第28話  決意の表明は様々なれど、覚悟の強さは最強となる。

ダンジョンを探索すると、色々な事が分かるかも。

第1章  初級探索者編

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第28話(その1)

 此処は常世ではない、形有る物が形を成さず、力ある物が力を失う混沌とした空間、何もない様に見えて様々のものであふれかえる不思議な世界。空なる物が色へと誘い、色なる物が更なる高みへと変わる不変なる力が統べる森羅万象を象徴する広大なる時空。 

 其処に目覚め始める物がいる、言わすと知れたクルモである。幸か不幸か雫斗が夢の中で起動に必要なパスワードを叫んでいた事が功を奏し、クルモの再起動と相成った。 

 徐々に覚醒していく中で、クルモは驚愕していく。周りの状況が全くつかめないのだ、手足の感覚を始め、視覚、聴覚は無論、触覚に至るまで全く機能していないのだ。己という存在を自覚し始めた時でさえ、周りからの何かしらの刺激は有ったのだ。 

 パニックに陥りそうなクルモではあるが、この感覚には覚えがある。クルモが最初に覚醒して、義体へと移された時の感覚と同じなのだ。 

 知覚の停止から覚醒までの間に何が有ったのか、魔核がクルモという存在として覚醒する時に一緒に取り込んだCPUのクロックでは二日程が経過しているのだが? 疑問に思いながらも、ゴーレムとしての本能から、自分の体を再構築していく。 

 その過程で思い描いたのは、慣れ親しんだ自分の義体では無く、主たる人の体を思い描く。クルモには義体としての機械的なシステムも、人間の生物学的な構造も等しく記憶の中に存在している、何故かこの時は生物としての人の体を主体とした構造物を思い描いていた。 

 結果として、生体サイボーグの様な体を構築していくのだったが、偶然なのか必然なのか、膨大なエネルギーと力ある物質の満ちたるこの空間に、順応した体が構築されていく。 

 しかしその事が、その体を維持することにおいては行幸だと言える。地上にある生物がこの空間に紛れ込んだとしたら、生きにくい事になっていたであろう。水も食糧も生命に不可欠な酸素さえ、旬然たる物としては存在していないのだから。 

 自分の体を作り終えたクルモは、周りを見渡して驚いた。何も無いのだ、力とエネルギーの奔流は感じられるのだが、見た目は何もない空間にしか見えない、上下の感覚は無く重力さえ感じる事が出来ない。 

 主である雫斗の繋りを感じ取り手繰り寄せようとするも、掴めども掴めども近づいていく気がしない、ともすれば消えて無くなりそうな絆に思わず手を止めてしまう。 

 主である雫斗の存在を感じてはいても、この空間の何処へ向えば良いのかさえ全く分からないのだ。 

 暫く呆然としていたクルモだが、やみくもに動いて事態を悪くするよりはと、主の救出を待つ事にした、ゴーレムという種族は辛抱強いのだ。 

 だが、ただ待つというのも芸がないと考えて、主から借りていた魔導書を取り出して読み始めた。残念な事に、この魔導書にはヨアヒムの様な知性が憑依しているわけでは無い、文字という記号によって技能という知識を保管している書物にほかならないのだ、しかし暇つぶしには丁度良い。 

 しかも探索者協会に公開されている、すべてのダンジョン産の石板や魔導書を解読した、書式データーもクルモのコアに保存済みなのは内緒の話だ。 

 丁度そのころ、悠美の説教・・・間違えた。雫斗がミーニャと同衾していた事への追及が終わろうとしていた。 

 「話は分かったわ。それじゃミーニャは、雫斗を元気付ける為に、添い寝していただけなのね?」と確認する。 

 「そうです、私が小さい頃、私の母~さまは、私達が悲しい時や寂しい時は、いつもそばで添い寝して、撫でてくれました」と堂々と、いやむしろ他に何が有るの? と言いたげに、きっぱりと受け答えをしている、雫斗の挙動不審な言い訳とは段違いなのだ。 

