ダンジョンを探索すると、色々な事が分かるかも。
第1章 初級探索者編
第32話(その1)
キリドンテと村の長老たちの顔見せが終わった後、クルモ達との約束通り、沼ダンジョンへ迎えに行った雫斗だった。
しかし歩いて行くとなると、村からの沼ダンジョン迄の通いなれた道ですら煩わしくなってくる、人は楽な方法を覚えると堕落するようで、もう沼ダンジョンの入り口の近くに、拠点空間を繋ぐための座標の構築を何処にするかと考え始めていた。
雫斗にとって斎賀村のダンジョン内で有れば移動に困ることは無いが、入り口のチェカーが問題でダンジョンの出入りが記録されるのだ。
雫斗がダンジョンを攻略してダンジョンマスターになった事や拠点空間の事をしばらく秘匿する事を決めても、ダンジョンの出入りの記録に齟齬が出ては台無しである。
雫斗は、沼ダンジョンの入り口を覆う様に建てられている建物の、裏手の壁に座標の構築を済ませると、建物の中でミーニャとクルモが出てくるのを待っていた。
クルモへの念話で、迎えに来たことを伝えていたので、程なくして二人が出て来た。
「雫斗さん、お待たせして申し訳ありません」
ミーニャが申し訳なさそうに出て来た早々に言う。
「ご主人様ー」と言いながらクルモが雫斗の足に抱き着いてきた。
雫斗も慣れた物で微妙に体をよじって、急所へのクルモの頭突き攻撃を躱して見せた、かつて香澄から受けていた、この攻撃のかわし方を忘れてはいなかったらしい。
雫斗は、嬉しそうな顔で見上げてくるクルモの頭をくしゃくしゃと撫でながら「帰ろうか」と声を掛けて歩き出す。
建物の裏に構築した拠点空間の入り口を使って村のダンジョンの受付の近くに構築した座標を使って近道をすることにした。沼ダンジョンを出た時間と受付に着いた時間に差が無くなるが、そこは目をつぶる。
ちなみにだが、ミーニャも探索者カードを持っている。ダンジョンの入退場にチェカーを潜る必要がある仕様上、雑賀村のダンジョン限定のカードを作って貰ったのだ。
流石に一般の人に交じっての、講習やら手続きをすれば大騒ぎになる事は避けられないので、この様な措置が取られたのだが、此処に至ってはめんどうでしかない。
雫斗はクルモとミーニャが換金を済ませている間、此れからの事を考えていると不安が増してきた。
一つには。ダンジョンや魔物からの取得物に関しては、ダンジョン協会を通さなければいけない決まりが在るが、ダンジョンそのものを所有してしまった場合どうなるのか?。
そもそも雑賀村の二つのダンジョンの主となった雫斗は、自分のダンジョンで魔物を倒す意味があるのかどうかも分からない。
もう一つは。これは元からの課題では在るのだが、ミーニャのいた世界に彼女を送り返す事に関しては光明が見えてきた。
他のダンジョンを雫斗の支配下に置かなくてはいけないとなると、厄介な事になりかねないと薄々感じ始めてはいたが。しかし、いささか楽観的な思考の持ち主である雫斗は成るようにしか成らないと、気持ちを切り替えていたのだった。
換金を済ませて、家で夕食までの時間を家族とまったり過ごしていた高崎家において、昨日キリドンテとの会談で、取得した情報を書き出した資料と睨めっこしながら、眉間にしわを寄せて考え込んでいた悠美がおもむろに話しだす。
「どう考えても、協会に報告しなければいけない案件ではあるけれど、報告はしたくはないわね」と深いため息を付く。
「どうしたんだい?」と畑の収支を確認していた海慈が落ち込んでいる悠美に話しかける。
「ダンジョンからの取得収支に関係するから、報告しなければいけないのだけど。報告するとなると関係者の事情聴取となるでしょう?。・・・今は不味いわね」と悠美は考え込む。
雫斗も自分の事だけに神妙に聞いてはいるが、ドキドキ物である。事故みたいなもので、雫斗の意図した事ではないけれど、事によっては国に拘束されかねないのだ。
「演習場の爆発の件を気にしているのかい?」
海慈があの時の状況を思い出しながら聞くと。
「そうよ。未だに国の威信と尊厳を守るのは軍事力だと、勘違いしている人達がいるのには驚きだけど。探索者を軍隊の一部として運用できないかと模索している輩が居る事は事実だわ」と憤慨して悠美が答える。
雫斗は知らないのだが悠美や海慈に対して雫斗からの聞き取りをしたいと言う要請がひっきりなし村役場に届いているのだ。
未成年を理由に、報告書だけで済ませてはいるが何れは断り切れなくなることは明白で、ダンジョンの私物化と拠点空間の事を知られると抑えきれなくなりそうなのだ。
