ダンジョンを探索すると、色々な事が分かるかも。
第1章 初級探索者編
第29話(その1)
雫斗がクルモの捜索を一時中断したのは、嬉しさの余り歓喜したからではない、試練の間がおかしい事に気が付いた為だ。動く事無くただ震えていただけのスライムが、広間の中央へとゆっくりと集まりだしたのだ。
それだけでは無い、周りの空気がピリピリと、ぴぃ~~~んと引き絞った緊張の糸を、はじいて奏でている様に鳴り響いているのだ、まるで此れから始まる惨劇を予告するかの如く。
雫斗は立ち上がり、中央に集まるスライムを注視しながらも周りの様子に気を配る。張り詰めた気配の中に何か違う気配を感じ取る事が出来るのだが、その正体を掴め切れずにいた。
そうこうする内にスライムが中央に塊りだした。まるで全ての個体が主導権を取る事に躍起に成っている様に、我先にと折り重なって行く。
良く見ると新たに湧き出したスライム迄その狂乱に飛び込んでいく、普通ダンジョン内であれ外であれ、人の居る場所では魔物は湧いてこないというのに、此処ではお構いなしである。
唖然として見ている事しか出来ない雫斗だったが、頭をよぎる予感が有った。”逃げた方が良くないか?”
しかし背後に逃走経路が有る事の安心感から躊躇してしまっていた、スライムが何の為にその狂乱を始めたのか気になったのだ。
次第にスライム饅頭の大きさが天井へと届きそうになっていったその時、眩しい光と共に地面の底が抜けた様な浮遊感に襲われる。
一瞬の出来事だった、思わず身構えた雫斗が居るのは先ほどの試練の間のとは違う広大な空間に、半身の構えで立ち尽くしていた、どうやら強制転移を受けたらしい。
その雫斗の見据える先には、巨大なスライムが鎮座していた。二階建ての家屋を余裕で飲み込みそうな体躯の迫力に気圧されながらも、雫斗が警戒しているのはスライムの前方で頭を下げている男だ。
この異様な状況でいささかの殺気も、いや気配すらない。多少小太りでは有るが、直立不動で頭を下げ、手を胸と腰に回す姿はまるでピエロの挨拶を思わせるが、みじんも滑稽さは無い。
在るのは薄気味悪さのみ。警戒して言葉を発しない雫斗にしびれを切らした様に顔を上げ胡乱下に言い放つ。
「ようこそ!! 我が迷宮の深層へ。歓迎いたしますぞ、覇王の名を冠するお方よ」と言い”ニカッ”と口元を緩める。このような状況でなければ、親しみやすい表情と言葉ではあるが、如何せん周りの空気がそれを許さない。
「迷宮の深層? 此処はダンジョンの最下層って事。えええ~三層じゃないんだ」と雫斗は驚いた風を装って聞いてみた。
「然り!! 表の迷宮は仮初のもの、本質たるは此の舞台で在りますぞ。そして我こそが此の近隣の迷宮の核心たる存在でございます。とはいってもこの近辺には二つの迷宮しかございませんが、ぐふふふふ~。」そう言って、”したり、したり”と何度もうなずいている。どうやら雫斗はのっぴき為らない事態へと巻き込まれた様だ、こうなっては仕方ないと腹をくくる。
「本質とは? 僕たちが認識しているダンジョンと何が違うの?」雫斗は質問を重ねる、情報が足りない、時間稼ぎにしか成らないが、ここは話を引き延ばさなくてはと懸命に知恵を絞る。
「役割は同じではありますが、報酬と、Bet・・・つまり掛け金が、段違いでございます」と話に乗って来る、雫斗の焦りとは裏腹に聞けば答えてくれる相手に、”此れは、ワンちゃんいけるか”と雫斗は希望を感じた。
「報酬と、掛け金ね? 内容を聞いても良いかな?」と重ねて聞く雫斗に、激昂することなく嬉々と答え始めた。
