第1章 初級探索者編
第35話(その1)
雫斗は今、百花達とは別行動をしている。彼女達は夏休みに入ると荒川さん率いる名古屋支部前のダンジョンで、10層近辺での魔物の討伐に余念がない。流石に探索者資格を得たばかりの初心者に、5層以上の階層での魔物の討伐の許可が下りるとは思わなかったのだが、百花が雫斗が作った通話の魔道具で強引に押し切った。
要するに、ダンジョンからの一日二回の定時連絡を条件に、11階層までなら探索して良いという許可を無理やり勝ち取ったのだ。荒川さんからの”君達なら大丈夫だと”太鼓判を押されたのが良かったようだ。しかし荒川さんのクランの中堅どころの探索者二人とパーティーを組むことを条件にされはしたが、その探索者は百花達とは相性が良かったみたいだ。
その別行動をしている雫斗はというと、探索者協会名古屋支部の大会議室で講師のような事をしていた。居並ぶ企業の技術者を前にして教壇に立つ中学生という、甚だ可笑しな事態に為っていたのだ。
何故雫斗が講師の真似事の様な事をしているかと言うと、ひとえに雫斗と陸玖先輩の連名で、スマホに接続できる通話の魔道具をその現物事提出してダンジョン協会へ報告した事が原因だった。数の少ないダンジョン産の通話の魔道具より高性能でしかもデータ通信にも対応していて、大量生産が叶うと為ると、探索者協会の人達でなくても食いつかない訳が無かった。
ダンジョンからのもたらされる情報は基本公開が原則だ。それに加え探索者協会の人が通信事業者の企業に通話の魔道具の制作の打診をしては、その情報が広がるのに要した時間は数時間と言う短さだった。大量の問い合わせに苦慮した協会の職員が雫斗に泣きついたのだ、問い合わせてきた企業の技術者に説明してくれと。
余りに多い聴講者に雫斗一人では追い付かず、陸玖先輩を巻き込んでの講習会をこの10日ほど続ける破目になったのだ。とにかく暫くは、一日8時間に及ぶ説明会を終えて協会の人が用意してれた宿舎で、百花達が嬉々として伝えてくるダンジョン生活の報告を睡魔に耐えながら聞くという拷問を余儀なくされたのだ。
第1日目。初めての説明会と言う事で、要領が掴めず疲労困憊してベッドに倒れ込んだ雫斗は習慣的にスマホに着信が無いかの確認をする。すると百花からのメールの嵐にたじろぐ、何かあったのかと慌てて確認すると、そのほとんどが通話の魔道具を直ぐに繋げとの矢の催促だ、直接話したいことがあるようなのだ。
雫斗は面倒くささを感じながらも通話の魔道具をスマホに繋げて百花を呼び出す。すると開口一番「遅いじゃ無いの」。のお言葉に呆れる。
「なぜもっと早く出ないのよ、待ちくたびれたじゃない。何をしていたのよ?」。と激おこぷんぷん丸の百花。
「無茶を言わないでよ。こっちはようやく長い時間の説明会から解放されたんだから」と疲れた口調で雫斗が言うと。
「あら、それはご苦労様だわね。・・・ねえねえ、聞いて聞いて!、今日ねオーガと戦ったのよ、流石に一人でとはいかなかったけれど、危なげなく倒せたの、凄いでしょう!。それからね、長谷川さんが褒めてくれたわ、彼女は荒川さんのクランの人でね攻略パーティーの一員なの、その人が”君達の魔物の対する戦い方は称賛に値する、これだけ用心深くかつ確実にダメージを与えていく、その戦い方は忘れないでほしい。人は強く成れば成程自分の強さに酔ってしまうからね”。と言ってくれたの、ねえ聞いている、雫斗、雫斗。・・・あれだけ褒めてもらえると、いくら思慮深い私でも天狗みたいに鼻も高くもなるわ。・・・・・」。と百花の話が延々と続いていくのである。
雫斗も律儀に「うん。・・・そうなんだ。・・・へ~~。」と生返事を返していたのだが、百花の自慢話は、催眠誘導剤も真っ青な効き目を発揮して、三分も掛からずに寝落ちしてしまうのだった。
