になるのか検討もつかないと、蒼ざめている真加部さんに、ダメ押しを容赦なく話す。
「とにかく都市間の移動に関して、攻略されたダンジョンの有る支部だけでも、どの様な構造で移動の行程を図るのか、決めていた方が良いでしょう。中央の決定を待っていては後手後手に回りそうですので。ダンジョンの攻略者が政府の指定した人以外から大量に出て来ることは間違い無いので、その事だけは覚えていてください。先ほども言いましたが、ダンジョン間移動は、ダンジョンマスターに成った探索者同士お互いに会う事なく、探索者協会の受付に有る水晶でかんたんに出来る様ですから、待ったなしで移動の導線が構築されていくと思いますよ」と更に恐ろしい事を言ってきた、要するに既存の大量輸送システムで有る電車や新幹線、航空機や高速道路といった人や物の移動に欠かせない設備や、空港や駅や港などの施設が無用の長物となってしまうかもしれないと言っているのに等しい。
更に言うと、もし仮にダンジョン間の移動が全国、・・・いや世界規模で張り巡らされたとするならば、これ程優れた移動施設はない。
設置するコストもなく、維持をする予算も要らない、しかも移動時間が一瞬で済む、ましてや検疫システムも最強ときた。
ネックになっているのは、設置する場所を決められない事と、攻略には特定の条件と人の命がかかることくらいで。所に関しては、人口の多い所に自然とできてしまうので決める事は叶わないが、そもそも拠点である駅や空港なども一般の人達には場所を決めた感覚すらないのだから今更ではある。ダンジョンを攻略する人間に関しても、人選はダンジョン自身が資質と実力を認めた人が挑戦する事になるので、それ自体は大した事ではない。
要するに、地球という環境にとってダンジョンは、人類という害虫を隔離出来得る場所と成り得るという事に為る。そもそも資源を取り尽くして滅亡まっしぐらの人類という種を、保護しようというのは並大抵のことではない、それこそダンジョンという免罪符を設置して、人類という種に繫栄か滅亡かの選択を敷いているだけでも有難い事では在るのだから。
「分かりました、此れからダンジョンの攻略者が増えていく前提で、関西地区全域に通達していきます。しかし探索者協会の日本支部には報告しているのですよね? いろいろと言ってくるのではないですか?」と懸念を言う真加部さんだが、悠美は動じることなく。
「ダンジョンという別世界が出来た時点で、国の在り方が変わってくるのは必然と言えるでしょう。地域ごとに独立して生活していく事が出来る様になった今、国家という枠組みで国民。いえ、人を縛る事は不可能になってきています。つまりダンジョンが攻略された事で、今まで重要視されてきた国境や国という概念が、無くなる事を意味しています。此れからはますます地球規模で人、いえダンジョンがというよりも、ダンジョンを設置した何者かが認めた人間がダンジョンの恩恵を受ける事に成っていく事でしょう、その事を忘れないでください」と悠美が話すと。
「それは二極化が加速していく事に為るという事でしょうか? 今現在探索者として登録されている人は日本全体でも、人口の十分の一にも満たないのですが、不満に思う人が出て来ることに為ると思いますよ」と真加部さん。
「そもそもダンジョンは入る人を拒否する事は有りません、入れない人は自分自身でダンジョンを拒絶しているだけですから、その人自身が担うべき問題です、私達が関与する事柄では有りませんから。試金石である水晶体で試した結果、帰還できるか保証出来ないという事を、気にする時点でダンジョンの恩恵を受ける資格がないと判断されても仕方がない事ですし」と真加部の不安を一蹴する、そもそもダンジョンに入る時点で誰もがリスクを負う事を覚悟しているのだから、入るのが怖いと言うだけでダンジョンを否定するなら、それは本人の問題だと言っているのだ。
「ところで中央、いえ探索者協会日本支部とダンジョン庁には直接行かれないのですか?」と真加部さんが遠慮がちに聞いてきた。
「電話と書類での報告はしましたよ、向こうは信じていませんでしたけどね、取り敢えず事実確認をしてから対策を練るそうです、それでは遅きに失すると思うのですけどね。まあ、腰の重い事は重々承知しているので、攻略したダンジョンの有る此方から先に、対策の方向性だけでも決めておこうと思いまして、此処に来た訳です」とにこやかに話しているが、悠美も中央の対策の遅さに呆れている事が伺える。
「そうですか」とため息交じりに答えた真加部さんも思う所が在りそうなのだが、取り敢えずこれからの方針を決めて、雑賀村へと帰る事にした。当然ダンジョンを使っての帰還である。
それからの一ヶ月は凄惨を極めた、主にダンジョン協会日本支部とダンジョン庁のお偉いさん方では在るが。雫斗が予言した通り、ダンジョンの攻略者が続々と出て来たのだ。
悠美の予想どおりダンジョン庁と探索者協会日本支部の対策は後手後手に回り悲鳴を上げていた、その事を横目で見ながら現場では粛々と事を進めていたのだ。
世界探索者協会が率先して、ダンジョンを攻略したのなら仕方がないと、事実を報告してすべての探索者に周知を徹底したのだ、移動に関しては基本自由では在るが、ダンジョンからの入退場の報告の義務だけは徹底させた。なぜか? 当然外国でもダンジョンの攻略者は居る訳で、要するに何処のダンジョンからでも国外へと行く事が出来るようになったのだ。
慌てたのは政府で、関税がどうのとか不法入国がどうのとか騒ぎ立ててはいるが、今更一瞬で移動できる事実は如何しょうも無く、国ごとに出入国の管理を行う以外に方法が無かった。
しかし逆に、Dカードの所有者しか、ダンジョン間移動を行えない事から、その方法での不法入出国は皆無であったのは皮肉な話ではある。
なぜかと言うと、ダンジョンの出入であれば、誰がいつどのダンジョンに入り、移動したダンジョンから出て来たかを知る事が出来た為なのだ。本来その機能は、探索者の安全性の向上のための機能で、予定の時間に帰還が叶わない探索者の救助を目的に付け加えられた機能だからなのだ。
ちなみに、浩平と弥生もダンジョンを無事攻略する事が出来た。ダンジョンの管理者であるダンジョンマネージャーは、複数あるダンジョンをまとめて管理している事から、攻略した際にはいきなり複数(十数個から二、三個のダンジョン群とバリエーションは多いが)ダンジョンの主人となるのだが、複数のダンジョン群の主人となったのは、未だ雫斗だけなのは謎なのだ、取り敢えず、斎賀村ダンジョンシーカー(SDS)のメンバー全員が、無事ダンジョンマスターになったのは僥倖で有る。
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