第27話  柔らかな心地良さと、確かな絆。

ダンジョンを探索すると、色々な事が分かるかも。

第1章  初級探索者編

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第27話(その1)

 泣きべそを搔きながらダンジョンを出た雫斗は、取り敢えずクルモを制作した、”アマテラス義体製作所”の制作責任者である池田隼人に連絡を入れることにした。クルモを受け取るときに注意されたことを思い出したのだ。 

 「ゴーレムの名前が付いて居るとはいえ、義体は機械なので不具合が無いとは言い切れません。今まで機能不全が起こった例はありませんが、この義体は小さく特殊な物なので、もしも何らかの不具合が有ればすぐに連絡をしてください」。そう言った増田さんの言葉に一縷の望みをかけてスマホから電話をかけた。 

 受付を通して最近ゴーレム型のアンドロイドを購入した事を伝え、増田さんに繋げてほしい旨をつたえると、折り返し連絡するとの事なので、ダンジョンの入り口にある待機所で電話が来るのを待っていた。 

 その時間は雫斗にとって苦痛の連続だった、出会って数日とはいえ自分の半身と言っても過言ではないクルモが力なく掌の中に納まっているのだ。 

 わずかとはいえ希望がある事に精神的な支が有る事で号泣とまではいかないが、ぐずぐずと涙ぐんでいると、スマホが鳴り出した。 

 「もしもし、雫斗さんですか?増田です。ご連絡を受けてお電話を差し上げていますが、義体の不具合でしょうか?」。と中学生に対応するにしては丁寧な物言いだが、アマテラスの製品であるゴーレム型アンドロイドの顧客の第一位は国の行政府なのだ。 

 納入先の対応として習慣付けられた言葉遣いというのは、おいそれとは変えられない物なので仕方ないとはいえ、しかし今日の相手は勝手が違った、半泣きで訴えてきたのだ。 

 「どうしよう~、グスン、増田さん。・・・クルモが・・・クルモが動かなくなりました~~」。今まで泣いていた反動か電話から聞こえてきた声は多少くぐもって聞こえてきたが、意味は理解できた。 

 「えーと、動かなくなったのはどの歩脚ですか、それとも触肢ですか?」。と増田はあくまで義体の可動部の不具合だと勘違いしている。 

 「違うんです、・・・(グス)呼びかけても反応が無くて、まったく動かなくなったんです」。雫斗の必死の訴えに事の重大さを理解した増田は、とにかく動揺している雫斗を落ち着かせるため、どういった経緯でクルモが動かなくなったのかを聞きだした。 

 雫斗の話を聞いている増田だが、時折耳慣れない単語が飛び出して来るが、話の腰を折って止めてはいけないと、最後まで聞いた後話しかける。 

 「雫斗君。まず分からない事があるのだが、幾つか質問してもいいかね?」。クルモが機能停止した経緯を話していると、クルモが動か無くなった事への感情よりも、事の次第を思い出しながら話す事によって気持ちの整理が付き、雫斗自身冷静さを取り戻して行くのを自覚し始める。 

 話さないという行為は、不の感情を閉じ込める事になり、その感情の行き場がなくなり同じことを考えて堂々巡りに陥ってしまうのだ。 

 他人、または自分自身に話すという行為で、自覚があるなしに関わらずその負の感情を落ち着かせる事が出来たのだ。無自覚ではあるが客観的に自分のして来た事に対する評価を見直す事になる。 

 「話の中に保管倉庫とありましたが、新しいスキルですか?聞いた事が無いのですが」。 と増田さんが遠慮がちに聞いてきた。そうだった、まだ発表前だったと今更ながらに話してしまった事を後悔したが、もうすぐ公表される事だし、話した後では仕方がないと開き直る事にした。 

 「え~~と。もうすぐ発表されると思いますが、・・・3週間程前に保管倉庫というスキルが発見されまして、え~~と・・接触収納の上位版と言いますか、触らなくても収納出来て収納量も桁違いに収納できるスキルなんです」。と雫斗が遠慮がちに話すと、増田さんは察したように言葉を返す。 

