第22話  ダンジョンの意外な恩恵と、その役割?・・・。

ダンジョンを探索すると、いろいろな事が分かるかも。

第1章  初級探索者編

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第22話(その1)

 クルモとモカの引き渡しを無事終えた山田社長一行は、明日悠美との面会を希望してきた、どうやらゴーレムの引き渡し以外に要件がありそうだった。 

 快く承諾した悠美は山田社長に会談の内容を聞いてみた、するとこの村に会社の支社兼研究所を立ち上げたいとの事だった。こんな辺鄙な村に支社を建てるとは奇特な人も有ったものだと悠美は思ったが、雑賀村にとっても税収が増える事はありがたいので取り敢えず明日詳しい話を聞く事にして、今日は村の宿泊施設で休んでもらう為手続きをして送り出したのだ。 

 その日の夕食後、雫斗の部屋ではクルモの探索が進行中だ。ワイヤーアクションよろしく文字どおり飛び跳ねている、粘着性のひもの様な細い糸を壁や天井に張り付けて振り子の要領で移動しているのだ。 

 不思議なのは使い終わったその糸が煙の様に消えていくのだ、どうなっているのかと思ってクルモに聞いてみる。 

 「クルモ、その糸の様なものはどうしたの?消えていくように見えるんだけど」雫斗の問いかけに、反応してクルモがベッドの端に座って居る雫斗の膝の上に着地する。 

 「これですか?」とクルモが両側の足の2番目の前足から水芸よろしく波打たせて糸を伸ばす、クルモの足は片側に5本ずつで一番前の足は他の足より短くて、移動に使うと言うより人間で言うところの手の役割をしているようだ。 

 指も長く、手の形をしていて器用に物をつかんだり出来る様で他にセンサーの役割があるらしい。移動には他の8本の足を使っていて、移動に使う足の前二本から糸を出していた。 

 普通の蜘蛛は確かお腹にある器官から糸を出していたと思ったのだけど、クルモは足の先から出していて、器用に壁にくっつけたり天井にくっつけたりしてその反動で移動していた。 

 「そうそれ、消えてなくなるように見えるんだけど、どうなっているの?」雫斗の疑問に、手を出してくれとクルモが言うので、そうすると掌に何やら液体の様な物を足の先から出してきた。 

 「これが糸になります。何もしなければ、ただの液体ですが空気に触れて魔力を通すと硬化するのです。一旦硬化した後に魔力を切ると消えてなくなります」そう言いながらクルモが実演する。 

 掌にたまった液体が固まったと思うと、次の瞬間には煙の様に消えていった。詳しく聞くと魔力を通している間は粘着性や方向をある程度制御できるらしいのだが、噴射する圧力の関係で5メートル以上は飛ばす事が出来ないみたいだ、強度的にも現時点では50kg前後の重さを支える強度しかないそうで、今の所クルモの移動手段として試験的に活用しているそうだ。 

 「私の義体制作には池田さんが持てる技術とアイデアを詰め込んだと言っていました。本来なら雫斗さんが支払った値段の数倍近くは掛かっているそうですよ」とクルモがカミングアウトをしてきた。 

 確かに雫斗は出来るだけ高性能の義体でお願いしますと言いはしたが、此のちんまい蜘蛛が高級スポーツカー並みとは、その事実に雫斗が呆けていると、クルモは部屋の探索に戻って行った。 

 雫斗は部屋の探索に余念がないクルモをほっといて机に向かい勉強を始める事にした。其処でふと数日前の出来事を思い出したのだ、沼のダンジョンを使う事ができず、仕方なく村の中にあるダンジョンの2階層で鉱石の採取をしながらスライムやケイブバットなどを倒して居ると、受験勉強で忙しいはずの栗栖先輩を見かけたのだ。どうやらスライムを探して歩いて居る様で、見かけた雫斗はゆっくり後ろから近づき声をかけた。 

