第39話  人類滅亡への、カウントダウン? 

第1章  初級探索編 

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第39話(その1)

 斎賀村へと帰るにあたって、百花からダンジョンからダンジョンへの移動を試さないかとの提案があったのだが、まだ攻略した事を発表していない手前、ダンジョン間の移動で名古屋支部前ダンジョンから雑賀村のダンジョンに帰ると、そのまま帰還不備の状態になってしまうので悠美から却下された。 

 そこで仕方なくヘリドローンに分乗して帰村する事になったのだ、しかしヘリドローンの最大搭乗人数は4人で一人余るのだ。 

 高崎親子と百花達とで別れて搭乗したのだが、母親の悠美の沈黙が何気に気がかりな雫斗は話し掛けるタイミングを計りかねていた。 

  当の悠美はこれ迄練っていた計画の見直しを強いられている事で、頭の中で整理をして居ただけなのだが、思わぬ形で、別のダンジョンを勢力下においた雫斗は叱責されるのではないかと戦線恐慌なのだ。 

 「ねぇ~。お母さん、怒っている?」 

 ダンジョンを踏破した事で多少は考え方や思考の仕方が大人びているとは言っても、母親の顔色を窺うあたり、まだまだ子供ではある。戸惑いながら聞かれたことに吹き出してしまった悠美では在るが、べつに雫斗に対して怒りがあるわけでは無い、何れは何処かのダンジョンを攻略してしまうだろうなと、朧気ながらに思ってはいても、ひと月と待たずに別のダンジョン群を攻略してしまうとは思っていなかったのだ。 

 斎賀村のダンジョンを雫斗が攻略した後、ダンジョンとの向き合い方を考えるいとまもなく、遠く離れたダンジョンの事まで考慮しないといけない事に、考えが追い付かないのが本音ではある。 

 しかしある意味これはチャンスでもある。統括本部の副部長の高倉が言っていた事柄を肯定するわけでは無いが、ダンジョンが便利な機能で地域に貢献できることが知れ渡れば、そもそもダンジョンを忌避していた人たちに考を改めるチャンスを与えることになるのだから。 

 だがそれは、もろ刃の剣でもある。そもそもダンジョンが出現して5年もたてば、ダンジョンの特性を理解して使いこなしている人達と、ダンジョンは危険なものであるとして、頑として敬遠し続ける人達とに分かれてしまっているのだ。 

 「別に怒っては居ないわよ。雫斗のダンジョンを如何するかで悩んでいただけだから」 

 そう言って笑顔を向けると、雫斗が「よかった〜」と、本当に心底安心した様な声を漏らす。 

 「あっ。恭平から提案があったんだけど、ダンジョンの中で訓練場みたいな物を作って欲しいんだって。その事も考慮してくれたら嬉しいかな?」 

 完全に悠美にダンジョンの此れからの事を丸投げする気満々の雫斗に、”君の所有物でしょ”と言いたいが、探索者協会の理事長や本部副部長に「ダンジョンの使用に関して私を通してください」と言った手前どうやら悠美が考える事が当然だと認識していまっている様だった。 

 そこでふと思い付いた、一人で考えるから煩わしいのであって、其れなら村人を巻き込んで、いろんな意見を募集して、後はその中から良さそうな物を纏めて仕舞えば良いのでは無いかと。 

 考え込んでいた悠美が、いきなり悪そうな顔をしてニヤ付き出したのを見て、何とも言えない気持ちになる雫斗だった。 

 翌日になると、斎賀村回覧板と称する斎賀村の住人の一人一人が取得しているアプリに、今までの経緯と此れから斎賀村のダンジョンを作り変える事、またどういった機能を持たせるかなどの連絡事項と。出来る出来ないは別にして、斎賀村の住人としてダンジョンに入れて欲しい施設などを募集した。 

『斎賀村のダンジョンを改造する事になりました。各々の考えているダンジョン内の有ったら嬉しい仕様や機能が有ったら、このフォームから要望を上げてください。出来るか出来ないかはその都度交渉するので、荒唐無稽な考えでも良いで皆さんの意見を募ります』 

 スマホのアプリから、そのお知らせを見た雫斗は「お母さん、完全に匙を投げたな」と思わなくも無いが、斎賀村の住人であれば気心も知れている事に加え、無茶な提案はして来ないだろうと思いはした。 

