第21話  モフモフは至高の存在であると自負すれども、カワイイの定義は如何なるものか?。

ダンジョンを探索すると、いろいろな事が分かるかも。

第1章  初級探索者編

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第21話(その1)

 ダンジョンからの帰りに、ミーニャをどの家で保護するかについて少し揉める事になった、百花と弥生が名のりを上げたのだ。 

 ミーニャが女の子だと分かると当然自分たちの家で保護すると主張した。しかしミーニャが雫斗に懐いて居て彼から離れたがらないので、ミーニャの意思を尊重して高崎家で保護する事になった。 

 ミーニャを迎えた高崎家は、ちょっとした騒となった。幼いとはいえ黒豹の様な猛獣が日本語で挨拶してきたときの家族の表情に雫斗が吹き出したのは言うまでもない。 とりあえず汚れた体をどうにかしないといけないので、お風呂を進めたがミーニャは身体を洗うという事が理解できなかった。  

 ミーニャの身体を綺麗にするという行為は、母親に舐めてもらったり自分で舐めたりして綺麗にしていたので、お湯で汚れを落とすなどやった事が無いのである。 ましてや湯船につかるというのは想像もできなかった、猫を洗う感覚で雫斗が風呂場で洗おうとすると、母親と家政婦ゴーレムの良子さんに止められた。 

 女の子と風呂場に入るなどとんでもないと怒られたのだ、姿は獣でも意識的には女性と認識しているのだ。 

 結局良子さんが洗う事に成り事なきを得たが、風呂から出たミーニャに香澄が抱き着いてきた。最初は警戒して父親の海慈の後ろに隠れて見ていたが、無害だと分かると首筋に抱き着いてきたのだ。 

 「わぁ~、もふもふだ~。すぅ~はぁ~、すぅ~はぁ~」顔をうずめて匂いを嗅いでいた香澄を振り払うでも無く、少し迷惑そうにしながらも猫座りして。 

 「香澄ちゃんって言うんだ、ミーニャだよ、よろしくね」と言葉をかける、すると香澄は挨拶していない事に気が付いて、がばっと顔を上げるとミーニャの正面に回り。 

 「香澄はね、香澄っていうの。ミーニャお姉ちゃん、よろしくね」とにこっ~と笑って。

 「お姉ちゃん。なでていい?」と今更ながらに聞いてきた。 

 ミーニャが戸惑いながらも承諾すると、香澄は笑顔で自分の部屋へ駆け出した。自分の部屋といっても今まで両親と一緒に寝ていたのが、これからは1人で寝なさいと寝床を寝室の一角に設たのだ。そこを自分の部屋と決めた香澄はその場所に自分の持ち物を置き始めたのだ、そうは言っても寂しくなるのかたまに両親の布団に潜り込んで来るらしいのだが、両親と同じ部屋とはいえ、いきなりの一人寝は寂しいのだろうと、そこは許しているみたいだ。 

 トコトコと自分のブラシを持ち出して来て、ミーニャの隣にペタンと座りブラッシングをはじめた。見慣れない物で自分の身体を梳かれて顔を硬らせていたミーニャだが、気持ちが良いのか次第に表情がとろけ出して、終いには寝っ転がってゴロゴロと喉を鳴らしていた。 

 その姿を見て“完全に猫やん”と思った雫斗だった。しかしまだ幼いとは言っても大きさは香澄の1.5倍はある猛獣然としたミーニャの隣で、毛並みを整えようと真剣な表情でミーニャのブラッシングをする香澄と、蕩けて液体になっているミーニャとのギャップを微笑ましさで見守っていると。 

 「雫斗も、お風呂に入ってらっしゃい」と母親の悠美に言われて、後ろ髪を惹かれる思いで渋々風呂場へ向かったのだった。

  雫斗が風呂から出ると、困り顔の悠美と良し子さんが話しているのが聞こえて来た。 

 「如何しましょう?、ミーニャちゃんのご飯、私達と同じで良いかしら?」と悠美が困っている。

 何時もは家族4人で台所の食卓を囲んで食事をして居たが、今日はミーニャというお客さんがいる為、居間の座卓に食器が並べられて、料理が運ばれていた。 

 「どっうでしょ?。あっ雫斗サッん、ミーニャさッンの食事は如何しッましょう?、私達ッと一緒でいいでッすか?」目ざとく雫斗を見つけた良子さんが聞いて来た。 

 「大丈夫だと思うよ、普通にサンドイッチを食べてたし。お箸は流石に無理そうだけど、スプーンとフォークは多分使えると思う」雫斗はミーニャが器用に、カップとサンドイッチを両手に持って食べていたのを、思い出しながらそう言うと。 

 「そうなの、良かったわ。雫斗お父さん達を呼んできて、食事にしましょう」ホッとしながら悠美が言うと「分かった」と雫斗はリビングで寛いでいる三人を呼びに行く。 

 ミーニャと香澄が話しているのを、父親の海慈がほほえましく聞いている。当然香澄は保育園の事とか家族の事を話しているのだが、みーやにとっては良く分からない事だらけなので聞き役にってしていた。 

 食事の準備が出来た事を伝えると、皆で居間へと移動して来た。しかしミーニャのしなやかな動きとその毛並みに雫斗が見とれていると、海慈がおかしそうに「どうしたんだいと」言ってきたので、我に返った雫斗は誤魔化す様に何でもないと歩き出す、それでも。 

 「ミーニャ、凄い毛並みだね」と言いながら雫斗は思わず手で撫でそうになってぎりぎりで思いとどまった、それ程手触りを確かめたくなる毛並みなのだ。 

 「んにゃ、ぁ有難う御座います、香澄ちゃんのブラッシング?、気持ちよかったです。またお願いしたいです」とおねだりするミーニャ、よほど気持ちよかった様だ。 

 「うふふふ、うん又やってあげるね。でもほんと気持ちがいいね」と言いながらミーニャの背中を撫でながら歩いてくる。多少うらやましげに見ている雫斗に気遣いながら恥ずかしそうにミーニャが話す。 

 「わぁ〜楽しみです。・・・雫斗さんなら、撫でて貰っても良いです」許可を貰った雫斗は思わず手が出そうになった、しかしミーニャを猫というか獣ではなく女性として認識し始めた雫斗は思いとどまった。 

 「う!あ、有り難う。今度おねがいするね」ヘタレな雫斗らしく遠慮すると、少し残念そうにミーニャが答える。 

 「そうですか、雫斗さんならいつでも撫でて貰っていいです」それを聞いた香澄が「香澄は?、香澄は?」と飛び跳ねて騒ぎ出す。 

 「うふふふ、香澄ちゃんも何時でも良いですよ。さっきは気持ち良かったです」とミーニャ応えると、その後ろから自分の息子のヘタレ具合と香澄とミーニャの微笑ましい会話にニヤニヤしながら海慈が付いて来る。 

第21話(その2) 

