第1章 初級探索編
第40話(その1)
日本の誇るクランリーダーの人達とキリドンテ達ダンジョンマネージャーとの話し合いは平行線をたどる事に為る、ダンジョンがなぜ地球に出来たのか、何の為に、しかもこの大変な時期に。その事の核心を知りたい荒川さん達トップシーカの人達にとって死活問題だと言って良い案件だ。
ただ単純に、ダンジョンに入ってきた生命の命をむさぼるだけの存在としてダンジョンが有るのか。それとも他に何かの思惑が有って存在しているのか現時点では判断しづらいのがこれまでの現状だったのだ。
例えば魔物を倒したときに自身の身体能力を向上させるとか、魔物を倒したときや、ダンジョンを制覇した時の恩恵(オーブや諸々のアイテム)を褒美としとして与えるにしても、ダンジョンに探索者をおびき寄せる為の餌だと言われても否定するだけの材料が無かったのが、ダンジョンを攻略し、ダンジョンマネージャーなる管理者を従える事でダンジョンそのものを改変できるとなれば話は変わってくる。
探索者や人類のダンジョンに対する考え方や、心構えが違ってくるのだ。つまりダンジョンが何かの意思を持ち人類に貢献していると捉える事も出来るのだ。
要するに、現時点でどちらにも解釈が出来るという此の事態に、協会本部にしても政府にしてもどちらで有るのかの判断に困る頭の痛い事柄では在るのだ。
その事を正直に話して、ダンジョンマネージャ達から何とか協力を取り付けたい芽梶さんや香坂さんだが、キャサリンにしてもキリドンテにしても、話す事の出来ない事案に口をつぐむしかないのである。
話し合いの中で収穫の無いまま気落ちしていた荒川さん達だが、感触としては悪くなさそうなのが救いではある。
仮想空間越しでは在るがむき出しの敵意は感じられなかった、それどころか自分達に対して友好的な感情を感じていていて、彼らと話た事を感じたままに信じるのなら、彼らは人類に対して慈悲の心があると思えたのだ。
「ふ~~。流石に二癖も三癖も有る方々だな。簡単には教えてくれそうもない、未だに五里霧中と言う訳だ」と香坂さん。
「でも収穫はありました。ダンジョンは我々人類に対して敵対していない、それどころか祝福を与える存在として機能しているかもしれない事が分かっただけでも有難い事だと思います」と荒川さん。
「しかし確信が有る訳では無かろう? 我々の感触だけでは政府どころか協会のお偉いさん方は納得しまいよ」と芽梶さん。
其々がチャット会議の緊張から解放されて一息を付いて交わした言葉だ。悠美とSDSのメンバーは荒川さん達とダンジョンマネージャー達との会話に口を挟まずに聞き役に徹していたのだが。
「ところで雫斗君に聞きたいのだが、彼らは正直信用できるのかね? 私の印象ではおおむね良い感触を持っているのだが、最後に君の意見を聞きたい。それとダンジョンのこれからの在り様についても聞かせては貰えんだろうか?」芽梶さんが代表して、最後に雫斗にダンジョンマネージャ達の心象とダンジョンに対する考えを聞いてきた。
「キリドンテとは一か月、キャサリンとは1週間だけの付き合いですが、僕の使役しているクルモと同じように信頼できます、彼らはその存在が有る限り僕に尽くしてくれると確信していますね。ダンジョンの在り様についてですが、今現在でも社会に無くては為らない存在として恩恵を受けています、これからは攻略されたダンジョンも増えていく事でしょうからますます社会から切り離す事は出来なくなるでしょうね」と正直に答える雫斗。
「ほう。ダンジョンの攻略者が増えると踏んでいるのかね? その根拠を聞かせてくれないかね」と香坂さんが言う、ダンジョンの社会への貢献度は周知の事実なのだ、今更いう事でも無いらしい。