 「良いでしょう。・・・今更だけど。・・・ミーニャよね、だいぶが顔立ちが変わっているけれど、どうしたの?」と悠美に聞かれて、ミーニャが嬉々として答える。 

 「はい!! 私、大人になりました。これでようやく立派な子供が産めます。家族に貢献できるんです!!」と満面の笑みで、一緒に祝ってくれと力説する。 

 その隣で雫斗は愕然とする、まるで一線を越えたと宣言している様なものでは無いか、その事に関しては事実無根なので、慌てはしないが、如何せん今までは大きな猫の様な、まるでペットを飼っている様な感覚で接していたミーニャが、女の子女の子した姿ですぐ隣にくっ付いて正座しているのだ、しかも薄着で。思春期の雫斗がドギマギしているのは、当然と言える。 

 悠美は複雑な心境で小さくため息を付く、雫斗は多少おっとりしている事も有り思春期を迎えた今でも、同世代の女の子に興味を持たなかったのだ。 

 雑賀村の住民全員が親戚の様な感覚で付き合っている事もあり、特に年の近い子供達同士は兄弟の様に接している事で、村の女の子を異性として意識していなかったのだ。 

 その事に関して悠美は多少心配をしていたけれど、意識し始めたのが別の世界の女の子とは、・・・どうした物かと思案する。 

 ミーニャはいい子である。その事に関しては疑問は無い。悠美が心配なのは、ミーニャがこの世界の住人ではない事だ。未来がどうなるかは分からないが、一人の母親として自分の息子の将来に多少の不安を感じているのだ。 

 今まで聞いた、ミーニャのいた世界の事を思うといたたまれないのだ。この地球との常識のずれは克服できるのか? 彼女は頭のいい子ではある、いずれこの世界にも慣れる事だろうが、獣人だというのは紛れもない事実なのだ。 

 生理学的に人と交わる事が出来るのか? この世界がただ一人の獣人を受け容れてくれるのか? 不安は尽きないが、決めるのは当事者である雫斗とミーニャなのだと、親として見守る事を改めて決意した。 

 「そう・・・よかったわね、おめでとうミーニャ。その事であなたと少しお話があります。・・・此処ではちょっと話せないわね。ミーニャの部屋へ行きましょう。そうだ良子さん、香澄がミーニャのベッドで寝ているはずだから、叩きおこ、・・・下へ連れて行ってもらえるかしら」と悠美はミーニャの”立派な子供を産めます”のくだりを聞いてほほに両手を添えて、のほほんとしていた良子さんにお願いする。 

 決して我が子香澄が、三日と開けずにミーニャの寝床に潜り込むことに嫉妬しているわけでは無い(そう思いたい)。ミーニャと大人の話をするので、子供には聞かせる訳にはいかないのだ。 

 悠美は雫斗の母親であると同時に、ミーニャの保護者でもあるのだ。このままでは息子の貞操・・・(ゲフン、ゲフン)。ミーニャが暴走しかねないので、日本の男女間の常識を叩きこまねば為らぬと決心したのだ。 

 「分かりました!!」と喜び勇んで出ていく良子さん。その後からミーニャと何やら話しながら母親が雫斗の部屋を後にする。 

第28話(その2) 

 独り残された雫斗は、足のしびれに悪戦苦闘しながらも自分のベッドへと倒れ込む。深く息を吸い込むと、ミーニャの残り香が香ってくる。 

 すると必然的に、意識しなくても思い出してしまう、二つの果実の感触を。ベッドの上で一人悶々と悶えていると、呆れた様な声が聞こえてくる。 

 『主よ、色ボケしている場合ではないぞ、感じぬか? 彼の者が覚醒しておる』とヨアヒムが容赦なく断罪する。クルモの事は忘れてはいないが、思春期真っただ中の今の雫斗には、何もなかったとはいえミーニャとのひと時は刺激的過ぎた。 

 「えっ! 分かるの?」と慌てて起き上がり、思わず声に出してヨアヒムに確認する。 

 『ふぅむ。異性に免疫が無いのは分かるが、己の分身たる者をおろそかにするとは、いささか無情が過ぎるのではないか?』と不本意にもヨアヒムから御叱りを受ける。 

 クルモが起きているならと、懸命に呼びかける。しかし応答がない、やっぱりだめかと諦めかけた時、ヨアヒムが声をかけてきた。 

 『此処では、力の残滓はあれど、あの者を呼び出すほどの魔力は贖えぬであろう。魔力の元始たる迷宮なれば其方の思いも届くやもしれん』と暗にダンジョンでやれよと催促する。 