 居間で良子さん以外が席に着き「いただきます」で食事を始めると、最初は香澄の隣で戸惑いながら器に盛られた料理を見ていたミーニャは、香澄がスプーンとフォークを使って食べ始めたのを見て、見よう見まねで恐る恐る同じ物を使って食べ始めた。 

 「何か~、食べられェ~無いものがッ有れば、遠慮なッく言ってクーださいね」と香澄の補助をしながら良子さんが言ってきた、どうやら香澄の隣にミーニャを座らせたのは、良子さんが手伝えるようにする為らしい。 

 「す~~ごく、美味しいです。雫斗さんから貰った食べ物も美味しかったですが、此れも美味しいです」とミーニャが感動して鳥の唐揚げにフォークを突き刺しながら涙ながらに訴える。 

 「そっ、そう。まだ沢山有るから遠慮なく食べてね」と悠美が多少引き気味に答えると。

 「美味しいよね」と言いながら、同じように鳥の唐揚げをフォークで突き刺して香澄が口へ運ぶ。口をもぐもぐさせながら嬉しそうに見つめ合う香澄とミーニャに、全員が吹き出しそうになるのを堪えながら食事をしていく。 

 食事を終えて寛いでいると、ミーニャとじゃれ合っていた香澄が眠たそうにし始めて、つられてミーニャもウトウトしだしたので、居間を片付けてミーニャの寝床を設えた。 

 そこでミーニャが丸くなって寝るっている、まー無理もない雫斗がミーニャをダンジョンから救出してからまだ数時間しか経って居ないのだ。 

 雫斗たちはリビングに移り、海慈と悠美は雫斗から今日の出来事を詳しく聞いていた。 

 「えっ、ダンジョンで地震があったの?。そんな話は今まで聞いた事が無いわ」と悠美が驚いていた。

 それもその筈、ダンジョンは入り口は地表と繋がってはいるが、内部は別の空間だと認識されているのだ。 

 ダンジョンの入り口から半径50メートルの円形の範囲は良く分からない空間の揺らぎが観測されているがそれ以外はいたって正常なのだ。言い方を変えればダンジョンの中は地球の地表の動きの影響を受けないと言う事なのだ。 

 ダンジョンが出現し始めてまだ5年しか経っていないが、今までダンジョンの中で揺れを観測した記録は無かった。 

 「揺れているというより、震えていると言う方がしっくりくるような、そんな感じだったよ。まるで何かに怯えているみたいだった」と雫斗が思い出しながら言うと。 

 「怯えるなんて、まるで生き物みたいな表現ね。それにしても困ったわ、ダンジョンが別の世界と繋がってるかもしれないとなると、今までの様にダンジョンを開放することが出来なくなるわ」と悠美が言うと。 

 「それは大丈夫みたいだよ、確認はしないといけないだろうけど、ヨアヒムが言うには ダンジョンが別の世界とつながる条件がまだ整っていない筈だと言っていたから。多分イレギラーでミーニャが運ばれて来たらしいよ」と雫斗は胡散臭いおじさんの意見だけどとそう断って言った。 

 「ダンジョンは別の世界とつながることが出来るのかい?当たり前の様に話しているが、聞いた事がないぞ」と海慈が驚いた様に言うと。 

 「ダンジョン自体が別の世界みたいなものだから、その可能性は前から議論されてたの。でもこれで証明されてしまったわ、思わぬ形だったけれど」と悠美が困り顔で話す。

 そもそも異世界と繋がる事が出来るのは、深層ダンジョンの最深部だろうと予測されていたのだ、それが3層ダンジョンのしかも自分の管轄なんて、揉め事の種としか思えないのだ。 

 何れにしても、此れは中央のダンジョン協会に報告しない訳にはいかない案件なので、そうすると芋ずる式に伏せていた諸々が明るみに出てくることに成ってしまうのだ。しかし悠美は此れをすべてを明るみにするチャンスだと考えた、雫斗が鑑定のスキルを発現させて一か月余り、雫斗のパーティーメンバーは勿論の事、すでに鑑定のスキルを取得している探索者やダンジョン協会の職員など、結構な数がいるのだ。 

 「ま~~いいわ、雫斗達のパーティーは明日は雑賀村のダンジョン協会で事情聴取ね、どっちにしても本部からの調査が終わらないと沼ダンジョンは開放できないし、村の中央のダンジョンは収穫とスライムの討伐でいっぱいいっぱいだから、暫くはダンジョン探索は控えなさい」と悠美が爆弾を落とした。 

 雫斗はスライム討伐に関して暫くやめても構わないが、他のメンバーが承諾しそうに無いのだ。せっかく鑑定のスキルを取得して”昇華の路”でお宝や経験値を手に入れられるのに、それを禁止するとは百花がぶー垂れるのが目に見える様だ。 

 「昇華の路の事は大目に見るけど、流石に明日は其れ処じゃ無くなるわ、中央への報告とその後の対応を話し合わないといけないし、ミーニャちゃんの検査も有るからしばらくは大忙しよ」と悠美は明日のスケジュールを模索し始めていた。 

 「急ぐことも無いだろう、暫くダンジョンに通い詰めていたからな、ここらで一休しても良いんじゃ無いか?」と父親の海慈が言う。

 確かにここ最近は百花達のスライム討伐に触発されてダンジョンに入り浸っていたのは事実だ、そのせいで魔導書の読み解きも暫くやっていなかった。 

 雫斗が大学や研究機関で保管されていた、ダンジョン産の本や石板を閲覧したいと申し込んだところ、まだ解読中だからと断られたのだが(多分中学生だと正直に言ったのが原因だと思うが)、奇妙な字体の解読に行き詰っていた研究者に、悠美を通して異言語理解のスクロールを提示すると、二つ返事で許可された。 

 流石に、原本は見せて貰えなかったが、研究者用のサイトでの閲覧が出来る様になったのは大きかった。 

 そのサイトで、既存の魔導書や石板といった物が、ほぼすべて見ることが出来る様になったのだ。ただ残念なのは鑑定のスキルはPCの画面越しには用を足さないと言う事が分かった事だ。やはり直に見て鑑定を使って読み解く方が、理解力はけた違いだった。 

 「僕はかまわなけれど、百花達がね、鑑定を取得したばかりだし、承服するかは判らないよ。もしグズったら説得は母さんがしてよね」雫斗は母親に丸投げする構えだ。 

 「あら?貴方達パーティでしょう。その位の説得で躓くようだと、ダンジョンでの危機回避に支障がでるわよ。大丈夫よ百花ちゃんも馬鹿じゃないわ、そのくらいは理解するわよ」

 百花も生命が掛かって来ると流石に聞き分けは良くなるが、今は時期が悪い、鑑定を取得して一日一回の昇華の路を探すのがメインの探索ではあるが、スライムを倒すと無条件で保管倉庫のLVが上がるので、ここは数多く倒して置きたい処なのだ。 

 「分ったよ、説得してみるよ。取り敢えず明日から沼ダンジョンは閉鎖になるんでしょう。村のダンジョンで、昇華の路の探索は許可してもらえるんだよね?」と雫斗が確認すると。 

