第1章 初級探索者編
第33話(その1)
まだ解放されていないとはいえ、ダンジョンであることには変わりはない。当然入り口にはゲートを設置するための建物が建設中だ。その周りでも関連施設の建設が始まっていて、受付や買い取り所などの建物が立つであろう場所がきれいに整地され、地縄が張られている状態だ。
ダンジョンの出入り口に設置されている簡易的なチェカーを通り抜けて中に入ると、見慣れた洞窟の中だった。たいていの洞窟型のダンジョンは構造的に似ていることが多い、それ以外の特殊なダンジョンの方が稀なほどだ。
ここ名古屋支部前に在る元運動公園内の、うっそうとした林の中に出来たダンジョンも、洞窟型で3階層までは斎賀村と変わりはしない。しかし内部構造までは同じではないので、何処に進んでいいのか分からない雫斗達は、荒川さん達のクランに守られながら5階層を目指す事になる。
「荒川さん。隠し通路は探さないんですか?」
3階層を抜けて4階層に降りた雫斗は聞いてみた。隠し通路の試練の間と宝物の間には、かなり美味しい経験値とお宝が眠っている。多少の当たり外れが有るとはいえ、無視していい程お安いものではない、もしかしたら深い階層に雫斗の知らない隠し部屋とかが在るのかもと思っての質問だ。
「そうだったね、それも君たちが探し当てたのだったね。・・・隠し通路はソロでしか探し当てることができないからね。団体行動中は弊害でしかない、まーお宝探しは団体行動前の時間に一人ですることになったのさ」と雫斗の質問に驚きながらも答えた。
「それに下の階層になるほど探し当てるのは難しくなる。探せないなら1階層で確実に見つけた方が効率が良いのさ、下手に深層で見つけたらソロだと確実に厄介ごとに成るからね」とウインクして茶化してきた。
そんなものかと雫斗は思った。確かに、1階層の試練の間でも何度も死にかけた経験のある雫斗は、これ以上深彫りする事は止める事にした。4階層に初めて降り立つ雫斗達は此の階層の地形や特性。此処に居る魔物たちの種類や特徴、戦い方などのレクチャーを受けながら進んでいく。
そして5階層に降りた雫斗達は目の前の光景に圧倒されていた、階段下は開けているとはいえ目の前には深い森が生い茂っていたのだ。
「壮観だろう、初めて見るダンジョンの階層にはいつも圧倒される。まるで階層毎で世界旅行をしている気分だよ、これは私達探索者の特権みたいなものさ、命がけのね」と荒川さんがしみじみと話す。
確かにそうかもしれない、ダンジョンの内部は国の特色を反映するものが多い。日本は高温多湿で割と温暖な気候の風景が多いが、国によっては砂漠地帯や高原、アルプスの山々、ツンドラと多種多様なダンジョンの内部の構造になるらしいのだ。直接見た事は無いが、動画を見ていると、その風景に圧倒される。しかしその動画には必ずと言っていいほど魔物との戦闘が入っているのだ。
「さて、君たちの戦い方を見ての感想だがね。とても4カ月前に探索者の資格を取得したとは思えん実力だね、うちの中堅どころとタメを張れるどころか上を行っているよ。どうしたらこれ程の戦闘能力を得る事が出来るのか興味は尽きないが、欠点もある。君達も分かってはいるとは思うが、それは経験の少なさだ。聞くと君たちのいる所は3層ダンジョンしかないそうだね」と目の前の光景に呆けている雫斗達に荒川さんが話しかける。
「はいそうです。雑賀村には3層ダンジョンしかありません、その階層の魔物とは戦った経験は有りますが、4層以降の魔物とはないですね」と百花が答える。
そうなのだ、3階層は割と単体で魔物と遭遇する事が多いが、4階層になると集団での戦闘を強要される。
「君たちの一対一での戦闘は問題ない、連携も取れているから集団戦もいけるだろう。後は経験を積むことだね、知識は有っても初めての魔物との戦闘は戸惑が多い、何事も場数を踏むことだね」と雫斗達は荒川さんから及第点をいただいた。