 『それはダンジョンだと、クルモを呼び戻す事が出来るって事?』と雫斗が念話でヨアヒムに確認すると。 

 『それは、其方の心がけ次第であろう。思いの丈が起こすは、奇跡と相場が決まっておるからな』と意味深なヨアヒムであるが、今の雫斗には従うしかないのだ。いつも雫斗が思うのは、ヨアヒムとの問答は何か謎めいていて、かなり気を使うため疲れてしまうのだ。 

 そうと決まれば、まだ少し早い時間ではあるが、準備を始める事にした。装備は収納に収めているので、手持ちはバックパックのみのである。 

 雫斗が階下に降りると、まだ夢の中の香澄がソファーの上で船をこいでいる。軽く頭を撫でて「おはよーと」挨拶して洗面台に向かう雫斗。 

 雫斗が顔を洗ってリビングに戻ると、さっきまで起きるか眠るかの瀬戸際だった香澄が、睡魔に負けて寝息を立てていた。 

 雫斗は近くにあったタオルケットを香澄に掛けて、居間で新聞代わりのタブレットを見ていた父親の海慈にダンジョンに行って来る旨を伝えた。 

 台所で朝食の準備をしていた良子さんに断って、簡単な朝食を物色する。 

 雫斗が、牛乳とトーストだけで済まそうとすると、「そッれだけぇ~で、はいッけません」と良子さんがサラダを盛ってくれた。 

 雫斗が朝食を食べ終えるころ、話を終えた悠美とミーニャが二階から下りてきた。雫斗をチラ見したミーニャの顔が少し赤いのは気になるが、雫斗も彼女の顔をまともに見る事が出来ず、急いで食事を終えると。 

 「行ってきますと」と勢いよくダイニングテーブルから立ち上がる。しかしミーニャはある思いを秘めていた、何が何でも雫斗を支えると。悠美には”将来はともあれ今はまだ幼いのだから、自分たちの未来を見据える知恵を付けた後でも遅くはない”と諭されたがミーニャの決意は変わらなかった。 

 「あら? 今日は元気が良いのね、昨日あれほど落ち込んでいたのに。やっぱりかわいい女の子に元気付けられると、変わる物ね」と悠美が茶化すと。 

 「そんなんじゃなよ。ダンジョンならクルモを探せる気がして、・・・だからごにょごにょ」と赤くなりながら言い訳を言うのだが。 

 「どうしたんだい?」と海慈が訝し気に悠美に聞いたものだから、「実はね」と彼女が事の顛末を語りだした。 

 居たたまれずに、慌てて飛び出してきた雫斗だが、かすかにミーニャが「行ってしゃい」というのを聞き逃さなかった。外を歩きながらも、雫斗の頬が自然と緩んでいるのだが、自分では気が付かないものである。 

 売店では早朝と言う事で誰も居ないのだが、コンビニを兼ねているので、軽食とか飲み物はセルフで買う事が出来る。今どきの人工知能は、ゴーレム型アンドロイド程では無いけれど、棚出しや商品管理などはお手の物なのだ。 

 昼までには帰るつもりではあるが、食糧や水は延命に直結するので、用心して余分に買い込んでいく。ダンジョンでは何が有るか分からないのだから、探索者として当然の心得なのだ。 

 日本の国のどのダンジョンでもいえる事だが、ダンジョンに入るときは、協会の許可を得ないと入れないし入ってはいけない。下手をすると探索者の資格の停止を食らってしまうかもしれないのだ。 

 それにダンジョンに入るための登録をしておけば、万が一帰還の時間に戻らなければ、一定の時間のあと自動的に救助隊が編成される仕組みになっている、事前にダンジョンへ入る事を申請して置けば困らないのである。 

 日本国に限っては既存のダンジョンは周知されていて、入り口に監視カメラと魔物の侵攻を阻止するための防護壁と、その開閉に使うチェカーが備え付けられている。 

 防護壁は当初、ダンジョンから魔物が出てくることを恐れた政府が設置したものだが、魔物はダンジョンの入り口を使うことなく、ダンジョンの周りで湧き出して来るので意味をなさなかった。 

