ダンジョンを探索すると、いろいろな事が分かるかも。
第1章 初級探索者編
第14話(その1)
現実離れした気持ちを抱えながら食事を終えた雫斗が、父親と香澄と良子さんに挨拶して部屋へと上がろうとすると、海慈父さんに呼び止められた。
「母さんは明日の昼頃帰ってくるそうだ、それでお前たちのパーティーメンバーと報奨金の打ち合わせが有るそうだから、学校の帰りに役所へ来てほしいそうだ」
「うん、わかった皆に話してみるよ、じゃーお休み父さん」
雫斗はそのままベッドへ入ると眠りに落ちた、自覚は無かったがかなり疲れていたみたいだ肉体的にも精神的にも。
翌朝、普段どおりに起きて学校へと向かう雫斗だったが、気後れているのか若干足の運びが遅い、その為教室に入るのが何時もより少し遅れた。すでに百花と弥生は来ていて他の女の子と話をしていた。
教室に入った雫斗に向けられる、視線の鋭さは気のせいだろうか。顔が引きつるのを何とか抑えて、恭平の元へと歩いていく。周りの男子も何かを勘付いたみたいで遠巻きに見ている。
「おはよう雫斗、昨日はお互い大変な目にあったな」
普段どおりに話す恭平の言葉に、いつもながら親友の鈍感・・違った心の大きさに救われた気分だ。
「おはよう恭平、そうだ今日の放課後役所に来てほしいそうだよ、パーティーメンバーの報奨金の話が有るからって、お袋からの伝言なんだ、そこで・・・」言いよどむ雫斗に気遣って。
「百花達には俺から話そうか?」と恭平、流石分かる人は違う。
お昼休みに恭平と話していると、百花が弥生を連れ立って歩いてきた。弥生の口角が若干上がっているのは、おそらく弥生の思惑どおりに事が運ぶのだろう、取り敢えず身がまえた雫斗に。
「昨日の事は謝るわ。やりすぎだったって、でも雫斗にも落ち度は在ると思うわ」
百花がお互いが悪いからと言ってきた。 百花にすると精一杯の謝罪なので、此処で拗らせる訳にはいかない。
「分かっているよ、僕も隠していたのは悪かったって思っているし謝るよ。ごめんなさい」
雫斗が謝ったので、百花も安心したのか。
「いいわ、飴玉を見るたびに思い出すのは嫌だから、此れで手打ちでいいわね?」
”飴玉の為かい?”と思いながら、何故か謝られている気がしないのは雫斗だけだろうか?
「うん!、それでいいよ。・・・役所に行くことは聞いた?多分パーティーメンバーの報奨金の分配だと思うけど、均等割りでいいかな?」
そう言う雫斗に異を唱える百花。
「ダメよ、私たちは何も考え出して無いもの、その報奨金だかを受け取れないわ」
百花は拒否してきた、貰えるものは貰っておけばいい物を、道理の取らない事を嫌う百花の性格が此処で出る。
「でも、検証に付き合ってもらったし、これからもお願いするかも知れないから、やはり受け取ってよ」
皆の成果だと主張する雫斗。
「分かったわ、私たちは雫斗の言う通りにしただけだから、1割ずつでいいわ。残り7割は雫斗の取り分よ、皆んなもそれで良いわね」
恭平と弥生に確認する、二人が頷いたので此れは覆せないと思った雫斗は、折衷案を出す。
「分かったよ、じゃーその中から2割をパーティ口座に入れるね、これから何かと入り用になるかも知れないし」
そう言う雫斗の言葉に百花は少し考えて。
「いいわ、雫斗がそれでいいなら構わないわ」と言った。
もうこの問題はこれで終わり、とばかりに話題を変える百花。
「雫斗、貴方弥生に収納を使った投擲のやり方を教えたそうね?」
なぜ私には教えないのか?と言いたげに聞いてきた。
「あの場にいたのが弥生だけだったし、ハンマーの修理には収納の機能を説明しないといけなかったから弥生に話したんだ、それに弥生の方が習得するのが僕より早かったよ」
何気にコツは弥生に聞いてくれと願いを込める。
願い違わず「弥生、どうやるの?」と弥生に聞いていた、弥生は少し考えて。
「う~ん、・・・収納の中の礫が勢いよく飛び出して行く感じで、投げるとき指先から”ビィシュッ”て飛ばすの」
投げる動作を交えながら弥生が話す。