「僕がダンジョンを攻略できたのは、そのほとんどがイレギュラーですが、解ってきた事も有ります。挑戦する人物が成し得る事の出来る範囲で、昇華の試練は行われていると言う事です。魔物と対峙した時点で辞退する事も出来るみたいですし、最悪無理だと判断した時点で退避したら良いのですから」
そう答えた雫斗自身逃げ出す人は居ないだろうなと思っている。昇華の試練に招待された時点で、その探索者は力も胆力も備わっていると言う事なのだから、後は少しだけの勇気と運が味方してくれる事を祈るのみなのだ。
「其れから此れは僕の贔屓目的な感覚が入っていますが、ダンジョンは意思をもった生物の様な意味合いが強いのかも知れません。生き物に例えると語弊がありますが、そう考えると腑に落ちる事が多々あります。つまり感情を持った生き物として接する事で、ダンジョンがそれに見合った事を返してくるのだと思います」そう言った雫斗の言葉に一堂がそれぞれ顔を見合わせた、ダンジョンを知能のある生物と断定する感覚におどろいているのだ。
「ただ一人のダンジョンを攻略した人の見識は重いな、ダンジョンが意思を持つか。・・・しかし今はその事を議論している暇はない。我々はパーティー単位での活動に慣れている、今更ソロで活動しろと言われても無理があるように思えるのだが、そこはどう考えているのかな?」と香坂さんに聞かれた雫斗は。
「それは為れの問題でしょう。単独とは言っても使役している魔物はカウントされません、おおざっぱに言えば多数のゴーレム型アンドロイドや魔物を従えて昇華の試練に挑戦する事も出来るのですから。ただクルモや他のゴーレム型アンドロイドもそうですが、盲目的に主人に従事している訳では有りません、キリドンテ達もそうだと思いますが主人を見限れば離れていく事になるでしょうね」と辛らつに答えた。
これまでにもテイマーというスキルを過信した探索者や、財力に任せて数多くの使役する魔物達を従えていたエセテイマー達の動画に、魔物達を酷使する映像が流れていたが、最近見る機会が少なくなっていた。
噂によれば魔物達が逃げ出して騒ぎになっていると言う事だが、雫斗に言わせれば当然の結果なのだと言いたい。クルモやモカ、ロボさんや良子さんを見ていても分かるが彼らには個性が有る、一人として同じでは無いのだ。つまり人格?(魔物だから魔格か?)が在るのだから、隷属している存在ではなく、一人の知生体として接しなければ離れていく事は当然と言える。
それは魔物にも言える事で、粗末に扱えばいくら主従関係が有るとはいえ心の底から主人に尽くす事は出来はしないのだ。その事案に頭を悩ませているであろうクランリーダの香坂さんが。
「確かに、戦闘中に使役している魔物にソッポを向かれた探索者が、命からがらダンジョンから逃げ出してきて、協会にスキルの性質について苦情を言っている案件が多々ある事は事実なのだが、そもそもスキルとはどう言った物なのかね、今まで使ってきてなんだが、同じスキルでも扱う探索者で性能が違う様なのだが、均一ではないと言う事なのか?」と不思議そうにつぶやく。
「これは師匠の受け売りなのですが、”出来る事と、使いこなす事の間には天と地の差が有る、そもそも出来る事が実戦で使い物になるかは鍛錬しだいだ、精進を怠った者には敗北の二文字しか残らんよ”。と言っていました。剣術や体術もそうですが技を覚えても、体に馴染ませる為の鍛錬を怠れば、実戦では使い物に成りはしないと言う事でしょうね」と雫斗が言うと。
「そうだな。我々も初期の頃は取得したスキルで、何が出来るのかと毎晩考えて、考え抜いていたのだが、最近の探索者は多くのスキルを取得する事が、強く成る為の早道だと考えている傾向がある、確かに使える事と使いこなす事の差は大きい」そう言って軽くため息をつく香坂さん、どうやらクラン内の事で思い当たる節がある様だ。