 「なるほど、秘匿制限を受けているのですね、解りましたこの話はここだけのこととします」。と増田さんが気を利かせて保管倉庫のスキルに関して他言しない事を誓った。 

 「有難うございます、何というか接触収納と同じでスライムの討伐絡みなので、下手に世間に知れると混乱は避けられないらしくて」。と言葉を濁す雫斗。 

 「そうですか、しかし問題はクルモの義体です。保管倉庫には知生体は収納できるのでしょうか。確か接触収納は生きている知生体は収納の対象から外れるはずですが?」。増田はまだダンジョン協会から発表されて間もない、接触収納に関する資料を思い出しながら聞いてみると。 

 「そうです、普通は収納出来ないんです。・・・が、僕の持っている本に”叡智の書”と言う喋る本があるんです。知能というか、知性というか、取り敢えず意思疎通の出来る本がありまして」。そこまで話すと増田さんが食いついてきた。 

 「すごいタイトルの本じゃないですか、話す事が出来るんですか?」。興奮して聞いてきた増田さんには悪いが、ヨアヒム事を一言、”ポンコツ”で表現できる雫斗は申し訳なさそうに言葉を返す。 

 「いえ・・・あのぉ~。何というか・・・、タイトル負けしているというか役に立たないというか。契約者の知りえた情報の補完みたいな感じの事しか話さないし、その言葉も契約している人しか聞けないという問題だらけの本で」。実は雫斗は増田さんと話している間も、念話で苦情を叫ぶヨアヒムの対応に忙しく結構テンパって居たりするのだ。 

 「そうですか。良く分からないのですが、その叡智の書がどうしたのですか?」。と増田さんが話の先を促す。 

 「そうでした。その叡智の書は保管倉庫や接触収納に入れる事が出来るので、何が知性体の収納条件になるのか調べようと言う事になって。・・・クルモの義体には知覚を停止させる事が出来る機能が有るらしくそれを使って、・・・ううぅぅ・・ぐすん、・・・僕も、・・まさか収納、・・・出来るとは思わなくて」。最後にはその時の事が頭に浮かんで言葉に詰まり、上手く話せない雫斗を見かねた増田さんが話を切り上げて、クルモの状態を見ない事には分からないと、研究室に持ち帰って調べるために明日受け取りに来る旨を伝えて電話を切った。 

 増田さんとの電話での会話を終えた雫斗は、沼ダンジョン前の待機所で一人悲しみに耐えていた。雫斗には大切な物や人を失うかもしれないという恐怖は、初めての経験なのだ。これ程恐ろしいものだとは思わなかったと、今更ながらに無茶をした事に心を痛めて居ると。 

 『主よ、何故に悲観的な考えに陥るのか?。・・・確かに主と彼の者との契約はかりそめなれど、その思いは確固たる絆で結ばれておろう。・・・感じぬか彼の者の気配を?彼の者の所在の断片を?其方は知覚して居よう』。ヨアヒムに言われてうつむいていた顔を”はっと”上げる、確かにダンジョンカードでパーティを組んだ時のあの感覚は残っている、クルモとはまだ繋がっているのだ。 

第25話(その2) 

 しかしその存在ははかなく今にも消えそうなのだ、何とか繋ぎとめようと其の感覚を辿ろうと神経を研ぎすませていると、待機所ががぜん騒がしくなる。 

 「あ~~雫斗だ。あははっは、クルトを何に捧げるつもりなの」。と弥生が話しかける。どうやらスライムの討伐というスライム虐待から帰って来たみたいだ。雫斗がクルモを両手に掲げて持ち一心不乱に集中しているのを見て、何処かの宗教画の一コマを思い出したのかそう言い放つ。 