 「サンタ先輩お久しぶりです、珍しいですね先輩がダンジョンに居るなんて」

 いきなり声を掛けられた栗栖先輩は驚いて振り返るが、話しかけて来たのが雫斗だと分かると、雫斗の首に腕を回して言い放つ。 

 「俺はサンタじゃねー、サターンだ」と言いながら雫斗の首に回した腕で締め上げる、別に二人の仲が悪い訳ではなく栗栖先輩への挨拶の常套句なのだ。 

 栗栖(クリス)星士斗(ホシト)のあだ名の由来は、斗という字は“ます”と読めるので、名前を入れ換えて栗栖斗からクリスマスになり、星の人でサンタになったのだ。 

 しかし星士斗はそのあだ名が気に入らないらしく星士の字が入れ替えると土星に似ていることから“サターン”にしろと星士斗自身が言っているのだが、さすがに先輩をサターン(神話の神)呼ばわりは憚られるし、間違えてサタン(悪魔)と言うのは言語道断である。 

 其処で無難に雫斗達はサンタ先輩と呼んでいるのだが、その都度そう呼ばれて面白くない星士斗が訂正する事が定番の挨拶になったのだ。星士斗は来年の受験を控えて猛勉強中の筈なのだが、チョークスリーパーから逃れた雫斗が聞いてみる。 

 「星士斗先輩、受験勉強の息抜きですか?でも珍しいですね、ダンジョンは封印して居たんじゃ無いですか?」

 サンタ先輩と言うと、また先程の寸劇を繰り返すので、話が進まなくなる為、雫斗は名前で呼んでいるのだ。 

 栗栖 星士斗は、高レベルの探索者を目指している、来年開設される探索者を養成する高校を受験する為に猛勉強を始めたのだが、これまでの不勉強が祟って受かるのが絶望的なのだ。そこで受験勉強の為ダンジョン探索を封印していたはずなのだが、その様子だとダンジョンに、かなり通い詰めている様だ。 

 受験を諦めるにしては一年を切って居るとはいえ早すぎると思うのだが、雫斗の問いに意外な答えが返って来た。 

 「この間の全国学力テストだけど、雫斗はどうだった?」と逆に質問を返してきた。

 そこで雫斗は思い返してみた、確かかなり順番が上がっていたようだけど、たまたま予習した所と試験問題が重なったぐらいにしか思っていなかったのだが、どうや星士斗先輩は其処に目を付けた様だ。 

 「確か100番以内だったような・・・・」。「そうだろう!!、ダンジョンに入り浸っている雫斗が、7~8千番台からいきなり2桁はどう考えてもおかしいと考えたのさ、そこでダンジョンだ。ダンジョンで魔物を倒すと身体能力が上がるのは周知の事実だ、それなら知能が上がっても不思議じゃない。そうだろう?」星士斗先輩が期待を込めて聞いてきた。 

 この人は机の前で勉強することがどれだけ嫌いなのだろうと思った雫斗だが、確かに鑑定で表示される項目に知能は有る。雫斗は単純に魔法の知識を表しているのかとあまり深く考えていなかったのだが、改めて星士斗先輩に言われてみると頷けることがあった。 

 勉強の質と言うか、効率が上がっている様に感じるのだ。雫斗自身は勉強に対して前から苦手意識は無かったが、ここ最近著しく学習能力が上がっている事は、テストの成績でも分かる。しかも記憶力迄上がっている気がするのだが、あながち気のせいでは無いかも知れない。 

 雫斗が考えこんで独り言を言い始めたのだが、“鑑定”や”ステータス”、”知能”、”体力”と言った言葉を聞き咎めた星士斗が聞いてきた。 

第22話(その2) 

 「雫斗、鑑定ってスキルの事かい?そんなスキルは聞いた事ないぞ。しかもステータスとはどういう事だい?」うさん臭げな眼をして聞いてきた星士斗先輩に、雫斗は“しまった!!”と顔をしかめてどう言い作ろうかと一瞬考えたのがいけなかった。コブラツイストならぬ星士斗ツイストに絡め捕られてしまった。 