そんな雫斗の生活も五日目あたりから、講習の段取りも要領を掴めてスムーズにいくようになり、講習が終わった後、陸玖先輩と作り上げた通話の魔道具の、製造に関する問題点を詰める作業も一段落して、宿舎に早めに帰れるようになると、時間に余裕が出来てくる。
まだ午後も遅い時間だとはいえ、花達のダンジョン安行も架橋のはずだ、これすなわち、百花の自慢話攻撃が無いと言う事だ。
雫斗は宿泊施設の部屋と拠点空間を繋いで移動する。部屋の中に移動用のドアを構築していつでも通れるようにしたのだ。
『クルモ、調子はどうだい』。と拠点空間に入ると同時に念話でクルモに話しかける、雑賀村のダンジョン内部か、拠点空間内であれば使役している従者に念話で話す事が出来るのだ。
『あっ、ご主人様お帰りなさい。はい物凄く順調です。今、案内を寄こしますね』とクルモが念話で言うと同時に、横合いから大きさ50センチ程の蜂が飛び出してきた。初見であれば驚くだろうが、クルモが操作している機械である義体と魔物のハイブリッドの一つなのである。
その蜂が奇妙な動きで空中ダンスを披露するとドアが現れる、見慣れた転移用のドアだ、「ご苦労さん」と蜂に声を掛けてそのドアを潜る。
すると其処にはちょとした町工場を思わせる喧騒と共に、整然と並ぶ機械類が現れた。少し前に購入して運び入れた機械類だ。その機械類の合間を縫う様にクルモが現れた、その出で立ちは繋ぎを着ていて機械工然としているのだが、体格は子供のままなので背伸びをして、大人の真似事をしている様で微笑ましくなってしまう。
「ご主人様」と言って飛び込んでくるクルモを受け止めて、頭をクシャクシャにかき回す、嫌がる素振りも見せずに「えへへ」と笑いながら上目遣いに見つめてくるクルモに妹の香澄と同じような感覚を雫斗は感じていた。要するにもう一人の弟が出来た様なものだった。
クルモはもうすでに雫斗にとって無くては為らない存在と化していた。彼が物作りに興味を持ち、数々の機械類をおねだりされたので、購入して与えてしまった雫斗は、孫に何でも与えてしまうお爺さんの気持が分かった様な気がした。一応、必要経費だと自分に言い聞かせて納得させてはいるが、かなりの出費に成ったのは事実である。
その諸々の機械類と、移動用の機動装甲車の受け取りで、二日程、百花達と別行動をしていたのだが、そのすべてを拠点空間に運び入れ、いざダンジョンへと行くために荒川さんのクランの人達のキャラバンを待っていたところ、ダンジョン協会名古屋支部の人達に捕まってしまったのだ。その時ほど自分の運の悪さを嘆いた事は無かった。
第35話(その2)
さて今クルモには、共鳴鋼の単結晶インゴットを使った、マイクロチップ化に取り組んでもらっている。ひと昔前の技術での製造なのでそれ程むつかしい事ではない、ただ通話の魔法陣とデータ通信の命令形を一つにまとめ上げてウェーハーに縮小して転写する事は初めての試みであり、上手く機能するかも未知数だったのだが、蜂の魔物とのハイブリッド義体を支障なく使える当たりうまく行ったようだ。
「蜂の魔物の義体の制御はうまく行っている様だね。今いくつの義体を同時に制御しているの?」。と雫斗に聞かれたクルモが嬉しそうに答える。
「完全に制御できる義体は5体程度ですね、使役出来る魔物の知能が良ければ簡単な命令をするだけで自分で考えて行動しそうですけれど、そうなればその数倍は行けそうですね。ですが昆虫系の魔核の場合は簡単な命令形でしか機能してくれなくて困っています」。と然も残念そうに言う。
クルモは人の成りをしていても、ゴーレムという魔物には変わりはない。その魔物であるクルモが魔物を使役できるのか? 答えはイエスである。
ジャイアント・キングスライムのスラちゃんが、同族とはいえ数百体のスライムを使役しているのを見て、自分でも出来るのでは無いかと考えたクルモが、同族以外の魔核で試してみた事が始まりだった。
蜂や蜘蛛の魔物の魔核に始まり、鷲や鷹、フクロウなどの鳥類にキツネや狼、熊の魔核などで試しては見たものの、いま現在、成功しているのは昆虫系の魔物の魔核だけの様だ。
