第17話 ダンジョン探索のカギは、1階層?

 ダンジョンを探索すると、いろいろな事が分かるかも。

第1章 初級探索者編

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(その1)

 百花と弥生は、悔しさを滲ませて家路についていた。

 「なによ! あの自慢げな態度。思い出したら一発殴りたくなってきたわ」と百花。

 ”殴っていたでしょう?”とツッコミそうになった弥生だがここは自重して。

 「でも私たちにあの岩を壊せないのは事実だわ。何か良い方法は無いかしら?」と前向きな事を考える。 

 「そうね、恭平や雫斗みたいに重い物で殴るのは性に合わないわ。・・・ねえ~、保管倉庫で何か出来ないかしら?」

 百花はこれから習得する予定のスキルでの局面の打開を模索する。 

 弥生は少し考えて「たとえば、重い物を上から落とすとか?」と言うと。

 「いいわね、それ。でも保管倉庫ってどれだけの重さが入るのかしら?」と百花が疑問を口にする。

 「どうかしら、やっぱり試してみない事にわ分からないわ」と弥生。 

 相談した結果、京太郎爺さんの工房で確認してもらう事にした。百花と弥生はまだスライムの討伐数が1万匹に足していないが、京太郎爺さんやロボさんなら保管倉庫のスキルを習得するための条件が整っているかもしれないのだ。 

 しかも工房の敷地には廃品の屑鉄が山積みになっているので、そのくず鉄で保管倉庫に収納できる量を計ることがが出来るかも知れない、ついでに重い物を上から落とす武器?の事で、何か良い案が無いか京太郎お爺さんに聞く事にした。 
 
 工房の入り口のわきから工房の中を覗き込むと、京太郎爺さんとロボさんが何やら話し込んでいた。他の工員は見当たらないので、もう帰った後なのだろう、二人に近づき話しかける。 
 

 「お爺さん、少し相談したい事が有るんだけど今良いかしら」と弥生が遠慮がちに聞いてみた。 

 「おお、弥生と百花か?もう終いだから構わんが、何かな?」と気さくに応じる京太郎爺さん。

 ロボさんも興味津々で聞き耳を立てている。 

 「新しいスキルで保管倉庫と言うのが取得できそうなの、その使い方で相談があるの」と弥生が言うと。

 「おおおお、ついに見つけましたか? 雫斗さんが予測して居たスキルが。どの位の量が入りますか?大きさはどの位迄大丈夫なのでしょうか?」とロボさんが興奮してと食い気味に聞いてきた。 

 ロボさんの勢いに、顔を引きつらせながら。

 「まだ分からないわ、雫斗も取得したばかりだし、私たちは此れから取得する予定だから、どっちにしても取得した後じゃないと何とも言えないわ」と弥生が若干引き気味に答えると。

 ロボさんが残念そうに肩を落として「そうですか」と気落ちして答えた、百花は雫斗の名前を聞いて顔を強張らせていた、まだ怒っている様だ。 

 弥生は、もしかするとロボさんと京太郎爺さんも、保管倉庫のスキルを取得しているかも知れない事に気が付いた、そこでロボさんと京太郎お爺さんに聞いてみた「ロボさんとお爺さん、スライムの討伐総数は何匹位?」。 

 「どうでしょう?最近はダンジョンに行っていないですけど、軽く1万匹位は倒しているかもしれません、散々装備収納の投擲と打撃の練度を上げていましたから」とロボさんが言う。「それならロボさんも保管倉庫のスキルを取得しているかも知れないわね?試してみる?」と弥生が言うと「待て待て、どういう事じゃ、説明せんか?」と京太郎爺さんが詰め寄ってきた。 

 確かに、いきなり言われても理解できないと考えた弥生が、これまでの経過をかいつまんで説明した。 

 「なるほど、魔物に固有スキルがあるとは思わなかったぞ?しかも1万匹の討伐でそのスキルを取得できるとは考えもせんかったな」と京太郎爺さんが感心していると。「スライムはそうかもしれませんが、他の魔物はどうでしょう?階層が深くなるにしたがって強さと比例して出くわす頻度が少なくなるわけですから、1万匹の討伐は不可能になりますね?」とロボさんが言うと。 