 確かに初めての試みで五里霧中なのは分かる、そこで斎賀村の住人の意見を募集する事は的を射ていると言える。 

 取り敢えず、自分のダンジョンではあるが、雫斗も要望を幾つか提案した。 

 キリドンテの話していた事では有るが、ダンジョンは成長する。そこに住む生物の数が増える事によってダンジョンの規模や数が増えていくのだ。 

 斎賀村のダンジョンも住人が増えれば5層10層と規模が大きくなると言う。事実最近の斎賀村はアマテラスの研究所が建設中だ、他の企業や大学も支社や研究施設、驚く事に分校の打診も届いていると言う。 

 まさしくダンジョン関連の最前線が、斎賀村と成りつつ有る。それを踏まえるとダンジョンを攻略出来たのが斎賀村であった事は良かったのかも知れない、規模の小さなダンジョンで人類の要望に沿った仕様で作り変える事ができるのだから。 

 斎賀村回覧板へと要望を投稿したその後で、雫斗は拠点空間から名古屋支部前ダンジョンへと飛んだ。 

第39話(その2)

 昨日は慌ただしかった事もあり、220迷宮郡の管理者のキャサリンとまともに話をして居なかったのだ。 

 「やあ、昨日は話しをする暇が無かったからね、所で此処はどう言った場所なんだい?」 

 名古屋支部前ダンジョンに転移してキャサリンを呼び出すと、この空間へ連れて来られたのだが、まるで宮殿の中に迷い込んだ様な佇まいに呆気に取られて居た。 

 「此処は我が住まう為の空間じゃ、無骨な迷宮では気が休まらぬからな、主人殿の拠点空間と同じじゃ。・・・時に、主人よ。主人殿の住まう館に我を誘うは何時に成るのかのう?、 主人の許可なくば館への推参は叶わぬからのう」 

 キャサリンが多少拗ねた感じで雫斗の拠点空間にある館へ連れて行けと言われた、聞くとキリドンテに自慢されたらしくて、招待されない事で疎外感があると言う。 

 雫斗にしてみると昨日会ったばかりのキャサリンから、しかも命をかけたバトルを強要した相手に、その様に言われるとは思わなかったのだ。 

 迷宮の管理者と自分達の倫理観は違った感覚がある様で、何ともサバサバとした気持ちの切り替えが出来る様なのだ。 

 要するに、深層の試練という命を懸けた戦いに勝利した時点で、盟約という強制力により主従の関係が築かれてしまうらしいのだ。 

 雫斗は間接的とはいえ、命のやり取りをした相手から主人として慕われる事に多少の抵抗が有るが、其処はそういう物なのだと気持ちを切り替えてキャサリンと共に自分の拠点空間への扉をくぐるのだった。 

 キャサリンは雫斗に拠点空間の中を案内されながら感嘆の言葉を漏らす。 

 「何ともはや、これ程の規模の空間を構築なされておられるとは、驚きました。全てを主人殿がお作りに成られたのですか?」 

 確かに最初の頃と比べればかなり違和感は無くなった、何も無い空間に自然な感じで地球の環境を作り込んでいくのは、とでも大変でやり甲斐はあったのだ。 

 岩や土、草木などの固形物だけで無く、空気や水や気温、湿度や気圧などの気象条件は元より夜や昼といった光による時間の設定なども与しなければ成らず、全ての要素が相互に関わりある事でこの世界は成り立っているのだ、細かい調整は拠点空間自身が賄うからとキリドンテに言われて、大雑把な感じて配置を考えてしまったのだが、其れは其れで良かったのかも知れなかった、取り敢えずは満足できる形で落ち着いたのだから。 

 「大方は僕が考えたかな、細かな調整と細部はキリドンテとクルモに任せてあるから、本当に作り込んだのは二人なのかもね」 

 と多少はにかみながら答えると、すかさずキャサリンが声を上げる。 

 「おお!。 其れなれば、我も主人の拠点の構築に参加してもよいであろうか?」 

  