普通、召喚して魔物を使役する場合は、時間制限を受ける。つまり召喚してから一定の時間が経過するか行動不能になると、召喚した魔物は隠世へと転移してしまうのだ、しかも連続での召喚は出来なくて、クールタイムが存在している。
クルモ達ゴーレム系のアンドロイドは形態的には、魔物を使役するサモナーとは違い召喚に近いはずなのだが、召喚した主人も居ない上に、自己啓発的に機械と融合する形で現世に顕現した事で、時間に縛られる事無くこの世界に居座り続けているのだ。
スラちゃんから教わった召喚の魔法と、機械の義体と魔核を融合する事を思いつき、いろいろ試した結果、昆虫系の魔物では成功しているのだが、技量が足りないのか動物系の魔物では未だ成功していないのだ。
それでも、使い勝手の良さは折り紙付きだ。先ほど拠点空間の入り口の監視と雫斗をこの地点まで移動させた様に高性能ぶりを発揮している。
良く見ると自動精密加工の機器の操作にロボットのような人型が取り付いて操作しているのだが、それもクルモが同時に制御しているらしい。
「同時に制御できるのが5体でも凄いと思うけどね。そうだ、マイクロチップの方はどうなんだい? さっきの蜂の義体は結構よく出来ていると思ったんだけど」。と雫斗が感想を言うと。
「それなんですけど、チップ自体の製造は問題無いんですけど、昆虫系の魔物の制御となると言葉での命令を構築するのがほぼ不可能で、命令のコードを直接送信して制御しているんです。簡単な行動なら出来るんですけど、複雑な仕事となると命令を組み上げるのに時間が掛かってしまって、すぐには使い物にはなりそうも有りません」。と残念そうにクルモが言う。
「それに、此処ではうまく制御できても、外での制御がうまく行くとは限りませんし、いろいろ試してみない事には何ともいえません」。と謙遜して言うが、短時間でここまで出来るのなら上出来と言って良い。
通信回線の自動電子交換機を購入したのには訳が有る、雫斗独自の通信回線が欲しかった事と、何時の日にかミーニャの故郷に赴いた時に雫斗の使役しているモンスターたちと間で連携できないかと考えたからだ。
さすがにミーニャの居た異世界と、この世界が共鳴鋼の鉱石程度で繋がるとは思ってはいないのだ。もし行けたとしたならば、この世界と隔絶する事は確実なのだから、それならば独自の通信ネットワークを拠点空間に築いて居れば問題ないと思ったまでのことだった。
『おおお、主殿。お帰りであらせられましたか。不詳このキリドンテに御用は有りませんかな? 暫くお見えに為られておりませんゆえ、暇で暇でどうにかなりそうでございます』。と雑賀村のダンジョンを統括管理しているダンジョンマネージャのキリドンテが愚痴ってくるが、今は無視する事にした。
『今の所何もないかな。ダンジョンも下手にいじる必要も無いし、今までどおりに拠点空間の管理をクルモとやって居てね。あっ、もう行かなきゃ』。と言って雫斗は元居た宿泊施設へと転移門を構築して移動して行った。
そこでふと雫斗は考えた、念話を自由に使えると便利じゃ無いかと。雫斗が攻略したダンジョン内や拠点空間であれば距離に関係なく使えるのだが、一旦それ以外で使うとなると距離が物を言う。近くであれば使役しているクルモやヨアヒム達と念話で話す事も出来るのだが、相手と離れると途端に使えなくなるのはうっとうしいのだ。
スマホで隔絶した空間を電波を使わずに繋がる様になったとはいえ、念話の使い勝手の良さを知ると、いちいちスマホを取り出して相手にかける行為でさえ面倒になって来る。
要するに、頭の中で話す相手を考えて意思を伝える事が出来るなら、手間も要らずに簡単では無いかと思ったのだ。
所構わず話しかけるヨアヒムに辟易した経験から最初は念話での会話に否定的だった雫斗も、意図的に聞きたくない相手の言葉を止める術を覚えてからは、念話での会話の有効性に気付いてしまったのだ。
