第36話  経験と言う得難い体験は、余裕と言う安心材料に成り得るという確かな手ごたえ。

第1章  初級探索者編

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第36話(その1) 

 「我が荘厳なる迷宮の深淵へようこそ、妾の名はキャサリン・ソルバーグ。この220迷宮群の統括者にして稀代の美貌と、聡明なる智謀。気品と人徳を兼ね備えた、たぐいまれなる才覚の取得者成るぞ。妾のご御前に出でたる事を誇りに思うがよいぞ、下賤の者どもよ」。 

  ケルベロスと蜂の大群の魔物の前で口上を上げるのは、黒いドレスを着た女の子だった。そう女の子、・・・年齢的にはクルモの見た目とそう変わらないが、話し方や見た目から、偉い大人の女性を醸し出そうと一生懸命に背伸びしている子供の様で微笑ましくなってしまう。 

 そうは言っても迷宮を管理している人物なので侮れないが、迷宮の管理者とはストレスでも溜め易いのだろうか、キリドンテにしろこのキャサリンにしろ、まだ二人のダンジョン管理者との遭遇しかないが、少しおかしな気性の持ち主が多いよ様に思うのは雫斗だけであろうか?。 

 「君が此のダンジョンの管理者なのかな、いきなりダンジョン攻略のステージとは穏やかじゃ無いね、どうゆう事?」 

  二度目なので多少の余裕がある雫斗が聞いてみた。流石にどれ程の階層があるかも分からないこのダンジョンでいきなり最終ステージに放り込まれ事に納得がいかなかったのだ。 

 「これゆえ下賤の者は昇華の儀に応える事が出来んのだ。・・・良いかこの妾の迷宮をダンジョンなどと不埒な名で称するではないわ。其方は卑しくも、覇王の称号を持ち合わせて居るのであろうが、己と己の眷属を更なる高みへと昇華させ得る権利を得ずして何のための覇王の称号か」 

 激昂するキャサリン、雫斗の受け答えに不満を覚えてしまったようだ。 

 「いや~此方としても行き成りの展開で多少戸惑って居てね、出来たらそのまま帰りたいんだけど」雫斗は取り敢えず不戦敗の提案をしてみる。 

 初見の魔物とのバトルは出来るだけ避けたい。感覚的にはケルベロスと蜂の大群の魔物と対峙していても恐怖心は感じないのだが、用心に越した事は無い。 

 「あははは!!、やはり臆病風に吹かれたか。あの禿げ頭の迷宮を攻略したと聞いておった故、些かでも妾の期待に応ええる偉丈夫であろうと思うていたものを、見事期待外れに終わったのう。彼の者も不甲斐ない、この様な輩に大事な迷宮を譲り渡すとは、迷宮の管理者として即刻不適切だと陳情せねばならんな。・・・帰るなら帰るがよい、後ろに転移の魔法陣を構築しておる故。じゃが二度と此の迷宮の深淵には立入る事叶わぬと思い知るがよい」 雫斗を小ばかにした様に言うキャサリン嬢。 

 雫斗が後ろを振り向くと、魔法陣が浮かび上がっている。彼女の言葉を信じて迂闊に魔法陣に飛び乗る雫斗ではない、何処に飛ばされるか分かったものでは無いし、キリドンテや自分を馬鹿にされて有耶無耶にするほどお人好しでもない。雫斗は自分の拠点から自分の保管倉庫へあるものを転送出来る事を確認してからキャサリンに問いただす。 

 「もう二度と来るなと言われると、出ていくのを躊躇するね。しかもキリドンテの知り合いともなれば逃げる訳には行か無さそうだ、此処は挑戦する事にしたよ。勝利条件は目の前の魔物の討伐か戦闘不能で良いのかな?」 

 雫斗はキャサリンに勝利条件を確認する。後からとやかく言われると面倒だ。 

  「ほう、見上げた心意気だ。当然勝利条件は後ろに控えし迷宮の守り手の撃破じゃが、しかし引き時を違えると身の破滅を引き込むと言う事を身をもって体現すると良い、我が迷宮の守護は一味違うぞ。其方があの禿げ頭の迷宮の守り手をどの様に倒したかは分からぬが、そう簡単に倒せるとは思わぬことだ。では始めるがよいぞ」 