 「それくらいなら良いわ、でも1階層でのスライムの討伐はダメよ。予約がいっぱいで余裕がないわ」と悠美が釘をさす。

 まだ鑑定スキルの取得条件は公表して居ないとは言え、さすがに1ヶ月も経つと噂が広まってきていた。ダンジョンカードの取得と、接触収納の取得で誤魔化してるとは言っても、普段は深い階層を探索している高LVの探索者が1階層をうろついて居ると、勘のいい人は何かあると疑ってしまう様だ。 

 「分って居るよ、昇華の路の探索がすんだら2層と3層でスライムを探してみるよ」雫斗は諦めたようにそう言うと、百花たちの説得に顔を曇らせる。スライムはダンジョンに満遍なくいる事はいるが、しかし1階層の方が多いのは既存の事実だ。 

 「じゃー明日の放課後は、皆んなで村役場に集まれば良いんでしょう?」と雫斗が確認すると。 

 「そうね、午前中は日本探索者協会の本部に報告して、沼ダンジョンの閉鎖と調査の日程の調整があるから、色々決まるのは午後からになるでしょうね」悠美が答えると。 

 「分った、じゃーもう寝るね」と言って雫斗は居間のほうをチラッと観て2階へ上がって行った 

第21話(その3) 

 雫斗が2階に上がると、悠美と海嗣は顔を見合わせてため息をつく。雫斗が持ち込む厄介ごとには慣れたつもりで居たが、今日の出来事には頭を抱えるしかない。 

 子供達の手前平然としてはいるが、如何に対応していくべきかで道筋が大きく変わる、馬鹿正直に本部へと報告すると、政府はミーニャを接収して監禁されてしまう恐れがある、此処は長老達の悪知恵に期待するしかない。 

 「しかし、年頃の娘が家庭に居るというのも良い物だね、香澄も可愛くて良いが華やかさが段違いだね」と居間の方を見ながら海嗣が言う。 

 「あら!、貴方が女の人の話をするのは珍しいわね、如何したの?」と悠美が聞く、寡黙な海嗣が女性の話を振ってくるのは珍しく、妻として興味を持ったのだ。 

 「いやね、ミーニャの毛並みを見ただろう?触りたくても触れない雫斗が可笑しくてね。彼女が気を遣って撫でても良いと言っているのに、決心が付かなくて葛藤してるのが新鮮でね」

 いわれた悠美は吹き出した、子供の少ない雑賀村では子供達同士は家族のような感覚で付き合って居る、とくに歳の近い物同士は顕著だ。 

 そこに歳の近いと想われる女の子?が現れたのだ、浮き足立つ気持ちはわかるが、思春期で多少おっとりして居る雫斗が、初めて意識した女性がケモ耳だというのも雫斗らしいといえる。 

 「うふふ、少し安心したわ。雫斗の歳で女の子に興味が無いのも考えものだけど、多少は意識して居るのであればホッとするわね。でも相手が猫ちゃんというのもねどうかしらね」と複雑な表情で悠美が話すと。 

 「そこは大丈夫だと思うよ、言葉を話すとはいっても人とは違いすぎるからね。雫斗もそのことは理解しているさ」と呑気に話す海嗣だが、悠美は懐疑的だ。

 ダンジョンが出来て全ての常識が崩れた今とはなっては何が起こっても不思議ではない。しかも言葉を解する獣というのは今までいなかった事なのだ、そもそもこの世界の生き物では無いという、これから先自分たちの常識では測り知れない事が起っても不思議では無いのだ。 

 両親の心配をよそに、雫斗は自分の部屋で一つのメールを受け取っていた。勉強を始めようと思ってパソコンを立ち上げると、メールが来ていたのだ。 

 内容は、依頼していたゴーレムの魔核の自我の確立が成功した様だ。雫斗が倒したベビーゴーレムからドロップした真核は、普通のゴーレムからドロップする真核よりかなり小さかったのだ。 

 最初に依頼した時は、その小さな魔核をゴーレムの魔核だとは信じて貰えず、ゴーレムアンドロイドを製造する企業は渋っていたが、その企業を立ち上げるきっかけとなった、高崎家で働いて居る家政婦ゴーレムの良子さんの取りなしと、いくつかのベビーゴーレムの魔核の提供で引き受けてくれたのだ。 

 雫斗は祝福の言葉と、依頼した内容でのアンドロイドの製造と指定された口座への送金を済ませる。ゴーレム型のアンドロイドは、魔核自体の数が少ないのと製造過程が特殊なため、かなり高額になるのだが、雫斗の場合は魔核の持ち込みと研究用の魔核の提供と特殊な義体の依頼で、かなり安くした価格で作ってもらえる事が出来た。 

 雫斗が提案した義体の仕様と、これから先ベビーゴーレムの魔核が定期的に市場に出ることで製造コストが抑えられる事への期待から、需要が見込めると考えた企業が雫斗の提案に乗る形で試験的な義体の開発と、ベビーゴーレムの真核の自我の覚醒を試していたのだ。 

 そうは言っても普通なら数千万円で造られるゴーレム型アンドロイドだ。今の雫斗には払えない金額ではないが、しかし未成年の雫斗の高額な買い物だ、当然両親の許可がいる。最初は渋っていた海嗣と悠美だが、雫斗の熱意と良子さんの取りなしでようやく許可してくれたのだ。 

 どうやら5日程度で届けて貰える様だ、雫斗はワクワクしながら勉強を終えるとベッドへ入り眠りに付いたのだが。 

 何時もは直ぐに寝付ける雫斗だが、その日はなかなか寝付けずにいた、少し気持ちが昂って居る様だ。その原因がミーニャなのかゴーレムなのかは分からないが、しばらく悶々としてベッドの中で過ごしていた。 

それでも睡魔は襲ってくる様で、何時の間にか寝息が聞こえて来た、どうやら寝付いた様だ。 

 翌朝雫斗のベッドの上ではちょっとした寝起きドッキリが起きて居た、起きた雫斗の腕の中でミーニャが丸くなって寝ていたのだ。 

 後で聞いた話だが、トイレに起きたミーニャが寝ぼけて、雫斗の匂いをたどって雫斗のベッドへ潜りこんで来たみたいだ、ミーニャの触り心地と綺麗な毛並みから漂ういい香りで雫斗は熟睡していたのだ。 

 ミーニャを起こそうかと思った雫斗は、手触りに負けてそのまま撫でて居ると、ミーニャが“う〜ん”と伸びをしてパチっと目を開けた。 

 目の前の雫斗の顔に多少驚いたみたいで、目を大きくしていたが、撫でられて気持ちがよかったのか次第に緩んできてゴロゴロと喉を鳴らし始めた。 

「アッごめん、つい撫でちゃった」と雫斗が言うと、ミーニャは気持ち良さそうに目を細めながら「いいです、雫斗さんに撫でて貰うと気持ちがいいです」と言いながら、顔の前にある両手をもにゃもにゃと、握ったり開いたりを繰り返していた。 

