第41話  思惑とは常識の範囲内での出来事であって、非常識の中には入る事が無いという実例。(その1) 

第1章  初級探索編 

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第41話(その1) 

 名古屋市内の九つ有るダンジョンの一つ、探索者協会名古屋支部前ダンジョン、通称支部前ダンジョンに雫斗達SDSのメンバーは四人全員で来ていた。 

 比較的新しいダンジョンで、雫斗達が探索者資格を取得した時に出現した、彼等とは兎角いわく付きのダンジョンだ。 

 しかも雫斗がこのダンジョンを攻略した事で、他のダンジョンとは一味も二味も違うシステムとなって居る。 

 魔物を倒す事によって経験値やアイテムを得て身体能力の向上に繋げる事に変わりは無いが、死亡するリスクが減ったのだ、まったくないとは言わないが、魔物との戦闘で怪我を負って動けなくなった探索者は戦闘不能の時点で三階層の神殿へと転送されるのだ。 

 其処で死亡する前に治療を受ける事が出来れば身体的に回復する事が出来るのだが、当然魔物に負わされた怪我や死の恐怖は表面的な物ではない、心の奥底に刻まれた恐怖を克服する事が出来ない探索者は魔物やダンジョンに対してトラウマを抱える事に為る。 

 しかも一度でも死亡寸前の転送を経験した探索者は、全てのダンジョンに三年間は入る事が出来なくなるというペナルティーが課せられるのだ。 

 死亡するリスクが少ないと、無謀にも分不相応な階層へ挑戦したがる探索者が出てくるのは致し方ないが、当然力が上の魔物と相対する訳で魔物自体が弱くなった訳では無いのだ。 

 倒せないとなれば、死ぬか逃げるかの選択をする事に為る訳で、運よく命からがら逃げだしてペナルティーを回避して事なきを得た人もいるが、それでもダンジョンペナルティーを受ける人を無くす事は出来なかった。 

 何故その様な措置をしたかというと、ダンジョン庁と探索者協会からの要望で、せめて攻略済みのダンジョンでの死亡率を減らしてほしいと言う無茶を言われたのだ。 

 ダンジョンマネージャのキャサリンとキリドンテとの協議の結果、苦肉の策として”戦闘不能の時点で神殿への転送を許可する代わりに、死亡と同義の重いペナルティーは覚悟しなさい”、との事なので雫斗も妥協するしか無かったのだ、しかしそれは雫斗にも適用される、いくらダンジョンを攻略していても、魔物を狩る以上危険は付いて回ると言う事らしい。 

 つまりたとえダンジョンマスターであっても、ダンジョンに入り魔物と戦闘を行う以上他の探索者と同じ条件が適用されるらしい。 

 そうは言ってもこのダンジョンの最強のガーディアンを討伐した事を考えると、雫斗にとって15階層辺りの魔物は脅威には成り得ないのが現状だ。 

 名古屋市内のダンジョンは斎賀村のダンジョンと瞬時に行き来できる為に百花達SDSのホームダンジョンといっても過言では無いが。 

 その他のダンジョンに入る為に遠征するとなると、中学生である彼等には荷が重い、時代的に、探索者となった時点で大人と同じ扱いを受けるとはいえ、中学二年生ともなればまだまだ子供で有る。 

 それを考えると週末に他県への遠征で、大人の人に引率して貰うと成ると気が引けるのだ。どの道、攻略済みのダンジョンでも経験値は貰えるし、ドロップ品も変わらないと成れば、死亡リスクの低い名古屋市のダンジョンで活動しても構わないのであった。 

 「キェ〜〜」気合いと共に袈裟懸けに刀を振り抜く百花。 

 ミノタウロスの肩口から脇腹までを切り裂いてトドメを刺す、実質百花と弥生、恭平の三人でミノタウロス一体とオーク二体の魔物を危なげなく倒して見せた。  

 SDSのメンバーには、もはやこの15階層では魔物の討伐に苦戦する事は無い。 

 「このまま引き返して10階層の転送門まで戻って帰るか、15階層のボス部屋のボスを討伐をして15階層の転送門を開放するか、決めないといけないね」魔物の遺留品であるドロップアイテムを集めながら雫斗が聞いてみる。 