第40話(その2)
その後、ダンジョンを作り替えるに当たって、どういった事を考えているのかと聞かれた雫斗は、斎賀村のダンジョンは、一階層をダンジョン間の移動とダンジョンでの立ち回りや、魔物との戦いのシミュレーション的な施設の構築と、スキルや身体能力の向上を目指す鍛錬場を作る計画だと伝えると。
「それなら、名古屋市内のダンジョンでも同じ様なものを作った方がいいぞ。でないとこの村に全国の探索者が殺到する事になる、それが嫌なら同じ規模・・・いや可能なら出来るだけ収容人数を増やした方がいいな、そうでもしないと収集が付かなくなる」と芽梶さんが言う。
当然ダンジョンからの生還率と深層へのアタック率や、報酬の取得率の向上を目指す為の鍛錬場なので、探索者協会主導となる。
そうなると鍛錬場や模擬ダンジョンの使用に無料という事はないが、かなりリーズナブルな設定となる事は間違いない。
どの道、探索者の報酬が増えれば、おのずと協会の収益に繋がるのだから、施設の使用料を安くしても元は取れる。
彼らの当初の目的では無いが、ダンジョンを改造するに当たって丁度良いタイミングではあった。
ダンジョンマネージャと日本の誇る探索者達が一堂に介しているのだから、彼らの意見を取り入れながら、斎賀村の二つのダンジョンと名古屋にある九つのダンジョンの大まかな構想を練っていく、
「成る程、つまりダンジョンを移動の為のプラットホームと位置付けて、駅や空港の代わりにする事を考えているのか。確かにダンジョンは人口密集地に集中しているからな、線路も要らず滑走路も必要ない、しかも地上で使う土地はダンジョンに入る為の入り口だけの広さで良いか。これまでの常識が覆るな」と半分呆れた様にさんが言う。
「しかも、其処に併設されるのは自己鍛錬の施設で、其処でダンジョン攻略の自信が付けば即実践で下層に行く事ができると言う訳か、う〜〜ん、・・・訓練した内容をその日のうちに確かめる事ができるのは大きいな」と香坂さん。
探索者協会でも、講習という形ではあるが実践向けの技術の習得の場はあったのだが、どうしても道場をイメージした手合いの鍛錬しか出来なった。
そういった兼ね合いから、ダンジョンの中で鍛錬が出来るのは画期的だった、雫斗達も知らなかった事なのだが、彼らの実力の一端は、ダンジョン内での鍛錬、しかも実践に即した内容であったのが大きかったのは言うまでもない。
荒川さんや香坂さん等の本来の目的とはかけ離れては居たが、キリドンテ達ダンジョンマネージャを交えてのチャット会議は充実した内容で終わった。
後は、中々腰の上がらない中央からの承認待ちではあるが、取り敢えず斎賀村のダンジョンを作り変えてみて問題点を洗い出していく事で、ゴーサインの出た時の名古屋支部ダンジョンを作り替えるに当たっての試金石とする事になった。
その数日後、ようやくダンジョン庁を交えての初の会合を行う運びと成ったのだが、都内のダンジョン庁舎の会議室で行われる事となり、雫斗は母親と一緒に東京へと向かうのだった。
「お母さん、ダンジョン庁の長官はどういった人なの?」東京に向かうリニア新幹線の中で雫斗は悠美に聞いてみた。
リニア新幹線の新しいプラットホームは、ダンジョンが出現する前は、東京名古屋間の営業だけで既存の新幹線よりは利用客が少なかった事で、ダンジョンからの影響は、新幹線の駅よりは少なかった。
しかし主要な駅がダンジョンに飲み込まれるか、ダンジョンが近くに出来るかして、何らかの影響を受けた事により、新幹線や従来線の駅が使えなくなった事で、その復旧作業が優先された。