 捕まったが最後、抜け出せたものは居ないと豪語していた星野先輩の締め技に、苦悶の声で言い訳を絞り出す雫斗。 

 「ぐえええ~~、一般的に~~~。あるかも~~~知れない~~~。スキル~~~、じゃないですか~~~。」そこまで聞いた星士斗が締めを緩めて聞いてきた。 

 「ダンジョンが出来て5年、これまで幾度となく試してみたか分からない、ステータスの表示だが、誰一人として成功した者は居ない。もはやそんなものは存在しないのだと自分に言い聞かせてきたが、君は確信めいた言葉で話していた、・・・・何か知っているのではないか?」 

 ギクリとした雫斗は思い出した、この人は百花と同類なのだと。感の鋭さでは他の人の追従を許さない程の人なのだった。確信は持てなくても、ほぼ正解を導きだしている辺り人間業ではない。しかしその事を話してしまう訳にはいかない、母親に止められているのだ。 

 しかしこの局面を打開するには、話さなければいけないのか?と覚悟を決めたその時、そこへ救世主が現れた。 

 「あ~~、やっぱりここに居た。自分で来年は”探索者養成校”に行こうと誘った本人が、ずる休みをするなんて許せないわ」と言いながら近付いて来るのは星士斗の同級生で美樹本 瑠璃、その後ろから双子の弟の陸玖が笑いながら付いて来ていた。 

 「あ~~、いけないんだ。星士斗ちゃん、後輩をいじめていると内申が最悪な事に成っちゃうよ。校長先生が言っていたじゃん、日ごろの行いが将来を決めるって」。 

 身長192センチ、体重102キロの巨漢の星士斗先輩を”ちゃん”付けで呼べるのは美樹本姉弟と後数人しかいない、幼い頃から一緒に育ってきている強みだ。 

 星士斗は流石に勉強をサボっているのを咎められて後ろめたいのか、雫斗の拘束が緩んだそのすきに、抜け出した雫斗は一息を付いていた。 

 「べ、べつにサボっていた訳ではないぞ。これも受験勉強の一環で机の前に居て暗記で知恵熱を出したり、計算問題と格闘するだけが学習では無いんだ」と星士斗が、さも正論を話していますみたいな事を言ってはいるが、その発言に自信がないのか言葉に力が無い。 

 「何、馬鹿な事を言っているの、さ~~ぁ今までサボっていた分みっちり勉強してもらいますからね」

 瑠璃が身長をせいいっぱい伸ばして星士斗の耳をむんずと掴みそのまま引きずって行く、星士斗は”痛い痛い”と言いながらも素直に引きずられていくのは、瑠璃と星士斗の力関係が良く分かる出来事だ。陸玖が「邪魔してごめんね~~」と言いながら瑠璃に引きずられていく星士斗の後ろから付いて行って結局、鑑定やステータスの事は有耶無耶になり事なきを得たのだった。 

 その日の事を思い出して、鑑定や保管倉庫のスキルが有る事が探索者協会から発表された時、来栖先輩からのお仕置きを考えると、この事は母親の許可が無くても話した方が良い気がして来た。 

 どの道、遅かれ早かれ知られるのなら、自供した方が罪は軽くなるし、締め技5連発は正直勘弁してもらいたいと思っている雫斗だった。 

 考え様に寄っては、探索者養成学校の学力の試験に絶望的な来栖先輩が、ダンジョンの恩恵?の御かげで試験に受かったと成れば、それはそれでダンジョンで魔物を倒すと身体的にも知能的にも向上する事の証明にも成るし、良いのではないかと考え始めていた雫斗だった。 

 物思いにふけっていた雫斗だったが、気が付くと目の前で心配そうに顔を傾けてのぞき込んでいるクルモの顔が有った。のぞき込むというより、小さい彼の場合見上げているのだが、大分長い時間、考え事をしていた様だ。 