 それでも防護壁が今でも残っているのは、子供や心無い人の誤侵入を防ぐ為に残される事になったのだ。 

  

第28話(その3) 

 ダンジョン前の受付は、さすがに無人と言う訳も無く、受付カウンターの中で所在下も無くぽつんと、芳野 冬美 が座っていた。 

 「おはようございます、芳野先輩。・・・あれ? 今日は猫先生じゃないんですね」と雫斗は周りに目をやりながら彼女に挨拶する。早朝の時間はいつもゴーレム型アンドロイドの猫先生が受付をしていたのだが、今日は見当たらない。 

 「うふふ、私のお小遣いが厳しくなっちゃって、休みの日は時給の良い早朝に変えて貰ったの。・・・雫斗は今から沼ダンジョン? 何かクルモが消えちゃって元気がないって聞いていたけれど」と冬美が雫斗を気遣いながら聞いてきた。 

 「はい!! 今からクルモを探しに行くんです。消えた場所で探した方が、手掛かりがつかめる気がして」と元気に答える雫斗に、若干引き気味になりながらも、手続きをしていく冬美であった。 

 後に学校で女子会と称した女の子だけのおしゃべりの場で、昨日の雫斗の元気の源は何だろうと聞いたところ、元気に「私が雫斗さんを元気づけてあげました」と宣言したミーニャの説明を聞いて、女の子たちの間でちょっとした騒ぎになる事に為るのだが・・・。 

 その後の雫斗を見る女の子たちの視線の冷たい事冷たい事。事情を知らない雫斗は困惑することに成る。 

 「はい、沼ダンジョンへの入場の申請は終わったわ。何時もどおりに認証して」と芳野が目で促す、見つめる先は無色透明な水晶玉である。 

 モニターに映る入ダン手続きの内容を確認して、その隣に鎮座している水晶玉に探索者カードを触れさせる。すると濃い青みがかった色合いに変化する。 

 その水晶は探索者の本人確認の他に大事な役目がある、本来はそれが目的で設置されているのだが、その水晶がダンジョンカードと紐付けられた探索者カードを、本人かどうかを識別できることに目を付けた協会が、ダンジョンの入場から、取得物の換金および討伐した証明、それに探索者の銀行口座への入金と、多種多様な事に応用し始めたのが始まりだった。 

 その本来の目的とは。ダンジョンからの帰還の是非を確認する事だった。不思議な事に、この水晶玉は地球上の生物であれば触れると色合いが変わるのだ。 

 濃い青から紫を経て濃い赤へと触れる人によって色合いが変わって行く、最初は何のことだか分からなかったが、時を経て感の良い者が気が付いた。濃い赤に近い人ほどダンジョンからの帰還が無いことに。 

 それからは、ダンジョンから帰還できるかどうかの試金石(水晶なのに石とはこれ如何に)、別名帰還確認石として重宝されるようになる。 

 その水晶玉はダンジョンで産出される、大きな物は別にして小指の先ほどの小さな物は良く見かけるのだ。雫斗も一度ダンジョンに入ると最低一個か二個は必ず見つけるのだが、換金してもいくらもしないので、ほぼ無視をしている現状なのだ。 

 しかしお守りとしては優秀で、ペンダントやキーホルダとして携帯している探索者が大勢いる。階層を跨ぐさい、色合いを見て行くか行かぬかの判断の材料とすることは珍しい事ではない、かく言う雫斗も携帯をしている。 

 その色合いを確認した芳野は「はいOKです。気を付けて行ってきてね」と雫斗を送り出す。雫斗は沼ダンジョンへの入場の受付を終えると、簡単なストレッチの後ダンジョンへ向けて軽い足取りで走り出す。 

 一昨日ぶりのダンジョンではあるが、何故か懐かしさを感じるのはクルモの事が有ったからなのだろうか? 不思議な感覚に戸惑いながらも、防護壁の扉に備え付けられているチェカーを使い中に入る。 

 過疎地で、しかも村からかなりの距離があるダンジョンなのか、それとも早朝であるからか、人の気配はない。それでも誰も来ない訳ではないので、隠し通路を探す。別名(本来の名だが)試練の道。 