 ボス部屋と呼ばれる部屋の奥に設置されている転送門は、探索者毎にその階層を踏破すると開放したボス部屋の奥に設置されている転送門に移動できるようになるシステムだ。 

 「引き返すのは面倒だし、そのままボス部屋に挑戦するわ。雫斗の後方支援が有る内に行ける所迄は行きたいわね」と百花が15階層の踏破を提案する。 

 「そうね、まだ時間があるわけだし慌てる事も無いものね。でも確か15階層のボスって亀さんじゃ無かった?」弥生も百花の意見に賛成する、しかし亀さんと愛称で呼ぶとは・・・・。 

 「ジャイアント・タートルだね。動きは遅いが防衛力には定評のある魔物だ」恭平が正式な名前に訂正する。 

 保管倉庫のスキルが発見される前は、討伐するには二の足を踏んでいた相手だ。硬い甲羅は攻撃を寄せ付けず、その中に頭や腕を収納してしまえばほぼ無敵の防御力と成って居た。 

 要するに動きの遅い相手の攻撃は高レベルの探索者であれば除ける事は難しくない、しかし相手の防衛力にダメージを与える事が出来ないという手詰まりの状態となってしまうのだった。 

 普通のフィルールドであれば足の遅いジャイアント・タートルは無視すればよかったのだが、ボス部屋に居座られると困った事に為る、是が非でも討伐しなければ、次へ進めなくなってしまうのだ。 

  

第41話(その2) 

 やって来ました15階層のボス部屋。どのようなモンスターが中に居るのかは巨大なドアのモチーフを見ればだいたいわかる。当然このドアには亀の絵が描かれているわけだが、流石に普通のフィールドにいる様なジャイアント・タートルではなく、大きさは1.5倍あるため防衛力も其れなりに向上している、一番の違いは、魔法を使う事だ。 

 ”アースクエイク”文字通り地面を揺らして相手を動けなくすると同時にめまいや吐き気などの症状を追加で付与してくる。 

 動けなくなった相手に、ジャイアントプレスまがいの全体重での押し潰しが、この部屋の主の常套手段ではある。 

 後は何処かの映画の怪獣の様に、火の玉を口から飛ばして来る、着弾すると砕け散り周りに被害を巻き散らかすという厄介な攻撃手段を持っている。 

 流石は15階層の最後の要という所なのだが、保管倉庫を使った攻撃方法での討伐が出来なかった頃は、一人がけん制して注意を引いている間に爆薬を腹の底、正確には甲羅の片側に設置して爆破、ひっくり返たジャイアント・タートルが元に戻ろうと首や手足を出した所を寄ってたかって攻撃するという、なんともお粗末な方法での討伐が主流だった。 

 「いい事、入ったら私一人でやるから、手を出さないでね」と百花が宣言する。 

 15階層のボスの、単独での討伐に挑戦するみたいだ、他のメンバーは「頑張って百花」とか「やっぱり一人でやるんだ」とか「時間を計ろうか? タイムアッタクするんだろう?」と何とも気の抜けた言葉を彼女に掛けている。 

 「当然よ、初戦での最短記録を作るわよ」と意気込んでボス部屋のドアを押し開けて中に入る、全員が入りきると自然にドアが閉まっていく、閉じ込められる訳では無い、ダンジョンから切り離されて別の空間へと移動するためだとキリドンテが説明していた。 

 ボスの討伐には本来は時間が掛かる、30階層当たりの深層ならまだしも、15階層では頻繁に探索者が階層攻略の為ボス部屋へと挑戦してくるのだ、部屋に入ったパーティーが階層を攻略するまで待っていては行列が出来てしまう、それを避けるために入った探索者を取り込んで別の空間へと移動して、ダンジョンのボス部屋を次の探索者に譲るための措置らしい。 