5階層の階段下で休憩がてら話していると、先行していた斥候隊の人達が帰って来た。ダンジョンは、洞窟であれ草原や森でも道しるべというか道が存在している。洞窟では迷路になっているとはいえその洞窟沿いに進めば必ず下の階層に行く階段に行き当たる、草原や森でも道標として認識できる程度の道はある。
階層攻略の基本は道なりに進んで下の階層に続く階段を見つけることにある、当然複数の道が有り、行き止まりや元の場所へ戻ってしまったりと一筋縄ではいかないが、最終的には次層の階段に行き当たる。余談だが、道からずれると途端に魔物との遭遇率が上がる。要は安全に階層を移動するには道沿いが一番効率が良いのだ。
荒川さんの話によると、深層探索の為の装備の習熟訓練は5階層の割と階段に近い広場で行うらしい、6階層の道程から外れている為、他のパーティーの邪魔にはならないらしいのだ。
「マスター。予定の広場に魔物の痕跡は有りませんでした、道程も問題ないです。今残りのメンバーがキャンプ設置を始めています」と斥候隊の隊長らしき人が報告する。
荒川さんが「そうか、ご苦労さん」と言ってねぎらうと全員でその目的地に向かって歩き出す。
流石に斥候隊が歩いてきた道だけに、魔物とのエンカウントは無く無事目的地の広場へと到着する。しかしその光景に雫斗達は圧倒された。まるで何処かの工事現場に紛れ込んだかのような様な光景に雫斗達はあ然とするしかなかった。
小型のブルドーザーが辺りを整地する傍ら、その周辺にはクレーン車を使って塀を張り巡らせる人達、そして極めつけはその塀の周りをショベルカーが深い穴を堀りながら進んでいく。どうやら塀の周りを掘り進めるのだろう、まるで城砦を作るかの様な物々しさに、トップクラスのクランとはここまでやるのかと半分呆れていた。
「ふふふふ、驚いたかね。凄いだろう、此処まで出来るのは保管倉庫のおかげだよ。君達には感謝の言葉だけでは足りないね」と荒川さんが意味ありげに頷いている。
雫斗達にすんなり5階層迄の行程を許可した背景には此の事が関係しているのかもしれない。
「此の階層で、これ程の設備がひつようでしょうか?」と弥生が聞いてみた。
そうなのだ、地上から5階層迄は小一時間ほどで来ることが出来る、急げば半時間だ。
「当然ここでは必要ない、だが設営訓練には最適だろう?。この設備の名称はダンジョン・フォートレス。まー簡単にD・Fと呼んでいるがね。私たちは3・4週間程度いる予定でね、その間この設備の耐久性と使い勝手、補給の頻度などを含めて調べつくすつもりなんだよ、此の設備を使って階層下の遠征に行く上で、何が必要で何が障害となるのか徹底的にね」と荒川さんが何かの決意をもって此の訓練に臨んでいる様だ。
「君たちは知っているかね? 世界のダンジョンの最高到達階層を」暫く工事の進捗状況を眺めていた荒川さんが静かに聞いてきた。
「確か30階層までは行っていなかったんじゃないですか?」と百花が言うと。
「そうだ、最高到達階層はブラジルの29階層が最高だ。この日本では東京の代々木公園内にあるダンジョンの、26階層が最高到達階層になる。ダンジョンが出来て5年だ、未だそれだけしか踏破できていないんだ。私は常々ダンジョンの攻略において何か足りない物が在ると思っていたが、君たちが見つけてくれた事がそうだと確信したよ。その意味でも君たちに何かお礼をしなければと思っていたのだよ。本当にありがとう」と荒川さんが雫斗達に頭を下げた。
雫斗達一同は、深層を探索している高レベルの荒川さんに、頭を下げられてドギマギしている。多少は手伝たとはいえ、その殆どを雫斗一人が発見した事を自覚している百花などは特に顕著だった。
出来上がった塀の片隅に簡易のテントを張り、荒川さんを交えた雫斗達は、工事を進めていく人たちを興味深かげに眺めていた。整地の終った塀の中央に杭を複数打ち込んで基礎の代わりにすると、その上に大きな丸型の建物を載せていく、一人の保管倉庫に収めきれなかったのか3回に分けて重ねていく、つまり3段に重なった鉄の構造物だ。最終的には階段状のドーム型の形にはなったが、窓は舷窓を模しているのか丸型で小さく、出入りは出来ない様だ。おそらく明り取りの為の窓だろう。