その事を考えている内に時間が来てしまった。当然その後は、百花達のダンジョン攻略報告という苦行が待ってはいたのだが、そこはいつものように寝落ちで対応した雫斗だった。
第35話(その3)
五日後、晴れて講習会という難敵を制覇した雫斗と陸玖の二人は自由の身となった。陸玖は斎賀村に帰って受験勉強に戻るそうだが、雫斗はダンジョンフォートレスへの物資搬入が午後からになりそうだと聞いたので、久しぶりに昇華の路を探してみようかと思い立たのだ。
ただ問題点が一つ有る。今まで秘匿していた保管倉庫のスキルと鑑定のスキルの取得条件を、ダンジョン協会が発表したのだ。
夏休みと重なった事も有り、何処のダンジョンもスライム討伐の探索者で1階層は混雑しているのだ。それは最近発見された名古屋支部前のダンジョンも例外ではなく、雫斗は仕方なく2階層で昇華の路を探す事にした。
雑賀村のダンジョンでも、接触収納を取得するために村の住人がこぞってスライムの討伐をしていた時は、2階層で昇華の路を探して歩いていたので、名古屋支部前のダンジョンでも見つけ出せるとは思うのだが、雫斗は斎賀村以外のダンジョンで昇華の間に入るのは初めてなのだ。その事に若干の不安を感じつつ入ダン手続きを終えて名古屋支部前のダンジョンに入って行った。
人の多い1階層を急ぎ足で抜けて、2階層に降り立った雫斗は3階層に降りる為の道筋から逸れて歩いて行く。しかし1階層ほどでは無いにしろ、此処でもスライムは湧いているのでそこそこの探索者がいて、スライムを探し回っているのだ。これでは昇華の路の捜索処では無い、雫斗は仕方が無いので3階層で探してみる事にした。
3階層に降り立った雫斗は人気の無い方へと歩いて行き、暫く歩いて気配察知と空間把握で誰も居ない事を確かめて拠点空間へ入っていく。雫斗にしても3階層で昇華の路を探すのは初めてなのだ、そこでクルモを同行させようと思い立ったのだ。
何故クルモかと言うと洞窟階層とは違い、草原や森などの階層では昇華の路は探しにくいと荒川さんに聞いていたので、クルモの使役している蜂たちの探索能力に望みをかけてみる事にしたのだ。
『クルモ。お願いがあるんだけど良いかな?』。と雫斗は遠慮がちに聞いてみた。
『どうしたんですか、ご主人様?』。と即座に答えてくるクルモに、事の次第を伝えてみると。
『良いですよ』。とよどみなく答えてくる、クルモ達使役しているモンスターにしてみると、主に同行できることは喜びであり誇りでもある様だ。雫斗の隣に転移して来たクルモの肩にはかつてのクルモの体だった蜘蛛型の義体を乗せていた。
クルモ本人もこの義体には思い入れがある様で、SIM化した通話の魔道具を本体に装着して直接操作しているのだ。最初はクルモがクルモを従えている様で違和感しか無かったが、人はどんな状況にも慣れてしまえる様で、今では何時もの事として気持ちの整理が付いている。
クルモが使役している蜂のハイブリッド魔物も一緒に転移して来ていた、しかも4体も連れている。
「4体も連れて来て平気なの? SIMの制作に支障はないのかな」。と雫斗は聞いてみた。今クルモは共鳴鋼を使ったマイクロSIMの量産をしていた、取り敢えず300個程度を目標に生産する様で、自動化出来ない分応用が利くとはいえ、手作業なので時間が掛かりそうなのだ。
「平気です、簡単な命令しか出して居ませんから。この蜂たちには、僕に追従するだけの命令で事足ります」。と強気のクルモ、昆虫系の魔物だけとは言えまだ2週間と経って居ないのにもうすでに使いこなしている辺り、魔物使いの才能でも有るのか末恐ろしい自分の従者に誇らしさを感じると同時に、負けてはいられないと思う雫斗なのだった。
拠点空間から、元居たダンジョンへと転移した雫斗は、さっそく昇華の路を探し始めた。クルモの使役している蜂たちは四方へと飛んでいき、蜘蛛型の義体もぴょんと飛び跳ねて木の幹伝いに移動して行った。
