第1話  ダンジョンとディスプレイカードの秘密

ダンジョンを探索すると、いろいろな事が分かるかも。

第一章  初級探索者編

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第1話 (その1)

 春の温かい陽気が新緑のすがすがしい香りを運んでくる。その涼し気な、心地よい風を肌に感じながら、細い山道を進む一団がいる。 ここは斎賀村と言う辺鄙な村だ、その山道を大人の男性を先頭に、子供達数十人が楽しそうに歩いている。 

  今日は村の学校の課外活動の一環で、遠足兼魔物対策を実地で教えるため村から数キロ離れた池に向かっているのだ。 新学期が始まって二週間ほど経ち、梅雨の季節に入る前の親睦を兼ねた遠足なのだが、それはこの村のここ最近の恒例行事と化している。 

 都市部に人口が集中した今日、この雑賀村もほかの郊外の村と同じように過疎化が進み、世帯数で80世帯ほど人口にして300人を下回るほどになってしまっていた。 その主な要因として交通の不便さが挙げられるが、決定的な原因は5年前に起こったダンジョン発生の波だと言える。 

 突然発生したダンジョンは、まるで人口の多い場所を求めるように都市部を中心に増えていった。 最初は駅やビルディング、競技場やイベント会場といった人々が多く使う建物に融合する形で、得体の知れない空間が生まれたのだ。 

 そうして、その施設に居た人達を取りむ形で、その建物ごと巻き込んで生成されていったのだ。 比較的入り口に近い所に居た人達は自力での脱出に成功できたが、なぜか奥に居た人達は出てくることが出来なかった。 

 その取り込まれた人達を救助する為に最初、消防や警察と言った人たちが向かったが、彼らは中に入って驚愕した。 なんとその不思議な空間の中には小説やゲームでよく言われている魔物の様な物が居て襲い掛かって来たのだ。 

 建物と融合した空間は、元の建物の間取りをある程度模様していた事も有り、しかも入り口近くに居る魔物は比較的討伐しやすく、最初はスムーズに救助が出来ていたのだが、奥に行くに従って魔物が強くなり警棒や盾と言った物が通用しなくなっていった。 

 そこで最終的には自衛隊の銃火器による魔物の討伐に頼るしかなくなっていったのだった。 しかし2週間程かけた救助活動も、奥に行くにしたがって強くなっていく魔物の対応に苦慮したため打ち切りとなった。 

 ただそれで終わりでは無かった。数か月と時間が経つにつれ公園や林の中など建物以外でも、突然洞窟の様な入り口が出現して不思議な空間が出来始めていた。 当初政府はその不思議な空間の数を把握することに手一杯で、当然規制も対応も後手に回って居ため、若者を中心にその空間に入って出てこない事例が多発する事態に至った。 

  そこで政府は不思議な空間を見つけた傍から規制線を張り、民間人が入らないように自衛隊や警察で封鎖していたが、その空間の出来る数を把握することが精一杯で、入り口にバリケードを組んで、中から魔物が出て来られない様にする対策で精いっぱいだった。 

  ただ政府の思惑とは別に、魔物は入り口から出てくることは無く、その不思議な空間の入り口を中心にして、直径一キロの範囲で湧き出す様に出没し始めたのだ。 

 しかし自衛隊の人員にも限りが有り、全ての不思議な入り口の封鎖とその内部の調査に赴く事が出来ずにいた。 そこで政府は自衛隊の主力を、首都圏と政令指定都市を魔物から守るために、その地域に集中させることに決めたのだった。 その他の市町村では、警察や消防といった非戦闘職の人達や比較的格闘に重きを置いていた民間人等に任されることに成ったのだった。 

 しかし不思議な空間周辺で出てくる魔物は比較的に弱い部類の魔物が多かったので、銃火器に頼ることなく対処することが出来たので、一般の人達でも倒す事ができた。 そして何時しかその不思議な空間は、まるで迷宮みたいだという事で”ダンジョン”と称される様に成っていったのだ。 

  最初の数年はインフラを破壊された首都圏や大都市の復旧と、ダンジョンの調査とダンジョンからもたらされる色々な未知の素材の検証と研究および開発に費やされた。 

 そしてダンジョンから産出される数々の不思議なアイテムの利権をめぐる争いで世界は混乱を極めたが、ここ最近でようやく落ち着きを取り戻したのだった。 

     

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 高崎雫斗は雑賀村の中学2年生の男の子だ、今日の課外活動の最上級生でほかの同級生とともに小学生の世話をしている。 