 「ほんとだ。・・・そのシーン見た事ある」。と百花が同調すると。 

 「ほっほぅ。何かのごっこ遊びかい」。と恭平が混ぜっ返して来るし。 

 「ねぇねぇ、どの神様にお供えするの?」。と弥生がうるさいのなんの、集中してクルモの気の残滓を辿る処では無くなってきた。 

 「うるさいやい。…クルモが動かなくなちゃたんだ」。と雫斗が言い放つと、一瞬の静寂の後一層騒がしくなる。 

 「ほんとだ動かない」。とクルモの足をコキコキ動かしながら弥生が驚嘆すると。 

 「うっそ!、どうしたのよ」。と百花が弥生の後ろから恐々肩越しに見ながら聞いてくる、百花はホラー系が苦手なのだ。 

 「雫斗、また何かやらかしたのか?」。と恭平が当然雫斗が何か無茶な事をやったのだと決めつける。 

 「うっ!!」。と自覚の有る雫斗は言葉に詰まり、早々にクルモの気配の残滓の追跡を諦めた、今は消えていないクルモの感触を確かめただけでも上々だ。 

 「大丈夫ですか、雫斗さん」。と周りが遠慮なく事の次第を聞いてくる中でミーニャだけは落ち込んだ雫斗を気遣う。 

 雫斗は囲まれて圧迫尋問よろしく、四方からの質問にうんざりして、これまでの経緯を話すと。 

 「ばっかじゃ無いの。何でもやれば良いって物じゃ無いでしょうに」。と百花から御叱りを受ける。確かに正論だが、今まで散々反省してきた上に追い打ちをかける様に言われると、雫斗でなくてもむっとなる。 

 「それよりどうなんだい?、クルモは直る・・・元に戻るのかい?」。と恭平が気遣って聞いて来るが、雫斗もこればっかりは何とも言えないが、力づよく宣言する。 

 「たぶん。…いや絶対もとに戻すよ!。・・・どっちにしても、増田さんにクルモの状態を見て貰ってからになるけど」。と最後は尻すぼみな決意表明にはなったが、クルモとの繋がりを再認識した今、光明は見えている雫斗だった。 

 暫く皆でワイのワイのと議論していたが、どの道クルモの状態を知らなければどう仕様も無いと、解散して家路についた。 

 雫斗が帰宅すると、そこでも家族に心配されてひと騒動あったのだが、ようやく解放されて一人ベッドの上で座禅を組む。 

 動かないクルモを抱えて、此れから集中するために心を落ち着かせて静かに息をする。 

 空気と一緒に周りの気を取り込むつもりで、静かに深く深呼吸しながら息を出し入れする事数回、気持ちを静めてクルモの気の残滓を辿る。 

 しかしクルモの義体を意識すると辿っていた残滓が散霧してしまう、何度やってもたどり着く事が出来ない、次第に苛立ちが募り声を上げて仰向けにへたり込む。 

 「あ~~、出来ない。辿れない。どうしよう」。と嘆く雫斗に。 

 『主よ。焦っても良い結果にはたどり着く事など出来ぬは道理であろう、今は彼の者がどの様な事になっているのか見定めて、どうして彼の者と意思の疎通が出来ぬかを考えても遅くはあるまい』。とヨアヒムが、今まで雫斗がやっているアプローチは違うので無いかと暗に伝えてくる。 

 「そうだね」。と雫斗は力なく同意して起き上がると、クルモを彼の寝床に戻し、力なく動かないクルモをしばらく眺めた後、部屋の電気を消し”バフン”とベッドの上に倒れ込む。 

 翌日は、増田さんがクルモを受け取るために朝一でヘリドローンで来るというので、忙しいはずの増田さんをこれ以上拘束する訳にもいかず、ヘリポートでクルモを受け渡す事にしていたのだ。 

 朝が早いので寝ようとするも、雫斗は眠る事が出来ずにいた。寝つきの良い雫斗にしては珍しいのだが、寝ようと目を閉じると、動かないクルモがフラッシュバックして気持ちが高ぶってしまうのだ。 

第25話(その3) 

 翌朝、いつの間にか寝っていたらしく目覚ましの音で起きだす雫斗。しかし寝不足で頭は重く、体もだるくて起き上がるのが億劫なのだが、増田さんとの約束があるので、無理やり起きてヘリポートへと向かった。 

 ヘリポートの待合室でしばらく待っていると、約束の時間に増田さんを乗せたヘリドローンが下りてきた。 

 待合室で梱包されたクルモを受け取ると、目視で確認したいから開けていいかと聞いてきたので、承諾すると箱を開けてクルモの状態を確かめだした。 

 「本当に意識が覚醒していないね、しかし歩脚の動きには反射反応があるね」。と言いながらクルモの足をひとつひとつ確かめる様に動かしている、クルモの歩脚は自力では動かないが軽く動かすと抵抗するような動きをしてくる、増田さんはその動きを確認すると、考え込んで沈黙してしまう。 