”あっ!、こいつ説明が下手だわ”と雫斗が思っていると、少し考えて「分かったわ!」と百花。
”分かるんかい?”と突っ込みそうになる雫斗だったが、恭平が涙目でこちらを見ているのに気付いて「同志よ!」と握手を求めた。
「凡人は凡人同志、努力で補おう」
そう言った雫斗の手を、両手で握りしめ”うんうん”と頷く恭平、芝居じみた男子の行いに軽蔑の眼差しを向けていた百花が、軽く投げる動作を始める、いやな予感を感じた雫斗が。
「百花、此処で試したら駄目だよ、教室が無くなるよ」と忠告する。
ビクッと肩を竦めて。
「やっ、やらないわよ、やる訳無いじゃない」
百花が声を震わせて言うと、”あっ、こいつやる積もりだったな?”と思った雫斗だったが、そこは追及せず。
「弥生はやったよ、工房の防音壁の土塁を根こそぎ吹き飛ばしていたから、同じ事したら駄目だよ」と弥生の昨日の所業を話す。
「あっ、あれは壁は壊していないし、土ならまた盛り直せば元通りよ」
弥生が言い訳を言うが、雫斗は繰り返し忠告する。
「試すならダンジョンの中でやってよね、他だと地形が変わるよ」。
「分かったわよ、ところで皆は今日はどうするの?」
流石に百花も投げる動作をやめて、これからの事を聞いてきた。
「役所に行った後? 僕は家に帰って調べ物かな、ハンマー以外に使えそうなものが無いか探してみるよ」と言う雫斗に、呆れた様に百花が聞いてきた。
「また何か変なものを 探し出して来る気じゃ無いでしょうね? シャベルとかバールだとか、それは道具であって、武器じゃ無いからね」
百花がやめてくれと言う。 百花にしたら槍や剣といった、きちんとした武器を使って欲しいのだ。百花の趣味も有るのだろうが、雫斗にすれば敵を倒せたらそれは武器として十分だと思っているのだ。
「シャベルなんかは一昔前の軍隊じゃ立派な武器だよ、それに安いしね」
と大真面目に話す雫斗に、言う言葉を見出せないでいる百花だった。
「私は家に帰って礫の試技かな、爺ちゃんに言われているし」
弥生がそう言うと。
「私もいっていいかな?」
百花が同行を願い出るがあっさりと拒否された。
「駄目よ!、百花ちゃんがやると壁が壊れてしまうわ」
不貞腐れている百花に雫斗が
「今日はおとなしく、ダンジョンで小石を使った礫の練習でもしているんだね。恭平は今日もダンジョンに行くんでしょう?」と恭平に聞いてみる。
「勿論、昨日の岩を砕いた技を習得するつもりだよ」とやる気に満ちている。
お互いの予定が決まったところで昼休みの時間が終わり、午後の授業へと入って行った。
第14話(その2)
放課後、役所に着いた4人は会議室へと通された、しばらく待たされた後、入ってきた村長(悠美)が落ち着き無げに言う。
「ごめんなさいね、昨日一日村を離れていたから決算書類がたまっちゃってね」。
と言いながらソファーに座ると、雫斗達を見回して
「あなたたち、パーティ名は決めたの?」と聞いてきた。
すかさず雫斗が「斎藤百花と愉快な仲「ガッゴン」、・・いってぇ~~」。
百花に後頭部を思いっきり殴られた雫斗は”冗談なのに”とブツブツ言いながら後頭部を抑えている、母親が目の前にいるのにお構いなしである。
「Saigamura・Dungeon・Searcher(雑賀村・ダンジョン・シーカー)の頭文字を取って、”チームS・D・S”でお願いします」と百花、ほかのメンバーが何も言わないのは、雫斗以外のメンバーで決めたみたいだ。軽い疎外感を感じながら雫斗が拗ねていると。
「あなたいつも別行動でしょう?、たまには一緒に行動しなさい」
そう言って冷たく当たる百花さん。
「うん、良い名前だねすごく良いよ」
から元気の息子を可哀そうにと同情の眼で見ている悠美母さんの雫斗を見る眼の痛い事、痛い事。
「えーと、パーティ名は”チームS・D・S”でいいのよね?」話を無理やり戻す悠美村長。
「Dカードの機能である、収納の発現条件の発見申請の報奨金なんだけど、分配方法は一律均等で良いかしら」
悠美が聞くと、すかさず百花が事前に決めたことを話し始めた。