 「千佳ちゃん、疲れていない?」

 雫斗は手をつないで一緒に歩いている小学4年生の女の子に気遣いながら声をかける。

「全然平気だよ」

 斉藤千佳が、つないだ手をぶんぶん振りながら元気に答える。 流石に小さいころから村を走り回っている女の子だ、ちょっとした山道など大したことがないようだ。 

 「シズちゃんシズちゃん、冒険者だよ冒険者、やっと冒険者になれるんだよ!!」

 そう言って嬉しそうに千佳が話す。 

 「いや冒険者じゃないから探索者だから、それにまだ探索者にはれなれないから。小さいし」

 そう言って苦笑いをする雫斗。小さい子の間では冒険者として名前が通っているが、正確には探索者と言う。 

  「おおお、千佳っちは将来探索者希望なのかにゃ~?」

 変な猫語で話しかけてきた人物がいる。生徒から”猫先生”と呼ばれている引率の先生だ。 

 別に猫好きとか猫を被っているとか言う訳ではなく、いや・・・猫を被っているのはあながち間違いではない。 猫をモチーフにした着ぐるみの様な義体のアンドロで、まるで何かの癒し系の猫の着ぐるみを着ている人の様に、二本足で立って歩いているのだ。 

 これもダンジョンからの恩恵の一つだ、猫先生はゴーレム系アンドロイドでダンジョン産のアイテムと現代科学の融合体だ。 ゴーレムと呼ばれる魔物を倒したときに、たまに残される魔核と呼ばれるものを調べていると偶然自我が芽生えた。 

 魔物からの取得物なので警戒されたが、おおむね人類に従順だったため、まずは試しにと義体を制御させると驚くほどうまくいった、今ではアンドロイドとして人手不足の社会に無くてはならない存在となっている。 

 「猫先生、焚き付けないで下さいね。千佳ちゃんはまだ10歳なんだから」

 そう言って雫斗が注意すると。 

 「分かっているにゃ、でも此れからDカードを取得しに行くのに、それぐらいの気概がないと駄目にゃ~」

 言っている傍から応援し始める猫先生。それを聞いた千佳が気合いを入れたのか握っていた手に力がこもる。 

  ここ最近の人類はダンジョンに依存して生きている、エネルギーはもちろん電気や食糧、医薬品や衣料品に至るまで、そのほとんどをダンジョンから得られる物でまかなっている。 

 その為ダンジョンに入り探索して資源を運び出す存在が必要になってくる、その人たちを支援することを目的に、探索者協会が組織された。 ダンジョンの管理と産出物の買い取りと保管、および安全性の調査が主な業務だが、ダンジョンを探索をする人の育成と管理も行なっているのだ。 

 数々の恩恵をもたらすダンジョンだがいい事ばかりではない、当然ダンジョンの中には魔物がいて、中に入って来た人や生物に襲い掛かって来るので、必ずといっていいほど戦闘になる、その戦いの中で命を失う危険もあるのだ。 

 雫斗達家族も最初のダンジョン生成に巻き込まれて、命を失いかけた事が有る。帰省しようと新幹線に乗るために東京駅に来ていたことが裏目に出たのだ。 

 世界情勢が混沌として来たので、陸上自衛隊に在籍していた父親が、防衛の為戦闘になるかも知れない地域へと赴任する事と成った。 着任する前の休暇と母親の臨月が重なった為、母親の実家で出産することに成り、その為の帰省もかねての里帰りだったのだが、そこでダンジョンの生成に巻き込まれたのだ。 

 母親の実家へと向かうために来ていた東京駅がダンジョン化した。子供の出産をまじかに控えていた母親は身動きが取れないので、父親は早々に脱出を諦めて動くに動けない人達と協力して、ある店舗にバリケードを築き、助けを信じて防衛戦を繰り広げたのだ。 

 結果的に此の事が功を奏した、四日後に助けに来た自衛隊の隊員たちと無事生還する事が出来たのだから運が良かったと言える。 

 その時の雫斗はまだ小さくて良く覚えていなかったが、最近ディスプレイカードを取得した事から当時の事を調べてみると、我先にと脱出を試みた人たちのほとんどが、生還できなかったと記録に残っていた。 

 しかし、考えて見ると世界規模でダンジョンがいきなり出現した事により、紛争状態の地域を始め、太平洋地域で海軍力が米国を凌いだ中国が満を喫して台湾に進行する一歩手前だった台湾海峡も、ダンジョン発生でそれどころではなくなってしまっていた。 

  その事から、後にダンジョンが地球、いや人類を救ったと見る人達も少なからずいる事は事実だった。 

 

第1話 (その2)