 「どういう事なんでしょうか?」。とその沈黙に耐えられずに雫斗が聞くと。 

 「ああ、雫斗君はゴーレム型アンドロイドが、自分自身で機能停止することが出来事は知っているね?」。と雫斗に確かめる様に聞いてきた、雫斗が頷くのを見て続けて話す。 

 「その機能というのは、義体の置換。つまり義体を入れ替える時に必要な措置でね、あまり知られてはいないが、覚醒した状態で義体を入れ変えると、たまに齟齬が出る事から付け加えられた機能なんだ」。と秘密を明かす様に増田さんが話す。 

 「えっ?企業秘密なんですか」。と驚いて雫斗が聞くと。 

 「いやいや企業秘密では無いんだ。雫斗君も知っている様にダンジョン関連の情報は協会に提出する事が義務付けられているし、した方が優先権が得られるからね、其方が利益は出る。ただ一般的に知られていない事だから話しているんだ」。と増田さんは言って、ゴーレム型のアンドロイドが覚醒して、義体に移植されるまでを簡単に説明し始めた。 

 要約すると。ゴーレム型のアンドロイドは、覚醒するとCPUつまり中央演算装置をプロムラムごと取り込んで、マザーボードに粘着するように張り付いて情報のやり取りを始めるらしいのだ。 

 義体に据える時はその張り付いた核を、まるで移植手術の様な慎重さで無菌室を使ってマザーボードからはがし、そのまま新しい義体の制御装置、つまりCPUの上に置いておくと、二日程度でその義体全体に神経の様な物やら、筋肉の様な物を張り巡らせて義体を動かし始めるらしい。 

 「その過程を僕たちはゴーレム型アンドロイドのリハビリ期間と言っているのだがね。ゴーレム型アンドロイドと他の使役している魔物との違いはまさしくその義体だといえる。他の魔物と同様にゴーレム型のアンドロイドも体が多大な損傷を受けると死・・・消えてしまうが。ゴーレム型アンドロイドの場合は義体の換装という特殊な仕様を行う事が有る。つまり儀体ごと移し替えるという行為に関しては雫斗君が行ったゴーレム型アンドロイドの知覚を停止した上で義体を置換するのだよ。・・・・しかしクルモの義体を見た感じ損傷を受けた様には見えないのだが、しかも反射反応もある。ふむ・・・今までにないケースだね。取り敢えず、ラボに持ち帰って開けて見るよ、考察はそれからだね」。と言ってクルモの義体を詰め直して嬉々として帰って行った。 

 今日中にクルモの義体を開けて状態を報告するからと言っていたが、雫斗は若干不安に襲われていた、雫斗の一つ上の美樹本 陸玖の様なマッドサイエンティスト的な匂いを少し感じていたのだ。 

 ヘリポートからそのまま学校へと向かい、授業を受けた後ダンジョンへ行く気になれずそのまま帰宅した雫斗は、増田さんからの連絡をじりじりしながら待っていた。 

 自宅の居間でソファに座っている雫斗の隣にはミーニャが寄り添っている、彼女もいつもなら放課後の短い時間を利用して、ダンジョンでスライムの討伐をして帰宅するのだが今日は雫斗と一緒に帰ってきていた。 

 「ミーニャも、皆と一緒にダンジョンに行って来たら良かったのに、僕は増田さんからの連絡待ちだけだから大丈夫だよ」。と力なく話す雫斗に。 

 「いいえ、今日は雫斗さんの傍にいると決めていますから、それにダンジョンは何処にも行きませんから、何時でもいけますし」。と務めて元気に雫斗に話しかける。 

 正直な話、今の雫斗には有難かった。気持ちの落ち込んでいる今、自宅とはいえ鎮まり返った空間に一人いる事は耐えがたい苦痛を伴っていただろう。 

 ミーニャの、スライムを倒していく事の単調さに辟易している事とか、投擲スキルが向上していく事に手ごたえを感じている話や、ミーニャが生まれた世界の話など、雫斗は主に聞き役として過ごしていた。 

 しかし一向に連絡がこない。家族が帰ってきて、食事がすんでもスマホが沈黙したままなのだ。家族が見守る中、不安を募らせながら待っていると、ようやくスマホが鳴り出した。 