「至極当然の事でございますれば、まず報酬に関して。・・・私めの管理しうる迷宮の権能たる機能を一部を残してすべて手に入れる事が出来まする。さらにこの迷宮を消し去ることも自由でございます、それは貴方の御心しだい。・・・さて掛け金でございますが、当然あなたの御命でございます。心してこの試練に向かいますよう、御心へと肝に留め置かれませ」と深々とお辞儀をする。辛辣さと、曖昧さを兼ね備えるヨアヒムよりも、その御仁に誠実さを感じるのは不道徳かもしれないが、雫斗は親しみを安さを感じていた。
「命を懸けるというなら、表も変わらないと思うのだけど」という雫斗に、その人?は根本から違うと反論する。
「何をおっしゃるかと思えば。表の迷宮なれば、敵わぬとなれば逃走も回避も出来ましょうが、此処に至っては逃げも隠れも出来ませぬ、もはや覚悟を決めて試練を克服する事のみが貴方様の御命を長らえる手段とあい成りまする」と言われた雫斗は今更ながらに覚悟を決めた。しかし目の前の胡散臭い御仁がどの程度強いのか分からない、相変わらず気配がつかめないのだ。
数ある魔物にも強さのばらつきはある、当然種類別でも違うが同じ種類でも個々の強さにも微妙に違いが有る、雫斗達はそれを気配で感じながら対応しているのだ。
かつて遭遇したハイゴブリンや、ハイオークの強さはその当時の雫斗達にとって格上で脅威ではあった、しかし負けるとはみじんも感じなかったのだ。だがハイオークを倒した後に出て来たオーガでは、当時の雫斗達では、どうこう出来る相手では無かった。
保護した親子と、纏わり付いて来ていた”強面君”たちが居なければ迷わず逃走していたのだ。
「さて。時間も押してきている事ですし、そろそろ開演といきましょうか」と始めようとする御仁に、慌てて待ったをかける雫斗。
「君の名前を聞いていないんだけど。…あと勝利条件も」。後ろに控えている巨大なスライムから、ひしひしと感じる強者の気配。その威圧はすさまじいが、散々スライムを倒してきている雫斗に恐怖は無い、しかもスライムダメージ特化の武器”トオルハンマー”も持っている。
もしもの時は秘密兵器がある、あの”ビーム”の破壊力は折り紙付きだ。難点は此の至近距離では雫斗自身も吹き飛ばされかれないが、いざと成れば使わないという選択肢はない。
問題は目の前の得体の知れない御仁だ、一向に強さの評価が出来ないのだ、名前から情報を拾えないかと破れかぶれで聞いてみたのだが、素直に答えてくれた。
「おおおお~!! 私めとした事が、失態、失態。・・・改めまして、”ヲッフォン”。わたくし、此の102迷宮群を預かります、キリドンテ・マリクルソンと申します。貴方様の試練が成就なされた暁には、不詳、此のわたくしめが、あなた様のしもべと相成りまする、その節は”キリー”と呼び、何卒よろしくお願い申し上げます。・・・さて、勝利の条件ではありますが、後ろに控えし我が迷宮の守りの要たる”ジャイアント・キングスライム”を倒す、従える、動きを封じる。どの条件であっても貴方様の勝利となりまする」と言って頭を下げ、脇へと下がっていく。
「えっ!! あなたが相手じゃないんだ」すごすごと下がる相手に驚いて雫斗がつぶやくと。その声が聞こえたのか、キリドンテが立ち止まり雫斗見て”ニッカッ”と笑って言う。
「何を隠そう、私めの戦闘力はゼロでございます。私めの役割はこの迷宮群の維持と管理。そして一切を見届ける事にございます。…では後悔なきよう全力で事にあたられませ」とペコッとお辞儀をして、そそくさと岩陰へと隠れてしまった。どうやら戦闘力ゼロは本当らしい、その後でひょっこッと顔を出して、此方をうかがう仕草が笑いを誘うが、今の雫斗にはそんな有余裕はない。彼の御仁が参戦しない事で勝率二割が、五分五分へと変わったのは嬉しいが、後ろに控えるジャイアント・キングスライムは舐めて戦って勝てる相手ではない、細心の注意を払って対峙する雫斗。