 その手を見ていた雫斗は疑問に思う、まんま猫の手なのだ体長が大きいから雫斗の手より少し小さいが、肉球があってクルッとしている指だ、よくこれでスプーンやコップを掴めるなと思ったのだ。 

 雫斗は、その手を握りぷにゅぷにゅの肉球のふちを親指で撫でながら、「不思議だね、よくこんな手でスプーンなんかを器用に掴めるね?」と疑問を口にすると。 

 ミーニャは“クスクス”笑いながら「お母さんが言うには、私達獣人は大きくなるに従って人化が進むみたいです、最初は手や脚から変わってくると言っていました」と言うと、雫斗の握っていた手が徐々に人の手の様に指が伸びてきた。驚いた雫斗の顔を面白そうに見ながらミーニャが続ける。 

 「生まれて直ぐは、お母さんも私と同じ姿で過ごしてましたが、私達がお乳を飲まなくなって歩き回り始めると、人の姿に変わって私達の世話をしてました」ミーニャの言葉に驚きながら話を聞いて分った事は。 

 ミーニャは黒豹の様な獣ではなく、獣人と呼ばれる種族で人の姿や獣の姿に自由に変われるらしい、普段は人の姿で暮らして居るが、危険が迫ると身体能力が上がる獣の姿になる様だ。 

子育ては母親が一手に行い、出産した直後は他の獣人を寄せ付けない様だ。ミーニャも巣穴?巣部屋?、から出られる様になって始めて父親に会ったらしい。 

当然母親の食事は父親や他の獣人が賄う、そうやってそのコミニティー全体で子育てを支援して居るらしい。 

 不思議なのはミーニャの年齢だ、彼女の世界の一年がどの位かは分からないが、ミーニャは産まれてから7~8年程らしいのだ。その事に驚いて居ると、人族と獣人とでは成長速度と出生率に違いがある様だ、成人に至る年齢は獣人も人族も変わらないが、幼年期を終える年齢が倍近くちがうのだ。 

 草原や森で暮らす獣人達は常に危険と隣り合わせだ、その為危険な幼年期の成長速度が速くなって居るのかも知れない。 

 ミーニャの手触りの良い毛並みと、女の子のいい香りを堪能していた雫斗の至福の時間が唐突に終わりを告げる、ドアのノックの音と共に。 

 「雫斗。ミーニャちゃんが居ないの、何処に行ったのかし・・・・」部屋へと入ってきた悠美の言葉が途絶える、ベッドの上で手を握り合いまんねりと過ごして居る2人を見つけて唖然として居るのだ。 

 「貴方達、何をして居るの?。雫斗!ミーニャちゃんをベッドへ連れ込んでなにをして居たの?」と悠美は腰に手を当ててか蔑む様な眼差しを向ける。 

第21話(その4) 

 雫斗はガバッと起き上がると、狼狽えた様に支離滅裂な言い訳を始めた。確かに状況から雫斗がミーニャをベッドへ連れ込んだ様に見えるが、真実は違うので説明しようと焦るあまりそうなったのだ。 

 「ミーニャがトイレで寝ぼけて、匂いをたどったら僕のベッドに居たんだ。・・・と、とにかく僕じゃない」雫斗が強引に締めくくると、悠美が吹き出して。 

 「分ったわ、とにかくミーニャちゃんが居てくれて良かったわ。ミーニャちゃん行きましょう」とミーニャと一緒に階下へと降りていった。 

 悠美にしても、雫斗と普通の女の子がベッドを共にして居たら大事になって居たが、いかんせん知性が有るとはいえミーニャは大きな猫なのだ、間違いが起こるはずはないと思っているのだが。しかしそこは大人として男性と女性の道徳的なことをミーニャに話す。 

 「ミーニャちゃん、いくら大好きな男の人からのベッドの誘いでも、簡単に承諾してはだめよ。軽い女と思われるから」そう言われてもミーニャには良く理解できなかった、実質産まれてからまだ8年しか経って居ないのだから仕方がないが、此処は空気を読んで“わかった”と言う。しかしミーニャは誘われてベッドへ入るのはだめで、自分から潜り込むのは良いと理解した。その事が後に騒動を巻き起こして、悠美は頭を抱える事になるのだが、それは後の話だ。 

 朝食後、ミーニャの部屋を2階の空き部屋へ移す事を確認してそれぞれ家を出る。いつまでも居間で寝起きをさせる訳にもいかないので、後々香澄の部屋と考えていた場所を片付けてミーニャに住んでもらう事にしたのだ。 

 取り敢えず沼ダンジョンの調査次第だが、ミーニャを元の世界へと帰す事が出来ないと暫くは雫斗の家で暮らして貰う事になる。 

 雫斗は学校へ、香澄と悠美はミーニャを連れて出かけていった、香澄を保育園に預けた後ミーニャを診療所で見て貰うためで有る。 

 身体検査が主で、ついでに感染症の検査をする予定だが、それはこちらの世界の感染症に対してのミーニャの抗体を調べるためだ。 

 普通なら未知の世界からきた生物は、最低隔離して危険な病原体がいないかを検査をするのが一般的な方法なのだが。 

 其処はダンジョンの特性が関係してる、ダンジョンの内と外では危険な細菌やウイルスといった物は移動できないのだ。移動できないと言うより消滅するといった方がしっくりくる。 

  ダンジョンが出来た当初は、ダンジョンの出入りにはかなり気を遣った、それは当然で染み出してくる魔物よりも爆発的に広がる感染症の方を優先的に警戒していたのだ。 

 その事は雫斗達も経験済みで、ダンジョンの生成に巻き込まれて取り込まれ、救助された後3週間程度隔離された記憶がある。 

 事情聴取をする為というより情報統制をする事が主な目的だったとおも思たのだが、しかしよくよく考えると感染対策の意味合いが強かったように思う。 

だがダンジョンが初めて出現した時期で、ダンジョンの調査が急を要する事からダンジョンから出て来る度に、隔離をして経過を見るのは効率が悪過ぎた。 

 軍隊という戦力を使える各国の政府は、主要都市のダンジョンから染み出してくる魔物の対応に余裕があるため、感染対策を慎重にする方針を徹底させたのだが、政府から見放された地方の行政は人手不足から感染対策を続ける事ができなかった。 

 隔離政策を続けるかやめるかの会議の中、ある調査官が面白い報告と考察を発表したのだ、その調査官はダンジョンを調査してきた人達の調書を審査して纏めていた人だが、その調書の中で、体調の悪い中ダンジョンに入った人が、ダンジョンで活動していて、しばらくすると体調がよくなる傾向があるといった報告に目を止めた。 

 其処から考察したのは、ダンジョンはウイルスとか細菌と言った物に対して、ある種の免疫というか、障壁みたいなものがあるのではないか?と打ち出したのだ。 

 その会議は紛糾した。“そんな馬鹿な話がある訳がない”と言う常識派と“ダンジョンだから、有り得る”と言う非常識派で別れた。それでもやっぱり試して見る価値は有ると言うことで、研究施設へ検証の依頼をしたのだ。 