 「もしもし、増田さんですか?」。と勢い込んでテーブルに置いていたスマホをつかみ話しかける雫斗。 

 「やあ~、雫斗さん?増田です。いやぁ~~、遅くなって済まない、予想外の事態に成って居てね、連絡するのが遅れてしまったよ」。とのほほんとした増田さんの声。 

 「予想外ですか?」。と雫斗は増田さんの気の抜けた声に若干安心するとともに、”予想外”の言葉に不安を募らせる。 

 「え~~と、どう言えばいいのか、・・・雫斗君心して聞いてくれ。結論からいうと、あの義体の・・・クルモと言ったか。彼の義体を開けてみたのだがね、その中に魔核は存在していなかったよ」。雫斗は力なくソファーに沈み込む。 

 恐れてはいた、しかし実感としてクルモはまだいるものだと信じていたのだ。雫斗は軽いめまいと共に手が震えだした、周りにいる家族は雫斗の落胆ぶりを見て言葉を掛けられずにいた。 

 「雫斗君、雫斗君!!。聞いているかね」。辛うじて耳元に添えていたスマホから、慌てた声が聞こえる。「あっ、ハイ聞いています」。と力の無い声に、慌てた様な安心したような声で。 

 「ああ、びっくりさせてすまない。最後まで聞いていてくれないか、魔核は無かったが、同時に不可解な状況でね」。と増田さんが言う。「不可解ですか」。と雫斗が相槌をうつと。 

 「そうなんだ、普通はダンジョンに居る魔物、使役している魔物あるいは召喚もしくは生成と違いはあれど、すべての魔核を持つ魔物は、魔核が破壊されると消滅する。これは今までの経験から常識ととらえているのだが、しかしクルモの義体は非常識に、魔核が存在していないにも関わらず消えているはずの魔動筋や魔神経といった我々人体に似た隊組織が残っているんだ。・・・しかも稼働した状態でだ、どういう状況なのかこちらでも理解に及ばないのが現状でね」。と増田さんは、不可解だと言わんばかりに興奮して言ってきた。 

 相手が興奮してくると、もう一方は冷静に成って来るもので、雫斗も増田さんの言った事の意味を考えていく。 

 「魔物が魔核を失うと消えていくのは分かりますが、魔動筋とか魔神経って何ですか」。と雫斗は聞きなれない言葉の意味を聞いてきた。 

 「おお、すまない。今朝覚醒したゴーレムの魔核が義体を制御する話はしたと思うが、当然義体にも動かすためのアクチュエーターやら制御するための光ファイバーが張り巡らされているのだがね、それを包み込むように魔核から我々生物とそっくりな筋肉や神経の組織の様なものが伸びていくのだよ。私たちはそれを区別する意味で、魔動筋、魔神経と呼んでいるのさ」。と増田さん。 

 「と言う事は、魔石が破壊されると消えるはずの本体がまだ残っていると言う事ですか?」。と雫斗は驚いて聞いてみた。 

 「そういう事になるね、義体の中を開けて見た我々は常識外の事に戸惑ってね、雫斗君に早々に連絡することが出来ずに居たんだよ。・・・で、朗報なのだが、義体の中を詳しく調べて見ると、揺らぎの様なものが観測されてね」。と増田さんは言う。 

第25話(その4) 

 「揺らぎというと、あのダンジョンの揺らぎですか?」と雫斗が聞いてみる、本来ダンジョンの内部は地球上には存在しないのだ、それを証明するように、地下ダンジョンに置いて地表の入り口から半径100メートルを頂点とした円錐形が、地下に埋没しているのが振動を用いた計測で確認されている。要するに地球に針を刺した状態がダンジョンとして存在しているのだ。 

 ダンジョンは円錐形なのだから、階層を重ねるに従って狭くなるはずなのだが、実際には明らかにダンジョンの中の方が広くなっている、そこである測量の専門家が、レーザーを使ってダンジョンの中を計測した結果、階層を移動する階段や、洞窟の通路、草原の一画など至る所でレーザーが僅かながらずれて居る事を発見したのだ。 