 ドアが閉まったからと言って、閉じ込められて出られない訳では無い、逃げ出すためにドアを開けて部屋から出た瞬間、その階層の何処かに躍り出る事に為るらしいのだが、そのポイントはランダムで決まって居る訳では無い。 

 しかし逃げる為にドアを開けるといった行為に、優勢な魔物が黙って居る訳もなく、逃げるという行為にも当然リスクを伴う事に為る、そこはボス部屋のボス部屋たる由縁でお遊び感覚で挑戦できる程簡単な事では無いのだ、 

 ひとえに15階層の魔物最強は伊達では無い、その魔物を単独で倒そうとする事には意味がある、当然ダンジョン攻略の予行演習なのだ。 

 一行が中に入ると、ドーム球場並みの広い空間の真中にたたずんでいた巨大な亀の怪物が、むくりと首をもたげて此方を認識する。 

 走り出す百花、ジャイアント・タートルも完全に臨戦態勢だ、大地を踏みしめて大きな口を開けて首を高々と掲げる、まるで手でボールを投げるが如く首を限界まで後ろにそらしたのだ、 

 ジャイアント・タートルの火炎投擲の構えだ、その体制を見た百花は不敵に笑う、無防備に突っ込んでくる小さな人の予測位置に火炎を放とうとしたその時、ジャイアント・タートルの目の前に巨大なコンクリートの杭が姿を現した。 

 コンクリートの筒の先に鋼鉄の尖った先端を備えた凶悪なその物体の正体は、パイルバンカーという、百花が名づけたその兵器は元はただの建築資材だった物だ。 

 基礎工事用の巨大なコンクリートの杭が、保管倉庫に収めた途端、空中から落下して小さな相手なら押し潰し、巨大な相手なら串刺しにする無残な兵器と変わり果てた。 

 しかしジャイアント・タートルも防衛に特化した魔物だけは有る、甲羅に守られた体にはいくら重量が有ろうと14,5メートル程度の高さからの落下では、それ相応のダメージしか与えられない、しかし頭への直接攻撃にはかなりのダメージを期待できる、当たり所が悪ければ一撃死も有りうるのだ。 

 その事を分かっているジャイアント・タートルも火球の攻撃を中断してまでもパイルバンカーを除けるという行為を選択するのだった。 

 ジャイアント・タートルは慌てて口を閉じて落ちてくるパイルバンカーを避けようと首を強引にひねった。しかし発射寸前だった火炎弾はすでに実体化している、その火炎弾を無理やり口を閉じて暴発を防いでまで躱そうとした事は称賛に値する。 

 しかしその巨大さが仇となった、体が大きいと言う事は、それに付随している頭も大きいと言う事だ、巨大な頭を支えている首を必死に傾けてパイルバンカーの直撃を防いだかに見えたが、どうやら頭をかすめた様だ。 

 かすめたとはいえ、数十トンは有る高層建築用の杭の衝撃はすさまじく、口に含んだ火炎弾が暴発する、口もろとも顔の半分を吹き飛ばされたジャイアント・タートルだが、脳へのダメージはなさそうだった。 

 流石は防衛に特化した魔物だけは有る、傷ついた顔の部分を修復しながら突っ込んでくる百花を睨み付ける。しかし百花のパイルバンカーの落下攻撃もけん制でしかない、火炎弾が暴発してジャイアント・タートルの顔の半分を吹き飛ばしたのは嬉しい誤算では在るが、この魔物の弱点を付いているわけでは無いのだ。 

 顔の修復と、先制を期すはずが重量攻撃で後手に回ったジャイアント・タートルの次の手は近付いて来た敵をその巨体で押し潰す事だが、百花の狙いもそこにある、何もパイルバンカーの攻撃は上からだけではない。 

 前足を思いっきり伸ばして、後ろ足で飛び掛かる体制になったジャイアント・タートルの腹の底からパイルバンカーが付き上げる、タイミングよく突き上げられたジャイアント・タートルはそのまま後方へと裏返しに倒れ込む。 