その後で、周りに小型のドームを幾つか並べて工事は終了したようだ。時間にして5時間ほどの早業である、かなり手馴れている。
「すごいですね、これだけの工事を半日もかからずに終わらせるとは、大分手馴れていますが探索者になる前は建設関係者に人達だったのですか?」と雫斗が疑問を口にすると。
「いや、彼らの大半は、本職だよ。保管倉庫の検証依頼があった時に、23層辺りに拠点を作る構想を立ててね、名古屋支部の協会の認証も得た、それで彼らにもスライムの討伐に付き合って貰ったのさ、いわばスライム殲滅戦の戦友だね」と荒川さんは可笑しそうに笑った。
「そうなんですか」と言いながら雫斗は何気なく拠点を作り終えた作業員が、片付けをしているのを眺めていると、その中に比較的若い4人ほどのグループが居る事に雫斗は気が付いた。どこかで見た顔だな~と思いながら見つめていると。そのグループもこちらをチラチラと見ていた。
第33話(その2)
その一人が意を決したかのように此方に近付いて来る、すると他の3人も同じように此方に向かってくる、どうしたのかと思って見ている雫斗の後ろで、何かに気が付いた百花が舌打ちをする。
雫斗達の前に一列に並ぶとヘルメットを脱いで頭を下げてお礼を言う。「この間は、助けてくれてありがとうございました」
面喰う雫斗は、その顔を思い出した。「あっ!!。リーゼントの強面君」丸坊主にしているから気が付かなかった。
「強面君はよしてくれ、柴咲っていう名前があるんだ。とにかくお礼を言わせてくれ、あの時お前が居なければ俺は生きてはいなかった」と真面目に言われて多少気恥ずかしさは有るが、雫斗も真剣に答える。
「あの時助けられたのは、たまたまだよ。体が勝手に反応したんだ、それに最終的に此方も助けられた方だからね荒川さんに」そう言うと荒川さんをチラ見する。
当の荒川さんはそのやり取りを、”若いね~~”と言う表情をしてほほえましく見ている。それに気が付いた雫斗が顔を赤らめている後ろで、ぶぜんとした表情の百花。それに気付いた柴咲君が。
「田舎もんって言って悪かったよ、謝る。済まなかった」と言う。結構真っ直ぐな性格をしている様だ、そう言われた百花も態度を改める。
「いいわ、忘れてあげる。だけどまたあんな態度をっとたら容赦しないからね」と上から目線で宣言する。
どうしてもマウントを取らないと気が済まないらしい。変顔バトルをした影響なのか?。
「しねぇ~~よ!、俺たちは義理は通す。助けて貰って嫌な態度はとらねぇ~~」と、謝っているのか喧嘩を売っているのか分からない返事に、雲行きが怪しくなってきて慌てて雫斗は話題を変える。
「ところで、山田君って言ったけ。彼はどうしたの?」柴咲君も百花とのいさかいを回避するべく話に乗る。
「あいつは俺たちと違って出来が良い。再来年の探索者養成学校の試験を受けるために受験勉強中だ」とさも残念そうに言う。
「そうなんだ。でも君達も凄いね、卒業前なのにもう仕事をしているなんて」という雫斗に柴咲君が異を唱える。
「べつに中学生を止めたわけじゃね~よ。うちの兄貴がやっている会社のバイトだ、丁度ダンジョンに入れる人間を探していたから、話に乗ったんだ」と柴咲君。
確かに中学までは義務教育がある、それを無視して働かせるほど、歪な社会ではない。勘違いした雫斗がちょっと顔を赤らめていると。
「23層の拠点設営を、幾つかの建設会社に打診したのだがね、どの企業もしり込みしてね、唯一彼らの会社が承諾してくれたんだよ。それが無ければこの計画はとん挫していたからね、彼らには頭が上らんよ」と荒川さんは本気でほっとしている様だ。
「俺らの会社・・・兄貴がやっているんだが、この辺りじゃ3流どころでな、下請けばかりしていた会社がのし上がるためには、多少のリスクは覚悟しなきゃならんと言い出して。この仕事を受けたんだ。しかしそれがダンジョンの中での工事とはねぇ~~。ま~俺たちにしたら願っても無い事だったのさ、戦い方も教われるしな」という柴咲君の説明に納得した。