 さて現在は、ダンジョンの恩恵で成り立っているとは言え、さすがに10歳の女の子に”ダンジョンからお宝を取って来い”と言うほど鬼畜な社会ではない。 

 都会ほど危険な魔物はいないとはいえ、ダンジョンの影響下にある土地は魔物が湧き出して来る、その対策とディスプレイカードの取得が目的だ。 

  なぜディスプレイカードを小さな子に取得させるのかというと、ダンジョンの魔物を倒したときに、たまに出てくる怪我が立ち処に治るポーションやそのほかもろもろの薬や、不思議な事が出来るようになるスキルオーブやスキルスクロールといった物は、ディスプレカードを取得した人しか使うことができなかった為だ。 

 いや、そう言うと語弊がある、確かにスキルオーブやスキルスクロールは、ディスプレカードを取得していないとスキルを取得する事は出来ないが、ポーションや薬類に至っては使用する事は出来るが、効果は半減するのだ。 

 低級のポーションでさえディスプレカード取得者であれば、裂傷など数10針を縫う事に為ろうかという傷でさえたちどころに消えてしまうが、カード不所得者に至っては止血程度にしか成らない。 

複雑骨折など治療に数か月、いやリハビリを含めると数年は掛かろうかという大けがでさえ、中級ポーションを使えばたちどころに治ってしまう。高級ポーションに至ってはこれは即死だろうという大怪我でさえ直してしまうのだから、カード取得者と取得していない人では理不尽なほどの差が在るのだ。 

 そこで小さな子がいる親たちは、 もしも子供たちが大怪我や病気になった時に、ポーションや薬を使えるように、ディスプカードを取得させるのだ。 

 ダンジョンの中であれ外であれ、初めて魔物を倒したときに出てくるディスプレイカード、便宜上カードと言っているが自分以外の人に見せることはできても他人が触れることができない、ただ存在するだけの不思議なカード。 

 まず自分の手から離す事が出来ない、何処かに置こうとすると消えて無くなるのだ。”何処に行った”と思って意識を向ける、又は探そうとすると何時の間にか手の中に現れる、まるで手品のように出したり消したりが出来る様になったのだ。 

 最初手の中に出したり消したりできる機能からアイテムボックスを疑われたが、カード以外消せない事と自分以外の人が触れる事が出来ない事を考慮して、アイテムボックスではないと結論付けられた。ただカード自体に書かれている文字でステータスの表示機能の一種なのではないかということで落ち着いた。 

 表面に書かれているのは自分の名前とレベルだけしか書かれていないが、ダンジョンの到達階層でレベルの表示が変わるのだ。 

 到達階層で変わるレベルを、自分のステータスと言って良いものかと、かなり紛糾したが、そのほかに何も書かれていないため、中にはスターテスではないという人もいる。 

  もう一つの機能としてお互いを認識する機能がある、カードを重ねて勧誘と承諾の意思を伝え合うと、繋がる様な感覚がする。 

 離れていてもお互いのいる場所がなんとなく分かるし、近くにいると考えていること、行動しようとしていることが漠然とわかるようになる。 

 複数でダンジョンに行くときはお互いを認識する機能を使うことでパーティーを組む、そうする事で探索や戦闘で優位に立つことができた、つまりダンジョン探索の必需品であるが、そのカードの名称を決めるには時間を要した。 

 ダンジョンの魔物を倒して取得する事から”ダンジョンカード”とするか、自分の名前と到達階層で変わるレベルが表示されているから”ディスプレイカード”とするか”、はたまた、パーティーの構築や探索で使えるから”パーティーカード”とするかで紛糾したが、何時まで経っても決める事が出来ずに好きに呼称して良いと言う事で落ち着いた。だが一般的にDカードの方が独り歩きしているのが現状だ。

 雫斗が周りを見回すと立花恭平が歩くジャングルジムと化している、斎藤千佳とともにDカードの取得に挑む、男の子達三人にまとわりつかれていた。恭平は体が筋肉質で身長は中学二年の段階で1メートル80を超える巨漢だ。 

 大きなリックを背負い、肩ひもを掴んで、ゆっくり歩いている。その両側から腕やリックのひもを手掛かりに、小学高学年の男の子達が山頂(肩車)を目指して登っていく。 

 揺れ動く、歩く山は強敵らしく腕にぶら下がっては落ち、肩に手をかけては落ちを繰り返し、落ちるたびに落ち葉をまとわりつかせて挑んでいる。 

 その後ろでは転げ落ちた子供たちを助け起こしながら「頑張れ~~」、「まだいけるぞ~~」と煽る中学一年生の女の子二人と、生暖かい目で見ている小学生高学年の女の子たちが、今日Dカードの取得に挑むメンバーだ。 

 最後尾には一年生から三年生までの年少組を従えた雫斗の同級生の女の子二人、斎藤百花と麻生弥生が「歩こ~~、歩こ~、私は強い~~」と何処かで聞いた様な歌を変な替え歌にして歌いながら歩いている。 