雫斗とクルモもお散歩感覚で話しながら昇華の路を探していた。だが決して油断しているわけでは無い、ダンジョンに居る魔物には気配察知を駆使して歩いているのだ、ちなみに空間把握で探索者の気配を探してはいるがここら辺では見かけないので反応は無い。
気配察知のスキルでは鑑定のスキルと融合した事により、20~30メートル以内であれば、ほぼどの様な魔物かの区別はつく、100メートル以内であれば危険な魔物とそうでない魔物の区別位は分かるのだ。
当然クルモも同じことが出来る、つまりダブルチェックをしているので、そうそう魔物の挟撃にあう事は無い。
「雑賀村のダンジョン以外に入るのは初めてです。3層との事ですがだいぶ雑賀村と違いますね、林のフィールドの様ですけど出てくる魔物は斎賀村のダンジョンと違うのですか?」。とクルモが物珍しそうにきゅろきゅろと視線を彷徨わせながら聞いてきた。
「斎賀村だとほとんどが草原で樹木はそれ程見られないからね、出てくる魔物の種類も違ってくるらしいね、聞いた話だと定番のラビット系の魔物とフォックス系はよく見かけるみたいだね。後、樹木は多いけどトレントモドキはいなくて、代わりにマンドレイクやキノコの妖精みたいなモンスターもいるらしいね。珍しい所で言えば昆虫系かな、蜂や蟻のモンスターはよく見かける様だよ」。と荒川さんから聞いた情報を自慢げに披露する雫斗。彼自身ここでの探索は初めてであり、4階層迄通り抜けた事が有るくらいなのだ。
「蜂ですか? 働きバチでは無く女王バチの魔核が無いのは残念ですね。流石に此の階層では出て来ませんでしょうし」。とクルモが言う。
「まー此の階層なら。働きバチなら単体で行動している魔物位はいるだろうけど、集団で襲い掛かって来る階層じゃ無いしね、試練の間なら出て来そうだけど、女王バチを含む集団は無理じゃないかな」。と雫斗が何気なく言うが、女王バチが居るとされているのは蜂の巣の中だと考えられている。その蜂の巣は20階層前後で見つかってはいるが、討伐できた探索者は今の所居ない、流石に数百匹の働きバチの護衛した巣にちょかい掛けようなんて考える探索者はいないのだ。したがって巣の中に何がいるにか分かってはいない、女王バチの姿さえ確認できていないのが現状なのだ。
第35話(その4)
クルモの操る蜂の義体はだいぶ優秀で、昇華の路を探しながらも魔物を倒して歩いて(飛んでいるけど)いる様だ。面白いのはお尻の針を飛ばしている事だ、普通の蜂の様に組み付いて刺すわけでは無い、文字どおり針を飛ばして攻撃しているのだ。
構造的には風の魔法陣を使った空気銃を応用した魔道具で、不思議なのはその個体別に接触収納が使える事だ、要するに接触収納を使った投擲を応用して威力を上げる事が出来る訳だ。それを考えるとクルモ一人で、ちょっとしたクラン・・・いや軍隊も作れるのでは無いかと思えてしまうのだ。
ほんとにお散歩感覚で、クルモと談笑しながら歩いているわけだが、時折魔結晶やら、魔核、取得物のカードなどがクルモの前に落ちてくる。蜂たちの戦利品なのだが倒した地点から距離があるとは言え、使役している主の眼も前に落ちてくるあたり、よく出来ていると言わざるを得ない。
人間に使役している魔物であれば、その取得物の価値が分かる者もいるだろうが、如何せん命令を忠実にこなしていく事を是とする魔物であれば、その取得物を無視する事も有るかもしれないのである。その取得物を有効に使える知能ある主の手元に出現するなら問題は無いのだ。
暫く歩いているとクルモが急に立ち止まった。何やら報告を受けている様だが、半信半疑の面持ちで雫斗に伝える。
「何かを見つけたみたいなんですが、要領を得ません。どうしますか?」。と聞いて来るのだが、当然確認しに行くに決まっているのだ。雫斗は軽く肩を竦めて「どこだか分かる?」。と聞いてみた。