 簡単に検証出来ると思っていたが、結構な大事になった。依頼の主旨を聞いた研究所の職員がダンジョンの入り口を完全に封鎖しなくては危険だ言い出したのだ、確かにダンジョンの入り口で細菌などをシャットアウトしているとなると、通過する時にどんなに厳重に保管されている細菌やウイルスといったものが、入り口の手前で残される可能性もあるかも知れないのだ。 

 結論からいうと、ダンジョンの中にも入り口にも細菌やウイルスといった病原体は残らなかった、死滅するのかは確認できなかったがシャーレに培養した菌はことごとくいなくなっていた。 

 さすがに一類感染症のエボラ出血熱やペストといった危険な病原体では試せなかったが、二類感染症の結核や鳥インフルエンザ、コレラなどで試しが結果は同じだった。 

毒や病気、呪いといった状態異常はダンジョンの入り口を通過しても消えないが、この世界で常識の細菌による体調不良の患者はダンジョンに入る事により完治又は経過が良くなる事が有ったのだ。 

 その為、細菌に感染した思い病気を患っている患者の最後の治療手段として使われることも過去にはあったが、最近では高級な治療薬とかのポーション類がダンジョンから産出しだして、世間に出回り始めると鳴りを潜めた。 

 いくら一階層とは言ってもダンジョンは危険なところだ、どういった経緯か分からないが、治療のためにダンジョンに入った人が消える現象が頻発したのだ。 

ダンジョンの入り口とはいうが入ってすぐ戻ると効果は無かった、境界線が分からない為2百メートル程進まなければならなかったのだ。 

 特に裕福な金持ちの年寄りが失踪する確率が高かった、そこで実しやかにうわさが流れた、”金持ちは、あくどい事をして金を稼いだ人がほとんどだ。ダンジョンはその罪を清算しているのだ”、とささやかれるようになった。 

 真実は分からないが、すねに傷を持つ人ほどダンジョンに入る事を拒み、治療のためにバカ高いポーションを買いあさっているのだ。 

 話を戻すと、ダンジョンから湧き出す魔物にしろ産出物にしろ、ダンジョンからの細菌感染の心配は5年もたてば無くなっていた。そのことからミーニャの体調の配慮は此の地球の病気が感染しないかどうかに掛かっていた。 

第21話(その5) 

 学校に着いた雫斗は級友からの質問攻めにあった、早めに来ていた百花や恭平が話したらしい。「ねぇねぇ、ほんとに猫ちゃんが話すの?」とか「すご~~く大きいそうじゃない。ねぇどの位?」と色々聞かれて辟易した。 

 「ちょっと待って。確かにうちで保護しているけど、隔離して居る訳じゃ無いからそのうち会えると思うよ」と説明するが一向に止まらない、結局ホームルームの時間まで質問に答えることに成った。その過程で今日2階の部屋を片付けてミーニャの寝室にする話をしてしまった、そのことが後に騒動を巻き起こすのだった。 

 取り敢えず沼ダンジョンはしばらく使えない事を話して、質問を打ち切った。その放課後、雫斗たちは村役場に向かっていた。 

 「でも横暴じゃない?沼ダンジョンを使用禁止にするなんて。せっかく鑑定のスキルを取得出来たのに、これじゃ~宝の持ち腐れよ」と予想どおり百花が不貞腐れる。 

 「仕方がないさ、ダンジョンの揺れと違う世界の住人が現れたんだから、調査の対象になるのは当然だね」と冷静な恭平が落ち着いた感じで話すと。 

 「そうね、何かあるとこの村じゃ対処できないものね」と割りと肯定的な弥生の発言にいよいよ機嫌を悪くする百花、そのはけ口が自分に向きません様にと、せつに願う雫斗なのだった。 

 村の役場の会議室ではある程度の方針が決まっている様で、和やかな雰囲気でくつろいでいた、その中にミーニャは当然いるのだが、学校の校長先生と猫先生が居たのには驚いた。 

 「どうしたんですか?校長先生と猫先生まで来ているなんて。もしかしてかなり大事なはかりごとの予感がするんだけど」と物事に動じない百花が聞いてきた。 

 「その事について説明するわ」と悠美が話し始めた、どうやら今まで決まった事を説明するらしい。 

 「まず、ミーニャちゃんを保護した場所は森の中と言う事にしたわ、下手にダンジョンで見つかったなんて言おうものなら、中央の省庁が横やりを言い出しかねませんからね、そこは皆さんで口裏を合わせてくださいね。それと雫斗、ミーニャちゃんは異言語理解のスクロールを使ったのよね?」と雫斗に聞いた。使用させたのは雫斗なので”そうだ”と肯定してと答えると。 

 「ミーニャちゃん、文字が読めないの。多分文字の読み書きを習ってないからだと思うけど、こちらの文字を教えて見ようかと思って先生方に来てもらったの」と悠美が言った。確かに文字の読み書きは習得して居なければ分からないのは当然だ。 

 言語理解のスキルは言葉が分かるだけでなく、文字まで読める様になるのが一般的なのだが、それはすでに習得している文字が言語理解のスキルで翻訳されていると理解すれば良いのだろう。 

 「えっ?じゃ~ミーニャちゃんと一緒に学校に通えるんですか?」と弥生が興奮気味に聞いてきた。 

 「さすがに、すぐに高等教育は無理にゃ、まずは小学の低学年と一緒に文字と計算の勉強にゃ、それから少しずつランクを上げて学習していくにゃ」と猫先生が言うと、少しがっかりして、「そうですか」と気落ちした弥生が答える。 

 「ミーニャは知能は高そうにゃ、皆で教えてやったらすぐに追いつくにゃ」と気の毒に思った猫先生が言うと、”そうか!!。その手があったか”と弥生と百花が気勢を上げる、雫斗は弥生と百花のスパルタ教育を受けて目を回しているミーニャを想像して気の毒そうに彼女を見るが、当のミーニャは訳が分からずキョトンとしていた。 

 「それで、森の中で彼女を保護したと言って信じて貰えるんですか?」と恭平が懐疑的に言うと。 

 「なに。数十年前に流行った異世界転移小説の逆バージョンじゃ、その時の読者が今の政府の中枢じゃよ、簡単に信じるじゃろう。現実にダンジョンが出来てしまっとるんじゃ、こちらがそうだと言えば疑わんじゃろうな」と楽観的な敏郎爺さんが言う、他の長老達も肯定的なのだが、若干疑問を感じて聞いてみると。母親の悠美がそれに答えた。 

  

 「その当時異世界転生小説のブームでね、現実の世界で事故や事件に巻き込まれた主人公が死亡して異世界で転生すると言った話が主流だったの、そのせいだとは言わないけれど、中学生や小学校の高学年の子供が屋上から飛び降りたり、電車に飛び込んだりする事件が少なからず有ったのよ。そのニュースを見るたびに心を痛めたものだわ、人間は・・・いえ、生きとし生ける物は死んだら終わりなのにね」と悠美が顔を曇らせて話すと。 