第29話(その2)
ジャイアント・キングスライムとの距離は約五十メートル、礫を放てば届かない距離ではないが、音速を遥に超えた礫の攻撃は雫斗の奥の手だ、ましてやビーム攻撃に至っては、いつ何時爆発するのか見当もつかない、このビーム攻撃は奥の手の、そのまた奥の手でしかない。
相手の力量が分からない内はちょっかいを出さず、じっと耐える。これは戦闘の基本で、時間制の試合ではないのだ、焦った方が負ける。
暫くお互いが出方を伺っていたのだが、先手を切ったのはジャイアント・キングスライムだ。半身に構えている雫斗に向かって、槍の様な触手を打ち込んできたのだ。
ジャイアント・キングスライムがどういった攻撃をしてくるのか予測が立たない中で、此の遠距離攻撃は意表を突かれた、普通のスライムは纏わり付いてくる事しかしてこなかったので、てっきり魔法攻撃か何かだと思っていたのだ。
しかしその槍の触手の速さは躱せないほどでは無い、一応その攻撃からバックステップで距離を取りながら横へとずれて躱す、紙一重で躱せない事も無いが、如何せん初めて見る攻撃なのだ。無理をして予想外の事態に為ると目も当てられない。例えば拡散するとか、進行方向のベクトルを変えるとか。初見では回避不能になりかねないので、用心して突して来る攻撃から距離を取っているのだ。
だが大きく距離を取ると言う事は、己のバランスも崩れると言う事になる。それを見越したかの様に、追撃の触手が放たれる。
次々に放たれる触手を躱していくと必然的に走り回って躱していくことになる、当然ジャイアント・キングスライムも雫斗の走る速さを予測して攻撃するのだが、次々躱していく雫斗に業を煮やしたのか、たまに雫斗の動きの先の先を読ん攻撃をして来る。
その攻撃をアクロバティックに躱して行く雫斗だが、一向に近づく事も出来ずにジャイアント・キングスライムの攻撃に晒され続けている、他から見ているとその戦闘はじり貧に見える。
固定砲台と化すジャイアント・キングスライムに対して、機動力を生かして躱すだけの雫斗には勝算が無い、彼の方が何れは体力を消耗して動けなくなるのは目に見えているのだ。
しかし雫斗も闇雲に躱しているだけではない、体力面にしても接触収納を使って体力回復に特化したポーションを直接口に含んで飲むという荒業を、何百回とこなしてきているのだ、今では自然にできるまでになっていた。
攻撃を躱して居ながらもジャイアント・キングスライムからの、槍の攻撃の到達距離とその性質を見極めながら、躱す距離を僅かずつ短めているのだ。
紙一重でジャイアント・キングスライムの攻撃を躱した雫斗は反撃に転じる。伸びきった触手の槍を、接触収納から取り出したトオルハンマーで叩き折ったのだ。
叩き折られた触手の先は光の粒へと変わって行く、次々と繰り出されてくる攻撃を紙一重で躱しては触手を叩き折っていく。
暫く此の攻防を繰り広げていくと、消えた触手の分だけ目びれしたジャイアント・キングスライムが攻撃を止める。
ついに肉弾戦へと移行するのかと警戒する雫斗を他所に、上下に伸び縮みを繰り返す。すると新たなスライムが湧き出てきてジャイアント・キングスライムに合流していく。
「追加で召喚するんかい!!」慌てた雫斗はジャイアント・キングスライムに肉薄してトオルハンマーを叩き込む。叩き込まれたジャイアント・キングスライムの表面が爆散するが、元の体積が大きすぎて大したダメージとは成らなかった。
少傷とはいえ削られて喜ぶはずも無く、怒ったジャイアント・キングスライムが巨大な体を活かして雫斗を叩き潰そうとしてくる。
大きな体を利用しての叩き潰つぶしには破壊力は有るが、如何せん大振りとなる。叩き付けられた場所には物凄い振動と砂煙が立ち込めるが、もうそこには雫斗の姿はない。