 「大丈夫ですか?ご主人様」と心配げに、見上げながら聞いてくるクルモのカワイイい事カワイイ事。明日学校で先輩たちにスキルの事を白状することを決めていた雫斗は、ベビーゴレムの魔核からこの様な小さなかわいらしゴーレムを作ることが出来る事を伝えて、お仕置きの厄災を回避しようと目論見始めていた。クルモを見せた途端、瑠璃先輩辺りにクルモがこねくり回される未来を想像して多少胸が痛むが、ご主人と慕うクルモに甘えて、人身御供の供物となってもらう事にした。 

 「いや、少し考え事をしていてね。もうこの部屋の探索は良いのかい?」クルモの体を指でさすりながら、答えると。クルモは少し、くすぐったそうにしながら雫斗の指を撫で返す。 

「はい、大まかな物の配置は把握しました、自分の居場所が分からないと落ち着かないものですね。これはゴーレムとしての本能でしょうか?」とクルモが聞いてくる。まだ生まれて日の浅いクルモにとって見る物全て初めての事なので、好奇心が抑えられないのだろう、ただ2,3歳児特有の、“何、何故”攻撃が無いのは嬉しい事だ、いちいち説明するのはいくら雫斗が優しいからとって、うんざりする事柄には違いがない(それでも雫斗は説明するだろうが)。 

 「う〜ん、どうなんだろう?誰でも初めての場所は緊張するし、落ち着かないからね。ま〜自分の居場所を確かめるって言うのは、生きている物全てがする行為だし良いんじゃ無いの。それより、クルモは産まれてそんなに日にちが経っていないでしょう?初めて見る物を認識出来るのは、ゴーレム型アンドロイドの横の繋がりのせい?」

 雫斗は前にゴーレムの良子さんからチラッと聞いた事を尋ねてみた、ゴーレム型アンドロイドは、同じゴーレムの魔物とは違う強みがあるみたいなのだ。 

偶然とはいえ人工知能と融合した事により、インターネットに容易に繋がる事ができる為、ネットを介した横の繋がりが、情報の共有として物凄く重宝するのだとか良子さんから聞いた事があるのだ。詳しく聞こうとしたら、良子さんに上手い事誤魔化されたのだが、雫斗も聞いてはいけないタブーなのかと、その時は詳しく聞けなかったがクルモなら聞きやすそうだ。 

 「ゴーレム専用の情報サイトの事ですか? 自分の事を認識した直後に先輩ゴーレムから教わりました。何でも知識を得る時間の短縮になるそうです、先輩達の時は初めての事もあり手探りで大変だったそうですが、今ではほぼ全てのゴーレムの情報の共有源に成っているそうです」とクルモは事も無げに話す。

 聞きにくい事を聞いている自覚の有る雫斗の気持を、知っているのか気にして居ないのかは分からないが、どうやら秘密のサイトではない様だ。 

 「え~と、知られても構わない情報なのかな?前に良子さんに聞いたときは、はぐらかされたのだけれど」と言いよどむ雫斗にキョトンとしてクルモが答えた。 

 「ああ~、それはですね。多分雫斗さんに気を使ったのだと思います、ゴーレム専用のSNSや書き込みサイトには、嘘や欺瞞、扇動やデマ、思い込みという書き込みは一切ありませんから、そもそもたった一人の書き込んだ発言を信じるなんて、私達ゴーレムからしたら考えられません。思考を放棄するなんて知性を捨てる去る様なものです」と生まれて数日のクルモからの人類に対するダメ出しに赤面する雫斗だった。 

 確かにインターネットの普及で、知りたい情報が簡単に手に入りはするが、そこには嘘の情報やデマが紛れ込んでいる事は間違いではない、その情報を鵜吞みにして、さも自分が情報源だと気軽に投稿する人は、言い換えれば洗脳されているようなものだろう。 

 自分の頭で考える事を放棄した時点で、良い意味で在れ悪い意味で在れその嘘の発信者の奴隷と化している事に気が付かない、大げさに言えば人間という種を投げ捨てる様なものだろう、ゴーレムとAIの混合種という新しい知性に指摘されて、改めて雫斗自身も気を付けようと気を引き締めるのだった。 