 「其処は此れからの検証次第ね、深層を探索している高レベルの探索者さんが、スライムを10万匹倒して鑑定のスキルを取得したら、知らないうちにすごい数のスキルを使っていました。なぁ~んて事に成っていても不思議じゃないわ、私たちでさえ知らずに毒耐性を取得していたくらいだもの」と弥生が言うと。 

 「そうね、5年もダンジョンに通って居る訳だから、その可能性は大いにあるわね。気が付かない内に使っている可能性もあるわ?」と百花が補足する。

すると京太郎爺さんが不思議そうな顔で聞いてきた。 

 「どういう事だ?その気が付か無いと言うのは?」

 

 「スライムの固有スキルに保管倉庫の他に物理耐性があるのよ、あと2階層のケイブスネークの固有スキルには毒耐性というスキルも有るらしいの、でも固有スキルの取得には何も討伐数で決まるわけではないらしいの。その毒耐性と物理耐性だけど私たちも知らずに使っている可能性が有ると言うの、雫斗に指摘されるまで思いもしなかったわ。でも確かにケイブバットやケイブラットを素手で殴っても何とも無いのはおかしいわよね? ケイブスネークにしても最初の頃と比べて毒を受ける事が無くなっていたのはそのスキルのせいみたいなのよ」と言った後、然も残念そうに。 

 「今までダンジョンで魔物を倒してきて自分が強くなったからだとばかり思っていたけど、どうもそれだけじゃ無いみたいなの、深層を探索する人たちが化け物じみて強いのも、知らずに色々なスキルを使っているからかもしれないわ」と百花が羨ましそうに話すと。

 「そうね、それを考えると鑑定のスキルが世間に広まると、大変な事に成りそうね、暫くはスライムの討伐ラッシュに成るでしょうね?」と弥生がげんなりして言う。 

 「ま~、そうなるだろうな。その対応を考えるのは協会の仕事だ、取り敢えず保管倉庫の検証だな、ところでどうやって使うんだ、その保管倉庫とやらは?」

 保管倉庫のスキルに興味を示す京太郎爺さん。 

 「そうだったわ、装備収納と同じだけど別の入れ物を頭の中でイメージしてそこに入れるのよ、此れも雫斗の受け売りだけど」

 弥生は雫斗が保管倉庫のスキルの発現した時の経緯を話した。京太郎爺さんとロボさんが試してみたが、保管倉庫を使えたのはロボさんだけだった。京太郎爺さんはまだスライムの討伐数が1万匹に達していないみたいで、保管倉庫を使えなかった。 

 「残念だが、わしにはまだ使えん様だ。暇を見つけてスライム狩りをせんといかんのう」と京太郎爺さんが肩を落として言う。 

 確かに1万匹なら簡単とはいかないが、倒せない数じゃないしかしその十倍の10万匹となると、もはや罰ゲームじみてくる。装備収納の攻撃力を使えば花火で倒すより時間的に早くはなるが、探して歩くのが面倒なのだ。 

 「師匠が保管倉庫を使えないとなると、どれだけの量が入るのか検証できないですね。残念です」とロボさん。 

 「えええ~検証できないって、どうして?」と百花が驚いて聞いてきたので、ロボさんが答えた。 

 「装備収納もそうですけど、たぶん保管倉庫も同じで何かを収納する時に所有者を明確にしないと収納できないと思いますね。つまり師匠が保管倉庫を使えないと、此処にあるすべての物が収納できないという事に成ります、という訳で検証できないという事です」

 そうだった、装備収納が収納品の所有者を本人に限定するなら保管倉庫も同じである可能性がある。 

 試しにロボさんが保管倉庫へくず鉄を収納してみたが出来なかったようだ。

 やっぱりできませんね~」とのんびり答えていた。

 「便利そうで、結構使い勝手が悪いわね」と弥生が言うと。 

 「見境なく収納できると、大変な事に成るからな、なんでも盗み放題に成ってしまう。そうならん為の制限だろう、まー其れを差し引いても便利な機能だと思うぞ」と京太郎爺さんが言うと。 

 「仕方ないわね、保管倉庫にどれだけの重さの物が入るのか分からないと、重力兵器の構想が出来ないわね」と百花が残念そうに言うと。

 「重力兵器?何ですか其れは?」とロボさんが聞いてきた。 

(その2) 