 「其れは構わないけど、取り敢えず三人で相談しながらお願いね。所でどうして僕の拠点空間の構築に拘るの? 自分の迷宮でも出来るでしょう?」 

 当然の疑問を口にする雫斗、好きに空間を作る事ができる自分の迷宮の方が簡単な様に思えたからなのだが、キャサリンの話では迷宮には厳格な決まりが有り、自由に作る事ができないそうなのだ、自分の住まう空間は別なのだが、必要最低限な広さが決められて居て、キャサリンの希望に添えるだけの広さが無いのだとか。 

 取り敢えず、無茶な広さで作らない様に釘を刺した雫斗なのだが。 

 「当然であろう」と同意したキャサリンの嬉々とした感じから、広さの感覚が雫斗とキャサリンでは、かなりの開きがあるのでは無いかと、若干の不安がないわけでは無い。 

 その後は、雫斗の館にもどってキリドンテとクルモを交えての話し合いになった。 

 「キャサリンの管轄しているダンジョンの一階層の一画にダンジョン間の移動に使う為のスペースを確保したいのだけどどうかな?」と雫斗が聞いてみた。 

 「その様な事はたいした労力では無い、どの様な仕様で作るかが決まれば直ぐにでも出来ようぞ」 

 キャサリンがそんなことの為に呼んだのかと言わんばかりに憤慨して言う。 

 「そうなんだ。取り敢えずキャサリンが管轄しているダンジョンはあまり触らずに、斎賀村のダンジョンを重点的に改造していく形になるみたいだね、キャサリンの管轄しているダンジョンは、移動をメインに作り変えて様子を見る事になると思うよ。まだ何とも言えないけどね」 

 「まぁ良かろう。急いては事を何とかとも言うし、慌てる事もあるまい。しかしあの工場は何を作っているのだ主人よ」 

 雫斗の拠点空間をキャサリンを連れて案内がてら回ってきたのだが、時間がなかった事もありクルモの管理している工場の中を見せる事ができなかったのだ。 

 「あの工場では、此れの通信に必要なマイクロSIMを作っているかな、今は使役している魔物達との意思疎通の出来る媒体の改良をメインでやっているよ」そう言って雫斗がスマホを見せる。 

 「なかなか便利な機械でございますぞ、インターネットなるものに繋げますれば、人々の生活がツブサに解る様に成りますれば、キャサリン嬢もお使いになると宜しいかと存じます」 

 そう言って自慢げにスマホを取り出して見せびらかすキリドンテ。”ぐぬぬ”と唸りながら、物欲しそうにスマホを見るキャサリン。 

 「主殿!!。 我にもスマホなる物を貰える事は出来ぬであろうか?。」そう切実に訴えるキャサリン。 

 雫斗はあっさりと「いいよ」と承諾して保管倉庫から新しいスマートホンの媒体と契約済のマイクロSIMカードを取り出した。 

 何を隠そう雫斗とクルモ、そして美樹本 陸玖とで 

作り上げた通話の魔道具をマイクロSIM上で稼働できるようにした通信媒体の製造方法を探索者協会に持ち込んだ際、大手のスマートホン製造会社や、通信キャリアーの人達に講習という形でその製造過程を伝授していたのだ。 

 その報酬の一環で、最新の電子式の電話交換機と契約済みのマイクロSIMカード数十枚、そして最新式のスマートホン数台をゲットしていたのだ。 

 当然マイクロSIMカードのスロットが複数ある機種にしてある、通常で使えるマイクロSIMカードと通話の魔道具であるマイクロSIMカードを同時に差し込むためだ。 

 雫斗はキャサリンに説明しながら初期設定をして、ある程度操作方法を教えると彼女は嬉々として色々なサイトに入って検索し始めた、そしてあるサイトを見付けて驚嘆の声を上げると、しげしげと見ていた、どうしたのかと聞くと。 

第39話(その3)

 「主殿。このスマホなる物は物凄い速さで情報を伝えるものじゃな。先日の昇華の試練の模様が、ほれこの様に映し出されておるぞ」 

 「なぬ??」と雫斗は慌ててキャサリンのスマホを見る。 

 ”この動画は本物かそれとも作り物か”と題して昨日のバトルの模様がYou 〇ubeに投稿されているでは有りませんか? しかも数千万単位で視聴数が増えている。顔の目線を隠しているとはいえ、見る人が見れば雫斗だとすぐにばれる画像に頭を抱えた。 