第22話(その3) 

 クルモが入っていた籠は、そのまま寝床として使えるようで、何処に置こうか迷っていた雫斗に、本棚の空いたスペースに置いてくれと言うのでそこに置いたのだが、本来ゴーレム型のアンドロイドは睡眠や食事といった、人間に不可欠な休息や栄養補給といった行いは基本的には無い。 

 それでも夜間に睡眠よろしく活動を抑制するのは、義体のメンテナンスが主な要因らしいのだ、確かにずーと動き続ける事の出来る機械など、まだ人類は完成させて居ないので時折整備が必要になるそうだ。 

 活動するためのエネルギーにしても、人間の様に食事からではなく直に魔昌石から魔力を取得している様だ。雫斗達にしても魔力切れを起こすと、少し安静にしていると自然に回復していくのだが、ゴーレムの場合はそれだけでは足りないらしく直接魔力を補給しているのだ。 

 最初の頃、ゴーレムの良子さんが、自分でダンジョンから取って来た魔昌石を握りつぶしているのを見て、不思議に思って聞いてみたところ、”此れが食事の代わりです”と言われて驚いたのを覚えている。 

 本来であれば、魔法でテイムなり主従契約をして、主人から魔力の供給を受けるのが良いのだけれど、香澄はまだ幼くダンジョンカードも持っていないため、効率は悪いがこの方法でしのいでいるのだと言っていたのを思い出していた。  

 「ねぇクルモ、魔力の補給はどうしているの?魔昌石ならスライムの魔昌石がかなりストックされているけど・・・」と言葉を濁す。いくらスライムの魔昌石が小さいとは言っても、小さなクルモが握りつぶすのは流石に無理がある。 

 「魔力の補給ですか?この義体はさほど魔力を消費しませんが、出来ましたら主従契約してご主人からの魔力供給が望ましいですね。でも魔昌石からでも取得できますよ」とクルモが言うと、雫斗は多少驚いた。 

 「えっ、握りつぶせるの?、その手だと小さくない?」と雫斗の頭の中は疑問符が飛び交う。クルモはケラケラ笑うと「違いますよ、魔昌石を一つ貰えませんか?」と催促してきた。 

 雫斗は「スライムの魔昌石でいいのかな?」と聞いて一個魔昌石を机の上に出す。その魔昌石に向かってハエトリグモよろしく飛び掛かると抱き着き、暫くすると魔昌石が光に還元されてクルモに纏わり付く。 

 「へ~、そうやって魔力を吸収しているんだ」そう雫斗が感心して言うと。 

 「そうです、魔晶石は魔力の塊ですから触れているだけでも吸収できますが、拡散していくので包み込んだ方が吸収する量を多く出来ます。でも効率は確実に落ちますね」とクルモが悲しそうに言う。 

 「えっ?そうなの、効率って魔晶石からは魔力が取り難いって事?」雫斗が驚いて聞いてみると、いきなり内なる声が響いてきた。 

 「当然であろう、我が主よ。そもそも魔晶石は魔力の拡散が主な役割でしかない、魔力を閉じ込める器が壊れると周りに飛び散るのは道理でしかない。その魔力を浴びて吸収するのであるから効率は悪くなるのは当然の話だ」いきなりヨアヒムが話しかけてきたので、びっくりした雫斗が声に出して答えた。 

 「うっわ!!、ヨアヒムいきなり話しかけないでよね、びっくりするから。・・・でもヨアヒムから話しかけてくるなんて久しぶりじゃない?」と雫斗が驚いて言うと、クルモが首を傾げて不思議そうに見つめている。 

 そうなのだ、ヨアヒムという魔導書を取得してから雫斗を見る周りの目が痛いのだ、勿論魔導書を得て居る事を皆には話しているが、ヨアヒムの言葉を聞くことが出来るのは雫斗だけなのだ。当然ヨアヒムとの会話は、他の人からすれば雫斗が独り言を言っている様にしか聞こえない。しかもその魔導書が”叡智の書”と大層な名前であれば期待も大きいのだが、雫斗が知りえた事柄の補填としての機能しかない。 