 「ダンジョンに此れ位の岩があるでしょう?」と弥生。

 「そうですね、各階層で見かけますね」とロボさん。

 「その岩に擬態しているモンスターがいるのよ、ベビーゴーレムって言うみたいだけど、襲ってこないし動かないから見分けがつかないけれど。そのモンスター自己回復と自己再生っていうスキルを持っているらしいの、倒したいけど私たち打撃系の武器はないし倒せないのよね」

 残念そうに弥生が言うと、はっとロボさんが顔を上げて拳を握りしめた。 

 「確かに、私も鍛錬のためにいくつか叩き壊したことがありますが。何個か壊そうとして、何か背徳的な気がして壊せなかったものがあります。・・・同族でしたか?」とロボさんが考え深げに言うと。 

 「ロボさんロボさん、一応モンスターだからね、情けを掛けると死んじゃうよ」と百花が言うと。

 「分かっています。攻撃されたら死にたくないので戦います、でも同族の動かない個体を倒せる自信がありません」としょげ返るロボさん。

 ”本気かな”と思いながらも「でもロボさんも回復系のスキルが欲しいでしょう?」と弥生が聞くと。 

 ぐっと拳を握り締めて顔を上げて考え深げに「ほしいです」とロボさんが一言。

 「じゃ~、倒してスキルをゲットしなきゃ。変に同情しているとおいて行かれるわよ」

 百花が言う、何処に置いていかれるのかは分からないが、ロボさんは納得したようで。 

 「そうですね、所詮はこの世は弱肉共食の時代です。弱い個体が強い個体の糧となるのは必然、倒しましょう」とロボさんが気炎を上げる。

 なぜか強食が共食いに成っているがそこは気にしない事にして。 

 「そこで、倒すための武器がいるのよ。私達にハンマーなんかの打撃系の武器は使えないから、保管倉庫を使って重い物を上から落とそうかな~と思いついたのよ。でも保管倉庫にどれだけの物が入るか分からないと何を使ったらいいか思いつかないのよね?」と百花。 

 「なるほど、それで重力兵器ですか?」と、しばらく考えていたロボさんが。

 「分かりました、二日三日ほど時間をください武器と検証が一気に出来そうです。お二人とも鑑定と保管倉庫のスキルの取得の為に、暫くスライムの討伐でしょう?」とロボさんが言うので。

 どんな考えが有るのか聞いたが、話をはぐらかされた。”後のお楽しみらしい”、どうも古参のゴーレム型のアンドロイドは人に対して遠慮がない、自分の楽しみを優先するきらいがある。 

 「師匠!!、暫く休ませてください。明日は工場に行って直接注文してきます、重量があるので運ぶのに時間がかかりますから」と休暇の申請をしてきた。 

 「まー、急ぎの仕事も無いし構わんが。お前は興味の有る物が目の前にあると周りが見えなくなるから、ほどほどにな」と京太郎爺さんが呆れて言うと。 

 「有難うございます、師匠。ではお二人とも、準備が出来ましたら連絡しますから」というが早いか、そのまま帰って行った。 

 呆気に取られて、呆然としている百花と弥生に。

 「そういう事だ、暫くはスライムと戯れている事だな。わしも午後からスライム狩りだな。・・・ふぅ~」と京太郎爺さんがため息をつきながら言った。 

 その夜、食事を終えた雫斗は母親の悠美に鑑定スキルの事を話した。

 「母さん、じつはスライムの事なんだけど」

 そう言い始めた雫斗を、お茶を飲む手を止めてまじまじと見つめる悠美。 
  

 悠美はここ最近雫斗に振り回されてばかりいるのだ、これ以上の厄介事は正直勘弁してもらいたいのだが、聞かない訳にはいかないだろうとため息と共に。 
 
 「なぁに雫斗、またスライムで問題でも起きたの?」

 雫斗が話し始めて雰囲気の変わった母親にたじろぎつつ。

 「ええと、問題というか、発見というかスライムを10万匹倒すと、鑑定のスキルが貰えます」

 雫斗は穏便に事を運ぶ為に、多少おどけてスキルが発現した事を話した。 
 
 「鑑定って、宝石や古い壺なんかの価値を決める鑑定士のこと、何でダンジョンでそんな物がスキルになるの?」

 悠美が見当違いの事を聞いてきたので、雫斗は実際に見せる事にした。自分を鑑定したカードを母親の悠美と父親の海嗣に見せると、カードの内容を見た二人は、お互いの顔を見合った後、悠美が呆れた様に言った。 