 小学校の低学年が一緒に歩いているため、その歩みはゆっくりとはいえ、「つかれた~~」といってしゃがみ込んだ子をおんぶしたり、犬型のアンドロイドに乗せたりと、結構忙しそうだった。 

 総勢25人、高校受験を控えた3年生5人を除いたこの村の小学校と中学校の全校生徒と教員2名、あと警備と護衛を兼ねた人型の2体のゴーレム系アンドロイドと動物を模様した三体のアンドロイドが、村から山一つ越えた小さな池のほとりを目指して歩いている。 

 数年前まではDカードの取得条件は20歳以上と決められていた、だがダンジョンから産出されるポーションや薬が怪我や病気に効くことがわかると、だんだんと低年齢化していった。 障害となったのはDカードの取得には単独での魔物の倒伐が必須だったこと、つまり大人が手助けできないのだ。 

 魔物には必ず魔核が備わっている、種類によって露出していてわかりやすい魔物と隠れていて分かりにくい魔物に分かれるが例外はない。 その魔核を破壊するか、魔物が動けなくなる状態まで傷をつけると、魔物は淡い光の粒となって消えていく。 

 どういう原理でそうなっているのかはいまだに解ってはいないが、魔核をどうやって破壊するかが、魔物を倒すときの定石を確立する一つの指標になってきていた。 おおむね浅い層の魔物は魔核が隠れていて分かりにくいが、深い層の強力な魔物程魔核の位置が認識しやすいため、今では魔核の露質具合で魔物の強さのバロメータになっている。 

 しかし、魔核が露出しているからといって討伐するのが簡単に出来る訳ではない。強い魔物になるほど強靭な皮膚や鱗で覆われて、刀や槍、又は弓矢と言った得物で貫く事が困難になって来る。それは魔核とて例外ではない。 

 最近では最弱と言われているスライムは、昔は討伐するのに困難を極めた。水あめの様にグニャグニャしているくせに打撃にはめっぽう強く、ハンマーや棒などで叩いても、まるでゴムボールを叩いた時の様に跳ね返してくる。そのくせ力を入れなければすんなりと中に入っていく、というより纏わり付いてくる。 

 当初スライムを倒すには槍や剣等の先の尖った物を、スライムに突きこんでひたすら魔核を突きまくる事しかできなかったが、ただ効率が悪かった。 

 運よく魔核を突ければ倒せるが、纏わり付かれるとその武器は手放すしかなかった。高額で取得した武器を、スライムの群れが纏わり付いて破壊していくのを、唖然として涙目で見ているしかなかった探索者が、多数いたという。 

 そのためしばらくはダンジョンの最弱で最強の魔物として恐れられていた、というより無視されていたのだけれど。

 1階層の洞窟層で多く生息していてしかも秒速2、3センチほどでしか動かない(ほとんど動かない)つまり避けて通れば問題なかった。 

 雫斗達も去年の終わりにDカードを取得している、相手は2階層(1階層と同じく洞窟層)に多くいるケイブバットとケイブラットだ。 

 スライムとともに最弱と言われているが、たたけば落ちるし踏みつければ倒せる魔物を相手に、トラウマ級の大立ち回りの末での(主に仲間のフレンドリーファイヤーのダメージで)カード取得である。 

 

 今年の初め、あるパーティーの一人が1階層でスライムに水を掛け始めた、本人によると”今までスライムに食われた数々の武器のうらみで思わず水を掛けていた”とのこと。 嫌がらせのつもりだったようだが、当然貴重な水を台無しにしたことを咎められる。 

 「近いから取りに行けばいい」とか「時間がもったいない」とか言い争いをすること数分、生暖かい目で見ていたほかのメンバーが気が付いた。 

 スライムが水に溶けだしているのを。水たまりの中に魔核が露出して居てそのまま光と共に消えていった、そのあとは探索どころではなくなった。 

 ありったけの水を使っての検証が始まったのだ、その結果スライムの体積の2倍程で溶け出すこと、時間は3分ほど掛かること、水たまりでなければ効果がないこと、一度溶け出したスライムの魔核は光に還元された、つまり条件さえよければスライムを倒せる。 

 そのことを報告したパーティーは一躍時の人となった、10歳未満の子供でもDカードが取得できるようになるのだ。 

 病気の子供を抱える親たちからポーションで病気やケガが治ったと、感謝の言葉と手紙が多く寄せられた。一時期検証番組や、さらなる討伐方法を探して世間をにぎわせていたが、次第に下火になっていった。 

 いくら倒しても強くなった気がしない最弱のスライムは討伐の対象から外れ、かくしてDカードの取得のための魔物として定着していったのである。 

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