 雫斗は消去法を駆使して犯人を捜す。SDSのメンバーは論外だ、両親も外してミーニャ? いやいやそんな事をする子じゃない。しかし昨日見ていたという雑賀村の長老達も面白がってやりかねないが、時節と常識を見極める目は有る。では一体だれがと考えた時。 

 「おおお。最初の投稿でバズるとは、さすが主殿ですな。これは億越えも直ぐでは無いですか。無理してネットに上げた甲斐が有りますです」とキリドンテが感動して言う。 

 ”お前かい”雫斗は動画を投稿した事を白状したキリドンテに呆れてしまう、いくら何でも状況が悪い、詳しい説明も無しにただ魔物とのバトルを映しているだけだとしても、何れダンジョンを攻略した事は発表しなくてはいけないのだ。 

 一躍時の人になった自分を想像して身震いする雫斗、目立つことを極力避けてきた彼にとって必要以上に世間に周知されることは苦痛では在るのだ、しかしその事を知らないキリドンテには、当然主である雫斗の功績として世間に知らしめたいという思いがあるが、まだダンジョン攻略は発表前だと言う事を考慮して、謎掛けめいた動画にして有るのがせめてもの救いではある。 

 「これでわが創造主方の苦労が報われそうですな、数億年の時を超えようやく第一歩を踏み出せた事に、我が胸の内に喜びがあふれんばかりに打ち震えております」 

 キリドンテに抗議の言葉を言おうとした雫斗は思わぬ発言に言葉を飲み込んだ。”創造主の苦労?”、”数億年の時?”。その言葉の意味を聞こうとした雫斗に待ったをかけるキャサリン。 

 「これキリドンテ、それは禁止事項じゃ、むやみに話してはならぬ。そもそもまだ最初の一歩を踏み出したにすぎぬ、個人が突出したとて社会構成が追従せねば意味が無い」キャサリンがため息とともに不思議なことを言う。 

 何かダンジョンに関しての大事な話の様だが、雲をつかむ様な話でその真意の糸口が見えない。雫斗はキリドンテにネットに上げた動画の事で苦情を言う事を忘れて聞いてみた。 

 「何か重要なことを言っていたけれど、どういう事かな、創造主?このダンジョンを作った人ってこと? ダンジョンが自然に出来たとは思わないけれど、作られたとは穏やかじゃ無いね。説明してくれると嬉しいのだけれど」雫斗がそう言うと。 

 「残念じゃがいくら主の願いであっても、我らはその事について話す事を禁じられておる。迷宮の出来た本当の意味を考えて理解せねば人類に未来は無い。その事だけは肝に銘じておくがよいぞ」そう言ってキリドンテ同様キャサリンもそれ以上は口をつぐんだままだった。 

 それから数日後、ダンジョン間の交通インフラの使用の概要を詰めた要望書を、探索者協会の日本支部の本部へと送ったのだが、一向に返事がない。どうやらダンジョン庁の官庁ともめている様なのだが、流石に無視して進める訳にも行かずどうした物かと考えていると、荒川優子さんの他、数人の人が雫斗を訪ねてきた。 

 夏休みの渦中にある雫斗は、本来であればダンジョン攻略に性を出している筈の時間なのだが、また問題を起こされては堪らないと両親、特に母親の悠美から「これ以上厄介ごとは御免ですからね、自重しなさい」と言われて、事実上の禁止を言い渡されているのだ。 

 暇を持て余してる雫斗は仕方が無いので、百花達SDSのメンバーと一緒に、雫斗拠点空間でダンジョンを模した空間をあえて作り、訓練方法及び訓練施設の構築を実際に試しながら、如何したら能力の向上と効率が良いのかの検証をしていたのだ。 

 「雫斗、荒川さんが訪ねてきているわ。すぐに戻って来なさい」との連絡を受けた雫斗は、流石に転移門を構築して帰る訳にもいかず、何時も通りにダンジョンを出て村役場に向かうのだった。 

第39話(その4)

 村役場の応接室に通されたSDSのメンバーは、其処で荒川さんから日本のダンジョン攻略最前線にいる探索者の紹介に唖然とした。 

 「やあ、久しぶり!!。 と言っても一週間も経ってはいないが、今日は聞きたい事が有ってまかり越した次第でね。・・・紹介しよう、こちらは関東を拠点に主に活動している”深淵の踏破者”のクランリーダーの芽梶さんだ。そしてそちらは関西を拠点に活動している”なにわ商会”のクランリーダーの香坂さん」 