 自信満々のキャサリンが、言い終わらぬ内に脇へと下がって行った。 

 キリドンテ同様に戦闘に参加する訳では無いらしい、迷宮の管理者は傍観者としての役割が有るのか、一様に攻略戦の戦いには参加しない様だ。今の状態であれば勝てる見込みは有りそうだ、何といっても最近取得した危険察知のスキルが反応していない事が好材料に為って居る。 

 それでも雫斗には勝算があった。クルモにケルベロスの対策を念話で伝えると、巨大なスズメ蜂の巣に対して、先手必勝で礫を放つと同時に無詠唱魔法『インフェルノ』をぶっ放す。 

 物理耐性の低い蜂の巣では在るが、その体積は侮れない。50センチ程の穴を穿ちながら貫通していく礫だが、その巨大な蜂の巣に対してダメージの割合がお粗末だった。つまり破壊は出来るが、標的自体が大き過ぎて、いくら礫を打ち込んでも、ダメージを与えている感じがしないのだ。 

 多少の穴が開いたとてダメージの範疇には入らないらしく平然と浮かんでいる巨大な蜂の巣だが、同時に下から吹き上げてくるすさまじい熱風を纏った炎には多少の効き目があったようだった。 

 雫斗の鑑定では、火が弱点のスズメバチだが、巣に関しては魔物の拠点らしく火炎に対して耐性がある様で穿たれた穴と入り口から吹き込んだ熱風にやられたスズメバチが居たくらいで、大局に影響は無かった。 

 雫斗の放った魔法も巣の排除が目的ではなく、周りを飛び交っている多数のスズメバチの魔物を排除する事が目的だった。狙い違わず巣の周りの蜂はすべて消し炭となったが、新たに巣の中から出て来た働きバチたちによって壊れた巣はたちまち修復されてしまっていた。 

 一方クルモと対峙しているケルベロスは、巨大な機械に捕まえられて身動きが出来ないでいた、そうクルモが拠点空間から召喚転移させてきた移動戦闘車両がケルベロスの三つの頭の首を押さえつけて動きを止めているのだ。 

 元はダンジョンの人員移動用にと開発されていた多脚型移動戦闘輸送車だが、雫斗が保管倉庫のスキルを発見した為にお蔵入りに成りかけたのを、安くで購入できたのだ。当然機銃や大砲と言った武器は取り外して在るが、機動力に問題は無い。 

 今では作業用のアームを両端から突き出したカニと蜘蛛を融合させたような姿をしていた。当然雫斗の厨二びょ(ゲフンゲフン)考え得る発想力の結晶である、装甲には魔法結界が施されていて、余程の高威力の魔法でなければダメージは受けない。 

 元々戦闘を想定して設計されているので頑丈に出来ている。作業用アームの追加に関しても、クルモが操作することを想定しているので問題は無い、人員移動用に開発されたとは言っても最大8名の人員では大きさ的に限界がある。後はいかに多くの機能をコンパクトにまとめて搭載する事が出来るのかと言う事だけなのだ。 

 基礎的な多脚の機動原理は研究されて居たとはいえ、条件反射的に動かすとなると、人の知覚では限界があったのだ。この移動戦闘車両は、人の操作であっても整地された道を動輪で進む分には何とかなるが、しかし起伏の激しい原野となると高速で移動していて、けつまずいて転がっていく姿が用意に想像できたのだ。 

 だがクルモであれば、生まれてから蜘蛛型の義体を使い慣れている事も有り、ケルベロスの攻撃を器用に避けながら、新たに取り付けた作業用のアームを使て、その首根っこを押さえつけて動きを止めて見せたのだった。しかも4匹の蜂の眷属の針の射出攻撃でねちねちと嫌がらせ的なダメージを与えていた。 

  

第36話(その2) 

 その攻防を見ていて、暫くは大丈夫だと判断した雫斗は、スズメバチの魔物の巣と本格的に対峙する事にした。高速で打ち出す礫では埒が明かないと判断した雫斗は、戦法を変えた。 

 より効果的なダメージを与える為に巨大なスズメバチの巣にパイルバンカーを叩きこむ、要は普通の建物の基礎工事用の杭だが、数十トンはあるコンクリートの塊が、上から突き刺さり棒倒しよろしく倒れて行くので、巨大なスズメバチの蜂の巣とて無事では済まない。 