「いえ分配は私と、弥生、恭平は1割で、雫斗は5割、残り2割をパーティー口座へお願いします」。
「あら、決めていたのね、えらいわー」
そう言いながら書類に書き込んでいた悠美母さんが、百花の前に書類を出して。
「確認して、名前を書いてね」
と促すと百花は目を通して名前を書き、ほかのメンバーに回す。
メンバー全員が確認し署名したのを見届けて。
「一つ目の案件は、此れで終わりね。次は百花さんの新しいスライム討伐の申請なんだけど、検証した結果、有効性が確認されたの。それで報奨金の受け取りなんだけど、企業コンペで取得した企業が出た時点で、特許料の契約と商品化したその商品の効能評価で決まるらしいのよ、だからしばらくかかりそうなの」という悠美。
「私のスライム討伐の申請?」と疑問を口にする百花。
「そうよ、圧縮空気を使ったスライムの討伐方法の申請よ、あなたが考えた事でしょう?」
悠美がほかのメンバーを見ながら問いただすと、疑問の表情を浮かべる人に交じって脂汗を流している人が一人。
注目を集めた雫斗が、おずおずと話し始める。
「前に百花ちゃんが言っていたじゃないか?スライムの横で手押しポンプで空気を送るのかって。お母さんにいきなり聞かれたから、咄嗟に答えた事なんだ」
深いため息をついた悠美が。
「分かったわ、此れはパーティー案件にしましょう、それでいいわね」
”余計な仕事を増やしやがって”という様に強い口調で雫斗に聞いてくる、雫斗がうなずくのを見た悠美は。
「じゃー圧縮空気を使った討伐方法の件は後日という事で、これで要件はかたづいたわ。此れから皆はどうするの?」
とこれからの予定を聞く悠美母さん。
「私と恭平はダンジョンで収納を使った攻撃方法の鍛錬と、弥生は京太郎お爺さんの造った、その為の武器の試し撃ちだったわね、雫斗は家で調べ物らしいわ」
百花がこれからの予定を、代表して話すと、すると悠美が聞き慣れない言葉に反応して。
「収納を使った攻撃方法?どう言う事?聞いていないんだけど、説明して」
そう言われて百花が雫斗を見る、他のメンバーからも注目されて、またしても気まずそうに雫斗が答える。
「収納から取り出して、普通に叩いたり投げたりしたダメージより、取り出す瞬間のイメージと、叩いたり投げたりした瞬間の動作のタイミングが合うと、威力が数倍になるんだ」
話し終えた息子の雫斗の顔を見ながら悠美はため息をつく。
「分かったわ、収納に関して出来ることは全て動画に収めて報告しなさい、他には無いわね?」
悠美にマジマジと見られた雫斗は、脂汗が背中を流れるのを感じながら、”毒をくらわば皿までよ”と
「芳野先輩と野島先輩に収納の覚醒を試してもらっていいですか?」と聞いてみた。
「芳野冬美と野島京子?、何を試すの?」
いきなり出てきた名前に戸惑いながら悠美が聞くと。
「魔法を使い過ぎると魔力酔いを起こすって言われているよね?」
雫斗が質問と違う事を聞いてきた。
「そうね、魔力に関して分からないことが多いけど、魔法を使っているといきなり眩暈がして、最悪気を失うことが確認されているわ、それと関係があるの?」
悠美が聞くので雫斗は考えながら。
「多分だけど、収納の出し入れも魔力を使うと仮定して、魔物をあまり倒していない二人に試してもらおうかなって思ったんだ」
「それなら私たちも変わらないわよ?」と百花。
「忘れたのかい、僕たちはハイゴブリンとハイオークという格上の魔物を前日に倒しているんだ、魔力やその他の力が上がっていてもおかしく無いんだ」
と言う雫斗の言葉に”あっ”と言う表情をして。
「そうだったわね、忘れていたわ、そのせいで収納を目一杯使えると思ったのね、で先輩二人に試してもらって違いがあるか確かめるわけね?」と百花。
「そういう事、先輩二人にDカードの収納覚醒の許可を貰えないかな?」
と母親に聞く雫斗、協会でアルバイトをしている二人は協会の規定で、スライムの花火での討伐が発表されるまで、習得が出来ないのだ。
「いいわ、そう言う事なら許可を出すけど無理強いはダメよ」