 比較的柔らかいお腹の甲羅だが、百花の狙いは其処ではない、起き上がろう首を伸ばしたその一瞬を待っていたのだ、ジャイアント・タートルの腹を駆けあがり、そのまま駆け抜ける、起き上がろうとジタバタ伸ばした足を無視して狙うは伸ばした首。 

 肩口から飛び降りざまに、限界まで伸ばして仰向けになった体を起こそうとしている首を刀でなぎ払う。 

 頭が首を残して飛んでいく、流石に首を落とされて生きている生物はいない、それは魔物にも当てはまる、暫くして光の粒と成って消えていくジャイアント・タートルの巨体の後には、魔晶石と魔核が残されていた。 

 後は素材のカード数枚とスクロールが一つ、15階層のボスとしては良いドロップ品の様だ、百花もほくほく顔で回収しながらアタックタイムを聞いてきた。 

第41話(その3) 

 「どうだった? 結構いい線いっていたと思うんだけど」と少し謙遜しながらの問いだ。 

 「32秒だね、まあまあ早い方じゃないかな、初見での討伐ならトップ5には入ると思うよ」と恭平がスマホを見ながら答えた。 

 世界各地のダンジョンには、ジャイアント・タートルを15階層のボスに添えた部屋が無数にある、日々討伐情報は最新されていくのだ。 

 しかも最近は、討伐方法が確立された事により、単独討伐の記録がランキング形式で更新されていくのだから始末に終えない、まるでゲーム感覚での階層攻略となっているのだ。 

 「そう、まあ良いわ。目標は深層の階層攻略だし、まだまだやる事は山積みよね」と百花は更なる精進を誓う。 

 雫斗を筆頭に戦闘のスタイルに置いて個性的過ぎるメンバーで構成されているSDSだが、戦闘能力に関しては、日本において・・・いや世界の探索者と比べても最高ランクに位置している。 

 特に雫斗が引き出したスキルの恩恵は著しい、その使い方に置いて一日の長が有るSDSのメンバーだが、しかし命を懸けた戦いに置いての、経験値が致命的に少ない、その事を自覚している百花達は、戦いに関して余裕のある階層で魔物との戦闘経験を積んでいるのだ。 

 命のやり取りに置いて、相手の力量を正確に把握する事は、自分の命の延命につながる、疎かにして良いものではない。 

 昨今の探索者の行動は、ゲーム感覚での無謀な挑戦が目立つ事この上ない、いくら死ぬリスクの少ないダンジョンでは在っても、運が悪ければ即死も有りうるのだ。 

 しかもいくら命を長らえたと言っても、ペナルティーで三年の間の全てのダンジョンに入る事が出来ないとなると、探索者にとって致命的と言わざるを得ない。 

 SDSのメンバーは今日の探索を早めに切り上げて、名古屋支部前ダンジョンの6階層へとやって来ていた、取り敢えずパーティーを此処で解散して一人での探索に切り替える為だ。 

 試練の部屋とお宝部屋に繋がる昇華の路は、一人でなければ見つける事が出来ないのだ、何故6階層で解散するかというと、攻略済みのダンジョンの自質的な機能はこの階層から始まるのだ。 

 上の階層、5階層まではダンジョンを攻略した事への褒美的な意味合いで、人類にその恩恵を無償で与えている。 

 ダンジョン間の移動然り、鉱石や希少な鉱物の採掘は元より、農作物や魚介類などその地域で消費される基本的な必要素材をダンジョンからの取得物で安全に賄う事ができる様になったのだ。 

 雫斗は皆と別れて探索者協会名古屋支部へと赴いた、いくらダンジョンを攻略したのが雫斗であっても、ダンジョンの入り口が名古屋市内にある以上、ダンジョンがその地域に帰属する事に変わりはない。 