「そうなのかい?。ダンジョンは不浄を好まない、これは周知の事実だと認識していたのだけど、その事を理解できない人達がまだいると言う事かい」と海慈がおどけて言う。
「そうよ。最悪な事に日本支部の探索者協会の理事の中にね。・・・まったくダンジョンから拒絶されている人達が協会の運営の中枢だなんて世も末ね」と悠美。
信じられない事だが、日本国の国民の半数近くの人達はダンジョンに入れない、いや入る事は出来るが、出る事が出来る保証が無いのだ。すなわちダンジョンからの帰還が叶うか試す事の出来る試金石の色が赤に近いのだ。
海慈にはダンジョンの本質に関して持論が在る。公に話す事は無いが、ある意味達観している事で正解を導き出してはいる、だが海慈自身、確信がある訳ではない。
人は生きていく中で、業を積み重ねていく、成長する過程で色々な事を経験して人格を形成していくものなのだ。良い行いや悪い行いは別にして、その事が人としての格を形作っていくものだと実感として感じているのだ。
海慈自身、自分の事を清廉潔白な人物だとは思っていない、偶然とはいえ5年前にダンジョン生成に巻き込まれたそのことが、ある意味、禊ぎとしての贖罪に繋がったではないかと思っているのだ。
家族のためにダンジョンの怪物と戦った事で、逸れこそ命がけで魔物から人々を守り通したことで、自分に在る負の行いに対する業を取り払ったのではないかと、おぼろげながら感じ始めているのだ。
「協会が出来て日は浅いからね、何れその人達も引退を余儀なくされるさ、時間が経てばね。まー気長に待つんだね」とあっさりしている海慈に対して不満をぶつける悠美。
「そうのんびりもしてもいられないわ。私達の大事な息子を、有象無象の欲望の化身の手の中に置くつもりはないですからね。それこそどんな手を使ってでもね」と鼻息を荒くする悠美に、海慈が落ち着かせるように言い聞かせる。
「落ち着きなさい。今の雫斗を拘束できる組織なぞ無いよ。かえって拠点空間の入り口の座標を構築されて終わるね。たとえ何かあってもそこに逃げ込めば誰も何もできはしない」と予言じみた事をこともなげに言う。
雫斗は、両親が真剣に話し合っている事を何気なく聞いていたが。”雑賀村から出る事を禁じられたらどうしよう”と本気で心配していた。雑賀村のダンジョンを支配下に置いた事で、雫斗自身の成長にどのような影響があるのかも分からないのだ。
ある意味、雑賀村から出られなくなることの方が、雫斗にとってダメージは大きい。両親の議論を固唾を飲んで聞いていたがどうやら結果が出たようだ。
多少おっとりしている息子に対して、過保護気味の悠美ではあるが、外に出て経験を積ませた方が人間的に成長する事になると、説得する海慈との話し合いの結果、雫斗自身に任せる事で落ち着いた。何かあれば拠点空間に逃げ込める事が功を奏した。
第32話(その2)
夕食の後、雫斗は勉強を終えるとネットで調べ物を始めた、ある鉱物について興味を持ったのだ。その鉱物とは共鳴石と言う、その鉱物を二つに切り分けると、分けた鉱物間で共鳴し合うという性質が在るのだ。
ダンジョンから取得された対になった魔道具にも使われていて、離れていても会話が出来るのだ。さすがにスマートホンほどのクリアーな音質ではないが取り敢えず会話に支障はない、今更何を調べるのかと言われそうだが。ダンジョンが地上と隔絶している以上、電波を使った文明の利器は意味をなさない。つまり人類はダンジョンの中との連絡手段が無いのだ。
しかし、その魔道具はどういう訳かダンジョンと地上とで通話が出来るのだ。当然ダンジョンからの取得物の関係上、数は少ない。その為国や大手のクランが囲っていて一般の探索者まで回って来ない。どういう原理で動いているのかも分からず、しかも分解したら最後、元の様に組みあげても使い物にならなくなるのだ。
ダンジョン関係の情報は原則公開が義務付けられている、通話の魔道具も原理を知るために分解されていて、その詳細は公開されている。ダンジョン庁や、ダンジョン協会のサイトから調べる事が出来るのだ。内訳は主に極めて純度の高い共鳴石と魔石が、重要な機能を占めているであろうとの見解では在るが、内容も見てもどう動いていて何が重要なのか皆目見当もつかないと記されているのみなのだ。