悠美の許可が取れたので。
「大丈夫だよ、先輩二人からもお願いされているし協会支部からも二人に連絡してくれる?」と雫斗がお願いする。
「ええメールで伝えるわ、百花さんと恭平君はダンジョンに行くなら怪我しない様にね、何があるか分からないから。・・・さぁー これで用事も済んだわ気を付けて帰りなさい」と悠美が退室を促す。
雫斗が出て行こうとすると悠美に呼び止められる。
「ああ!、雫斗帰るなら香澄を一緒に連れて行って頂戴、今日は少し遅くなりそうなの」そう言う悠美に。
「分かった」と告げて雫斗たちは部屋を出ていく。
第14話(その3)
村役場の前で皆と別れた雫斗は、役場の隣にある保育園の敷地へと入って行った。敷地に隣接された遊び場では5,6人の子供たちが、2匹の芝犬を模様した見守りロボットに守られて遊んでいた、その犬はゴーレムでは無い。アンドロイドでゴーレムとは違い純粋な化学の産物である。
柴犬の1匹が、雫斗が敷地に入って来たのを見ると雫斗の前に座り雫斗を観察し出した、雫斗は座った犬に向かって。
「ワンワンさん、香澄を連れに来たよ」
そう言うと雫斗だと確認できたのか、尻尾をフリフリしながら子供達の所へと戻って行った。
香澄は何処かなと探すと、外の遊具と遊具の間にある砂場で、他の子供たちと遊んでいた。
「香澄!」と雫斗が呼ぶと嬉しそうにテケテケ駆けるけてきて、座って待ち受けていた雫斗に抱き着こうとして、手に持っていたスコップの砂をかけてしまう。
「ブヘェ~、」と言いながらも香澄を抱き上げると。
「あらあら、今日は雫斗さんがお迎えですか?」と”ワンワンさん”から聞いたのか、保育士の鈴木さんが出て来た。
「そうです、母は遅くなるみたいなので、僕がお迎えです」と雫斗が言うと。
鈴木さんが香澄を抱きとって地面に下ろし。
「少し待っててくださいね、さあ~香澄ちゃん砂を落としてきましょう」
と香澄を連れて屋内へと入って行った。
暫く手持ち無沙汰の雫斗の元へ。
「な~~んだ、雫斗兄ちゃんか?」
と近づいてきて、足にパンチはするは、靴に砂をかけるは、知らない人だと警戒して近ずかないくせに、知り合いだと容赦がない餓鬼どもに。
「悪い子はこうだぞ~~!」と言いながら靴に砂を掛けていた子の、こめかみを軽くグリグリすると、周りの子たちが逃げ始めたので「が~~お~~」と言いながら追いかけっこを始める、いつもの光景である。
しばらく追いかけっこで、友好を確かめていた雫斗だが香澄が出て来たので終了する、香澄は羨ましそうに鬼ごっこを見ていたが、雫斗が手を差し伸べると手をつないできた、保育士の鈴木さんから荷物を受け取り、鈴木さんと悪ガキどもに挨拶すると家路についた。
「今日は楽しかったかな?」と雫斗が聞くと。
「うん、あのね太郎ちゃんと、芳樹ちゃんと、かおりちゃんとで大きな砂山を作ったの、トンネルも掘ったんだよ、そうしたら怪獣翔太ちゃんが来てね、ぜ~~んぶ壊しちゃった、あははは~~」
雫斗は砂山を壊されて喜んでいるのかな?、と思ったが。
「そうしたらね、太郎ちゃんと、俊樹ちゃんが、怪獣翔太ちゃんをやっつけたの、香澄も頑張ったの。翔太ちゃんのズボンの中に砂をいっぱい入れてあげたの、翔太ちゃん泣きそうになっていた、あははは」
うわ~~ 翔太君トラウマになっていないと良いけど。
そんな取り留めもない話をしながら家に帰りつくと、良子さんが待っていて、香澄をお風呂場へ連行していった。雫斗も部屋へと上がりパソコンで最初投石器(スリング)的なものが無いかと探すが、考えてみると一瞬だけ、放つ瞬間の速さが欲しいので、短鞭や一本鞭の鞭系で良いんじゃ無いかと思い始めた、取り敢えずネットで調べていくつか候補を絞り込んで購入したが、商品が来るまで時間がかかるので、他の物で代用できないかと考えた。
思いついたのが沖合の船で使う大物用の釣り竿、確か海慈父さんが持っていたはず、後で聞いてみようと思っていたら風呂場があいたと良子さんが言ってきた、海慈父さんも風呂を終えたらしい。お風呂に入る前に聞いてみた。