 「ばっかじゃ無いの~~!」と百花が憤慨する。「神様がいるかどうかは分からないけど。もし神様の恩恵があるなら、それはこの世に生まれて生き抜く事と、生を全うして死を迎える事よ。その二つは確実に訪れるわ。確かに平等ではないけれども、それでも奇跡には違いないわ」と怒りをあらわにする。 

 百花はいくら人生に希望が持てなくても、簡単に自分の命を捨てる事を決意する人たちに怒りを覚えていたのだ、逸れこそ藁にすがってでも、泥水をすすってでも生き抜く事こそが人生だと叩きこまれている雫斗や百花達には理解できなかった。叩き込んでくれたのは、主に雑賀村の長老達だけど。 

 「それじゃ、暫くは沼ダンジョンは使えなくなるんだよね。村のダンジョンは使っていいの」と雫斗は話題を変える。 

 「前にも言ったけれど、一階層でのスライム討伐は禁止よ。たとえ目的地に向かう途中でもね」と悠美がくぎを刺す。 

 「分かっているよ、昇華の路を攻略したら2階層か3階層でスライムを探してみるよ」と雫斗がパーティーを代表して言うと、残りのメンバーも”しょうがないね”と諦めたふうに同意する。昇華の路の奥にある試練の部屋に出てくる魔物は完全にランダムだ、一匹一匹は弱くても、湧き出てくる数が半端ない。 

 雫斗も一度は魔物の大群に飲み込まれる寸前までいったのだ、そのことを思い出して身震いしていると。 

 「もう連絡事項はおしまいなら、私たちは帰っていいかしら?此れからミーニャちゃんのお部屋の模様替えがあるのよ」と百花が言い出した。 

 「えっ!どういう事」と訳が分からず雫斗と悠美が思わず聞き返したら。 

 「あら、雫斗が二階の空き部屋を片付けてミーニャちゃんのお部屋にするって言っていたじゃない?女の子の部屋だし殺風景だと可哀そうだから、クラスの子達が可愛い物を持ち寄ってコーディネートすることにしたの。今頃集まっているはずよ、さあ~早くいきましょう」と百花に腕を取られて引きずられるように会議室を後にする雫斗とミーニャを、呆気に取られて見送る大人たち。 

 村役場を出て雫斗の家に向かいながら不思議そうにミーニャが質問してきた。 

 「コーディネートって何ですか?」確かに知らない言葉は理解できないか、英語だし。日本語と英語で意味は違ってくるけどどう説明しよう、と雫斗が悩んでいると。 

 「お部屋を可愛く飾り付けるの。ぴきゃぴきゃに可愛くするから楽しみにしててね」と百花が身も蓋も無いことを言いだした。真剣に考えた雫斗があほみたいだ。 

 「わ~~、楽しみです」とミーニャが嬉しそうにしているので、雫斗は何も言えなかったが、楽しそうに話している女の子達の会話の腰を折るほど、雫斗は世間知らずでも鈍感でもなかった。 

雫斗の家の前では、ちょっとした騒ぎになっていた。クラスの子は勿論、話を聞いた大人たち迄ミーニャ見たさに集まって来ていたのだ。 

「わ~、あなたがミーニャちゃん。ほんとに大きな猫ちゃんなのね」。 

「すごくきれいね~~、その毛並み、どうやったらそうなるの?」。 

 余りの人気ぶりに、驚いて雫斗の後ろに隠れて顔をのぞかせるミーニャ。すると観客のボルテージが一段と上がっていく。 

 ”きゃ~~かわいい”。”お耳をハムハムしたい”。”やっぱりモフモフだわね。最高だわ~~”。一向に下がらない過熱ぶりに、香澄を連れて遅れてきた悠美が呆れて釘をさす。 

 「あなた達いい加減にしなさいよ。人の家の前で騒いでどういう事?」。 

 「あら、こんなに可愛い子を一人占めは良くないわ、私達にも紹介しなさいよ」とここに来た目的を話すその人は百花のお母さんで斎藤 一十華という。当然百花の妹の千佳も来ていて、さっそく女の子同士で集まってミーニャを中心にわいわい騒いでいる。 

 「ねえねえ、話が出来るって本当なの、異世界から来たって聞いたわよ。それを聞いたらワクワクしちゃって来ちゃったのよ」と興奮気味に話す。悠美は無理もないと諦めた、異世界物の小説を読んで育ってきた同じ世代なのだ。 

第21話(その6) 

 「しょうがないわね、・・・ミーニャちゃんいらっしゃい、皆に紹介するわ」と悠美がミーニャを呼ぶ。子供たちの中心で質問攻めにあっていたミーニャがこれ幸いと寄って来た、当然子供達も付いてくる。 

 悠美とミーニャを中心に人の輪が出来上がる、物心つく頃から人間という物は危険な存在なのだと、母親を始め獣人のコロニーの大人達から口すっぱく言われ続けて居るミーニャにとって、この世界の人達にこんなにも歓迎されている事には、戸惑いを通り越して感動を覚えていた。 

 「この子がミーニャちゃん、大きな獣の姿だけど言葉を話せるし礼儀正しいから、私達と同じだと思って接してね。猫を撫でる様に勝手に触ってはだめよ、彼女は幼い女の子じゃ有りませんからね、特に男性は気を使う様に」と悠美がミーニャを紹介した。

 確かにミーニャは“撫でてもいいか”と聞かれても拒否しそうにない、悠美や海嗣も頭を撫でる程度で全身を触りまくる事はしなかった、それはミーニャに遠慮して居るわけではなく、彼女を1人の人間として扱って居る様だ。 

 ミーニャの紹介も終わり、各自が自己紹介と質問を始めると、ミーニャはアワアワしながらも丁寧に答えていく、しかし次第に言葉が詰まる様になってきて終いには泣き出してしまった、周りの大人達がオロオロするなか香澄が近づいてきて「どうしたの?」と聞く。 

 「私はヒック、この世界のヒック、人達に良くして貰ってヒック、私だけがこんなに幸せで良いのかと思うと、ヒック。お母さんや他のみんなに申し訳なくて」と泣き始めた。 

 詳しい話を聞いた訳ではないが、ミーニャ達の世界で、彼女達が人族からの迫害を受けて居る気配は感じていた。しかしミーニャの話に悲壮感がなかった為、それ程深刻な事だとは思っていなかった、どうやら間違っていた様だ。 

 「大丈夫だよ、お兄ちゃん達が助けてくれるから」香澄がミーニャの首に抱きついて一緒にもらい泣きしながら話す。ミーニャ達の境遇の意味は分からなくても、困って居る事は理解出来たみたいだ。 

 「そうよ、今は何の約束も出来ないけれど、私達に出来る事が有るとしたら支援は惜しまないわ。そうよね、皆んなもそうでしょう」

 悠美がここに居る雑賀村の住民に、ミーニャの境遇に対するこの村の在り方を確認する。一応小さな村とはいえ政治に携わるものとして、時節を見る目はある。これからの政府との交渉に対して村の住民の協力は欠かせないのだ。 