離脱していく雫斗に追い打ちの触手攻撃を仕掛けるジャイアント・キングスライム、しかしその攻撃は雫斗の神回避と触手の消滅という最初の攻防へと誘っていく。
肉薄攻撃・即退避。アンド触手の壊滅を繰り返す事数回、分かった事が有る。ジャイアント・キングスライムがスライムを新たに召喚しているときは、攻撃も防御も出来ない事を。
そこで雫斗は作戦を変える事にした、遠距離攻撃はジャイアント・キングスライムだけのものではない、召喚の儀式の伸び縮みが始まると、トオルハンマーを短鞭へと持ち替えて、投擲を始める雫斗。ただの投擲ではない、重さはわずか数グラムの鋼鉄の塊だが、その速度は異次元のスピードなのだ。
時速4300キロメートル以上、音速の4・5倍の速度でジャイアント・キングスライムの体を貫通していく、しかしそれだけでは無い、貫通した周りを雫斗の放った礫の衝撃波がジャイアント・キングスライムの体を削り取っていく。貫かれる事数回、たまらず防御にまわるジャイアント・キングスライム。
打撃防御に特化したスライムだけはある、防衛に徹したジャイアント・キングスライムの装甲は伊達ではない。極超音速で飛来する礫を尽く弾き返していく、すかさず雫斗は走り込んで、スライムダメージ特化のトオルハンマーを叩き込む。トオルハンマーの打撃が撃ち込まれた周りを衝撃波が巻き込んでスライムの体を消滅させる、怒ったスライムのボディーバスターを回避して雫斗は距離を取る。
距離を取る雫斗を槍の触手攻撃で追撃するジャイアント・キングスライム、雫斗はその攻撃を躱しつつ槍の触手を破壊していく。
何時の間にかジャイアント・キングスライムの方が打つ手が無くなり、じり貧となっていた。
スライムを召喚して自分の体積の補充を試みると、すかさず極超音速の礫の攻撃が来て召喚出来なくなり、体を強化して礫をはじくと肉薄されてハンマーの攻撃を受ける、槍の触手の攻撃で撃退すると躱されて触手を失う。
後の無くなったジャイアント・キングスライムは賭けに出る、己の体をおとりに罠を仕掛けたのだ。
最早ルーティーンと化した、肉薄してのトオルハンマーでの攻撃に移行していく雫斗に対して、爆散していく己の体躯を無視して、伸び縮みの儀式を始める。
スライムを召喚して補充するのではなく、ジャイアント・キングスライムの頭上に巨大な水の塊が出来ていく、最初の頃のジャイアント・キングスライムの体積を優に超える水の塊が、数百トンにも及ぶ水の塊が勢いをつけて一気に落ちてくる。
第29話(その3)
慌てて回避する雫斗だが、間に合わない。そのまま巻き込まれてしまう、ジャイアント・キングスライムにしてみても、この攻撃は自身の体躯を削り取る事になるのだが、かろうじて消滅する事は免れた。だが相対した敵である人間に凄まじい水圧という攻撃で粉砕することが出来た事に満足していた。
水圧で削り取られた巨大なくぼみの中で、水につかり溶け出していくジャイアント・キングスライム。スライムという魔物は水とは相性が悪い。・・・いや、相性が良すぎて大量の水に漬かると溶け出して体を維持する事が困難になるのだ。
後わずかの時間で消えていくジャイアント・キングスライムだが、悲壮感はない。もともと迷宮に侵入してくる異物に対して排除するという本能的な感情しか持ち合わせて居ないのだが、今は戦いを通して全力を出し切った事への満足感という初めての感覚に満ちていた。
本来なら魔物である己にそのような感情など訪れるはずが無いのだが、不思議な事だと消えていく意識の中でうつらうつらと考えていた。