新たに駅を作り直し線路を敷設し直す事が優先された事で、リニア新幹線の大阪までの工事が遅れる事となったのだ。
「とても優秀な方よ、私のかつての上司でいろいろとお世話になたわね。本来なら今頃は外務省の局長か事務次官に成っていてもおかしくは無いのでしょうけど、ダンジョンのおかげでエネルギー問題も食糧も国内で賄えるようになったから、今更外国との折衝に優秀な人材をつぎ込むより、これから何かと問題を抱える事に為るダンジョン庁に回したと思いたいわね」と意味深に答えた。ダンジョン庁長官の梶山 嗣人はどうやら悠美の上司だったらしいのだが、ことば尻からの人物描写に優秀なのか困ったちゃんなのか何とも言えない性格の持ち主の様だ。
要するに大人の事情という事なのだろう、雫斗も「ふ~~ん、そうなんだ」と興味無さそうでは在るが、これから深く関わっていく事になりそうなダンジョン庁との初会合に悠美は懸念を抱いていた。
かつての上司の優秀さは三週程回り切って明後日の方向を向いてしまう傾向が有る、要するに優秀さを通り越して化け物じみた秀逸さで周りを振り回すだけ振り回すのだ、使える人材は猫の手(人か?)でも使うのを信条にしている人物で、予言じみた先を読む洞察力と、その仕事に適した人を見極める観察力は神がかっており、彼が関わった事で間違いが起こった事は悠美の知る限り無いので有る。
しかしその事で厄みと嫉妬で敵も多く、彼の昇進のスピードは、さほど速いとはいえなかった、彼もその事には無頓着で昇進するたびに。
「仕事が増えて嫌になる、プライベートでの旅行も出来やしないし、趣味の時間も取れなくなった。これじゃ〜給与が上がっても使い道がないぞ」と言っていたが、彼を知る周りの人は本心だと知っていた。
しかし優秀であればある程省庁の業務が放っては置かない、結局は順当に昇進していく事となっているのだ。
今の所、この世界では雫斗を置いてダンジョンを攻略できた人は居ない、しかも都心での攻略ではない事が不安を掻き立てる、雫斗に対して東京のダンジョンの攻略の依頼が来ないとも言えないのだ。
「いい事雫斗。ダンジョン庁の長官は普段は良い人よ、でも業務となると人が変わるわ。手管口管で自分の思い、いえ社会に貢献できる事に関しては妥協しない人なの。ダンジョンを攻略できる人材をそのまま放置するとも思えないわ、たとえ子供でもね。いいわね、たとえ簡単な仕事だと思っても彼の頼みはことごとく拒否しなさい、それが無難よ」とアドバイスをする。
急造のダンジョン関連の法整備に不備はつきものだ、ダンジョン庁の緊急を含めた要請に、探索者の拒否権は無いに等しい。雫斗が未成年で有る事を理由に断る手も有るが、複雑奇怪な法の抜け穴はいくらでも思いつく事が出来るのだ。
「うん分かった」とのほほんと答えた雫斗では在るが、悠美の不安は尽きない。自分の息子である雫斗だが、子供だと思っていた数か月前が懐かしいのだ。
最近の雫斗は普段は普通の中学生と変わりは無いのだが、ダンジョンを攻略する事に置いて忌避を感じないのだ、恐怖も畏怖も無い、有るのは攻略した後の興味だけの様な気がしてならない。普段と変わらない雫斗の在り様に安心すると同時に、何処か遠くに行ってしまいそうな不安を感じているのだ。
第40話(その3)
ぼお~~と窓際に移る景色を見ていた雫斗では在るが、悠美に・・・いや、誰にも言っていない決意が有る。それはミーニャを故郷に返すという野望である、ミーニャを此の地球に召喚したのが、間接的にしろ雫斗達のせいなら元の世界へと送り返すのが正論と言うものだ。
しかしその方法が分からない、しかもミーニャの話から推察すると、彼女の元いた世界情勢が彼等、彼女等に優しくは無いらしいのだ。