ダンジョンに入るとなればダンジョンカードの取得と、探索者資格の取得に加え、ダンジョンからの帰還試金石を使って、帰還できるかの是非を問わねばダンジョンに入る事が出来ない。それなら若い人の方が有利だ。
「さて拠点設営も終わって、機能確認も終わったようだ。夕食とミーティングを前に、ここら辺の魔物にご挨拶と行こうでは無いか。柴咲君たちもどうかね?」との荒川さんの誘いに喜んで答える柴咲君一同。
「行きます。ありがとうございます」と言って装備を取りにドーム中へと向かって行った。
さて、5階層の最強種はフォレストボアとフォレストウルフだ。単体だったり複数だったりと様々な邂逅を見せるが、雫斗達にとって脅威にもならない。単体なら接近戦で一撃で倒せるし、複数でも投擲で数を減らしながら危なげなく倒していくが。
柴咲君達の戦闘を見ていた雫斗は唖然とした。へっぴり腰で魔物と対峙していて、直線的な攻撃しかしてこないフォレストボアを大げさな回避行動で躱して、バランスを崩し回避即攻撃の基本が出来て居なかった。そもそも足さばきから為って居ない、うちの師匠と対峙したなら即座に締め落されて泡を吹いているところだ。
荒川さんを見ていると平気な様で、雫斗は怪我をしないかとハラハラして見ているしかなかった。見かねた弥生が尋ねる「あれ良いんですか? 怪我をしてしまいますよ」。
「彼らも、探索者だ伊達に4カ月もダンジョンで魔物を倒してきたわけじゃない。フォレストボア程度なら多少吹き飛ばされても死にはしないよ。怪我程度ならポーションですぐ治せるからね」と怪我位は当たり前だと無体な仰りようだ、短期集中で鍛え上げる気満々である。
生傷をこしらえながらも、どうにかフォレストボアを倒した柴咲君たちは、その場でへたり込んでいる。教官役の探索者たちに治療を受けながらも、どう立ち回らなければいけないかとレクチャーを受けていた。
雫斗達と、柴咲君たちのパーティーが交互に魔物をたおして、夜のとばりが下りる前に、拠点であるダンジョンフォレストへと帰還した。
施設内の建物は、中央の大きな建物は宿舎を兼ねていて、シャワールームに会議室を兼ねた食堂が有り、当然トイレも完備している。
塀のそばに建てられた建物は防衛拠点で、魔物に襲われた時に塀の外への攻撃の要となる、その為バリスタや今は設置されていないが、深層では重機関砲が備え付けられるらしい。昔の兵器と近代火器の混成は無意味に思えるが、ダンジョンの深層では、火薬を使う武器は誤作動が当たり前らしいのだ、どちらかと言えばバリスタが本命の武器で重機関砲が予備になりそうだと施設の説明をした荒川さんがげんなりして言っていた。
第33話(その3)
今夜は初日と言う事も有り、屋外で食事を取るらしい当、然見張りは交代で務めるが、雫斗達は明日で帰還する事になっている事も有り、見張りの業務からは外されていた。それでは悪いから自分達も見張りに加えてくれと直訴すると、食事が終了した後の2時間だけならと承諾を得た。
バーベキュー用の焼き台が複数置かれ、盛大に肉やら野菜やらを焼き始めている。雫斗達も大いに食べた、育ち盛りの雫斗達には此の食事方法は願っても無い事だった。百花なんかは肉だけを狙って食べている、「私の成長(胸の)の為には、タンパク質が必要なのよ」と言って頬張っていたが、雫斗は”太っても知らないぞ”と思ていても口には出さないだけの分別は有った。
食事も終えてまったりとしていると、柴咲君達が近づいて来た。
「なあ、聞いていいか」と言ってくる。
何か真剣みを帯びているからどうしたのかと思って雫斗が「いいよ」と答えると。
「なんでおめーたち、あれだけ動けて戦えるんだ、何かスキルでも持っているのか?」どうやら自分達と、雫斗達の戦闘での実力の違いにショックを受けた様で、その差が気になったらしい。
「スキルは使っていないかな。僕たちが動けているのは多分師匠に教わった体幹の強化と体の動かし方だと思うんだけど」と雫斗は正直に話す。
確かにスキルでごり押しして魔物と対峙している探索者はいるとは聞いているが、くそ爺・・師匠曰「そんなもの(スキル)に命を預ける気はない」との事で、雫斗達は師匠の教えを忠実に守っているだけなのだ。