 それはそれでいくらかの強みでは成るが、あまりにも大層な名前の叡智の書のポンコツぶりに雫斗はがっかりしたのを覚えている、しかしそれだけではなく、その魔導書に付いているヨアヒムという知性の存在の変態っぷりにげんなりしていたのだ。 

 流石に”独り言の雫斗”と言う二つ名で呼ばれそうな事態になるのを避けるため、そこで雫斗は心の中で会話をするという猛特訓をして、念話で話をする事が出来るように為ったのはいいが、その特訓の成果かなのかは分からないが、思考と会話を分ける事が出来る様になったのだ。雫斗の思考を読めなくなったヨアヒムが拗ねて聞いた事しか話さなくなって久しいのだが、今日いきなり話しかけられて驚いている雫斗だった。 

 「新しい同僚が出来そうなのでな、挨拶がてらに我が主に助言をしようと思って声を懸けたのだ。・・・主よ何故に師従契約を躊躇しておるのか? 知性なき魔物であれば人に害をなす存在では在るが、知性ある魔物であれば役に立つ道具と成りえる事も有る、魔物にとっても主人との繋がりは魔力の供給だけには留まらぬ。お互いに利のある更なる高みへと誘う契なのだ。さあー主よその者と契約を交わすが良い、さすれば其方の良き友と成ろう」

 ヨアヒムが力説するが、彼の胡散臭さを知っている雫斗は素直に頷けない。ヨアヒムとの騙し討ちの様な主従契約が頭をよぎる、何か裏があるのでは無いかと。 

 ヨアヒムに騙されて(完全に雫斗の思い込みのせいなのだが)主従契約した当初、彼のあまりの変態っぷりに辟易した雫斗が契約の解除を申し出ても、出来ぬ存ぜぬで拉致があかないし、色々調べても魔物との契約の解除の方法など何処にも載って居ないのだ。切羽詰まった雫斗がその本を火にくべてしまおうかと思った時も有ったが。ヨアヒムに鼻で笑われて。 

 「主よ、一度契りを結んだ魔物は己が身を引き裂こうとも、炎で焼かれて灰になろうとも主が健在ならよみがえることが出来る。それ程主従としての契約は尊いのだ、我の存在は主自身と同義なのだ」そう言われて絶望感に打ちのめされたのを思い出したのだ。 

 「ヨアヒム、何か裏があるのかい?またよからぬ事を考えている訳じゃ無いだろうね?」と雫斗が問い詰めると。 

 「な、何を言うか主よ。我はご主人様の下僕であるぞ、主の糧となる事の助言しかした事が無いと言うに、こ、この扱いは、不服であるぞ」とヨアヒムが不満げに言う、しかしこの様な時の彼は何かよからぬ事を企んでいるのを雫斗は十分理解している。 

 「確かに助言は受けたが、その結果死にかけた事2回、窮地に立った事8回、それも君と出会ってわずか1ヶ月間の出来事だよね?。流石に騙されやすい僕でもヨアヒムの言葉には用心するよ」と雫斗が辛辣に言い放つと、心外だとヨアヒムが反論する。 

 「我は虚偽の提案なぞ言うてはおらぬぞ、其方が大量の魔物を狩る方法はないかと考えた事の助言をしたまでだ。そもそも我は嘘や欺瞞の諫言を禁じられておる、もし其方が不満を持ち得たなら、それは其方の思い込みが原因であろう」確かに大量のスライムを倒したいと思ってはいたが、試練の間と普通のダンジョンの魔物のリポップする条件が変わっているなんて思いもしなかったのだ。 

 ダンジョンの魔物は人の知覚の範囲ではリポップはしない、その常識にとらわれて、ヨアヒムの言われるままに試練の間の中心に何の疑念も無く進んだ途端、スライムが天井や地面から湧き出してきたのだ、逃げ道を塞がれた雫斗は礫を大量にばらまいて対応したが、リポップするスライムのスピードが早すぎて対応出来なかったのだ、その時は前日に獄炎魔法のオーブを取得して居た為、ぶっつけ本番で有る魔法を試したのだ。 