 そこで、雫斗は定期的に名古屋支部に来て状況の報告を受けたり、ダンジョンの構造の要望を聞いたりしているのだ。 

 特に、ダンジョンからの取得物の取引状況と5階層迄の施設の使用状況は雫斗の収入に大きく関係してくるので定期的な報告は必須なのだ。 

 ダンジョンからの取得物が無償で採取出来ても、個人での売買は禁止されている、協会を通さなければ資格停止などの罰則をもらう事になる、それ等は協会と日本政府が定めた法律ではあるが、面白い事に協会で決められたその決まり事、つまり法律はダンジョンの理に反映された。 

 ダンジョンからの取得物の違法な売買は、その行為をした探索者の進退に大きく作用した、要するにダンジョンに入る事が出来なくなったのだ。 

 入る事が出来無いとは語弊がある、出てくる事が難しくなったと言い換えた方がいいかもしれ無い。 

 ダンジョンは明確に、ダンジョンに入る事の出来る人間を選別する、要するに試金石と言う人が触れると色の変わる鉱石が、濃い紫や赤に変わる人間を拒絶するのだ。 

 ダンジョンに入れない訳ではない、ただ入ると出てくる事が出来なくなる事例が出てくるのだ、ダンジョン内での行方不明は魔物がいる以上避けては通れ無いが、浅い階層で忽然と居なくなり帰ってくる事がないのだ、まるで神隠しにあったかの如く。 

  

 雫斗が、支部長室の応接室で支部長と経理の担当者を交えて、ダンジョンを作り替えてからの収支の報告を受けた後、たわいもない会話をしていると、突然支部長から申し入れがあった。 

 「雫斗さんがダンジョンを攻略してから一ヶ月が以上が経ちますが、未だに他のダンジョンの攻略が出来ていません。我々としても頑張っては居るのですが、攻略の糸口が掴めていないのが現状です。いえ、それ以前に称号”覇王”又は”王”を冠する称号のを取得する手立てが皆目見当もつきません、何かアドバイスを含めて意見があれば、お聞きしたいのですが如何ですか?」そう話す菊村支部長だが、雫斗以外にダンジョンの攻略者がいない現状について、雫斗なりの見解として思う事は有る。 

 ダンジョンが攻略可能で有る事を発表したのは良いが、攻略に挑戦するには探索者協会の認可を受けないといけない事、それに伴って二十歳以上の探索者で25階層以上の攻略者でなければいけないと制限を設けてしまったのだ。 

 百花達が15階層当たりで管を巻いている原因がその制限なのだ、お役所仕事というか世間体を気にしていると言うか物事の本質を見誤って居ると雫斗は思っているのだ。 

第41話(その4) 

 「年齢制限をどうにかできませんか?、 ダンジョンでの探索に年齢という枠組みは本来関係ないと思うのですが」聞かれた以上雫斗自身の見解を正直に話したのだが。 

 「そこは、流石に不味いです。いくら何でも14、5歳の子供に単独での深層踏破を許可する事は出来ませんよ、社会的に悪辣な政策だと非難されるのは目に見えてますからね、それにこれまで挑戦してきた探索者は実力的に問題はないと思って居たのですが、如何してもダンジョンを攻略出来ずにいるのです」と不思議そうに聞いてくる。 

 しかしダンジョンを攻略する条件としてガーディアンを倒せる実力は当然だが、ダンジョンマネージャーを心底納得させる人間性も兼ね備えていなければ、到底無理なのだと雫斗は朧げながら感じて居るのだ、その一環として称号の取得が挙げられるのだが、その事に関しては雫斗にしても分からないとしかいう事が出来なかったのだ。 

 あえて話す事はしないが、ダンジョン内での行い、いやそれ以外は勿論のこと私生活での普段の姿勢そのものが称号の取得に直結しているとしか思えないのだが、その事を理解して居る人がどれだけ協会の職員に居るのか甚だ疑問ではある。 