 「そうね、この村で何ができるかは分らないけれど、やれる事は最大限努力するわ。例え誰かが貴女を拘束しようとしても、私達がまもるわ」と一十華が肯定すると、他の面々も同調する。

 ダンジョンが出来てからここ5年で住民の考え方も変わって来た。 日本政府の在り方に疑問を持って居るのだ。いまだに中央集権政治を強行しようとして色々な政策を打ち出してきたが、悉く裏目に出ていた、そのほとんどがダンジョン関係の条例だ。 

 ダンジョンからもたらされる、取得物やスキル、ポーションといった恩恵は計り知れない経済効果を生み出したが、如何せんダンジョンは危険と隣り合わせだ、たとえ一階層といえども油断は出来ない、最近は特に減ったとはいえ、今でも年に数件は行方不明者が出るのだ、特に中年層から高年層にかけて、初めてダンジョンに入る人が、帰って来ない事例が多発したのだ。 

 その事から、若年層を中心に探索者を募集することになっていったが、そうなるとダンジョンに入れる人と、入れない人達という構図が生まれることに成って来る。 

 当然ダンジョンで探索してくる人達の力と意見が強くなってくる、いくら政府が権力でダンジョンの恩恵を摂取しようとしても、取りに行く人が居なければどうしようも無いのだ。 

 その事から探索者協会の設立は、探索者の統制と探索者と政府のダンジョン庁との間を取り持つために設置されたが、主に探索者側の立場に重きが置かれている、東京都にある日本探索者協会の本部の理事は日本政府から出向して来た人達が居て政府寄りだとはいえ、都市部を中心とした地方の協会の方が力が強いのだ。 

 何かあれば、ダンジョンからの恩恵だけで、その都市群だけのコミニティーで生活が成り立つのだから、今の住民は別に日本政府という行政など要らなく無いか?と思っているのだ、つまり都市に関しては横一列で大都市だの地方都市だのの、格差は無いと考える様になってきていた。 

 「さー、あなた達は部屋の片付けに行きなさい、その為に来たんでしょう? お母さま方は家に帰って何か一品の食糧と、飲み物持参で戻ってきて。今日はここでミーニャちゃんの歓迎会をしましょう」と悠美が宣言すると、子供たちが「わ~~~、今日はバーベキューだ~~」と歓声を上げながら、ミーニャの部屋の片付けに2階へと上がって行った。 

 女の子達は二階の部屋を片付けて掃除をした後、あ~でもない、こうでもないと、部屋を飾り付けを済ませて階下に降りると、すでに歓迎会の準備が出来ていて、そのままパーティーへとなだれ込んだ。 

 完全な立食パーティーで、幾つかのテーブルとベンチだけが置かれていて、”さー、食べなさいと”手渡されたお皿とフォークで、ベンチにちょこんと座り器用に食べているミーニャを見て。 

 「きゃ~~、かわいい~~」、「器用に食べるのね、すごいわ~~」、「う~~ん、お持ち帰りしたい」と周りからの歓声に戸惑いながらも、ミーニャが幸せそうにしている姿を見ると、此れで良かったとつくづく思う雫斗だった。 

 しかし、世界で初めてダンジョンの中での揺れを報告したのだ、政府がどの様な決定をするかで此れからの雑賀村の行く末が決まる。そう思っていた雫斗だったが杞憂に終わった。 

 数日後、ダンジョン庁からの調査官は数名程度で、どうやらダンジョンの揺れは大したことが無いとされた様だ。 

 それよりも、保管倉庫のスキルや、鑑定のスキルの取得条件の報告が遅れた事を重要視していて、悠美が呼び出されて詰問されたが、スライムを簡単に倒せる花火の例を挙げて、”理事の方からの、情報が洩れる事への対応だと”言い切った。それには政府から出向してきた理事の方々の苦虫をつぶした様な表情と他の理事たちの失笑で事なきを終えた。 

第21話(その7) 

 沼ダンジョンの調査が終わり、何時もの日常にもどろうとしていたある日の事、雫斗大望のゴーレム型アンドロイドが出来あがったとのメールがきた、しかも運んで来るのは製造を依頼した会社の社長自ら持って来るという。 

 学校が終わり、雫斗の他家族全員で待っていると車が家の敷地に入って来た、ヘリポートを使わずに山道を車でわざわざ来たみたいだ。 

 お客さんの人数は三名で、社長の名前は、山田 邦彦と言い、大学で人工知能の開発をしていたが、偶然ゴーレムの魔核が自我を持つ事を発見した人物だ。どのモンスターの魔核でも熱を吸収することに目をつけた彼が、冗談でCPUの冷却に使ったのが始まりで、偶然ゴーレムの真核を冷却に使ったCPUで開発してきた人工知能のプログラムを流していたのだが、停止するのを忘れてそのまま放置して家に帰ったのが功をそうした。魔核の自我の確立を成し遂げたのだ。 

 偶然の産物ではあるが、プログラムされた知能と違い人類と同等の知能を有する知生体の製造に成功したのだ、今ではゴーレム型アンドロイドの生産シェアトップを誇る一大企業に成長していた。 

 他に義体製造の専門家の池田 隼人と、統括本部長という肩書を持つ経営全般を任されている国枝 三郎という人が小さな箱を二つ持ち込んできた。 

 当然雫斗達は初対面だ、居間に上げる時当然の様にミーニャを見て驚いた様だが、ミーニャには話さない様にいっていたので、ペットの大型犬ならぬ大型の猫だと思ったのか、その後は気にした様子が無かった。 

それぞれ自己紹介を済ませると、おもむろに良子さんが社長の山田さんに話しかけた。 

 「やっまださん、おっ元気そうで、なにっよりです~、オッ変わりあっりませんか?」。 

 「お陰様で、元気にさせて貰っているよ。それより良子さん、その話し方直す気は無いのかな?」と気さくに答える山田社長。 

 「こっれは、わたっし~の個性、でっすね。それより~、今回っは、無理を言って、もう~しわけ、なっいですね~」と良子さんが今回のアンドロイド製造を無理にお願いしたことを謝ると。 

 「いやいや、ベビーゴーレムの魔核の可能性に打ち震えているよ。私を頼ってきた事に感謝の意を伝えるのは私の方だよ、君が自我を確立した時の感動を思い出した程だよ。お礼を言わせて貰うよ、有難う」と山田社長が感謝を伝えると。 

 「ベビーゴーレムの魔核とゴーレムの魔核はどう違うのですか?大きさの違い以外には何か変わったことがあったんですか?自我の確立を確認したそうですが、他のゴーレム型のアンドロイドとの違いが有るのですか?」と雫斗が興味を持って聞いた。 