 その魔法とは自分を中心にした業火の炎をイメージした”ヘルファイヤー”(自分で名付けた)で、さすがに自分へのダメージは避けられないと覚悟したが、その時は運よくすべてのスライムの駆逐に成功したのだ。雫斗はあの時ほど死を覚悟した事は無かった。 

 当然その後で、盛大にヨアヒムに抗議の言葉を浴びせたが、当の本人はそんなものは知らんと涼しい顔で答えたのだ。 

 「そもそも、試練とは己の成長を掛けて命がけで鍛錬をすることに意味がある。しかしその過程で多くの者が命を落としては本末転倒と言わざるをえまい。喜べ主よ、ダンジョンは中層と深層は探索する者に対して苛烈では在るが、事上層の試練の間に関しては程々な手厳しさにとどまる。ある程度のペナルティーは有るが死に至る事は無い」

 そう断言したヨアヒムの言葉に、試練の間の危険性がある程度無いことが分かったのは上々だと、その時の雫斗は安心したのだった、ただどの様なペナルティーが有るかは体験してみたいとは思わなかったのだが。 

 ふと気がつくと、クルモが雫斗を見上げていた。ヨアヒムとの念話での会話に集中していた為、彼の存在を失念していたのだ。 クルモも雫斗の心在らずの状態を察して、じっとしていたが何か疑念が有るのか触手がピクピクしていた。 

 「いや悪い、ちょっとタチの悪い悪霊と話をして居てね。どうしたの?、何か聞きたいことでも有るのかい」

 悪霊と言われたヨアヒムが、叉ゾロ抗議めいた事を口にするが、それを無視して雫斗が話をふると、待っていましたと怒涛の質問攻めをしてきた。 

 「ご主人様は今、何方かと会話をしていました?。もう既に使役している方がいらっしゃるのでしょうか?、その方が私との契約を拒否しているのであれば仕方が有りません、私はご主人様の使い魔となる事を諦めます。ですが、出来ましたらお側に置いては頂けませんでしょうか?私はご主人様のお役に立てれば嬉しいです」と、上目遣いに 

 健気な事を言うので、慌てて雫斗は事の次第を話す、まったくヨアヒムと話をしていると、雫斗の周りで誤解や疑念が蔓延するのは、ヨアヒム自身が呪われている”呪いの書”では無いのかと思いたくなってくる。 

 「それは誤解だよ、確かに魔物?と主従契約をしているけど、僕の本意じゃ無かったんだ。あれは騙し討ちに近いから、どちらかと言うと呪いじゃ無いかとさえ思えてくるよ」

 そう答えた雫斗の内なる声が(ヨアヒム)、がぜん騒がしくなるが、最近の雫斗は“馬耳東風”と言う言葉の意味(違う意味だが)を理解出来る様になってきた。 

 「僕が君との主従契約を躊躇っているのは、解除の方法が分からないからだよ。別に君に不満がある訳じない、クルモの自由の制約にはなりたく無いからね。・・・ただ今現在ど〜〜しても解約したい使い魔が若干一名いるけどね」とクルモに雫斗の本音を伝える。 

 「そうですか、ご主人様に誤解してほしくないので話ますが、私達はアンドロイドとして生を受けているので、他のモンスターとは若干違うと思いますが、大まかな事は同じだと思います。私達使い魔と呼ばれるモンスターは契約した主人の能力を糧にして、私たちは成長することが基本です。ですから盲目的に隷属している訳ではありません、お互いに対等の関係です」

 クルモが言った後ボソッと『ご主人が気に入らなければ逃げ出しますし』と小さな声で話したことは、雫斗には聞こえなかったようだが。 

 クルモのお互いが対等の関係なのだとの主張に、雫斗もクルモの主従契約を前向きに考えてみる事にして、2,3日考えさせてくれと言ってその日は休む事にしたのだった。 

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