ただ残念な事は、もう二度とあの高揚感は訪れないのだと、本気で渡り合った事への充足感はもう二度と感じる事が出来ないのだと、消えてしまう己に対して残念な気持ちに為って居たのだが。
「いや~~びっくりしたよ。最後にあれほど巨大な水の塊が出てくるなんてね。本当、驚いたよ」と、ひょうひょうとした顔で話しかけてくる人間、今さっきまで死闘を繰り広げていた難敵が腰のあたりまで水に漬かりながら、ざぶざぶと近づいて来る。
あれほどの衝撃を受けながら、無傷で切り抜けている相手に対して、怒りを通り越して呆れている己が居た。しかしどうやって切り抜けた? 疑問に思った事が体に出たのか、答えを返す人間。
「いや~~。・・・僕、水を収納するのは得意なんだよね」と言いながら周りの水を瞬時に収納してしまっていた。
「あの時、咄嗟に自分の真上に落ちてくる、水の塊を収納出来たのは良かったんだけど、流石に全部をいっぺんに収納出来なくてね、おかげで周りから襲って来る激流に揉みくちゃにされちゃって、危うく溺れる所だったよ」そう言いながら己の目の前に立つ好敵手。
ジャイアント・キングスライムは覚悟を決めていた、ジャイアント・キングスライムの名を冠してはいるが、今の大きさは普通のスライムの大きさまで縮んでいた。
スライムの力は体躯に比例する、いくらキングスライムの名前が付いて居ても、普通のスライムの大きさまで縮んでしまっては触手の攻撃すらできない。
スライムを再召喚して力を蓄える事は出来るが、目の前の人間はそれを許さないだろう。此れから倒されることに異存はないが、ただ残念ではある。この何とも言えない感情を得た今では、ただ消え去る事の焦燥感は耐えがたいのだ。
雫斗は震えるだけのジャイアント・キングスライムを見つめていた。戦った事に罪悪感は無い、ただ勝った事の歓喜より生き残った事の嬉しさの方が大きいのだ。
いま目の前には消滅することを覚悟した魔物がいる、普通の魔物なら敵わぬまでも最後まで襲い掛かろうとするであろうが。
かつて巨大な体躯をしていた存在を、今はただ震えるだけのジャイアント・キングスライム見て、むやみに倒してしまう事に儚さを覚えていたのだ。
泥にまみれたジャイアント・キングスライムを拾い上げて、しげしげと見つめる雫斗。今では雫斗の手に平に収まるだけの大きさしかないが、軽く手をかざして泥にまみれたジャイアント・キングスライムの泥を収納すると、”ピュッ”とかざした手を一振りする。
「う~~ん、きれいになった」と言ってわきへ収納した泥を吹き飛ばして独り言ちる。
「さて。戦闘放棄でも勝利条件に成るか聞いて来よう」と言いながら歩き出した。ジャイアント・キングスライムは二重に驚いた、自分を倒すのでもなく抱えて歩き出したのが一つ。もう一つは収納の使い方だ、ジャイアント・キングスライムも収納のスキルは持っている、だが本能的な使い方しかしてこなかったのだ、自分の体に纏わり付いた汚れを収納を使って取り除くとは、驚きだった。
雫斗の掌の上で飛び跳ねているジャイアント・キングスライムを、一応喜んでいると解釈してそのままこのダンジョンを預かっていると言うキリドンテ・マリクルソンの前まで来た。
雫斗が来るまでその様子を呆けて見ていたキリドンテだが、雫斗が前に立つといきなり頭を垂れて片膝をつく。
「このキリドンテ、驚きましたぞ!! テイムスキルで縛るでもなく、契りを以って主従契約するでもなく、迷宮の守護者を調伏なされるとは。いやはや前代未聞でございますな。・・・私、此の102迷宮群を任された事、誇りに思いますぞ」と顔を上げたキリドンテが興奮したように早口に話す。
「それじゃー、僕の勝ちで良いのかな?」と雫斗が宣言すると。当然だと言わんばかりにジャイアント・キングスライムが飛び跳ねて雫斗の腕から肩へと移り上下左右に伸び縮みする、どうやら喜びを表現しているらしい。