 「まさに、その小さい事が可能性を広げる要因なんですよ。社長!そろそろ宜しいですか?」と国枝さんが社長の山田さんに確認を取る。 

 山田が頷くのを待って一つの箱を丁寧に開ける、其処には柔らかなフェルトで作られた籠の中で不安そうに雫斗達を見ている体長15センチ程、長い尻尾を合わせると20センチ程のモモンガがいた。 

 「どなたが契約なさるのですか?」と国枝さんが言うので、雫斗が言いにくそうに答えた。 

 「妹の香澄と契約して貰おうかと考えてます、護衛を兼ねた教育係みたいな物ですかね。この子が気に入ってくれると良いのですが」雫斗から名前を呼ばれた香澄が、顔を輝かせてモモンガをみる、すると香澄と目が会ったモモンガが。 

 「げぇ〜〜、この子がオイラのご主人になるのかい、こんなチンチクぶベッ」モモンガが最後まで言えずに、美子さんにはたかれて籠から落ちる。 

 「何てェ言葉ッの悪い子でしょう。雫ッ斗さん私は反対ェです、香澄様のォ教育によろしく有ッりません」美子さんが憤慨して言うと、むくっと起き出したモモンガが器用に後ろ足で立上がり。 

 「痛いじゃないか、口の悪さはオイラの個性さ。おばちゃんと一緒だぜ」と良子さんをおばさん呼ばわりすると、美子さんがさらにヒートアップする。 

 「なんですって〜?。ロッの減らない子供にはおっ仕置きで〜す」激昂した良子さんが、最初にした様にはたこうとすると、起用に躱したモモンガが芳子さんの腕を伝って駆け上がる、そのまま美子さんの頭をジャンプ台にして蹴って飛び上がり、飛翼を広げて滑空して向かいの壁に張り付く。 

 美子さんは、自前の箒を取り出しモモンガを叩き落とすべく振り回す。モモンガは壁伝いを移動しながら箒の攻撃をかわすと反対の壁へと飛行する。 

雫斗達は此の茶番を驚きと共に見ていた、良子さんはこう見えてベテランの探索者だ、本気では無いとはいえ、良子さんの攻撃を辛うじて躱していくモモンガの義体の性能の良さに衝撃を受けていたのである 

 まるで本物のモモンガを見ている様だった、箒の攻撃を躱す身体能力と予測力がけた違いなのだ。 

 「良くここまで仕上げましたね、動きが凄まじいではないですか?」と驚きをもって海慈が聞いてくると。 

 「義体自体の性能は、さほど上がっていません。従来の義体と変わらないんですよ、どちらかといえば制御ですね、正確性と俊敏性は勿論、瞬発力と予測力が段違いに上がっています。そこが機械いえ、AIとの違いですかね?」と池田さんが呆れた様に言う、専門家として、扱う知能の違いでここ迄パーフォンマンスが変わってくると、もう笑うしかないのである。 

 雫斗は、黙ってみていたミーニャの尻尾が時おりピクンと動くことに気が付いた、どうやらモモンガの動きに反応している様だ。 

 良子さんの箒を掻い潜り、壁をけってミーニャに向かって飛んでくるモモンガをジャンプ一線、両手でキャッチする。 

 思わぬ奇襲に成す統べなく捕まったモモンガは、ミーニャに首の裏を咥えられてぶら下がっている、人もそうだが四つ足の動物は皆、首の後ろを抑えられると手も足も出ない。 

 ジタバタあがいていたモモンガだが、観念してだらーんと手足を伸ばして恨めしそうにミーニャを見る。 

 ミーニャは香澄に近づきモモンガを香澄に渡す、香澄はモモンガを胸に抱いて彼に話しかける。 

 「モカちゃんは、香澄が嫌い?こんなに可愛いのに、香澄は仲良くなりたい」とモモンガの首筋を人差し指で撫でながらモモンガに聞いてきた。 

 「モカっておいらの事かい?」とモモンガが目を細めて香澄に答えた、どうやら香澄の指の動きが気持ちが良いみたいだ、完全に無防備だ。 

 「そう、モモンガのモカちゃん。いいでしょう、気に入った?」とモモンガのモカに確認すると。 

 「うっふう~~、とっ、取りあえず、仮の主人と認めてやるよ。」と言いながら完全に液体と化している、その様子をミーニャが羨ましそうに見ていたが。 

 周りの大人たちは二人が仲良くできた事でほっとしていた。良子さんもモカの動きに及第点を上げたようで、後できっちり仕込むと息巻いていた、 

 さて残りはもう一つの箱だ、雫斗は期待に胸を高鳴らせて、箱を開ける国枝さんの手元を見ていた。 

 モカが入っていた同じフェルトの籠の中に、メカメカしい塊が鎮座していた。蜘蛛をモチーフにした義体で、まるでハエトリグモの巨大メカみたいになっていた。体長はモモンガと同じ15センチほどで、背中はカブトムシの甲羅を思わせる造りをしていて、お腹のあたりには用途は不明だが蛇腹の様なものも見える。その子は不安そうに小首をかしげて周りを見ながら聞いてきた。 

 「私のご主人様は、どなたでしょうか?」その仕草に雫斗は、”うっ!、かわいいと”言いながら手を差し伸べて。 

 「僕は雫斗、君の主人候補だね。仲良くしてくれると嬉しいな」と遠慮がちに聞いてみた。するとピョンと雫斗の手の上に飛び乗り、雫斗見て観察しだした、雫斗もまじまじとその蜘蛛を見ていたが、自然にほほが緩んでくるのを、雫斗自身が感じていた。 

 その雫斗の思いを感じた訳ではないだろうが、突然腕を振り回して喜びを表現すると、腕を伝って雫斗によじ登り、肩や背中を跳ねまわって。 

 「わ~~、よろしくお願いします~~ごしゅじんさま~」と言ってきたので。きまりが悪そうに雫斗が。 

 「雫斗でいいよ、ご主人様って呼ばれると照れ臭いや。う~~ん、君の名前どうしよう」と雫斗が考え込むと。 

 「雫斗様が決めてください、何と呼ばれようと構いません」と健気な態度を取って来る、先のモモンガとは大違いだ。 

 「よし決めた、君の名前は”クルモ”だ。気に入ってくれると良いけど」と雫斗が言うと。 

 「”クルモ”ですか?クルモ。クルモ!いい名前です。ありがとうございました」と二人で」ほほえましい会話を繰り広げる。 

 周りでは”クモ”にルを付けただけやん、と思っていても口には出さない。二人で盛り上がって居る事にドン引きしていた周りの雰囲気に気が付いて。 

 「見て母さん、可愛いでしょう。クルモだよ」と両手に乗せて皆に紹介する、すると負けじと香澄もモモンガのモカを頭の上まで上げて。 

 「モカも可愛いよ~~」と主張する。クルモもモカも同じ時期に作られた事も有って、お互いを意識しているのか、思わず目線が合うとプイッと顔をそらした。 

 子供二人から可愛いでしょう?と聞かれた両親は、モモンガとクモを見比べて、可愛いは人其々だしねと思いながら。 

 「そっ、そうだね~」と生返事をするのだった。 

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