その様な世界にミーニャを返す事は出来ない、かと言って返す手段が有るなら、返さないと言うのも変な話だ。
其処で雫斗はミーニャの居た世界に事前に自分が赴いて、偵察ではないが自分の眼で見て判断しようと思っているのだ、当然一方通行では話にならない、この世界とミーニャの居た世界を行き来出来る様にしたうえでの話ではある。
ミーニャをこの世界に召喚した雑賀村のダンジョンマネージャのキリドンテもイレギュラーでの召喚だと、ばつが悪そうに訴えていたのだが、ミーニャを元居た世界へ返せるか聞いたところ、出来ない事では無さそうだった。
しかしキリドンテのダンジョンのレベルでは意図的に異世界転移を行う事は無理であると最初に言われたのだ。ではどうするのか・・・・・・答えは分かっている。
他のダンジョンを攻略して、ダンジョンマスターと成る事なのだ、しかしキャサリンが管轄している九つのダンジョンを攻略してもまだ足りないらしい。
キリドンテが雫斗達が破壊したダンジョンの修復に異世界の休眠しているダンジョンからマナをチョロ負かして居たとの事なのだが、その休眠しているダンジョンが一体どれだけのマナを蓄えていたのか見当もつかない。
その様な思惑の有る雫斗だからして、規模の大きな都心のダンジョンの攻略に後ろ向きになる訳が無いので有る、しかし母親には心配を掛けたくはない。ではどうするのか? ダンジョン庁長官の梶山さんの出方次第だと思っている雫斗。
”かなり押しの強い人らしいし、要請に仕方なく応じる体で話を持っていければ好都合だけど”と考えを巡らせている雫斗はどうやって都心のダンジョンに潜り込めるのかを考えていた。
ダンジョン庁の施設を訪れた雫斗と母親の悠美は、職員に案内されて長官室に併設されている応接室に通された。
室内に入ると、ダンジョン庁長官の梶山 嗣人その人がて迎えてくれた。待ち遠しかった人がやっと来たと言わんばかりの対応に雫斗は少し引いていたのは内緒だ。
「やあ武那方さん。いや今は高崎でしたな、失敬。改めて高崎さんお久しぶりですね」とまるで芝居を打つ様に態とらしく名前を間違えた。
「梶山さん、相変わらずですね。はい、お会い出来たのは久しぶりです、何度かダンジョン庁には足を運んでいるのですが、タイミングが悪いのか、いつもいらっしゃらなくて、お会いする事が叶いませんでした。私が斎賀村の村長と探索者協会支部長に就任して以来ですね」と悠美がにこやかに挨拶を返すと。
「貧乏暇なしとまでは言わんが、なにぶん開庁して日の浅い庁舎でね、やる事は満載なのだが、なにぶんに人手が足りないのが現状だよ。特に君の離職は痛かった、今からでも復職を検討しては貰えんかね。いやマジで」とかつての部下であったからなのかかなり口が軽い、これでもこの庁の最高責任者である、威厳も何もあったものでは無い。
「相変わらず口が軽いのですね、その口の軽さに騙されて何度も無理難題を押し付けられたのを思い出しました、でも何故でしょうねその全ての思い出が、良い思い出となっているのですから不思議です」そう言って笑顔で返す悠美。
「喉元を過ぎればなんとやらでね、時間というスパイスは思い出という食材を美化する魔法の力があるのだろうね。ところでその子が雫斗くんかね?。 中学二年生だと聞いていたのだが、・・・いや失敬。ウォホン、初めまして雫斗くん私はダンジョン庁長官をしている梶山 嗣人と言うものだ。君の活躍には驚かされているよ、スライムを簡単に倒せる方法を立案したことを初め、Ⅾカードを使った接触収納を探し当て挙げ句の果てに、保管倉庫と鑑定のスキルまで立て続けに発見するとは驚を禁じ得ない。それは日本のいや世界の探索者にとって掛け替えのない新たな一歩と言って良い。僭越では有るが探索者を代表して私から礼を言わせてくれたまえ。本当にありがとう」と言って身を乗り出して握手を求めてきた。