「こっちです」とクルモの先導で歩き出す雫斗。しばらく行くと朽ちた大木が倒れているのが見えてきた。かなり大きな木の残骸で、ツタや雑草が絡みつき今にも崩れてしまうのではないかと思える程、年季の入った倒木である。
丁度大きな洞を下にして倒れた様で、少し屈めば入れるほどの隙間が空いていた。その入り口でかつてのクルモの義体が飛び跳ねているのだ。
雫斗が鑑定で調べて見ると、【不思議な空洞だ】と出ている。これは調べてみない事には分からないと中に入る事にした。
クルモの蜂たちが集合したので入ってみる。屈んで入り口をくぐると少し広い空間に出た、しかしそこは木の空洞ではなく、地面のくぼみで緩やかなスロープとなって降りていく。
「そう来たか」と雫斗は多少呆れながらも、スロープの先を見つめる。「蜂を先行させましょうか?」と聞いて来るクルモ。
「いや、いいよ。何が居るか分からないからね、用心して進もう」。と歩き出す。
普通なら索敵の為の蜂の魔物で先行させるのが正解では在るが、下手に強力な魔物と邂逅すると潰されかねないので、そこは雫斗の気配察知を信じて進む事にした。
暫く行くと、いつものドアに行き当たる。試練の間と宝物の間へと至るドアだ。いつもと変わらず、ドアに文字が浮かんでは消えてまた浮かんでくる、何の変哲もない試練の扉だ。
見慣れたドアに安心して不用心にドアへと触れる雫斗、当然使役しているクルモと手をつなぎ、”宝物の間”の文字が浮かんだ瞬間にドアに手を添える。
すると”宝物の間”と書かれた言葉がニヤっと笑った気がした。いつもの浮遊感の後、見慣れない空間に降りっ立った雫斗とクルモ。目の前には巨大な犬の魔物、頭が三つに分かれていて、俗に言うケルベロスと呼ばれている魔物だ。大きさは雫斗の十倍はありそうだ、スラちゃんを見慣れた目には迫力に欠けるが、それでも大きい。
しかし其のケルベロスを凌駕するモンスターがその隣に鎮座していた。・・・いや鎮座とは語弊がある。有ろうことか巨大な蜂の巣が浮いていた。重力の法則を無視したその佇まいは、驚異の一言で事足りる。ちょっとした一軒家は有りそうな大きさで、空中を浮遊しているのだ。しかも、スズメバチの様な巨大な働きバチが巣の周りで、もうすでに臨戦態勢に入っていた。
ここは此のダンジョンの最下層、ダンジョンハートの取得の為の試練の場だ。
油断して居なかったといえばウソになる。雫斗はダンジョンの攻略に招待されるのは、ダンジョンの最深部でダンジョンオーブを守っている魔物を倒した後であろうと高を括っていたのだ。キリドンテからも、ダンジョンオーブを深層に持つダンジョンを一人で攻略した時に、”覇王”の称号を持つ探索者にダンジョンを従える機会が訪れると言われていたのだ。
たかだか3階層の試練の扉を開いただけでその機会に巡り合うとは思っても見て居なかったのだった。雫斗の予定では、数年かけて実力をつけてから15層くらいのダンジョンで、単身ダンジョンオーブの取得に挑むつもりでいたのに、いきなり確実に50階層は有りそうなダンジョンの最下層に飛ばされるとは、これは偉業を通り越して苦行に違いないとひそかに思ってしまった雫斗なのだった。
斎賀村のダンジョンでは、ダンジョンハートの試練は巨大なスライムが相手だった、此処ではケルベロスと、蜂の集団と、二組と相成っている。しかも蜂の巣が聞いていた大きさとだいぶ違うのだ、数倍は有ろうかと言う大きさだ。
このダンジョンの特性なのか、雫斗とクルモの二人に人数を合わせて来たのかは分からないが、一応ケルベロスと蜂の魔物と魔物的には二対二では在るが、スズメ蜂の数が尋常ではない。
かなりの数の不公平さを感じながらも、雫斗は起こってしまった事は仕方が無いと覚悟を決めた。どの道やる事は一つしかないのだからと気持ちを引き締めた。
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