 SNSやテレビでよく聞く探索者の訪問に、ドギマギしながらもなんとか自己紹介を終えた雫斗達は彼らからの質問に答えていく。 

 「早速で悪いが、ダンジョンの管理者には会う事は叶うだろうか?。 彼らに聞きたいことが有るのだが」と香坂さんが話し始めた。芽梶さんも同意している様で頷いているのだが。皆の視線を浴びた雫斗は緊張しながらも、その質問に答える。 

 「残念ながら彼らはダンジョン内で僕以外の人に会う事を極力避けているようです、それに彼らはダンジョンから出られません、ですので彼らに直接会う事は出来ないと思います」 

 その事は予想していた様で、「そうですか」と答えただけで他には何も言わなかったのだが、かなり落胆している様子にだった。そもそも雫斗達が知り得た事柄はまとめて探索者協会に提出済みなので、彼らもその事に関しての情報は知り得ている。 

 ただそのダンジョンの管理者に直接会って話を聞いて、感触を確かめたかっただけの様なのだ、そこで雫斗は代案を出す。 

 「直接彼らと会う事は出来ませんが、間接的には可能かと思いますがどうしますか?。 ただ彼らも答える事が出来ない事柄が有る様なので、知り得る事には限界が有りますが」 

 「おおお、構わんよ。直接話してみて感触を確かめたかっただけだからね。ところで間接的にとはどうするのかね」 

 雫斗の提案に一瞬喜びはしたが、けげんな表情を浮かべる芽梶さん。雫斗はスマートホンを取り出してアプリでチャトの部屋の構築をしながら。 

 「彼らもスマートホンを所持していますので、チャト会議に参加できるのです。・・・画像付きにしますか?それとも音声だけで」そう言った雫斗に。 

 全員が慌ててスマホを取り出してアプリを立ち上げる。「ビデオ通話で」と芽梶さんが代表して答えた。 

 チャト会議の為の部屋を構築した後に、キャサリンとキリドンテを呼び出して、部屋に入るための暗号キィーを伝える。当然ここに居る人達にも伝えてルーム内で引き合わせた。 

 「キリドンテと、キャサリンです。キリドンテは斎賀村の二つのダンジョンの管理者で、キャサリンは名古屋市内に有る九つのダンジョンの管理をしています。二人とも忙しい所悪いね、こちらの人達は、日本のトップシーカーの荒川さんと芽梶さんと香坂さん。君達に聞きたいことが有るそうなので呼び出した次第でね、話せる内容だけでもいいから質問に答えてよ」 

 ダンジョンマネージャーたちの紹介を終えた雫斗はわき役に徹した、ダンジョンに関して持論は有るがここで話す事柄でもない、それにダンジョンに向き合うトップシーカーの考え方を周知出来るいい機会だと聞き役に回ったのだ。 

 「初めまして、関東を主に活動の場としている芽梶と言います。まずダンジョン間の移動だけど、転移と捉えていいのかね、瞬時に移動できる事は便利ではあるけれど、危険はないのかね?」と芽梶さんが聞いてきた。 

 確かに二つの離れた距離を移動するのに、時間は欠かせない、距離に対して移動速度が同じなら、遠い方が時間が掛かるのは当たり前の事なのだから、その離れた空間を移動するのに一瞬でと言う事は普通は考えられない、何か齟齬の様な物が起きないかと心配して聞いているのだ。 

 「転移とは二つの点や空間を入れ替える行為じゃな。我らが迷宮同士で構築するのは空間と空間の接続じゃ。そもそも其方らは日常的に虚無の空間を移動しておろうが、迷宮へと誘われる時もそうじゃが、階層と階層の境界を通り抜ける時もそうじゃ。そもそも此の惑星上に存在している迷宮など入り口だけがほとんどじゃ。その方らは迷宮内を移動する度に現実世界の空間と虚無世界の境界を跨いでおる。その事をほとんど気にかけた事も無かろうに、今更危惧するとは可笑しな事を言うものじゃ」とキャサリンが答えた。 