両の手で抱えられて身動きの取れない雫斗は隣の母親を顧みる、すると苦笑いを浮かべて首を振っている悠美の姿が。・・・どうやら呆れている様だ、かなりの人たらしの様で、人懐っこい性格と相手をいい気持ちに持ち上げる気づかいで、この人の為ならと奮起する人が多いのもうなずける気がした。
「いえ。たまたま僕が見つける事が出来ただけで、運が良かっただけです。その事がこれ程の騒動になるとは思ってもみませんでした、このスキル自体は特殊でも何でもない物ですから、誰でも取得可能です。ですから僕は特別な事は何もしていません」と雫斗は取り敢えず無害を主張する、カードを利用した接触収納にしろ、保管倉庫、鑑定とどのスキルも誰でも取得は可能なのだ、スライムを倒せばいいだけなので別段難しくはない。
しかし使いこなすとなると話は別だ、スキルの存在を発表してから約四カ月程には成るが、雫斗以上に上手に使い込なせている探索者がいないのが現状なのだ。
「そろそろ会議室に案内してはいただけないでしょうか?」と悠美が笑いを堪えて言うと。「おお~~そうだった」と慌てて手を放して此方だと促す様に立ち上がる。
後ろの方では秘書官なのだろうか、すまし顔で後を付いて行く、雫斗達も同行していくのだが、歩きながらも悠美との会話に華が咲いている様で、その光景を見ながら怖い人をイメージしていたのにとひそかに安堵した。
案内された会議室で雫斗が攻略したダンジョンの使用について検討していたダンジョン庁の職員たちと、探索者協会からの出向者とのあいさつした後、議長の梶山長官の音頭で会議が始まった。
ダンジョン庁の会議室で行われた話し合いでは、主に攻略済みの斎賀村と名古屋市内のダンジョンを、どの程度まで一般に解放するかで揉める事になった。
日本に居る全ての探索者に無条件で解放した場合効率が悪くなるのは当然と言えた、探索者の多くは10階層を踏破出来ない中級以下の探索者なのだ、探索者全体の底上げが目的ならそれでも良いが、ダンジョンの攻略を目的とするならば、素質のある探索者を集中的に鍛えた方が目的を達成する早道だとダンジョン庁の首脳は考えている様だ。
確かに、深層を探索して居る高レベルの探索者なら、時間を置かずにある程度までならダンジョンを攻略できるレベルまで身体能力を上げる事は叶うだろうけれど、雫斗には其れだけではダンジョンの攻略は厳しいと見ている、相性があるのだ。
ダンジョンガーディアンとして存在している魔物とでは無い。ダンジョンとだ。
ダンジョンに個性というか性格が有るのであればダンジョンを攻略出来るか否かはその人の人格に左右されると雫斗は思っている。自分が攻略出来たからでは無いが、どんなに戦闘能力が高くても、ダンジョンがその探索者を主と認めなければどんなに強くても無理なのだと朧気ながら思っていた。
「やはり此処は、高レベルの探索者優先ではどうでしょうか?。 ダンジョンの攻略が急務である事は間違い無いですからその事を念頭において考えては如何ですか?」との発言に周りは同意している様だ。
「しかし、探索者の裾野を広くしない事には後々人員不足と成りはしませんか?、 幾ら高レベルの探索者でもダンジョン攻略は危険ですから。言ってはなんですが未帰還ともなれば大変な損失と成りかねません」と少数ではあるが、もっと慎重にしてはと遠回しに発言する人が居る、しかし急進派の意見の方が優勢のようだ。
大方の意見が出揃ったところで、梶山さんが採決に入る。
延々に議論を重ねても意味は無い、どのみちダンジョンの有効利用なんてやって見なくては分からないのだから、方針を早めに決めて事を進めてしまった方が後々の為になる。