 「Dカードがメモ帳に状態変化した訳じゃ無いのね、書かれている内容は雫斗のステータスって事?」

 出来ればメモ帳であって欲しいと、願いを込めた悠美ではあったが、雫斗の憤慨した言葉に、これから起こるであろう騒動を予測して、頭を抱える事になる。 
 
 「母さん、いくら僕でもこんな悪戯はやらないよ。正真正銘、鑑定のスキルだよ!」

 怒っている雫斗を宥める様に、海嗣父さんが話しかける。

 「まぁ怒るな、母さんも雫斗の事は信じているさ、しかしこう立て続けに新たな発見が見つかると、流石の母さんも対応し切れないからね」

 そう言いながら、面白そうにチラッと放心状態の悠美を見て続ける。 
  

 「ところで、このアルファベットはどういう意味なのかな?強さの指標にしては曖昧だね?」

 そう聞かれた雫斗自身まだ3人しか鑑定して無い事もあり、データーが揃っていないので分からないのだ。 
  

 「どうなんだろう?まだ数人しか鑑定していないから、良く分からないけれど。一応僕より強いはずの恭平は総合力でB−だったからCよりBが強い事に成ると思う」

 自信なさげに雫斗が言うと。放心状態から回復した悠美母さんが。

 「ちょっと待って。スライム10万匹って言ったわね?雫斗、あなた3カ月と少しでスライムを10万匹倒したってことなの?」悠美が驚いて聞いてきた。 

 確かに、探索者カードの講習を受けてからもう3カ月になる、思えばオーガとの遭遇も懐かしい様な気がするが。それはさておき、放課後のほとんどをスライム狩りに費やしてきた雫斗にとって、もはやスライムはお得意さんである。

 無理をすれば1時間で数百匹は楽勝なのだ、其れも村の人口が少ない事が起因してはいるが、それでも最近では、倒す時間より探して歩き周る時間の方が長いのが現状なのだ。 

 「スライムを倒している武器が優秀だからね、今では一撃で倒せるよ」

 自慢げに話す雫斗は、そういえばトオルハンマーを鑑定していない事に気が付いた「そういえば、武器も鑑定できるのかな?」と独り言を言ってトオルハンマーを収納から取り出した。 

 トオルハンマーをDカード越しに見て鑑定してみると、武器の名前がトオルハンマーになっているのには驚いた、種類の欄には戦槌で書かれていた。そして耐久値が500/580と書かれていて、どうやら武器も消耗するらしい。確かに刃物なら切れ味とかが悪くなるのは分かるが、戦槌だとどこが悪くなるのかいまいち理解できないが、とにかく200を下回ったらロボさんに整備をお願いすることにした。 

  スペックはやはりアルファベットで書かれていて、強さの定義があいまいだ。興味深いのは一番下に”スライム特化 ダメージ大”と書かれていた、やはりスライムに対しては強力な武器になっているみたいだ。 

 戦槌とダンジョンカードを交互に見てブツブツと独り言を繰り返す息子を呆れた表情で見ていた悠美は、ため息交じりに。

 「雫斗、検証も大事だけど程々にして置きなさいね。明日は学校でしょう?授業中に居眠りはダメよ」とくぎを刺す。 

 言われた雫斗は、ハッとして現実に引き戻された。確かにログの解析だけで完徹どころか4・5日掛かりそうなのだ、取り敢えずスライムの固有スキルと鑑定スキルの取得条件をそれぞれ書き出してダンジョン協会に提出することにした。 

 自分のタブレットに送られて来た書付の内容を見ながら、悠美は頭を抱えて喚きだしたい気分になってきた、鑑定のスキルだけでなくスライムの固有スキルの物理耐性と、保管倉庫のスキルの取得条件と、ケイブバットやケイブスネークの固有スキル、気配察知や毒耐性迄書かれていたのだ。

 今でさえ接触収納を覚醒させるため多くの探索者が1階層のスライムを奪い合っているのだ。比較的人口の少ない田舎の村は穏やかだが、都会ではトラブルが尽きないらしい。その対応に追われて都会の探索者協会の職員は一階層をゾンビの如く、ふらつきながら徘徊しているらしいのだ、 