「当然でございます。この有様を見れば一目瞭然。貴方様が此の102迷宮群の主でございます、そして私キリドンテ・マリクルソンは102迷宮群のマネージャーにして貴方様のしもべでございまする」と言ってもう一度頭を下げた。
「ところで、報酬が迷宮の権能だと言っていたけれど、具体的に説明してもらえるかな?」そうなのだ、具体的な事は何一つ分からないのだ。
「おおおお~。これはしたり!!」と言って剥げ掛けた額を”ペチャリ”と叩くと、あちこちのポケットをゴソゴソと引っ掛き回す。暫くして「ありましたぞ! ありましたぞ!」と言って”そのポケットには入らんだろう”と思えるような大きさの光輝く珠を取り出して雫斗に対して捧げ持つ。
「どうぞ此の迷宮の心核をお受け取りくださいませ。これは此の迷宮群の要であり全てで有ります、そして其の迷宮の心核を迷宮の中心たる台座へと、御自ら据え置くことで迷宮の権能の一部を受け取る事が出来るのです」そう言いながら”どうぞどうぞと”押し付けてくるキリドンテ。
余りの押しの強さに、思わず受け取ってしまった雫斗は驚いた。見えている迷宮の心核だが持った感覚がまるでない、もし空気が見えていてボール状に為って居たならこんな感じなのかと、ふと変な想像をしてしまったが、それを知ってか知らずかキリドンテがにやっと笑って言う。
「このキリドンテ。主殿を謀っている訳でも嘲笑している訳でもありませぬ、此の迷宮の心核の在り方こそ迷宮たる真の姿でございます」と言ってニカッと笑う。
「まあいいや、…ところで台座って何処に在るの?」キリドンテの話はほぼ分かってはいないが、ジャイアント・キングスライムとの戦闘と、度重なる情報の奔流に疲れていた雫斗は、取り敢えずやる事はやってしまおうと、台座の場所を聞く。
第29話(その4)
「はい! 今から御案内いたしますゆえ、此方にお越しくださいませ」と言いながらキリドンテが振り向き扉を開ける仕草をする。
すると何時の間にかそこには荘厳な両開きの扉が出現していた。その扉を引き開け片側で頭を下げるキリドンテ。
「どうぞお通りください、台座の間への扉でございます」そう言われた雫斗は躊躇する。普通の扉は空間と空間をつなぐかりそめの壁でしかない、ひとたび開くと先の空間は見えているものだと認識している雫斗は、目の前の開いた扉の先が光のカーテンに遮られていて、この先の空間が見えない事に罠かと思い踏み出せないでいた。
「此のキリドンテ今更逃げも隠れも致しませぬ、あなた様を主と認めたからには誠心誠意お仕えする所存! ささっ。どうぞお通りくださいませ」はよ行けと催促するキリドンテに”ままよ”と雫斗は光のカーテンの向こうへ歩いていく。
そこは荘厳な空間・・・・、いや世界だった。まるでギリシャやイタリアの遺跡の柱を思わせる石柱が立ち並び、その奥にはひときわ高い高座に厳かな台座が一つ。
雫斗が驚いたのはその周りの景色だった、まるで宇宙空間に放り出されたかの如く、星が瞬いているのだ。星というには語弊がある、よく見ると星雲や様々な形や色をした銀河が飛び交っている、しかも天井だけではない、そもそも壁が存在しない、雫斗の周りで星や星雲、銀河が巡っているのだ。
雫斗は神殿を模した石柱や床がそのまま宇通空間?に飛び出したような感覚に陥っていた。
「壮観でござりましょう、此処が迷宮の心臓部でございまして、私めの自慢の一つでございます。この創作には私めの総力とすべての時間を費やしてございます。・・・ささっ、此方へどうぞ、御蔵の台座へとご案内いたします」と言っていつの間にか隣に来ていたキリドンテが先へと歩き出す。