 宝物の間と試練の間のどちらかへと繋がる道だが、此処へ入ると何物にも邪魔されることは無い、言い換えれば救助の来ない危険な行為と言えるが、名の示す通り試練つまり己の能力の向上の為なので、ここはあえて目をつぶり、通い続けている雫斗なのだった。 

 思いの他、試練の道を探し当てるのに苦労して時間をかけてしまったが、今ようやく試練の間の入り口に到達していた。相変わらず扉には、”試練の間”と”宝物の間”の文字が、時間をおいて代わる代わる浮き出てくる。 

 ”試練の間”の文字が浮き出たタイミングで扉に触れると、ちょっとした浮遊感と共に”試練の間”の部屋の中へと転移する。 

 条件反射的に後ろを向くと、何時もどおりに扉が鎮座している。ちなみに、その扉に触れると元の場所へと転移する、そして試練の道を逆にたどると何時の間にかダンジョンへと繋がる壁が元に戻っていて、慌ててその壁に触れると試練の道から排除されて、ダンジョンの洞窟の中で途方に暮れる事になる。 

  

第28話(その4) 

 雫斗は何度か経験しているので、戻る事はしないが。試練の間の魔物を見てため息を付く、スライムだ。彼はスライムを倒し過ぎて辟易している事も有るのだが、最近取得(生えてきた?)した称号に物申したいのだ。 

 【スライムの覇王】・・・【スライムの殺戮者】から変化した称号だ。「俺はスライムじゃね~~~」と叫びたいところだが、問題はそれに付属しているフレーバーテキストなのだ。 

 [もう十分、これ以上スライムをいじめないで上げて]と書かれている”モノ”を読んだ時、湧き上がる殺意を自覚した。 

 地面に頭をぶつけて、その殺意を鎮めようと、懸命に自分自身に落ち着けと唱えながら、叫んだものである。「スライムの討伐は、ダンジョンの仕様じゃね~のかよ~~~!」。 

 確かにスライムを嫌という程倒した覚えはある。しかしである、スライムを倒したことで得られるスキルがある以上、スライムを倒さないという選択は皆無なのだ。 

 最近スライムの行動がおかしい事には気が付いていた、それが覇王の称号のせいだとは思わなかったのだ。 

 足の遅いスライムではあるけれど、今までは雫斗がスライムの知覚範囲に入り込むと力の差はどうあれ襲い掛かるために近づいて来るのだが、何時の頃からか震えるだけで近づいて来る事が無くなっていたのだ。 

 しかも、雫斗が近づくとビターと広がって魔核を差し出す様にさらけ出して来るのだ。まるで土下座して、どうぞ首をお打ちくださいと言われている様で、そうされると如何に雫斗でもスライムに同情してしまい、討伐することが出来ずにいた。 

 目の前で震えているスライムを他所に、そのまま座り込みクルモとの繋がりを探す、決して油断しているわけでは無い、此処はダンジョンの中だと言う事は重々承知している。 

 『主よ、其方は虚空間をどの様に認識しておるのか? 一度聞いてみようと思っていたのだが。どうかなのかな?』と何時もの様にヨアヒムが所構わず質問してくる。 

 戦闘中であれ、授業中であれ文字どおり所構わずなのだ。最初は無視をしていたが、返事を返すまで念話でしつこく聞いてくるので、何時しか戦闘中でも、授業中でも、思考中でさえヨアヒムと念話で会話をする羽目になっていた。 

 最初は戦闘の集中が出来ずにイラ付いたり、授業中に叫びそうになったり、考え事の最中に割り込んでくるものだから、頭を掻きむしって毒舌を吐くなど。本気でこの親父との契約を破棄できないかと思った事も有ったのだが。 

 今雫斗は、スライムを警戒しつつ、クルモの気配をさがし、ヨアヒムとの会話を同時に成立させていた、つまり多重思考を習得していたのだ、今では雫斗の取得したスキルとしてダンジョンカードに鎮座していた。 