 これ以上協会の職員の仕事を増やすと協会自体が機能不全になりかねなかった。そこで悠美は鑑定とスライムの固有スキルの取得に関して、日本のダンジョン協会の上層部には報告しない事にした。下手に上にあげると、またダンジョン庁から出向してきたバカな役員がリークしそうなのだ。そんな事に成れば協会だけでなく、社会全体がひどい状態に成る事は考えるまでも無い。 

  ふと見ると、雫斗が報告したからもう終わったと、のんきに海慈父さんと笑いながら話している。それを見て悠美は雫斗達も引き込むことに決めた、取り敢えず明日は雑賀村の長老たちを集めて此れからの事を話し合う事にした。 

 

(その3) 

 翌朝、悠美は昨日雫斗がまとめた報告書を、日本探索者協会の雑賀村支部を含めて東海地区を管轄している名古屋支部あてに、東京にある日本探索者協会本部への開示を遅らせてほしい旨を添えて転送した。

 ネットを使った秘匿通信での説明に、名古屋探索者協会の支部長も、鑑定スキルやスライムの固有スキルの取得条件がリークされると、これ以上のトラブルを抱える破目になるので、そんなことは御免だとばかりにすぐさま了承した。 

 悠美は、取り敢えず世界探索者協会の本部長あてに8時間後の午後4時にオンラインでの会談を申請した、一応発見した事を報告しなければ規則違反に問われるので、直接説明しようと思ったのだ。とうぜん秘匿通信での要請だ、協会本部の置かれているベルリンは今は真夜中なので、返事が来るのは早くても4・5時間後になるだろう。 

 午後の早い時間、雑賀村役場の会議室に村の長老が集まった。恭平の父親の立花 浩三と、弥生のお爺さんの麻生 京太郎。村の診療所の山田 洋子医師、最後に悠美の父親の武那方 敏郎の四名と、雑賀村役場と雑賀村ダンジョン協会支部の代表で村長兼雑賀村ダンジョン支部長の悠美と副村長の開田 一之条の計六名が雑賀村のかじ取り役である。 

 「珍しいわね、悠美ちゃんが村長になって初めてじゃない?長老会の会合なんて?」 

と診療所の山田医師が悠美をちゃん付けで話す。山田医師は雑賀村に赴任して来ておよそ40年を超える、そろそろ80を超えようかと言う年齢にも関わらず元気である。 

 この時代のお年寄りに言えることはみなうるさいくらい健康だ、一つにはダンジョンからもたらされるポーションや食料による影響もあるらしいが、何と言っても暇を持て余しているお年寄りには、ダンジョンの表層は良いお散歩コースとなっているのだ。 

 当然危険もあるが、それを差し引いてもダンジョンに入る事でお年寄り、いや人類にとって良い事が有る。それは魔物を倒すと身体能力が上がるというメリットがあるのだ、今までは経験したことで分かるぼんやりとした実感だったが、雫斗が鑑定のスキルを発見した事により視覚的にも数量的にも鑑定で証明されることに成るのだ。 

 今まではお年寄りにとって体力が衰えていくばかりの人生が、ダンジョンの出現によりこうして自分の足で歩き周ることが出来るのだから、一番の恩恵に預かっているのはお年寄りかも知れない。 

 ちゃん付けで呼ばれた悠美だが、山田医師には頭が上がらない。生まれた時に取り上げて貰った時から、・・・いや母親のおなかの中にいた時から大学に進学するとき迄、山田医師には世話になっているのだ。「ええ。少し込み入った事が起こりまして、それで相談に乗って貰おうかと思いまして皆さんに集まってもらいました」。悠美が話始めてすぐ京太郎が聞いてきた。 

 「鑑定スキルの事かな?どうするつもりじゃ?」といきなり核心をついてきた。

 いちいち説明するのは面倒なので「取り敢えずこの書類を読んでいただけますか?」と各自に簡単にまとめた書類を渡す。 

 皆が読み終えた頃合いを見て悠美が話し始めた。

 「最近の都市部のダンジョン内は、接触収納の取得に向けた、スライムの討伐の奪い合いで大変込み合っている状況です」とここ迄話した悠美の言葉をさえぎって武那方 敏郎が手を上げた。