 メキメキと物凄い音を立てながら巣の壁面を切り裂いていく、倒れ切ると保管倉庫に収納し直してまた突き立てる。この連続攻撃でズタボロになりかけるスズメバチの巣では在るが、大量の働きにバチによって修復されていく。 

 その修復のスピードが半端ない。働きバチがお尻をフリフリするたびに魔法陣が飛び交い、”あっと”言う間に修復されていくのだ。当然雫斗は”インフェルノ”をお見舞いして働きバチの排除を試みる、この攻防を繰り返して行けば働きバチは枯渇するはずなのだが、一向に減る様子が無い、考えられる要因として、巨大な巣に守られたスズメバチの女王が減っていく働きバチを懸命に召喚していると思われた。 

 女王バチにとって蜂の巣の防衛は、己の安全の生命線らしく雫斗への攻撃が疎かに成って居いる。その事が働き蜂との交防に対して雫斗の余裕と成ってはいるのだが、際限なく働きバチを召喚出来るとなると考えねばならない。 

 雫斗は働きバチの排除を続けても千日手に成りそうなので、さらに奥の手を使う事にした。このダンジョンの魔物の特性は昆虫系が多い、特にハエや蚊といった魔物は集団で襲って来るのだ。一匹一匹の破壊力は大したことないが、本物の蚊やハエと同じように小さくて鬱陶しく纏わり付いてくるのだ。しかも纏まった集団が一つの魔物として認識されているらしく、その集団全てを倒さなければ討伐の認定が下りないのだ。つまり戦闘が終了して魔石やドロップ品を落とさないのだ。 

 しかし弱点はある、火には弱くファイヤーボールや火炎魔法で簡単に倒す事が出来るのだ。しかも古典的な武器である火炎瓶でさえ余裕で倒せるとあって、そこまで脅威と為らないが、鬱陶しさは本物の蚊と変わりは無かった。 

 そこで雫斗は考えた、ハエや蚊に対抗するには殺虫剤では無いかと。虫よけのスプレーも考えはしたが、魔物としてダンジョンに生息している、蚊やハエにどれ程の抑止力が有るのか疑問に思った為、より攻撃的な薬剤を選択したのだった。 

 最初、商品化される前の原液を購入しようかと考えたが、テロを疑われては大変だと考え直して、あらゆる昆虫の種類ごとに効く殺虫剤のスプレー缶の形で箱買いした。その数百数十個、これだけの数を揃えるのに苦労した。どこかに薬局の大型店舗かDYIセンターでも開業するのかと聞かれて、ダンジョン攻略に使うのだと説明しても理解して貰えなかったのだ。  

 取り敢えず、自分の拠点空間に置いてあった其の大量の殺虫剤を全て保管倉庫に移動できたことで、雫斗は勝利を確信していた。 

 其の殺虫剤を手当たり次第にスズメバチの巣に投げ込む、当然礫の様に音速を超える事は無かったが、それでも亜音速で蜂の巣の壁面に激突するのだ、スプレー缶はひしゃげその中の成分をまき散らしながら巣の中へとめり込んでいく。スチール缶は頑丈で全ての缶が壊れる事は無く、中にはそのまま中身を残して巣の中へと入っていくが、構わずに投げ込んでいく。 

 暫くすると効果が表れ始めた、巣を修復するために出てくる働きバチの数がめっきり減ってきたのだ、それでも複数の部屋に分かれている巣の内部にはかなりの数の働きバチが健在で、雫斗はダメ押しに”インフェルノ”をお見舞いした。 

 殺虫剤のスプレー缶には、勿論対象を殺傷するための薬剤の他に、噴射するための高圧の気体が充填されている、しかも可燃性のLPガスだ。内部に溜まったガスにスプレー缶で穿たれた穴から引火する。外側から内側に向かって爆発膨張していく事で、爆縮現象が起こり、中心部に高圧のガスが溜まっていく。 

 刹那の時間、中心部でガスが引火、高圧に圧縮された引火性のガスが破裂したのだ。その衝撃はすさまじく、中心部を破壊し尽くした爆風は巣の壁面を吹き飛ばし、周りに衝撃の波をまき散らす。 

 雫斗とクルモは事前に伏せて衝撃を躱していたが、図体のデカいケルベロスと、それを抑え込んでいた多脚型移動戦闘車両は見事に吹き飛ばされて転がっていた。キャサリンも同じように吹き飛ばされてゴスドリの衣装に絡まったままジタバタしていた。 