取り敢えずは、名古屋ダンジョンは一般に開放して、探索者のレベルの底上げを主体とする事とし、雑賀村のダンジョンを深層探索者専用の鍛錬場とする事で採決された。
ダンジョン内の構造に関してはその都度変更していく事で決まった、施設を稼働して見て不具合が見つかったとしても、一週間程度の閉鎖で作り替える事が出来るのが大きかった。
既存の建物ではそうはいかない、不具合が簡単な物なら修復という手も有るが、致命的な不具合なら一度出来上がってしまえば変更するのに年単位どころか老朽化を待って次の施設の建築に着手するという悪循環が生まれてくるのだ、そう言った手前、膨大な資金と時間を無駄にしない為に協議に時間を、逸れこそ無駄だと評されるほどの時間を掛けて協議に協議を重ねてようやく建築の許可が下りるのが一般的なのだ。
その点ダンジョンの異常性は際立っていた、部屋の模様替えをするかの如く、気に入らなければ中身の構造自体を作り替えるこ事が出来るのだから、さながら異空間に存在する迷宮の不思議と言えた。
第40話(その4)
それから数週間が経過した、夏休みも終わり子供たちの学校生活も始まった事で、斎賀村に平穏な日常は訪れるはずであったのだが、そんなことは事は無かった。
ダンジョン交通機関の発表と共に、訓練施設や、5階層迄のダンジョンを使った第一次産業を含む工業生産拠点の構築に関する施策の依頼を、各企業に打診をしたところ最初は懐疑的な目を向けられていたが、本当にダンジョン内での生産活動を行えると知ると驚きをもって迎えられた。
日本の国土を考えると狭い土地に悩まされることが無くなる事は大きかった、ダンジョン内で魔物に悩まされる事無く活動できると知ると其の利便性に着目する数多くの企業が名乗りを上げたのだった。
ただ最初に開放するダンジョンは斎賀村の沼ダンジョンを使用する事に為り、あまたのダンジョン関連の企業の研究機関が誘致に乗り出したのだ。
雑賀村内の土地の買収に始まり、村の郊外に研究施設の建設ラッシュが始まったのだった。
普段なら陸の孤島と化している斎賀村だが、ダンジョン交通の起点となった事でそのくびきから解放されたのだった。
しかも資材の輸送には保管倉庫の取得者が居れば事足りるのだから、重機を始め数々の建設機械と資材が効率良く移送できるとあっては、どの企業もこぞって村の開発に名乗りを上げてきたのだ。
「最近は村の郊外が騒がしいわね、こうもうるさいと落ち着かないわね、何とか為らないかしら」と百花が学校の帰りに気色ばむ。
雫斗達SDSのホームダンジョンが、ダンジョン関連の企業と探索者協会の深層探索者の訓練場と化していて、雫斗達は仕方なく村のダンジョンの中で活動しているのだった。
「仕方ないさ、今の所ダンジョン内での交通機関は斎賀村と名古屋市のダンジョン間でしか機能していないのだから。取り敢えずは村の中は村人優先でとの決まりを作れただけでも良しとしなきゃ」と雫斗が言うと。
「それにしても、かつての雑賀村の人口の三倍の人数が寝泊まりしているのにどうしてダンジョンが増えないのよ、おかしいじゃない?」とおかんむりの百花。
「キリドンテの話だと定住が条件としてある様だよ。最低三カ月の衣食住の継続だって、此処に来て居る人達はいわば建物と道を作る職人だからね、出来上がれば帰って行く人たちだし、それに名古屋市に住んでいて仕事の時だけ此処に来るっていう人もかなりの数がいる様だしね」と雫斗が身も蓋も無いことを言う。
ダンジョン交通機関は時間の観念が無い、一瞬で移動が完了してしまうので、まるで名古屋市のお隣さん感覚でこちらに来る人がいるのだ、雑賀村は遊戯施設がない、ちょっと飲みにとはいかないのだ、しかし名古屋市であれば羽を伸ばせる事の出来るお店はたくさんある、わざわざな何もない雑賀村に寝泊まりしてまで仕事をする必要が無いのが現状なのだ。