 「接触収納とは何かのう?初めて聞くが」と聞いてきたので。

 「今まで私たちが、装備収納とかカード収納とか言っていた名前です。雫斗が取得した鑑定のスキルで正式な名前が分かりました、取り敢えずここでは正式な呼び方で通します」と悠美が言うと。

 解ったと敏郎が手を下ろした。 

 「そのような状況なので、今回の鑑定スキルの取得条件に関して日本ダンジョン協会の上層部には秘匿することにしました。そこで鑑定スキルおよび固有スキルの検証は雑賀村と近隣の数か所の村で検証したいと思います。皆さんにはその調整役をお願いしたいのです」

 悠美が此れからの事を端的に話すと、恭平の父親の構造が心配して聞いてきた。

 「鑑定スキルの取得条件を発表しないとなると誰かに先を越されると言う事に成らないかね?」

 「秘匿するとは言っても、上層部に上げない訳ではありません、日本ダンジョン協会の理事の何名かは信用できないので信頼のおける名古屋支部の上層部と、世界ダンジョン協会の本部あてには報告しますからその心配はありません」

悠美が報告はするけどリークされる心配のない人達にだけ話を通すつもりの様だ。 

 「ではわしらは、この村のダンジョンの入場の管理と近隣の村の調整役をすればいいのかな?」と京太郎爺さんが聞いてきたので。

 「そうです。それと同時に先行してスライムを討伐しているチームSDSにはそのまま更なる検証と、皆さんもスライムの討伐をして鑑定スキルの検証をお願いします」悠美がそう言うと。

 「村の連中は締め出されて騒ぎだしませんか?」と副村長の開田が言う。 

 「大丈夫でしょう、鑑定のスキルは逃げませんから」と悠美は余裕の表情で話すと。

 「おお、忘れておった。一人厄介な奴がおる」と京太郎爺さんが慌てて言うと。

 「どうしたんですか」と悠美が訝しんで聴くと。 

 「いやーロボがな、弥生と百花の話を聞いて自分にも保管倉庫のスキルが有る事に気付いてな、発現したのはいいがどれだけの物が入るか検証ができないと分かると武器と検証が同時に出来る物が在ると言って、購入してくると息巻いて飛び出して行ってな。あいつもべらべら喋るとは思わんが・・・ま~、たぶん大丈夫だろう」

 京太郎爺さんが気落ちして言うと。

 「その時はまた考えましょう。秘匿したことがばれても検証スキルを拘束していた訳ではないので、・・・ただこの事が知れ渡ると、騒ぎがこれまでの非じゃないだけですから。ところで武器とは何のことです?」と悠美が聞いてきた。 

 「これにも書かれておるが」と京太郎爺さんが渡された報告書を見ながら言って「ダンジョンにこの位の岩が点在しているが、その中にベビーゴーレムがまぎれているらしい。その岩を壊すのに、打撃系の武器が必要だが弥生と百花は持っていないからな。それで保管倉庫を使って上から重い物を落とそうと考えたらしいな」それを聞いた悠美が。

 「なるほど考えましたね、それでどのくらいの重さが保管倉庫に入るか検証が必要だと言う事ですか?」と感心して言う。 

 「分かりました、ロボさんが保管倉庫について話しているかどうかの確認は京太郎さんに任せます、連絡してもらえますか?」

 京太郎さんに聞くと、解ったと頷いたので。

 「では皆さん各自の調整を決めてしまいましょう」と言って悠美と他の面々で役割分担を決めてしまう事にした。

 内容は雑賀村の人たちの調整は、武那方 敏郎、立花 浩三、麻生 京太郎、山田 洋子の4名で調整して、村以外の対応は悠美と開田 一之条が担当する事になってその日は解散となった。 

  

(その4) 