 その事から、繋がっている様に見える空間だが、実は別の空間が重なりあっている状態なのだと結論付けられた。余談だが、スマホや通信機など電波を使った通信機器が使えない事の証明になったのは行幸だと言える。 

 「そう、性質は異なるがね。どうやらクルモの魔核はその揺らぎを通して魔動筋や魔神経と繋がっていると考察するしかないのだよ、何処にいるのかは分からないがね」。理解できないと残念そうに言葉を綴る増田さん、しかし雫斗にとっては確かに朗報だった、クルモは生きている。 

 「性質が異なるとはどういう事なんですか」。雫斗は疑問を口にする。ダンジョンの揺らぎはそこを境に見る事も通り抜ける事も出来る、実際には空間が違っていても感覚的には同じ空間なのだ。 

 「共鳴石は知っているかね。それと似たような空間の揺らぎでね、僕が思うにゴーレム型のアンドロイドの体は義体というか、かりそめ体なのが影響していると思うのだよ。しかし詳しい事はまだ何とも言えなくてね、そこで相談なのだが暫くクルモ君の義体を預かっても良いかね」。と増田さんは期待を込めて聞いてきた。無条件で容認するとクルモの義体がバラバラにされかねないので、儀体には手を付けない事を条件に承諾した。 

 電話を切って、何か考え込んでいる雫斗に母親の悠美が遠慮がちに聞いてきた。 

 「それでどうなったの?クルモは無事なの?」。母親に聞かれた雫斗は、”はっ”として周りを見回す、心配そうに見つめる顔が周りにはある、そうなのだクルモを気にかけているのは雫斗だけではない、普段クルモと口喧嘩の絶えないモカでさえ香澄の肩に捕まりながら雫斗の言葉を待っている。 

 「ああ、ごめん。考え事をしていた、クルモの魔核は行方不明らしいんだ」。と取り敢えずクルモの義体を開けた結果を話す。 

 「行っ方不明?ギッタイ(義体)に魔核ぅが存在していっ無いのに、ゴーレムの体が消ゥ滅していッない確証~が在るのでェ~すね?」。と驚いた様に良子さんが聞いてきた。 

 「そうなんだ、良子さん達ゴーレム型アンドロイドは、手足を動かすために魔動筋や魔神経を体に張り巡らせているらしいね、その組織が消えていないらしいんだ」。と今知った事を確認のために聞いてみた。 

 「おおっお、良ォ~く知っていッますね、アックチュ~エーターは機ッ械なので、保ッ護する意味ィ~で魔ッ力の通った組ッ織で覆っていッます。・・・しッかしその組ッ織が消ィ~えていッないのは不ッ思議ですね」。と首をひねる良子さん。 

 「うん、何かクルモの義体に不思議な揺らぎが有って、それが義体に存在しないクルモの魔核と義体の魔動筋や魔神経と繋がっているらしいんだ?。増田さん達もよく理解できないらしくて、暫くクルモの義体を借りたいって言っていたよ」。雫斗の語り口も、理解に及ばない事態に頼りない口調には成るが、取り敢えずクルモの消滅は免れた事でほっとしていた。 

 「何かホッとしたような、問題がまた積み重なった様な。・・・今日は疲れたからもう寝るね、おやすみなさい」。と雫斗は力無く立ち上がると、ふらふらと二階に上がって行った。 