「本当か? 俺たちも道場に通って、武術を学んでいるんだ。それであの差はおかしいじゃね~か」と柴咲君は納得していないみたいだ。雫斗がどこの道場に通って居るのか聞いてみると、敏郎爺さん(師匠)が、名前だけは立派で内容が伴ていないと憤慨していた道場の名前だった。冗談で雫斗達に道場破りをして来いと言っていたほどなのだ。
このご時世だ、護身術を売りに数々の道場が軒を並べている、当然ピンからキリまである。武道としての本質を教えている道場程人気は無く、派手なパフォーマンスを売りにしている道場の方が人気がある。一応師匠の褒めていた道場の名前を出して聞いてみると、〝中腰、で何時間もうごかねぇ~で、型も教えない道場なんて願い下げだぜ”と答えが返って来た。
「これはうちの師匠の受け売りだけど」と断って話し始める雫斗。
「武の神髄は型ではない、動きの中で型に込められた技を修めて初めて最初の一歩となす。その後は鍛錬して技を昇華させていくのみ、奥義とは己に科した技の昇華の過程にすぎん。生涯鍛錬有るのみじゃ」と言われた事を、雫斗なりに解りやすく説明したつもりでは在るが、柴咲君は納得していない。
百花達はと見て見ると、我関せずを貫いている。雫斗は仕方ないと前に出て半身に構え右腕を伸ばして「片手で押してみて」と柴咲君に言う。
最初、目を点にしてした柴咲君が意図を察して同じ構えで手を合わせてくる、最初軽く押してみてビクともしないものだから、力を入れて押し込む。と、いきなり空が見える。
どうやら仰向けに倒れているらしい、どうやってそうなったのは分からないが自分が倒れている事実は変わらない。
もう一度と挑戦するも、結果は変わらない、地べたに転がされ続けて頭に来た柴咲君は雫斗にタックルを試みる、予測していた雫斗は後ろ足を引いて体の向き変えタックルしてきた手を払う、当然柴咲君は地べたに転がる。暫く此の攻防を続けていたが、食事の後の激しい運動に吐きそうになった柴咲君が音を上げたのでお開きとした。倒れて荒い息を続けている柴咲君に雫斗が話しかける。
「これが動かない構えの正体だよ、どんなに立派な幹と枝を備えた大木でも根っこが貧弱ならすぐに倒される、大事なのは基幹となる腰と背骨、それを支える背筋と腹筋。そして大地に根を張る足の鍛錬なんだ、言っておくけどこれは初歩の初歩だよ」と朦朧としている柴咲君に言っては見たが、雫斗自身誰かに教えるのはおこがましいと思ているのだ。雫斗が何を言おうが、彼らがどうか感じ、どう思うかは彼ら次第なのだから。
「や~~、流石ハイオークを退けた実力は嘘ではなかったね。君達も分かっただろう魔物との戦闘で必要なのは、地道な鍛錬の積み重ねだよ。ネットで騒がれているスキルでのごり押しは幻想でしかない。本気で探索者として挑むなら基礎から学び直す事だね」と雫斗と柴咲君のじゃれ合いを見ていた荒川さんが正論を口にする。
しかし、その事を理解して実践できる人はほんの一握りなのだ、探索者として登録している人数に対して、深層を探索できる探索者の割合が少ないのはその事が影響している。安易にネットで謡われている、スキルさえあれば強くなれるという事を信じて、楽な方法を信じたいのは人間の本能の様な物なのだ。
かく言う転がっている柴咲君も、悔しさを滲ませて憮然とした表情をしているが、雫斗が話した内容を信じているかというと疑わしい事なのだ。結局、己を律して高みへ導く事が出来るのは己自身でしかないのだから。
確かに、魔法や身体強化のスキルは絶大な威力が在るが、基本的な動きや精神力はスキルでは底上げできないのだ。ダンジョンで魔物を倒していく過程で経験値を増やしていく事は、結局は地道な鍛錬の積み重ねと何ら変わらないのだから。雫斗にしても、地道にスライムを討伐してきたからこそ、今の彼の強さに繋がっているのだ。
今日はここまでにしてもう休みなさいという荒川さんの言葉で、解散と成った。雫斗達も食後の見張りを控えているのでそれぞれの持ち場へと別れて行った。
コメント