 爆炎が薄れて行くと、ボロボロのスズメバチの女王が現れた。いくつかの足を吹き飛ばされて、翅はちぎれ穴が穿たれているが、それでも空中に留まっている辺り流石に強靭な魔物ではある。敗戦濃厚では在ってもいささかも闘気の衰えない彼女に敬服する雫斗だが、容赦はしない。 

 「サモン。スラちゃん」 

 雫斗はジャイアント・キングスライムの”スラちゃん”を召喚した、スズメバチの女王の真上に。 

 真上に構築されていく魔法陣を、どうする事も出来ずにただ見上げるだけのスズメバチの女王。その魔法陣が完成すると、淡い光の中から巨大なスライムが落ちてくる。スズメバチの女王は自分の体積の十倍はある巨体に成す統べなく飲み込まれ、巨大なスライムと一緒に地面へと落ちてくる。スライムの中で多少の抵抗をしているのか、中でうごめいている姿に悲壮感がある。 

 暫くすると雫斗の目の前にスズメバチの女王の魔核と、魔結晶が浮かび上がった。後は素材のカードとポーションのカードが幾つか同じように目の前に現れた。まだ戦闘終了では無いので取り敢えず確認は後にして保管倉庫に放り込む。 

  

第36話(その3) 

 そのころ百花達は、雫斗を迎えに地上へと来ていた。流石に此の10日程雫斗にダンジョンでの生活を、聞かせるだけ聞かせてきて罪悪感を覚えていたのだ。 

 そこで3週間ダンジョンに入りっぱなしの荒川さん達が休憩がてらに地上に帰るというので同行してきたのだ。 

 「まだ帰ってきていないんですか?」 

 名古屋支部前ダンジョンの受付で雫斗の動向を確認すると、午前中での帰還の予定でダンジョンに入っていた。 

 流石に、30分や一時間の帰還の遅れで救援隊を出すほどダンジョン協会も暇ではない。それどころか一日や二日の帰還予定の遅れなど日常茶飯事なので、気にも留めてはいなかった。だけど百花達は違う、雫斗の性格を嫌という程知っている者にとって時間を、しかもダンジョンからの帰還予定の時間を違えるなど、最大級に警戒する異常事態なのだった。 

 「ねぇ、どう思う? 帰ってきていないのか帰れないのか、私は後者だと思うけれど、どうしたら良いのか見当もつかないわ」 

 百花の意見も妥当ではある、雫斗が帰れないのだとしたら、多分ダンジョンに拉致されているからだと見当をつけたのだ。他のメンバーも同意見なのだが、対応策が思いつかないのだ。 

 「そうね、つい最近同じ様な事があったものね。あの子一人だと色んな事に巻き込まれて、騒ぎを大きくするばかりよね」と弥生が身も蓋も無いことを言う。 

 雫斗の意に反して厄介ごとに巻き込まれていく事には同情するが、彼自身の自業自得だと思っている節がある弥生なのだ。 

 つい最近その事を思い知った面々は、どうするべきか相談するが、答えを見いだせなかった。要するにまた雫斗がヤラカシテいる事は確実なのだが、雫斗がダンジョンを本当の意味で攻略していて、しかも所有していることを伏せている事がネックになってしまっているのだ。 

 そこで、ミーニャに連絡して雑賀村のダンジョンに入り、ダンジョンマネージャーのキリドンテにどうなっているのかを確かめてもらう事にする。と同時に雑賀村の村長兼探索者協会の支部長にお伺いを立てる事にしたのだ。 

「そう分かったわ、ミーニャには私からお願いするから、あなた達はそちらの状況を逐一知らせてきて。そう、もし雫斗がそのダンジョンを攻略してしまったら、ダンジョンの攻略と所有が可能な事を公にするしかないわ。だけど雫斗の拠点空間の事は絶対に秘密にしなきゃいけないわ。その事は肝に銘じて居てね」 

 連絡を受けた悠美は心底驚いた。雑賀村のダンジョンを雫斗が所有してから、まだ半月と経って居ないのだ。雫斗がダンジョンを攻略できたのは斎賀村のダンジョンの特異性が原因だと思っていた悠美では在るが、その思惑は違うのだと思い知らされた。 