 その姿を心配そうに見つめる家族の中で、決意を新たにする人が一人いたのだが、他の人は気が付くことが無かった。 

 その夜、雫斗は夢を見ていた。夢と言い切るには何処となく、はっきりしている様で儚く、ありえない空間に、此れは夢に違いないと自分に言い聞かせていた。 

 漆黒の闇の中、重力を感じられない空間を浮遊している己を見直すと、違和感を覚えない自分に驚きはしたが、此れは夢だと思い切るとすんなり納得していた。 

 その空間の周りには、遠くに近くにと光り輝く何かが近づいては遠ざかり、また近づいて来ていて、漆黒の闇の中に変化をもたらしていた。 

 その光も、淡くまたは強烈にと変化に富んでいて得体の知れない物ではあるが、雫斗には危険なものと認識してはいなかった。 

 淡く移ろう意識の中で、ただ一つ確信している事がある。クルモの残滓を辿っているのだ、ただひたすらに、ただがむしゃらに、その消えて無くなりそうなかすかな痕跡を。 

 つかみ取ろうとするとすり抜け、手繰り寄せようとすれば伸びていく、残存しているわずかな軌跡を、クルモの辿ったであろうその後を懸命に追いかけていた。 

 すると追いかける先にほのかな明かりが見えてきた、雫斗はその明かりが何なのかという疑問と、クルモだという確信との、不思議な感情の波に襲われていく。 

 とにかく掴み取らなければいけないのだと、懸命に手を伸ばす。しかし手を伸ばせば遠のいていくその光に、思わず言葉を掛ける。しかしその声は声にならず、思いだけが募っていく、何時しか雫斗は叫びながらその光を掻き抱いていた。 

 その時、雫斗の顔に思いがけない感覚が襲い掛かる。”ぱッふん”と何か柔らかいものが顔を埋めているのだ。 

 その意図しない感覚に、雫斗は夢から覚醒する。自分の感覚が戻って来るに従って、状況が分かって来た。 

 眠って居た事は思い出した、しかし微かに漂うシャンプー後の甘い良い香りと雫斗の頭を抱いている細い腕には記憶がない。しかし問題は其処ではない、自分の顔が何か丸い柔らかいものに押し付けられている事だ、しかも自分の片手がその柔らかいものを押し上げている。 

 思わずその丸いものを軽く握ってみた。すると頭の上で甘ったるい声がする。 

 「うっううん」その若い女の子の声に完全に覚醒する雫斗。がばっと起き上がりその子を見つめるが、知らない女の子である。しかも薄手のTシャツにシートパンツという格好でしかもシャツが僅かながら少し乱れていて丸いものが見え隠れしていた。 

 慌てて周りを見回すがここは自分の部屋で、何も変わったところは無い。しかし知らない女の子が同衾していた事にパニックに成りそうなのだが、雫斗がいきなり離れた事によりその子が起きてしまう。 

 「ふぇぇ、ん。雫斗さん?」。と体を起こしながら寝ぼけ眼で答える。”えっ自分を知っている”とその子を良く見ると、微かに面影がある。極めつけは頭に付いて居るぴょこんとした三角の耳、その耳には見覚えがある。 

 「ミーニャ?」。と雫斗が声をかけると、まだ夢心地のミーニャは「はい?うにゃ」。と答える。 

 昨晩のミーニャは、こんな格好では無かった。華奢でしなやかな体には、獣よろしく体毛が生えそろっていて、触り心地が良かった。しかも顔は多少人に近くてもまだ獣の面影も有ったのだ。 

 しかし今のミーニャは普通の女の子よろしく、ふくよかな体と透き通る様な肌や、カワイイ顔に体毛の存在は皆無だったのだ。 

 眼をこすっていたミーニャはその手に違和感を覚えたのか、まじまじと自分の手を見つめる、すると、”はっ”として自分の体をパタパタと触りながら確かめる。 

 するといきなり「雫斗さん。私大人になりました」。といきなり雫斗に抱き着く。抱き着かれた雫斗は咄嗟にミーニャを支えようとするも、彼女の体重を支え切れずに、派手な音と共に彼女と一緒にベッドから転げ落ちる。 

 すると偶然、雫斗の部屋の前を歩いていた良子さんが驚いて雫斗の部屋へ飛び込んでくる、そこには折り重なってもがいている雫斗とミーニャの姿があった。 

 「何~にを、やってぇ~いるので~すか?」。と腰に手を当てて尋ねる良子さん、彼女は別に怒っているわけでは無い、多少モラルには敏感だが、男女の恋愛感情には寛大なのだ。 

 しかし腰に手を当てて、凄みの有る彼女の所作に、すごすごとその場で正座する雫斗、それを見て良く分かってはいないが、その隣で正座しているミーニャ、雫斗自身この状況を良く分かって居なくて”ごにょごにょ”と言い訳がましく話しているとガチャと扉が開く。 

 二階の物音に驚いて飛びこんできた母親が良子さんに怒られている二人の姿を目撃する事になる。そのシチュエーションから雫斗とミーニャがやましい事をしていたのかと、ショックを覚えながらも、説教という追及をしていく悠美だった。 

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