「しかし凄いね、他の迷宮の台座の間もこうなっているの」と雫斗は何気なく聞いたのだが。
「いえいえいえ。此処はオリジナル、私めの最高傑作でございます。他の台座の間は分かりませぬが、これ程の”クオリチィ~~”はございませんでしょう」と断言するキリドンテ。
「そうなんだ」と気のない返事をする雫斗に、ふんすと苦労話を始める。
「この世界で迷宮が出来て日はあ浅うございますが、この星の知生体は迷宮攻略に熱心でございます。その為迷宮を維持管理するためのマナを補充することはさほど難しくはありませんでした。しかしここ最近、あろうことか迷宮を破壊する輩が増えまして、費用対効果が逆転いたしました。破壊された迷宮をほって置くことも出来ず、致し方なく別の世界の迷宮からマナの補充をいたしました所、思わぬアクシデントに見舞われました。マナの補充をいたしました世界から異物を召喚してしまいまして、その時は慌てましたでございます。・・・・ささっ、此の台座へ迷宮の心核をお乗せくださいませ」。言われた雫斗は、何か重大な事を聞いた様な気がしたが、早く終らせることに気が要っていて気が付くのが遅れてしまっていた。
雫斗が、迷宮の心核を台座に乗せた途端、光の奔流に飲み込まれた。体ではなく精神が何かの光で満ちあふれたのだ、その感覚は一瞬で終わり、何も無かったかの如く静まり返った台座の間で佇んでいた。ふと気が付くと背後でキリドンテが片膝をつき頭を垂れていた。
「これで名実ともに、このキリドンテは貴方様のしもべ。何なりとお申し付けください」頭を上げてニカッと笑うキリドンテ、憎めない御仁ではあるが、先ほど聞き捨て為らない事を言っていたので問いただす。
「さっきの話では迷宮を壊して回る人がいるとか言っていたね?」そう言う雫斗に対して。
「その通りでございます、迷宮とは破壊するものではありませぬ、攻略するものです。重しの有る石の塊で”どすこんどすこん”と叩き壊されてはたまりませぬ、しかも所かまわずでございます。この迷宮を預かる身としては物申したいところではありますが、如何せん彼の者たちは冥王の名を冠しては居りませんでしたので、放置するしか手立てはございませんでした」と悪びれなく話す。
百花達だ、パイルバンカーで岩に擬態しているベビーゴレム達を無作為に壊して歩いているのだ。鑑定のスキルの取得前は当然本当の岩も叩き壊していた。雫斗もトオルハンマーで壊しているので同罪なのだが。
”あちゃ~”と頭から血の気が引いていた雫斗に、追い打ちを懸ける様にキリドンテの言葉が突き刺さる。
「その修復に、別の世界の休眠している迷宮からマナを取り込んでいたところ、誤って異物を召喚してしまいまして、慌てて対処を模索している所でしたのですが、いつの間にか姿を消してしまいまして、もはやどうする事も出来ず、今に至っております」。
ミーニャだ。どうやら彼女が此処へ来た原因は、間接的にしろ雫斗達のダンジョンでの行いが原因らしい、その事に気が付いた雫斗は頭を抱えた。
「どうされました?」とキリドンテが落ち込んでいる雫斗に不思議そうに聞いて来るが、今は正直に話す気になれない。
「その謝って此方に異物を持って来たっていう事は、逆に此方から向こうにその異物を持って行けるのかな?」雫斗は一応聞いてみる、双方に行き来できるのであればミーニャをあちらの世界へと返す事も出来そうだ。
「ふむむ~~、出来ると言えば出来ますが、それには主様がもう一つ二つこの世界の迷宮を従えれば、異物ではなく主様を向こうの世界の迷宮へとに送る事が出来るやもしれません」どうやら今のままでは出来ないらしい。
「そうなんだ、・・・向こうからは来ることが出来て、こちらからは行けないのには理由が在るのかな?」取り敢えず情報が欲しい、今すぐミーニャをあちらの世界へ送る事は考えてはいないが、何が出来て何が出来ないのか、検討する必要がある。