ただ言える事は対になる共鳴石は、もとは一つの鉱石だったことぐらいしか解って居なかった。そこで雫斗は共鳴石を購入する事にしたのだ、一応ダンジョン協会の販売サイトで売っていたのだが、純度が低く使い物にならないとして捨て値で販売されているのだ。
取り敢えず1トン程注文したのはいいが、雑賀村までの配送には結構な金額が掛かるとして雫斗自身が取りに行くことで了解してもらったのだ。週末に名古屋支部の販売所での受け取りで、ついでに名古屋にあるダンジョンの探索に行こうかと思っている雫斗だった。
雫斗は翌日の放課後、一人で鍛冶工房へと訪れていた、工房主の麻生 京太郎に相談しに来たのだ。不純物の多い共鳴石の鉱石を分子単位まで粉砕出来ないかの相談なのだ。魔鉄鉱石を扱う関係で粉砕機は工房に在るのだが、いきなり貸してくれとは言えないので、取り敢えず使って良いかの相談に来たのだ。
「お前さん、また妙なものに興味を持ったものだな、使う分には良いが、何に使うのか教えてもらえんかね」と京太郎が興味を示して聞いてきた。
「共鳴結晶の純度を上げたくて、粉砕して粉々に成れば、保管倉庫で分別できないかと思いついたんです」と正直に話す雫斗。
「なるほどですね。確かにかたい岩石では分別も出来ませんが、粉々にすると分けるのはさほどむつかしい事では無いですね」と隣で聞いていたロボさんが答える。
「しかし、わしらの粉砕機ではそこまで粉々には出来んぞ、どうしても不純物が混ざりおる。そこはどうするんじゃ」と京太郎が疑念を口にすると。
「取り敢えずある程度の純度で試してみようと思っているので構いません。それに成功すれば後は何処かの企業にお願いするつもりですので」とダメもとでやる事だからと雫斗はのんきに話す。
京太郎さんの了解を得た雫斗は、自分のダンジョンに入るわけにも行かず、やる事が無いので拠点空間に籠って魔法陣の事を学ぶ事にした。雫斗の強みは言語理解のオーブを取得している事で、多様な言語で構築されている魔法の言葉を読み解くことが出来る事なのだ。
最初、初歩的な魔法陣を見た時に感じた事は、図形と言葉の回路図みたいだと思ったのだ。現代の科学に置き換えると、複雑な電気回路と言葉の命令が混雑している様に思えたのだ。そこからはクルモとヨアヒムアの助けを借りながら魔法陣の仕組みの解明に乗り出したのだ、最初は簡単な命令と図形の相互関係が理解できると、後は試行錯誤しながらの追試に費やした。
武器や防具に魔法陣を刻み、魔石を加工した添加物を塗り込むことで魔力を通したときに発動する魔法を付属性魔法と言う。誰にでも発動できることから探索者の間では重宝される魔道具ではあるけれど、融通が利かない。一般的な魔法と違って発動不全が起きにくいのは事実だが、効果が限定されるのだ。
現実世界において、その魔法陣を模倣する事はさほど難しい事では無かった。しかしその魔法陣を書き換えるとなると、とんでもない労力を費やす事になる。発動体である武器や防具に刻んだ魔法陣の図形の太さや形。言葉の組み換えの違いでさえ、発動しなく為ってしまったり、最悪暴走して甚大な被害をこうむったりしたのだ。
雫斗は早々に、現実世界での魔法陣の検証は諦めて、拠点空間で魔法陣の検証を始めたのだ。考えても見てほしい、現実世界で有れば、発動体に魔法陣を刻む事も、刻んだ魔法陣に添加物を塗り込む作業も、かなりの労力を必要とするが。
雫斗の拠点空間においては、雫斗の望むことが考えるだけで行えるのだ。これは今の所雫斗だけの特権と言える。
しかし、魔法陣の図形の形や言葉の組み合わせにいささか苦労した。図形を刻む深さの差でさえ結果が変わってくるのだから、試行錯誤の連続であった。しかし、そのかいあって法則性を掴むことが出来たのだった。
第32話(その3)
その週末、チームSDS(雑賀村ダンジョンシーカ)のメンバーと共に名古屋の探索者協会へとおもむいた雫斗は、純度の低い共鳴石を受け取ると此れからどのダンジョンに行こうかと皆と相談していた。
二つのダンジョンしかない雑賀村と違い、多くのダンジョンが有る都会では在るが、如何せん3層ダンジョンという浅いダンジョンが存在しない。
最低でも10層までのダンジョンしかないので、探索者予備軍の雫斗達だけで潜るわけにも行かず。さりとて同行者を募ろうにも初対面では不安が募る。どうした物かと考えこんでいると、声を掛けてくる人物がいた。
「おや、雫斗君じゃ無いか? 久しぶりだね、今日はどうしたんだい。こんなところに来るなんて珍しいね」