 要するに、雫斗が雑賀村のダンジョンの攻略に成功したのには、雑賀村の3層しかないダンジョンと雫斗が〈覇王〉の称号を取得していた事が原因だと思っていたからだ。 

 雫斗が今いるダンジョンの最新部は未確定で、おおよそ80〜100層ではないかと言われているほどの、規模の大きなダンジョンなのだ。 

 そのようなダンジョンで攻略する為の戦いに召喚されようとは、悠美でさえ思わなかったのだ。しかし起こってしまった事は仕方が無い、後は雫斗が無事勝利して帰ってくることを信じるしか無かった。 

  そうは言っても悠美は為政者である、母親として息子の安否を心配していない訳ではないが、雑賀村という、小さいが一つのコミュニティを守る義務がある。雑賀村のダンジョンを雫斗が本当の意味で攻略して、彼の支配下に置かれている事をしばらくの間、公けにしない事を決めたばかりだと言うのに、その思惑が崩れてきそうなのだ。 

 勘の良い百花のおかげで後手に回らず、先手が取れそうなのがせめてもの救いとなっていた。しかしどちらにしても事実関係を把握しておかなければ始まらない、そこでダンジョンでスライム狩りに勤しんでいる筈のミーニャに連絡する事にした。 

 そのころミーニャはスライムを叩き潰す事に忙しかった。平日は学校があるために数時間しかダンジョンに入れず、学校が長期休暇に入って一日のほとんどを、ようやくスライムの討伐に費やせることが出来るようになったのだ。 

 一日でも早く雫斗や百花達に追いついて、一緒にダンジョンに入れる様になる事を目標に頑張って居る所なのだ、取り敢えずは保管倉庫と鑑定のスキルの取得と、鑑定を使った一日一回の昇華の路の攻略までは雫斗との別行動で頑張る事を決めているミーニャだった。 

 そもそもスライムの討伐には一人で倒した方が効率が良いのは明白で、スライムを倒すだけで、ダンジョン探索に必要なスキルが手に入る仕様を考えても、初期のダンジョン探索に置いて、自己の鍛錬の場として1階層が重要なポジションだと雫斗が世に知らしめた事が大きかった。 

 ミーニャの携帯が震えている、ダンジョンでは大きな音はご法度である。1階層では強大な魔物はいないとは言っても音に反応する魔物は多いのだ、用心に越した事は無い。携帯電話を取り出して確認すると悠美からの連絡である、余程の事が無ければダンジョン探索中の探索者に連絡する事の無い彼女からの呼び出しに、多少の胸騒ぎを覚えながら通話をタップする。 

 「悠美お母さん。どうしたんですか?」 

 ダンジョン探索中に置いて外部からの通話は迷惑でしかない、その事を重々承知している筈の悠美からの飛び出しである。予想外の事態が起こっている事は明白で、ミーニャは勢い込んで聞いてきた。 

 「ミーニャ、落ち着いて聞いてね。雫斗がダンジョンから予定の時間を過ぎても帰って居ないの、たかだか3層から帰るのに時間を違えること自体がおかしいわ。百花ちゃんの予想では帰るに帰れないんじゃ無いかと言っているの。そこでダンジョンマネージャのキリドンテさんに雫斗の動向を確認してほしいのよ。彼なら雫斗がどういう状況なのか把握しているかもしれないわ、彼をどうやって呼び出せるのか見当もつかないけれど、今頼めるのは斎賀村のダンジョンに居るあなただけなの。お願いね」 

 お願いされたミーニャは途方に暮れる。”分かりました”と返事して携帯電話を切ったのはいいが、当のキリドンテとの連絡手段を持ち合わせて居ないのだ。面識はある、雫斗の拠点空間で紹介されてはいるが、事ダンジョンの中では会った事が無いのである。 

 そこでミーニャは初心に帰る事にした。此処はダンジョンの中である、むやみに探してもダンジョンの管理者たるキリドンテに行き当たる事は不可能だと感じて、呼びかける事にしたのである。 

 「キリドンテさ~~ん!! ミーニャで~~す!!。 雫斗さんの事で聞きたいことが有るのでお会いしたいで~~す」と大声で叫ぶ。 

 するとミーニャの足元に魔法陣が浮かび上がった。軽い浮遊感と共に転移するミーニャ。天井は無いが石柱の乱立している、観客席の無い広大な舞台の中央の様なよく分からない場所で、キリドンテが頭を下げて恭しく挨拶する。 