 雫斗はそのスキルを使いこなしていて、今は最大五つの違う事柄を同時に行う事が出来るようになっていた。 

 ヨアヒムがその事を意図していたのは分からないが、一応感謝している雫斗なのだった。 

 『虚空間? ダンジョンが有る空間の事?』今では律儀にヨアヒムとの会話に付き合う事にしているのだ。 

 『ふむ。それを含めた有象無象の全てが影響を受け得る十全なる空間の事ではあるな』相変わらず良く分からないが、全ての物に何らかの影響を与えていると言いたいのか?。 

『魔法や武技のスキルとか、保管倉庫のスキル、あと身体能力が向上する事とかにも関係しているって事? つまり魔力の源って事かな』と雫斗が感じた事を話してみると。 

 『万物たる物すべては、力によって均衡を保ち力によって姿を変える。すべからず物を支え、そして変えていくのが虚空間と言える、しかし理も無く現世の均衡を変えている訳ではない、彼の者が消え去る事に相成ったのは、何らかの理の不備が有ったのやもしれん。まずは其処から事を起こすがよかろう』ヨアヒムの言葉に。”相変わらず要領を得ないが、要するに証拠は現場にある”を実践しろって事か? と保管倉庫のスキルを思い描き、中身の検証から始めた。 

 しかし雫斗は途方に暮れる、保管倉庫のスキルを拡張に拡張を重ね、詰めるだけ詰め込んだのだが、その保有量の底が一向に見えてこないのだ。その詰め込んだ大量の物質を一つ一つ調べるとしたら、時間がいくらあっても足りない。 

 いったいどれだけの物が入っているのか、現実の倉庫と違って中身の掌握は出来ている。何がどれだけ入っているのかは分かるのだが、何処にとなるとあやふやになって来るのだ。 

 一旦落ち着いて考えてみる。”不備があるとしたら、中身ではなく保管倉庫のスキルの方じゃ無かろうか”そう考え始めると、雫斗の中で”モヤッモヤッ”とした感じを知覚する。 

 その感覚は何だろうと意識する。辿って行こうとすると散霧していく感触に慌てる雫斗、もう一度とやり直すも同じ結果に落胆しながら、根気よく続けているといきなり壁の様なイメージが飛び込んでくる。 

 驚いた拍子に、そのイメージが吹き飛んでしまう。唖然とした雫斗は、また繰り返すのかと意気消沈しながらも”モヤッ”とした感触を辿って行く。 

 今度はすんなり壁の存在を感じる事が出来た、どうやら一度道筋を付けると容易にたどり着けることができる様だ。 

 何だろうと触れてみる、そして確信した保管倉庫の壁だと。雫斗の保管倉庫のイメージだとその言葉から、巨大な箱を想像してしまうのだ。 

 上下左右に広がる巨大な壁、天井も見えず床も無い、ただ浮いている状態で壁に触れている雫斗、実際はどうあれ、イメージとして想像ているだけかも知れないが、とにかく保管倉庫のスキルを知覚することが出来たのだ。 

 ”後はクルモがなぜ失踪することになったのかだ”そう考えた時、壁の一画がおかしい事に気が付いた。そこを意識すると、壁の一画が崩れて何か魔法陣の様なものが飛び交っているのだ、どうやら壊れている壁を修復しようとしているのだが、何かが邪魔してうまく修復出来ていない様なのだ。 

 その壁の修復を邪魔している存在は何だろうと触れてみる、!!!衝撃が走った・・・”クルモ”だ、それは雫斗とクルモをつなぎとめている彼の残滓だった。 

 雫斗は慌てる事になる、壁を修復しようとしている魔法陣だ。それを止める術を雫斗は知らない、だが何としても止めさせなければいけない。 

 考えに考え抜いて、ふと思い描く。”壁じゃ無くて、扉なら外と繋がっていても良くないか?”そう想像した途端、穴の開いた壁の近くで大混乱していた魔法陣がピタッと止まった。 

 暫くすると穴の開いた壁の一部がカクカクと変化していき、両開きの少し開いた扉に変わった。 

 魔法陣が居なくなり、静まり返った扉から伸びているクルモの残滓に触れてみる、確かにクルモの気配を感じる、まだ雫斗とくるもは繋がった状態なのだと確信した途端、安心感からか現実に引き戻された。 

 唖然とするも、それでもクルモを探す可能性を感じて、改めてもう一度クルモを取り戻す決意をする雫斗だった。 

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