振り向いた雫斗が目にしたのは、こちらに近づいて来る荒川さんだった。探索者カードを取得したその日に、運悪くダンジョンが生成された近くにいた事で、オーガと邂逅してしまった雫斗達の、絶体絶命の危機を救ってくれた人物だ、忘れる訳がない。
「お久しぶりです、荒川さん。この間は本当にありがとうございました」
そう答えた雫斗だが、荒川さんの後ろに控えている人達を見て、此れからダンジョンに行くのかな?と思った。
軽装では在るが防具を付けているし、こちらに近づいて来る荒川さんも同じく防具を付けている。
「前にも言ったが、礼には及ばんよ。依頼を果たしただけだしね。君達もこれからダンジョンに行くのかい?」
そう荒川さんに聞かれたが、何も荒川さんが預言者と言う訳ではない。雫斗達も防具を身に着けていたからだ、深い階層のダンジョンの周りには階層に応じた魔物が湧いて出てくる、協会の職員やフリーの探索者が巡回しているとはいえ、一般の人がその魔物と邂逅すると危ないのでその近辺は危険区域に指定されて、一般の市民の出入りが制限される。
探索者の資格を得るための講習を受けに来たときは、まだ一般の人扱いの為普段通りの服装で来たが、この近辺が危険区域に指定されたため、雫斗達も軽装の防具に着替えて来たのだ。さすがに大剣や槍、弓矢などの大型の武器は携帯していないが、都会であるからこそ街中を防具に身を固めた探索者が歩いている事は普通にあるのだ。
3層ダンジョンしかない雑賀村では、湧き出してくる魔物も弱いので危険区域を設けてはいないが。都会では、深い階層のダンジョンが多いのであちらこちらで制限が有り、一般の市民にとって移動する上で不便極まりない状況になりつつあるのだ。
だからと言って生活する上で不便な田舎に移住しようという発想に為らない辺り、便利さに為れた都会人に呆れている田舎者の雫斗達だがそこは言わぬが花であろう。
「ええ、週末を利用して泊まり込みでダンジョンに行こうかと考えていたのですが、これから僕らに同行してもらえる探索者の募集をしようとしている所です」
そう話す雫斗達に荒川さんが好条件の提案をしてくる。
「それなら私達と来ないかね? 此れから新しくできたダンジョンの階層攻略前の準備で軽く15階層で新しい装備の性能確認と習熟をする予定でね。君らもどうかね?」
そう言ってきた、雫斗達には願っても無い話だが良いのだろうかと聞いてみた。
「嬉しい話ですが、良いのですか? 僕たちは週明けには学校が有りますから引き上げなければいけませんが」
そう言う雫斗に荒川さんが顔を近づけて小声で話す。
「君達だろう、保管倉庫と鑑定のスキルを発見したのは。そのスキルの使い勝手の確認が目的でね、君らも興味があるだろう? な~に心配は要らんよ、私たちは一カ月ほどの予定だが、君たちの地上までの帰還は私達がサポートするから」
と言われては断るわけにはいかない。雫斗達はお互いの顔を見て頷くと「おねがいします」と頭を下げた。
それからの展開は早かった。荒川さんのクランの人達に紹介されて受付でダンジョンへの入場手続きを終えてそのままダンジョンへと歩いて向かった。新しいダンジョンでまだ完全開放には至っていないが、自衛隊のダンジョン攻略群といくつかの大きなクランは入場が認められているとの事で、雫斗達には幸運であった。
「新しい装備って言っていましたけど、どんなん装備何ですか?」百花が荒川さんに聞いている、遠慮のない子である。
「ふふふっ。接触収納があることにも驚いたが、その後でポンポンと立て続けに保管倉庫と鑑定のスキルが使える事が分かった時には耳を疑ったね。しかも特別なスキルではなく誰にでも習得が可能とは恐れ入った、ま~~スライムを一万匹を倒さなきゃならんことには辟易したがね。・・・新しい装備はその関係の装備とだけ言っておこう、楽しみは取っておかないとね」
と言ってウインクする、荒川さんはかなり茶目っ気が在るようだ。
そんな話をしながら歩くこと数分で目的地に着いた、雫斗達が発見(予測?)したダンジョンでは在るが、来るのははじめてだ。
かなり深いダンジョンだといわれており、物々しい雰囲気を醸し出している、まだ入り口を覆う建物は完成してはいないが、中に入る分には支障がないようだ。
雫斗達のとっても、雑賀村のダンジョン以外に入るのは初めての事なのだ。しかも発見した当人らとあってはなおさらで、かなり感慨深い物が在る雫斗達なのだった。
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