「父さん、前に海用の釣り竿があったよね、まだ使えるかな?」
「確か倉庫に入っているはずだが、何に使うのかな?」
と聞いてきたので、投石の道具の代わりだというと、使わないから好きにしたらいいと言われた。倉庫へ入ると汚れるのでお風呂へ入る前に探しに行き、何とか見つけて部屋へと持ち込んだ。
階下に行くと母親が居ない「母さんは?」と雫斗が聞くと。
「まだ帰っていないよ、ネット会議で揉めているらしい」との事。
「それより早くお風呂を済ませてきなさい」という父親の言葉と、不機嫌そうな香澄を見て慌てて体を洗い終えて食卓に着くと食事を始めた。
食後「父さん、釣り竿の所有権を移したいんだけどいいかな?」と雫斗が言うと。
「構わないが、どうするのかね?」と聞いてきた。
雫斗は紙に譲渡したと書くだけでいいというと「これで良いのかね?」と”釣り竿一本、息子雫斗に譲渡する”と書かれた紙を渡してきた。
「十分、十分、ありがとね」
と言いながら階上へと上がっていく息子を見ながら香澄の相手をする海慈父さんだった。
自分の部屋へと上がってきた雫斗は釣り竿の先端を収納してみる、収納の中で釣り竿の先端を認識出来た雫斗は、机へと向かい勉強を始めた。学校では学年の違う生徒が一緒に授業を受けるため、基本的な事しか教えない、後は自習とテストの繰り返しで自分の学力の不足は自分で考えて学習するのが基本だ。
勉強を終えて就寝しようと階下へ水を飲みに降りてきた雫斗は、母親の悠美が寝ている香澄の髪を撫でているのに出くわした、どうやら悠美も香澄不足だったらしい「母さん、帰っていたんだ」と雫斗。
雫斗の声に振り返った悠美は、声を落として
「ええ、ようやく終わったわ、今まで勉強?」と聞いてきた。
「うん、もうすぐ模試があるからね」と雫斗は水を飲みながら答える。
「そう、頑張りなさい」と言った悠美は香澄の髪を撫でつづける。
「おやすみなさい」と言いながら階段を上がる雫斗に「お休み」と悠美が答える。
朝起きると食事の前に何かの書類を渡された「此処に名前を書いて」と母親の悠美が言う、訳がわからず雫斗が「どう言う事?」と疑問を口にすると「あら!、父さんから聞いていない”スライムバスター”て言う花火の名前の商標権の権利の取得分配の書類よ」。
そう言えばそんな話をしていたなと、何も考えずに名前を書いたが、その書類を鞄に入れながら。
「これでようやく進めるわ」と悠美母さんが言う。
「ヘェ〜、あの花火の名前”スライムバスター”に変わるんだ」と雫斗は何気なく答えると。
「そうなのよ、あの社長さん、これは商機だと思ったみたいね、今は花火の生産はやって無くて、トンネル工事とかに使う爆発物の生産が主商品らしいんだけど、ダンジョン関係の商品に関われるならとまた始めるつもりの様ね、外国への輸出も視野に考えているみたいよ。取り敢えず早めに納品したいからって、あの書類を早く渡してくれってうるさいのよ、これで落ち着けるわ」
悠美がうるさい仕事を終わらせて、清々したと言うふうに言っていたが、後々厄介な事になるとは雫斗にも、その時は思いもしなかった。
第14話(その4)
その日の放課後、雫斗は芳野先輩と野島先輩二人と売店で待ち合わせていた、付箋紙を買ってもらうためで水中花火も一箱ずづ渡してある、後はロボさんが来るのを待つだけである、百花達は先にダンジョンに入っていて、3階層で魔物を狩りながら訓練をしていた、後で3階層で合流予定だ。
時間の少し前にロボさんが大きな荷物を背負って現れた。
「すごい荷物ですね、重くないですか?」と雫斗が言うと。
「私の体は機械ですよ、この位どって事ありません」とロボさん。
取り敢えずロボさんと二人を引き合わせる「ロボさんは初めてでしたね、僕の先輩の芳野冬美さんと野島京子さんです」と雫斗が二人を紹介すると。
「私はロボデスカ・ソウカネですねよろしくです、ロボとお呼びください」と自己紹介を始める。
と、”ぷっ”と芳野先輩が吹き出しかける、かろうじて吹き出さずに済んだ野島先輩が。