 本来、ダンジョン内では年齢など関係が無いのだ、魔物との戦闘に置いて、年功序列など意味が無いのだから当然ではある、盲目的に目上の人を敬う習慣を美徳だと勘違いしている人達にとって、その制限は当然だと思っているのだろう。 

 しかし、その人物に敬意の念を抱くのは年齢に対してじゃない、人としての徳に対して頭を下げるのだ。 

 年齢を重ねて経験を積み、他人に対して配慮の出来る人物を人徳者として敬うので有って、地位や財産でその人に対する評価をしているのではない。 

 最近特に老害と言われてている人達はその事を勘違いしているのだ、ペコペコと頭を下げられる事を当然の行為だと思っているのだが、それは本来何の力も無い権力という人が作り上げた無益な地位に対してであって、決してその人物の人間性に対してではない。 

 ダンジョンは人と言うものを良く知っている、時に残虐な行為に対して嫌悪する時も有れば、その行為を自分自身が容認してしまう事だってあるのだ。 

 天使と悪魔の心を精神の奥底に抱く人類はその特異性で滅亡の一歩手前まで来てしまっていた、戦争や紛争という行為もそうだが、温暖化もその要因の一つだ。 

 ちぎる事の出来ない真綿で、じわじわと自分自身の首を絞めている事に気が付く事の出来る人は少ない、兎角繁栄と滅亡は生物にとって当たり前のサイクルなのだろうが、その呪縛から逃れるかどうかは人類の英知と知性に掛かっている、人類社会の崩壊に片足を突っ込んでいる事に気が付かない私たちにはもはや滅亡は必須だった。 

 移動手段と情報の伝達速度が劇的に進化した現在において、領土拡大の戦争や、宗教や思想による紛争など意味をなさない、最高権力者とその取り巻きの自己満足でしか無いのだ。 

 権力の行使という多数の正義がまかり通る歴史に、身を委ねてきた人類にとって、個人の力が矮小で暴力という力に対して無力である事に問題が在るのだ、しかしその多数の正義と言う摩訶不思議な現象が、昨今の人々の生活の根幹で在るのは事実だ。 

 ダンジョンが出現し始めて5年が経過して居る現在、少数の立場が際立ってきていた、つまりダンジョンに入る事の出来る少数派が力を持ち始めたのだ。 

 暴力で押さえ込もうにも、魔物と命を削るやり取りをして来た探索者達の身体能力には、国の中枢に踏ん反り返っていた人達の、虎の子である権力という名の暴力は意味を為さなくなっていた。 

 ダンジョンは、ダンジョンを探索してくる、もしくはダンジョン内に入った人物の知性と人間性を、試して居るのでは無いかと思い始めている雫斗にとって、安全の為とか効率重視とうたって、制限を設けて自分達の思惑通りに進めようといて居る、国や協会の上役の人達の政策には疑問が残る、そんな雫斗にダンジョン攻略の質問を聞くことは禁忌だと言える。 

 「いえ、単純に魔物やダンジョンのガーディアンを倒せる実力だけが、ダンジョン攻略の条件では無いと思います。実情ダンジョンを攻略する為の“昇華の儀”と言うイベントのステージに立つ条件として、称号は欠かせません。ただ強いだけではダンジョンは攻略できないと言う事なのかもしれませんね」と雫斗にすると結構オブラートに包んだ物言いとなったのだが、要はもっと誠実な人を探せよと言いたいのだ。 

 現状、協会のひも付きと言われている探索者に深層攻略の優先権を与えている現状では、暫くはダンジョンの新たなる攻略者は生まれ無さそうではあると雫斗は考えていた。 

 しかし蛇の道は蛇と言う訳では無いが、ダンジョンを攻略している雫斗には、何れ違う側面からダンジョンの攻略者が現れるのでは無いかと思っているのだ。 

第41話(その5) 