 そのことを知らない、チームSDSのメンバーは新しいスキル≪鑑定≫の取得に向けて、期待を胸にダンジョンへと入って行くが。 

その少し前、沼ダンジョン迄軽いジョギングで体を温めて軽いストレッチの後ダンジョンに入る寸前、弥生と百花からロボさんの事を聞いた雫斗は驚いた。 

 「え?ロボさんいないのか。聞きたいことがあったんだけど、・・・いないんじゃ仕方が無いか~帰ってから聞くか?」と気落ちしてつぶやくと。

 「聞きたい事ってベビーゴーレムの事?その事も話したら同族かと気落ちしていたけど、スキル取得の為には仕方がないと割り切っていたみたいよ」と弥生が言うと。

 「そうなんだ、それも有るけど聞きたかったのは、このトオルハンマーの事なんだ」と収納から出したハンマーを見せる。 

 「そのハンマーがどうしたの?」と百花、”相変わらず変なネーミングを考えるわね~”と思いながらも聞いてみた。 

 「トオルハンマーを鑑定してみたんだけど。そうしたら≪スライム特化 ダメージ大≫と出ているんだ、そのことを聞こうと思ったのだけど。…いいや帰ってから聞くよ」

 そう言うとそそくさとダンジョンに入ろうとする雫斗だったが「ちょっと待ちなさい」と百花にハンマーを”グワァシ”と掴まれて止められた。 

 「何、なんでもありません!みたいな顔でスルーするのよ。今おかしな事を言ったわね?スライム特化 ダメージ大って・・・どういう事?」と百花に聞かれた。

 何気ない顔で煙に巻こうとした雫斗だったが聞かれたからには答えない訳にはいかない。 

 ばれない様に軽くため息をつきながら。

 「僕はスライムをこのトオルハンマーで倒していたんだけど、ある時を境に倒し易くなってきたんだ、最初は自分が強くなったのかと思ったけど他の魔物を倒すと変わらなかったんだ。…で昨日トオルハンマーを鑑定してみて納得したって訳。だけど、どうしてそうなったのかが分からなくて、どんな材料を使ったのかロボさんに聞いてみようと思ったんだ」

 一息で話した雫斗だったが、まだハンマーを掴んで離さない百花に、放してくれ~~と願いを込めて軽く揺すってみる。 

 そんなことはお構いなしに、考え込んでいた百花だったが雫斗に視線を向けてハンマーを放すと、おもむろに「見せて」と一言。 

 訳が分からず「え?」とあほみたいに答える雫斗に「スライムを倒すところを見せて」と百花がもう一度言う。

 もうこうなったら後には引かない百花なので仕方なくスライムを倒すことにしてダンジョンの中に入った。他のメンバーも何も言わずについてくる、暫く歩いてスライムを見つけた雫斗は振り返って”やるよ”と目で合図して気負わず軽い一撃で倒して見せる、後ろにいるメンバーからの反応が無いのが気になって振り向くと、呆れた顔で恭平が「一撃か」とつぶやいた。 

 「最近は、スライムを倒す時間より探す時間が長くてさ。どこかにモンスターハウスみたいにスライムの集団がいても良いのに、とか思う時が有るよ」と言う雫斗に。

 「そんな不埒な事を考えていると今に痛い目に合うわよ」と弥生が注意する。 

 「そうね、天井からスライムの集団が雨の様に落ちてくるかも知れないわよ?」と百花が声を震わせて言うと。

 思わず天井を見上げた雫斗は天井の岩の隙間からスライムが雫の様に、ぽたり、ぽたり、と落ちてくることを想像して身震いする。 

 「やめてよね、百花が言うと現実に起こっちゃうんだから」

 弥生が雫斗と同じように、想像したのか肩を抱きながら身震いして居る、そう、百花の予言的中率は驚異的なのだ。 

 三人が、空想の中でスライムに絡まれて悶絶して居る中、マイペースな恭平が「百花、ハンマーでスライムを倒してみたかったんじゃ無いのかい?」当初の目的を思いださせると。

 「そうだったわ。ちょっと貸して」となし崩し的に、トオルハンマーを奪い取っていく。 

 雫斗はそれだけは何とか死守しようと思っていたのだけれど、スライムの集団にもみくちゃにされている空想でフェイントを掛けられた格好になってしまった。しばらく歩いてスライムを見つけた百花は、スライムに狙いを定めると。「へいやっ」、「とぉりゃ」、「そりゃあ」、「もう一丁」。と工事現場のおっちゃんの様な掛け声でハンマーを降り抜いていく。 

 中学生の女の子としては、割と鍛えられている百花だから、ハンマーを降り抜く姿は様になっているが、その掛け声は普通は違和感しか無いはずなのに、なぜかしっくりくるのはどうしてだろうか?。 