「よろしくです」と棒読みで答えると、ロボ顔なので良く分からないが、ロボさんの表情がやり遂げた感をだしている。
ロボさんにも付箋紙を買ってもらい、そのままダンジョンに向かうことにする、入ダン手続きをして1階層の広間でスライムの討伐を始める、
スライムを50匹倒したら、付箋紙を使って収納の覚醒を促すことを伝えて始めようとしたら、ロボさんが水中花火の受け取りを拒否してきた。どうするのかと聞くと背中のハンマーを取り出して。
「私には此れがあります、愛用の大ハンマーです、雫斗さんの”打撃耐性には打撃で”の言葉に感銘を受けましたね、鍛冶師でもある私もやらなければと思い立ちました」
「見ていてください」というが早いか、近くにいるスライムめがけてハンマーを打ち下ろす、すさまじい速さで振り下ろされる鉄の塊は、狙い違わずスライムの真中へと打ち下ろされた、ものの30秒とかからずスライムは光へと消えていった。
さあ次ですと歩き始めるロボさんを追って、慌てて先輩二人も追いかける、数をそろえながら討伐する事2時間弱、三人が(ロボさんを含めて)スライムを50匹倒したところでは収納の覚醒を試す、当然先輩2人は収納出来たが、ロボさんの収納が覚醒したのには少なからず驚いた。
ロボさんは魔物を多少は倒しているらしいので、そのまま小石を収納してもらいながら入り口を目指す、先輩二人にはここで魔力酔いを起こされると怖いので、入り口付近で小石を収納してもらうためだ。
ロボさんの収納の搭載量は340kgを超えていた、ロボさんの体重を聞くと”秘密だ”と言われた、乙女か?と多少イラついたが、たぶん160キロぐらいかと検討を付けた。
先輩二人は予測どおり、途中で魔力酔いを起こした、予想していたとはいえ二人がふらついて倒れた時には心底驚いた、しばらく休んでもらった後 ダンジョン前の協会の受付の2階にある、休憩所で休んでもらうことにした、受付時に猫先生に話していたとはいえ、二人を連れて上がるのに引け目を感じていた。
ベッドの上で横になっている二人に、雫斗は謝る。
「ごめんなさい、無理をさせました」
解ってはいても、実際に魔力酔いで倒れている二人を見ると、自分の我が儘に罪悪感が募る、やめて置けばよかったと。
「いいのよ、解っていたことだし誰かが試さなければ事故にもつながるわ、此れで魔物を倒したことがない人は、収納を使うとき気を付けるでしょう?」
自分たちは検証が終わるまでここで休んでいるからと、雫斗達は追い出された。
再度ダンジョンの入場受付をして、広間でロボさんから試作した礫の箱を受け取る、何故か弾薬箱を取り出して渡してくる、この中に入っているみたいだ。箱を開けると中に紙切れが入っていて、読んでみると”礫の試作品を高崎雫斗に譲渡するものなり”と書かれていた。
雫斗は箱ごと収納する、色々な礫が箱の中に入っているのが分かる、コインを一枚出して見る。コインの表裏には無数の溝が刻まれていた、バラバラに為りやすい様に工夫したみたいだ、一旦収納しておもむろに投げる。
飛び出したコインは空気に触れたとたん円錐形に飛び散っていく、あまりに簡単に思った通りに飛んでいくコインの破片を見て少し拍子抜けした。それからほかの礫を試しながら2階層の階段を目指す。
「おおおお、そうやるのですね」と言いながらロボさんが真似をしだした、どうやら自分用の礫を持って来ている様だ、何度か失敗したがコツをつかむのが早かった「これはいいですね」と言いながら岩やスライムめがけて礫を投げ込んでいたロボさんは、終いにはスナップと指先の動きだけでスライムに投げ込んで一撃で倒し始めた。
ロボさんが、ある岩の前で礫を投げる動作をして途中で固まった。訝しんだ雫斗が。
「どうしたんですか?」と聞くと。
「あっ?、何故か分かりませんが 投げてはいけない気がして・・・・いえ 何でもありません」そう言って通り過ぎていった。
不思議に思った雫斗だがそのまま通り過ぎ様として、その岩に軽く触れて見る。“ギクリ“何か不快感が体を駆け巡るが、どう見てもただの岩なので、ロボさんを追って2階層の階段をめざす。