「それは迷宮の格の違いでございます。私共の迷宮はまだ五年の月日しか存在をしておりませんが、あちらの迷宮は休眠しているとはいえ、千年を超える大御所でございます。眠っていてもあふれ出るマナはとてつもない量を誇っておりますので、私めがチョロ、”ヲッホン”搾取していても気づかぬほどでして」ほーう、ダンジョン間で何かしらの競争意識でもあるのか? この事は此れから他のダンジョンの攻略を見据えた時、有利に運ぶかもしれない。
「ところで、僕が他の迷宮を従えたとして、何かメリットが在るのかな?」一応、今の雫斗の探索者としてのランクは見習いに他ならないが、もし他の迷宮に入るとしたら、称号のせいで迷宮の主の争奪戦に間違いなく巻き込まれそうなのだ。そのメリットを聞いておかなければモチベーションが保てない、毎回命を懸けるなんて御免こうむりたいのだが。
「他の迷宮を従えるとなれば、主様の格が上がりまする。これすなわち我が迷宮の格も上がる事に他なりません、さすれば迷宮間の移動もおもいのまま、いかようにも迷宮の機能を変える事が出来まする。ただし本質である資質の向上である魔物との命を懸けた戦闘は変える事が出来ませぬ」どうやら好き勝手にダンジョンの構造をいじる事は出来そうにないが、何か聞き捨て為らない事を言っていたような。
「えっ。他のダンジョン間で移動できるの?」驚いた雫斗が聞くと。当然だとキリドンテが話す。
「もはやあなた様は此の102迷宮群の主でございます、この迷宮群は二つしかございませんが、主はもとより他の方々も主の許可が有れば自由に移動が可能です、当然他の迷宮を主様が取得なされるならば此の星の何処へなりとも移動できまする」その話を聞いて、雫斗はげんなりする。この地球上のダンジョン間で移動できるとなれば、大変な事になる。まず航空機や船舶といった交通網はことごとく壊滅するし移動のコストなんか考えるだけ無駄だ。ましてや収納を使えば物資の輸送も革命がおこる、だがその行為は一人の人の命がけの行為の上に成り立っているのだ。
「まさか僕が全部の迷宮を攻略する前提じゃないよね?」と恐々尋ねると。キリドンテが胡乱な目で雫斗を見据える。
「あなた様が挑戦したいというなら、私どもは御止めいたしませぬが。ご忠告までに、命がいくつあっても足りませぬと言わせてもらいまする。すべての迷宮は隠世を通して繋がっておりますれば、主が違えども、そこは交渉次第でいかようにも出来まする」雫斗はほっと安心するのもつかの間、キリドンテが話を続ける。
「話は変わりますが、主様のしもべとして他の方とご挨拶をしたいと存じますが、いかがでございましょう?」雫斗はうッと言葉に詰まる。一人は行方不明で、もう一人は変態である。胸を張って紹介できない自分が悲しくなってくる。
「え~~と。この本は叡智の書で、その本に憑依しているヨアヒム。・・・でっ、もう一人は今は行方知れずで紹介できないんだ」と叡智の書を収納から取り出しながら言いよどむ。
「なるほど、なるほど。行方知れずとは又けったいな。それでは召喚し直してはいかがかな?」とキリドンテがおっしゃる。雫斗は驚愕してまじまじと彼を見つめているが。
「ここは迷宮にして、魔物を扱うには長けている場所でございますぞ。そして主様は其の迷宮の長でございます、未だ絆で結ばれ、使役している魔物であれば召喚出来ましょに」と然も簡単であるというキリドンテがニカッと笑う。
いや~~だだの、はげかけたオヤジかと思ったが。イケメンだわ・・・。
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