 一方百花達は、昇華の路の探索に余念がない、個人での探索でしか見つけ出す事の出来ない隠された通路を探している所なのだ。 

 名古屋支部前ダンジョンの6階層は迷宮というより迷路の様な佇まいをしている、同じ作りの人工的なレンガの壁が延々と続くのだ。 

 6階層の魔物と言っても、通路を主体とした作りからスライムや蝙蝠、ネズミや蛇など出てくる種類はダンジョンの1,2階層と代わり映えしないが、強さは階層に違わず段違いに強い、たまにゴブリンやコボルトといった人をモチーフにした魔物が複数で出て来る事も有るが。 

 百花の実力からしたら物足りない事この上ないのだ、昇華の路を探すとなると自然のフィルールドよりも洞窟型や迷宮型の方が探しやすいのでこの階層を選んだのだ。 

 暫く歩いて見つけた不審な壁に、手のひらを当てて半身に構えた百花は、腰を落として気を放つ。 

 掌撃破というスキルだ、剣を主な武器としている百花だが、師匠の敏郎爺さんから武器は壊れるものだから、その武器が無くても戦えるように格闘術も覚える様に言われて始めたのが太極拳だ、その太極拳の気を練って拳で打つその動作が気に入って鍛錬をしていたら、いつの間にか習得していたスキルなのだ。 

 要するに百花オリジナルなのだが、使い続ける内に衝撃を放つと、その標的が共鳴現象を起こし崩壊するという摩訶不思議で強力な攻撃手段と成って居た。 

 早々と昇華の路を見つけて、気が緩んでいる百花にはその後の展開を予測する事は難しいといえた、代わり映えしない昇華の間と宝物の間の文字が交互に変わる扉に警戒する事無く触れる百花。 

 当然転送され事に為るのだが、そこは見覚えの無い空間だった、背丈の低い草や木々が生い茂る広場は見渡す限りの平原と成り、百花の前には鎧兜を着込んだ武者の姿が有る、百花の三倍は在りそうな体つきからは強者の気配がひしひしと伝わってきていた。 

 その武者を従えている人が百花を見ている、存在感から言ったら武者の方が大きいが、その人物の醸し出す気配は武者に劣ってはいない。 

 「あら。・・・王の名を冠する人がいたので、私の迷宮へと招待したのですが、この様な可愛らしい方とは露知らず失礼をしてしまいましたかしら?。 もしこの試練に異議が御有りなら、やめてももらっても良いのですよ?」と優しく尋ねた女性は、和装では在るが何方かといえば妓楼の衣装が似合いそうな女性であった。 

 つまり百花羨望の、”ボン・キュ・ボン”のメリハリの利いた体型と、美しい妖麗な顔立ちと艶めかしい佇まいが相まって、怪しい雰囲気を周りに放っているのだ。 

 言葉をかけられた百花は現実に呼び戻される、今まで予想外の出来事に現実逃避を決め込んでいたのだ、しかも何故自分が”試練の義”に挑戦する事に為ったのか見当もつかないのだ、此処は名古屋支部前ダンジョンでは無いのか?。 

 「少し質問しても良いかしら?。 ここは何処なの、あなたは誰?」当然百花は定番の質問をしてみる。 

 「ふふふ、なかなか冷静では無いか、嬉く思うぞ。わたくしの名は”ユリヤの翔子”ユリでも翔子でも呼びやすい様に呼んで構わ無いわ。此処はお前達が大阪と呼んでいるこの国で二番目に大きな都市のダンジョン群の一つだ」そういって、その言葉を聞いた百花の、ほうけた顔を見て面白そうに笑った。 

 百花は混乱していた、そもそも”試練の儀”と称するダンジョン攻略に欠かせないステージには深層のボス部屋の単独討伐が条件だったはずでは無いか?、 それは百花が混乱している主な事象の一つでは在るが、そもそも攻略済みのダンジョンの昇華の路を辿って昇華の間へと転送したはずだったのが、いきなり別のダンジョンの試練の間に転送されたこともその一つだ、しかも試練の間に立つ条件としての称号”王”を自分が取得していた事への疑問が先立ち現実味を帯びて居なかったのだ。 

  

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