2階層に向かう階段の上で下を見下ろして雫斗は去年の事を思い出していた。ケイブバットに襲われて気を失ったことを、今の自分はあのときの自分ではない強くなったのだ、と言い聞かせて階段を下りる、ロボさんは気を利かせたのか後ろから付いてくる。
最初の広間、あの時の光景が蘇って来る。10数匹のケイブバットとケイブラットの群れ、パニックた雫斗達。
「ええい!、ままよ」と勢い込んで侵入する、何もいない広間に拍子抜けしながら、進んでいくといきなり横合いから「シャー!」とケイブスネークに襲われた、咄嗟に横に避けて真上から礫を投げ込む、狙いどおり頭を打ちぬかれたスネークは光へと変換されて空へと帰って行った。
”ふうっ”と気を抜いた雫斗に、10数匹のケイブバットとケイブラットが襲い掛かる、多少パニックになりながらも、違和感を覚えていた、遅いのだ。あの時の事と比べながら、何が怖かったのだろうと思いながら礫を投げて倒していく雫斗、終いには手刀と蹴りで倒し始めた。
倒し終えた雫斗は、ぼーっとして倒した後の魔晶石を見ていた。
「どうしたのですか?」とロボさんに言われて。
”何でもない”と魔晶石を集めて3階層の階段を目指す、飛び出してくるケイブバットとケイブラットを蹴散らしながら、トラウマの克服ってこんな物かと改めて思った。
3階層に降りる階段までの途中にある、鉄鉱石の採窟場で採集を始める二人、大体30kgで鉱脈は途切れるが此処はダンジョンなのだ、後々リポップする事になる。とはいえ人が居るとリポップしないので次の採掘場へと向かうことにする。
全ての採掘場は、地図に書き込まれているので、いくつかの採掘場を回りながらの採掘となる。今までは2ヶ所も回れば一人で持てる量の限界に近づく為、往復しながらの採集となっていた為、かなりの重労働となっていた。
「この収納は凄いですね、4箇所の採掘場を回っても、まだ余裕がありますね」とロボさんにが言う。
「そうだけど、それでも効率が2倍か3倍程度だからね」と不満げに言う雫斗。
それを聞いたロボさんが、聞いてきた。
「まだ何か、持ち運ぶ為のスキルが有るとお思いですか?」
「産業として考えるなら、せめて10tから20tクラスの収納なり格納なりのスキルが無いとおかしいんだ」と考えていた事を話す。
「そう言えば、雫斗さんは壁にくっ付いている鉄鉱石に触れて”収納出来ないのはダンジョンと一体化しているからなのか?”、とか崩した鉄鉱石を拾って収納に入れながら、”いちいち手に持つのは非効率だ”、とか言っていましたね」とロボさんが言うと。
「聞いていたんだ!、やはり人の営みに貢献するにしてはまだまだダンジョンは不完全過ぎる、これから探索出来るであろう深層か、はたまた、まだ発見していない浅い層の何処かかは分からないけど、何処かには有るはずなんだ、10トンクラスの収納のスキルが」と雫斗は力説する。
3階層に行く為の階段を降りると、百花達の気配・・・を探す必要も無かった。
先の方でものすごい音を出していたのだ、近所迷惑すぎる此れじゃここで鍛錬は無理だな、と思いながら音のする方へと向かう。
そこでは百花が石の礫を投げて無双していた、弥生は短弓を使って草原ウサギやキツネに向かって礫を射かけていた、即席のスリリング扱いの短弓なので射撃制度に多少の不安はあるが命中率は良さそうだった。百花に至ってはトレントモドキに木刀を降り抜いて礫を投げていた、弱点の魔核ではなく枝を打ち払い、無力化してから魔核を打ち抜くという悪逆非道を行っていた。
その光景を目にしてふと思い出す。”僕が2階層で倒されたのってケイブバットじゃなくて、百花の木の棒じゃなかったのか?、克服するべきは魔物では無く、百花のあのバカ力じみた木の棒の降り抜きじゃなかったのかと?、そう思いいたった雫斗だったが、2階層のケイブバットに恐怖心が無くなったので よしとすることにした。
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