 「これはこれは、我が主のご友人様。転移でのいきなりの招待をお許しください、何分いとまが御座いませんでしたので、あなた様の承諾を省略いたしましたしだいでして」 

 切羽詰まって居るミーニャは悠長に挨拶をしている暇は無い。 

 「雫斗さんはどうなって居ますか? 何処にいるんですか?」 

無作法にもいきなり質問してきたミーニャに腹を立てる事もなく、落ち着いた声でキリドンテが答えた。 

 「我が主人殿は只今220迷宮群にて、深淵の試練を受けておいでで御座います。私どもがお助けする事は叶いませぬが、ご心配でしたら遠見の鏡で見守る事は出来まするが如何いたしますか?」 

 ミーニャが知りたい情報を、キリドンテがいきなり掲示してきた事で思考が追いつかず、軽いパニックに成った彼女は支離滅裂な事を話し始めた。 

 「えっ? 深淵の試練? 戦っているの? どうしよう・・・あっ悠美お母さんに知らせなきゃ。見守る?私だけで見るのは怖いけど。ああ〜どうしよう?」 

 「おお〜、御母堂様がご心配されておいでで御座いましたか? 分かりました私めから御連絡を差し上げましょう」と言って携帯電話をどこからか取り出した。 

 察しの良いキリドンテは、母親の悠美が息子の異変に気がついて、雫斗の動向を確かめる為にミーニャを自分の元へと使わした事を理解したのだ。 

 斎賀村の村役場の執務室で、悠美は気をもんでいた。気が動転していたとはいえミーニャに雫斗の安否確認をお願いしたのは良いが、我に返ると彼女が過のダンジョンマネージャーのキリドンテに連絡を付ける手段があるとは思えなくなってきたのだ。そこで村の長老達と海慈、それと雫斗のパーティーメンバーの百花達と音声チャットでどうすればいいのか協議していたのだ。 

 探索者協会名古屋支部の支部長に事情を話して、捜索隊をお願いしたとしても、そのダンジョンの最深部に拉致されているとしたら意味がない。しかし悠美にはどうにかして救助出来ないかと考えていると、余計な考えが堂々巡りして、居ても経ってもいられなくなってくるのだ。そんな時スマホの着信音が鳴る。 

 非通知ではない為、電話番号は載っているが登録していない番号だ、しかもビデオ通話での着信である。普段であれば無視をする所だが、予感があった。繋げて相手を確かめると、キリドンテの顔がアップで画面に出て来た。 

 「これは我が主のご母堂様。ご機嫌麗しゅうございますれば、このキリドンテご尊顔を拝します事「雫斗は何処なの!。 無事なのね?」」 

 キリドンテからの連絡に気が動転していた事も有り音声チャットの設定をそのままに。悠長にキリドンテの挨拶を受けて居られない悠美が、息子の安否を問いただす。 

 「ご母堂様、ご心配召されるな。わが主の強さは対峙する魔物の二つも三つも上で・・・いえもはやタガが外れて意味不明でございます。まさかアドミラル・ジャイアント・クインビーホーネットをその蜂の巣ごと叩き潰すとは、驚きを通り越して驚愕に打ち震えております。しかも危なげなく勝利いたしましたれば、ご安心くださいませ」雫斗の無事を保証しているキリドンテの言葉に安堵して。 

 「雫斗は無事なのね? 帰って来るのね?」と問いただす悠美に、落ち着き払ったキリドンテが。 

 「まだケルベロスが残っておりますれば油断はできませぬが。もはや時間の問題では在りましょう、我が主には隠し玉がいくつも有りますゆえ。ご心配であればが主の雄姿をご覧あれ」と言って、画面を変える。 

 其処には今まさに、巨大な魔獣であるケルベロスと対峙している雫斗とクルモの姿があった、しかも今までの経緯を織り交ぜながらキリドンテの解説付きで動画が流れているのだ。 

 しかし悠美は自分のスマホを通してチャットで相談していたメンバー全員にその動画が配信されている事に気が付いていなかった。 

 それは限定的では在るが、世界初のダンジョンからの生配信、しかも本当の意味でのダンジョン攻略動画と成って居たのだった。 

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