 その事なら知っている、キリドンテからの情報で今更ながらに話す内容でも無いのだが、日常的に普段から行なっている事を非日常のなのだと思い知らされる瞬間だ。 

 とにかくダンジョンの中での行為そのものは常識の中には存在しないのだ。 

 「そもそもダンジョンとな何なのかね、5年も経つが未だにその全容を把握する事も叶わない、一体何のために作られたのかその一端でさえ理解できて居ない、全てを話せないと言うならば何かヒントになる事でも教えて欲しいのだが」と香坂さんがど真ん中を突いてくる。 

 「我らは迷宮の起源や本質を語る事を禁じられておる。しかしその方らは最早察しているのでは無いか? 何のための迷宮なのかを」とキャサリンが意味深に答えた。 

第39話(その5)

 一度キリドンテにその疑問をぶつけた事がある、キャサリンが答えた様に適当にはぐらかされたが、雫斗には叡智の書という強い? 味方がいる。 

 ヨアヒムという中の人は胡散臭いが、叡智の書の本質は変わらない、つまり”真実を伝える事”に置いて嘘は無いのである。 

 キリドンテ、キャサリン、そしてヨアヒムを交えた議論の場での会話の一部だが、真実を伝える事の出来ないキャサリン達と、会話を捻じ曲げ・・・オッフォン・・・会話の行き先を故意に変えようとするヨアヒムとのセッションは遅々と進まず、雫斗の精神を大いに削っ行く事に為るのだが、しかし成果は絶大であったと雫斗は確信していた。 

 「ねえキリドンテ、この間口を滑ら・・・話していた”創造主”についてだけど。君やキャサリンを作った? いや創造したと考えていいのかな? 話せる範囲で教えて欲しいんだけど、どうかな?」そう切り出したのは、雫斗の拠点にある館の一角にある部屋での事だ。 

 休息している時間に何気ないふうを装って叡智の書をテーブルの上に置き、ヨアヒムを呼び出して話をしていたついでに聞いた風を装ったのだが、少し違和感が在るのはしょうがない事だった。雫斗は役者では無いのだから。 

 ちなみにキリドンテとキャサリンと話していた内容は、雫斗の倒したアドミラル・ジャイアント・クインビーホーネットを、魔核を基に召喚してクルモの召喚獣として使ってもらう計画を話していた所なのだ。 

 どの道使役するならば主である雫斗が召喚しても支障はないとはいえ、クルモをゴーレム型アンドロイドとして使役している雫斗では在るが、感情的にはクルモを友達か弟として考えている雫斗には自分の一部としての感覚が無いのである、結局話が平行線をたどり休息を取っていた所なのだ。 

 「主よ。前にも言ったが迷宮の理を話す事は禁じられておる。我らが其方らにその事で話しを出来る事など無い」とケンモホロロニ拒否してきた。 

 しかし其処で引いてはいけない、ヨアヒムとの作戦では会話に引きずり込んで、何とか真実の欠片でもいいからもぎ取らなくては為らない。 

 「ま~そう言わずに、僕たちの話を聞いてよ。この間ヨアヒムと話をしていたのは、ダンジョン・・迷宮が作られたとして、誰が作ったかとか、何のために造られたかとかの話ではなく、迷宮が地球に出来た当時の世界情勢を僕なりに考えていたんだ、先日その事をヨアヒムと話していて、そう言う話ならキリドンテとキャサリンも一緒に話し合う事は出来るんじゃ無いかと思ったんだ」と雫斗が自分とヨアヒムの会話を聞いて、会話に参加してくれと頼むと。 

 「確かに主殿の話を聞くだけでありますれ、ば禁則事項に抵触する事は無いでしょう。よしんば迷宮の出来た時代背景を慮る事に否とはいえません。よろしいでしょう我らは傍観者として主殿とヨアヒム殿の考察の議論をお聞きして居ましょう程に」とキリドンテが肯定した。 

 いい感触だ、会話の中で適当に話を振ると議論に参加してくれそうではある。叡智の書の表紙の上に立体的な顔を浮かび上がらせて会話をするヨアヒムの表情は、初見であれば不気味な事この上ないのだが、その事に慣れている雫斗は事も無げに話しかけていた。 