 雫斗がハンマーでスライムを倒したときは、25回平均で倒していた、トオルハンマーに代わってから威力は上がったが、今の百花なら半分以下の12・3回ぐらいかと予測してみるが、8回程度で倒してしまった。「面白いわねこれ!、だけど雫斗は一撃でしょう?何がちがうのかしら?」と百花が納得していない様子だ。いやいやいや、百花さん十分凄いって、そのことを雫斗は力説する。 

 「8回かぁ~、なんかへこむな~。僕は最初の頃は25回は殴っていたよ、いくらスライム特化のダメージがあるとはいえ、その少なさは驚異的だよ」と落ち込んで話すと。

 「えっ、そうなの?だけど雫斗は一撃で倒していたじゃない?」と百花。 

 「ああ、それはスライムの弱点を突いているからだと思う、なんとなくだけど魔核の位置が分かるんだ」と雫斗が言うと、恭平が驚いて。

 「スライムの魔核を殴っていたのか、それで一撃で倒せていたのか。見えるのかい?」と聞いてきたので、雫斗は正直に。

 「いや。たぶん此処かな~~、っていう曖昧な感じ?、う~~ん感覚的なものだから説明しずらいや」と話す。

 雫斗自身良く分かっていない物を説明できずにいた。ある時を境にここだと確信してトオルハンマーを打ち込んでいるのだ、しかしここ最近スライムの魔核を外したことが無いのは事実なのだ。 

 「ふうぅん~。そうなんだ?だとしたら私達も何れは出来る様になるかも知れないわね。はいこれ返すわね、有難う」

 百花があっさりとハンマーを返してきた、持って行かれると思っていた雫斗は涙を浮かべてトオルハンマーを出迎える。

 「大げさね。雫斗の大切な武器でしょう?取る訳無いじゃない」と普通のことをおっしゃる百花。

 てっきり今日の百花はハンマーでスライムの討伐をするものだと思っていた雫斗は。

 「えっ?スライムは何で倒すの?」と疑問を投げかける。 

 「これよ!!」と自慢げに掲げたのは銀色に輝く鞭・・・短鞭だ、本来皮で編み込まれている部分の上にさらに金属の細い線で編まれていて簡単には壊れない様に強化されていた。 

 「うわ〜、何これ短鞭だよね?ガッチガチに強化してあるね、ロボさんに作って貰ったの?」 

 雫斗に聞かれた百花は自慢げに。

 「いいでしょう?、そのままだと壊れそうだからってダンジョンから取れた魔鉄を使って編み込んでくれたの。壊れにくいって事も有るけど強靭だからダメージもそこそこ増えているのよ」と嬉しそうに話す。

 確かに百花の怪力(馬鹿ヂカラ)に耐えるには此れだけの事をしなければ無理なのだろうけど。すごく派手なんだけどと思いはしても言葉にはしないだけの分別は持っている雫斗だった。 

 短鞭を使うって事は礫で倒すはずなんだけど、鉄で形成された礫ではコスト的に無理があるように思った雫斗が聞いてみた

 「礫を使うの?倒す数が結構あるから厳しいんじゃないの?」すると百花は「使う礫は周りに沢山あるわ」と言いながら周りに在る小石を接触収納の中へ入れていく。

 「小石を使うのか、それならいくらでも使い放題だね」と雫斗は納得した。 

 「ああ、それと、保管倉庫と接触収納は連携できるよ」と教えてあげる。昨日習得したばかりの保管倉庫だが当然雫斗は色々試した。その中で接触収納と保管倉庫の中身を入れ替えが出来ることを突き止めた、ちょっとしたコツと、重量制限があるが自由に入れ替える事が出来るのだ。 

 「連携できるってどういう事?」と百花が聞いてきたので、雫斗ちょっとしたパフォーマンスをすることにした。

 装備収納から取り出したトオルハンマーを振り回して型を決めた後収納したと同時に2メートルほど離れた地面の上に、柄を下にして立てて保管倉庫から出す、当然トオルハンマーは倒れていくが倒れ切る寸前に一本鞭を取り出して絡めとり自分の方へと引き寄せるが、受け取らずにスルーする。トオルハンマーは空しく頭上を越えていくが途中で保管倉庫に収納すると、右手に九節鞭、左手にトオルハンマーを出現させて簡単な型をなぞった後武器を収納して包拳礼を決めて終了した。 

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