「今度の週末は、名古屋支部前のダンジョンの15階層での探索だったね、何時も通りに8時に村のダンジョン前での集合で良いの?」と話題を変える雫斗。
「ええ、そのつもりよ。でも癪だわね、パーティの連携を確認する為とは言っても、あなたが全力を出せない戦闘を強要するのは気が引けるわ」と若干愚痴気味に百花が話す。
雫斗が本気で戦えば周りが付いて来れない事も有り、かなり控えめの戦い方になってしまうのだ。
ついて来れないというよりも、周りを巻き込んで怪我を負わしかねないのだから始末が悪い、雫斗が攻略した以外のダンジョンに入る事を禁じられている雫斗は、使える時間のほとんどを自身の鍛錬に費やしている、その弊害として雫斗の戦闘能力が百花達の数倍に跳ね上がっているのだ、そうなるとパーティとしての連携以前に戦闘としての連携が成り立たない。
取り敢えずパーティとしての体制を整える意味で、連携の訓練を月一で行ってはいるが、百花達が全力で戦っている傍で仲間を傷つけないように気を付けながら戦っている雫斗に思う所が有る百花なのだった。
其処で前に「こうも実力に差が有るとパーティとして意味がないから、雫斗は一人でいた方が良いんじゃないの」と提案した所、「ボッチの探索者は嫌だ」と泣きつかれたので、とりあえずはそのままSDSのメンバーとして扱ってはいるが、どちらかと言えば教官としての立ち位置がふさわしいような気がしているのだった。
戦闘に関しては、後方からのアシストでピンチと言える事態には為らないし、戦闘後の的確なアドバイスで、メンバーの戦闘能力の向上にもつながっているのだから、その事は言い得て妙だと言えた。
「雫斗の場合は、遊撃手として考えた方が良いかもね。僕たちの攻撃の側面から縦横無尽に繰り出す礫や魔法の攻撃には相手も迂闊に踏み込んで来れないからね」と弥生が雫斗の立ち位置を提案する。
確かに後方から指示を出しながらパーティーとして攻撃に参加するよりも、かく乱の意味合いで挟撃をする方が雫斗の戦闘スタイルには合ってはいるが、そうなるともはやパーティーとしての体裁は無くなりそうではある、しかし其処は妥協する事にした雫斗だった。
「ところで、ダンジョンの攻略はあまりうまくは要っていないと聞いたけれどどうなの?」と恭平が聞いてきた。
そうなのだ、雫斗も詳しくは聞いていないのだが、自信過剰な探索者が挑戦してはいるが、そもそも単独での最下層の魔物の討伐で躓いていてはどうにもならない。
子供の雫斗が簡単にダンジョンを攻略できたと聞いてそれならと挑戦しているらしいのだが、昇華の試練の檀上にさえ上る事が出来ていない現状だから話にも為らない。
そう言っても雫斗にしても正規の手順を踏んでダンジョンを攻略できたわけではない為、何とも言えないのだが、近いうちにその事で何らかの話し合いが模様されることになりそうだと母親の悠美から聞いているのだ。
「まだ攻略できたとは報告がないから何とも言えないけれど、暫くは無理なのかもね、そもそも僕が攻略できたのは、ほんとイレギュラーが原因だから」と雫斗は正規の攻略者ではないと訴える。
「じゃ~~暫くは、世界初のダンジョン攻略者として君臨していくのね。すごいわ~~」と茶化して百花が話しかける。
多少羨ましさが有るとはいえ、現状雫斗の置かれた立場は微妙なのだ、何故雫斗だけがダンジョンを攻略できたのか、その疑問さえうまく答える事が出来ないのだから、謎は深まるばかりである。
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