 「まず。ダンジョンが出来た当時の世界情勢だけど、日本に限って言えば食糧を始め生活に必要な資源のほとんどを輸入に頼っていた日本は、世界の至る所で紛争が激化するに従い、次第に物資の不足で市民生活に支障が出来始めていた。島国である事と侵略戦争をしてはいけないという法律の下、他国の紛争に介入しない事が功を奏して戦争に巻き込まれずに済んだと言う事までは良いかな」と同意を求めた雫斗に。 

 「その当時の世界情勢は分からぬが。おおむね迷宮の顕現する条件は、発展し過ぎた知生体の自戒の予兆か、停滞による退行のどちらかではあるな、それを踏まえると概ね間違っては居らんだろうな。今ならインターネットなるもので調べる事が出来るが、其方ら人類はおろかにもこの星の資源を食い尽くし、気候を激変させてまで己の欲望に忠実に贅沢な生活を謳歌するあまりに、人類に執って未来へ唯一の道を閉ざしてしまうとは、愚かしさを通り越して道化の喜劇に見えるのは妾だけであろうかのう」とみ身も蓋も無いことを平気で言うキャサリン。 

 確かに、その当時中国と台湾の関係が最悪で、一色即発の情勢であった、その背景には極貧国に支援という形で融資とインフラのごり押しを進めてきた中国の政策がとん挫していた事が伺える。 

 その国の技術力に沿った支援では無く、自国の経済力を背景にした設備の投資でその国の支配をもくろんでいたのだが、ことごとく上手く行かなかったのだ。 

 それは当然の結果だと言える、港の設備や交通インフラにしても、自国の技術者を連れて来て作る事は出来るが、その設備を使う事の出来る人材の育成や教育、保全整備の出来る人材を育てるには時間が掛かる、2年や3年では育てるこ事は出来ないのだ、10人や20人なら出来るかもしれないが、設備の運営には100人や1000人単位の人間がかかわってくる、逸れこそノウハウの蓄積には10年、20年単位の時間が必要なのだ。 

 アフリカや東南アジアでは住民による不満が爆発した、当然莫大な予算と時間を費やした事業がうまく機能しないとなると、その地域の住民は抗議の声を上げる、教育を施された住民であればデモと称して街道を練り歩き、関係機関前でシュプレヒコールを上げて解散と平和的に終わるのだが。 

 経済的に余裕の居ない国に至っては、抗議の形態が実力行使となって現れる、つまり暴力に訴えてしまうのだ、当然その国の情勢は暴動と政府による鎮圧という最悪とな結果となってしまう。 

 不満の有る国民と政府が争えば紛争という形になって来るのは当然で、そうなると住民は隣国へと逃れて避難生活を送るしかなくなるのだが、その隣国も余裕があるわけでは無い、難民の受け入れに不満が募り、その人達に対する排除を実力で行う人たちが出てくる事に為る。 

 気候変動による食糧生産の低下と相まって、各地で難民が増大してくると、ユニセフなどの機関も支援の体制が追い付かなくなってくる。アフリカや東南アジアだけではない、ヨーロッパでもロシアとウクライナの戦争の長期化と、周りの国に飛び火するのではないかとの懸念から強い警戒感が増して、NATOと米国とロシアの緊張状態が世界経済に悪影響をもたらしていた。 

 その様な状況下での台湾と中国の台湾海峡での紛争は、世界戦争に発展するだろうとの見方をする人が多かったのも事実なのだ。 

 「生命は衰退と繁栄を繰り返して進化していくものでは有りまするが、絶滅しては一から始めなければ成らなくなりますれば途方もない時間が必要になってしまいまする、出来ればそのような事が起こらぬようにしなければ成りませんでしょうな」とキリドンテが口を滑らせた。答えを言っている様に思う雫斗だが、そこは伏せておくことにした。 

 ダンジョン、迷宮と称する此の現象は、何処かの高次元に存在する知生体が、滅びゆく知生体に対する支援の一環であると言っている事に為るのだと雫斗は理解した。 

 ことさらに言う事ではないが、そのままダンジョンが出現しなければ、紛争が激化して行けば、侵略戦争に発展して世界大戦、核戦争と人類滅亡のシナリオを容易に思い描くことが出来るのだから。 

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